クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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21【つかの間の平穏事変⒊】

 下品な話、吐きそうな気分の末、俺は解放された。嫌な気分だった、というわけではなく周りの圧がすごかったのだ。気分としては動物園の檻の中だ。今夜からはパンダに足を向けて寝られないな。

 

 小町の指示通りに動き、小町の指示通りの場所に立ち(あるいは座り)、小町の指示通りのポーズと表情をとる。そして点滅する眩しい光に晒されるわけだ。それを数回も繰り返していると、俺の姿が各自のデバイスに入っていくのがなんだか、自分が分散していくような気分になってくる。

 そんな嘔吐ものの写真撮影でもとりわけきつかったのが、時折そっと忍び寄ってきては耳元で何かしらを囁いていく戸塚の存在だった。よもや、戸塚を邪険に思う日が来るとは一ミリたりとも予感をしていなかった俺であったが、それもまあ今日までだ。

 

 今日の戸塚は可愛いが悪辣かつ、暴虐であったというほかなかい。天使イズデッド。戸塚は死んだ。あれは最早戸塚ではなく、手塚である(意味不明)。

 

 何かしらを囁くその何かしら。それはつまり、マインドブレイクを企んだ彼による言葉攻めであり俺は、フラッシュとフラッシュの合間にやってきては『カッコいいよ』『ノリノリだねっ』とゾクゾクするウィスパーボイスを戸塚により右耳に押し込められていたのだ。しかし、『ご褒美です!』と体勢を崩そうものなら小町から手厳しい言葉が飛んで来る。

 言葉攻めから逃げても言葉攻めが待っているという、その他の愛好家にとって垂涎ものであったとしても、それがご褒美には到底感じられない俺にとってはただの苦行だった。修行、と言い換えてもいいだろう。

 

 無様に妹に懇願することでやっとのこと解放された俺は、精神的な疲れからソファにもたれ込む。そしてちゃっかりと隣に座った戸塚を睨むのだった。

 

「……なんか、もう何かをいう気力もないから言わないけど、なんつーか、逞しくなったな」

「その学年2位には大凡思えない語彙力の低下を鑑みるに、相当疲れたようだね」

「大半はお前のせいだけどな」

「あはは。うん、ごめんごめん。お詫びと言ってはなんだけど、この写真を送ってあげるから帰ったらちゃんと読んで保存しておいてね」

 

 そういうって見せてくれたのは誰かが撮ってくれたらしい恋人も真っ青の距離でぴったりとくっつく戸塚と俺の写真。……こんなんで誤魔化せられますねぇ!ご飯3杯は軽くいけるわ」

「漏れてる漏れてる」

 

 思考が垂れ流しになる程度には、俺の脳味噌は疲弊しているようだった。

 

「そういえば、さっき八幡が言ってたこと、逆に返したかったんだよね。それ、若干ブーメランだよ。って。まぁ、どっちかっていうと、生粋の方は悔しいことに、八幡の方だけどね」

「なんの話だ?」

「さあ?」

 

 ニコニコと戸塚は笑っている。周りを見れば川崎2人は帰るようで、小町に抗議の声とともに引き止められていた。まさか大志に気があんじゃねえだろうな?と殺気立ったが小町の視線が明らかに姉の方にしか向いていていなかったので思わず弟の方に憐憫の目をあげてしまう。

 哀れ大志、お前の大志は確かに大志だったよ。叶わない類のな。

 

「んじゃあ、僕もそろそろお暇させてもらおうかな?」

「戸塚もう帰るのか」

「うん、ちょっとイベントの準備があるからそろそろ行かなきゃいけないんだよね」

 

 バイトか?聞いてみるとやはりバイトらしい。四月半ばと言えば大学に入り余裕が出てくるから頃だから、まぁ、そう不自然なものではなかったが、設営系のバイトに手を出すなんて体力がないと嘆いていた戸塚にしては珍しいと思った。イベントのバイト=設営と思っていたが、もしかしたら受付のバイトなのかもな。可愛いし、大いにありえる。

 

「笑顔は忘れるなよ」

「うん。……ん?笑顔?」

「イベントの受付をやるんじゃないのか?」

「ああ、そういうことね。うん、まぁそうだね。いやけど、どっちかっていうとコンシェルジュみたいなものかなぁ。ゲストの案内をするみたいな、ね」

「難しいことやってんだな」

 

 様わかったように頷きつつも内心では俺の一生のコンシェルジュになってくれ。と思っていたのは内緒だ。

 そうこうしていると、川崎が靴を履きに行ってしまったため、戸塚も慌てて部屋から出ていく。そういや、川崎と話せてねえなとか考えながら俺も追いかける。

 

 玄関の外に出てみれば、まだ少し肌寒い気温だった。例年より何度も低いとお天気お姉さんが言っていたから、多分、気温は10度台だろう。小町と話す川崎に手をあげる。

 

「見舞い、ありがとな」

「……」

「なんだよ?」

「い、いや、唖然としただけだよ。あんたがお礼を言える日が来るなんて思いもしてなかったから……」

「ハハッ、失礼な奴め」

 

 空笑い。そして今までの自分に対する評価にテラショック。ちくしょう。お、親の教育のお陰で謝罪と謝礼はどんな相手でも完璧にこなせるようになってたから!48をも超える第二の日本伝統体位(礼儀編)を修めた男として親父に不名誉に褒められたことありますから!(因みに親父の得意な体位(礼儀編)は23の型『床舐位』だそうだ。無論俺も得意)

 

「まぁ、なんつーかあんたも大変だと思うけど、踏ん張って頑張りなよ?周りが潰れなくても本体が潰れたら意味ないんだからね」

「あいよ」

「……わかってんの?」

「ああ」

「ならいい」

 

 ぷいっと、そっぽを向いてさっさと言ってしまう。耳が赤いし、余計な世話を焼いたと思って恥じているのだろう。小町が隣で世話焼き系義姉ちゃんか……と不安なことを呟いていた。物悲しいまで小町をみる大志を無視しつつ軽口を川崎と数回交わし別れると、戸塚もいつの間にか帰ったようなので、部屋に戻る。そして、今度こそソファでダラダラしてやると無駄な方向に無駄な気合を入れてリビングに入る。

 

「やっときたわね、八幡くん?」

「ヒッキー、おそーい!」

「……ファイトです、先輩」

 

 

 座ろうと思っていたソファに空席はなく、そこには見る者全員に対して否応無くゾクゾクとした寒気を与える雪ノ下と、笑顔の下に見え隠れする不明な黒さが垣間見える由比ヶ浜。そして、先ほどと同じように、しかし先ほどよりもかなり萎んだいろはが座っていた。

 

「雪乃よ」

「……そういえば、そうでした」

 

 心を読むな。

 

 ツンドラ気候も真っ青になって冬将軍と裸足で逃げ出すような氷点下のリビングの中、奉仕部2人にホールドされたソファの真ん中に座る俺。

 一見両手に花のこの状況で、今、ララクラッシュとこんにゃくゼリーなら確実にこんにゃくゼリーの方に軍配があがる事について小一時間語ってもらった方が(精神的にもくだらなさ具合についても)まだマシなレベルのお話が始まろうとしていた。

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 

「随分と輝かしい青春譜を奏でていたようね」

「……」

 

 ぶっ込んだ一言で始まるOHANASHI。奉仕部2人は既にガールズトーク(醜悪)によってあけすけに昨日の出来事を知っているようだった。尋問とかいうアナログな方法のくせにSNS社会もびっくりの情報収集速度だった。

 おこぼれを預かったらしく「やるねー!」と脇腹を突いて来る小町を見てため息をつく。

 これは、また目が死ぬのも時間の問題だな。

 

 口を開かない俺をみて雪乃はむっとする。悔しいが可愛い。

 

「黙秘権、というわけね。……まぁ、いいわ。別に私は八幡君に嫌われたいわけじゃないから、強制的に思い出をほじくり返す気もないし。それよりも、私が聞きたいのはもっと別のことよ」

「別の事?」

「あなたが一色さんの隣に座っていることよ!偶然にしてもおかしいじゃない!」

「いや、それこそ知らねえよ!」

 

 黙秘権を使うことなく黙るわ!理由が分からないからな!強いていうなら運命の悪戯だよ。

 横に座ってたわわに実った双丘を以って我が左腕を挟み込む御方もこくこくと頷いている。2人の好奇の対象はどうやら本当にそこらしい。そこかよ。

 

「知らん」

「ダメよ!」

「ムリよ。……つーか、何がダメなんだよ」

 

 なぜとは言わないが左とは逆に、痛い右腕に耐える俺。雪乃はキッと口をへの字にして言った。

 

「羨ましいじゃない!」

 

 素直か。2年の時と比べるとツンデレの采配が真逆になってんじゃねえか。あの頃の猫みたいな彼女はどこに言ったんだよ。デレ100%か。反応に困るわ。

 結衣の方も、さすがに驚いたらしく口をパクパクとしている。言葉が見つからないようだ。

「ほぉー!」と目を輝かせる小町を再び見て2回目となるため息をつきつつ応える。

 

「……どうしようもないんだから落ち着けって。これに関しては本当に俺もいろはも知らなかったんだって。なぁ、いろは?」

「はい!知りませんでした!」

 

 萎んだ様子から一転、シャキッとした返事をする。

 

「……じゃあ、八幡君は転入してから誰とお昼を食べたのかしら?まさかそのナリでボッチやってるなんてことないでしょうし」

 

 ブーメランですよ、雪乃パイセン。

 

「……いろはだけです」

「ほう?」

 

 こ、怖いよゆきのん!このまんまだと俺の体感温度が雪ノ下だよ!雪ノ下八幡になっちゃうよ!あと、由比ヶ浜。締め上げるように俺の腕を抱え込むことで痛がらせようとしているのは分かるが、何故とは言わないけどノーダメージイエスマシュマロになってますよ?

 

 素直に、幸せです。

 

 いや、そうじゃない。思考が脱線しすぎているな。

 

「いや、考えて見てくれ……下さい。中身のナリが変わっていない以上、俺にそうそう友達ができるわけねえ……ないですよ。それはもう昼は自然とええ、いろはさんとのランデブーにもなりますとも、はい。寧ろ人と食べていること自体俺からしたらレアなんすよ、マジで」

 

 ランデブー!?と一層目を輝かせる小町にものの表現な、と付け加えた。聞いていた雪乃は取りつく島もなく違うわ、と否定する。

 

「いえ、八幡君のことは一理あるわ。嘆かわしいことに大いにあると言っても過言ではないわ。ただ、違うの。あなたがいろはさんと食事をとっていることが、ではなく、いろはさんが連日八幡君と食事していることが、おかしいのよ。だってそうじゃない?彼女、友達多いのだし」

 

 チラリと目線だけでいろはの肩を震わせた雪乃は、『まあ、実際の所、大半は妬み嫉みなのだけれど』と付け加えた。ここで、『ははっ、メンヘラかよ』と心にもないことを言おうものなら現在の因果も何も関係なく何故か雪ノ下八幡(戸籍的に)になりかねないため口をつぐみつつ、『言ったれいろは』と小さくうなづいた。

 

「それは、私が先輩を落とすためですね」

 

 君もぶっちゃけるのか……。

 好意のドッヂボールとキャラ崩壊著しい会話にSAN値が悲鳴を上げていくのがわかる。小町は神妙そうな顔で黙っているし、もはや癒しは意外な事に結衣ただ1人である。

 

 サスペンス映画でも味わったことのないはらはら感を持って成り行き見守っていると、数瞬間の沈黙の後、雪乃はけろっとして微笑んだ。

 

「……なら仕方ないわね。恋路に王道も外道も非道もなにもない、とは調子に乗った姉さんが言っていたけれどこの歳になってそれを実感するとは思わなかったわ」

「……いいのか?」

「言ったでしょう?私はあなたに嫌われたいわけではないのよ。……それに、今の関係上、ここで2人を糾弾したところで私はただの勘違い女じゃない。八幡君が心の中でメンヘラ呼びしそうな女になりたくないわ」

 

 そう言って雪乃は俺の頰を妖しい手つきで撫で上げる。美少女耐性がお世辞にも平均的とすら言えない俺はその所作にドキッとする。そのドキッにはさっきの思考がまるっきり読まれていたのではないかという恐れも多少入っていたが。

 

「こらー!私が隣にいるんですけどー!」

「あら、いつからいたのかしら?」

「いるよ!いつでもどこにでもいるよ!」

「耳元で騒ぐな」

 

 ゆきのん!ゆいゆいと、互いの呼び方が一部変わったもののギャーギャーと懐かしいやりとりをしている2人にしばらく身を任せていると、いろはがおずおずと手を挙げた。

 

「あ、あのー、お話はもういいですかね?」

「ゆいゆいがないなら。私はもうなにも言う気はないわ」

「私もないよっ!ごめんねいろはちゃん!帰っていいよ〜」

 

 帰すのかよ。散々責め立てといて帰しちゃうのかよ。

 

「いや、帰さないで下さい。……私も先輩に聞きたいことがあったんですよ。お二人は何故か気づいていないようなので、私が聞いちゃいますが」

「……なんだよ?」

 

 

 

「……SAOで、彼女作りましたか?先輩やけに余裕(と貫禄)が出てきているので、そこの所気になってたんですよね」

 

 

「「「あ!!」」」

 

 

 

 あ、じゃないが。

 

 このあとの追求は割愛させてもらうが、一言言うならば、俺が飯にありつけたのはカラスが鳴き出す頃だった、ということくらいだな。

 

 

 恋する乙女は怖いと思いました。

 


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