クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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22【黒の剣士⒈】

 のどかな日差し。五月までもう片手で数えられる程となったある日。

 慣れてきたクラスの雰囲気と、隣でガヤガヤと騒ぎ立てる後輩を程よいBGMに健やかな眠りについたそんな午後2時。

 

「相変わらず数学の時間はお眠ですなぁ……」

「……この時間は勘弁してくれ」

 

 にへらー、とサラサラと栗色の髪の毛を揺らした彼女は今日もご機嫌そうに笑っていた。ふっと意識が途切れそうになった瞬間の言葉に少しばかり目が覚めてしまい、しょうがなしに顔を上げた俺は、いろはを恨みがましく見つめる。どうせ、無駄なんだろうけど。

 

「自習なんだから別にいいだろ」

 

 演習にしたってしばしば夢の中に逃げ出すことがあるがそれはそれ。最近は数学の自習がそこそこあるから何故かと思えば、どうやら数学教師の嫁さんがおめでた間近なそうだ。公務員、ましては教職がそんなんで休んでいいのかと思うが、なんだかんだ中間テストの範囲は終わるそうなので問題ないらしい。公立であるはずなのに私立のようなガバガバ授業管理である。自習が続くせいか、見渡せばクラスの人もいつもの三分の二位しかいない。

 

「そういえば、もうカーディガンの奴が増えてきたな」

「そりゃ気温は既に五月中旬並みですからね。下手したら30度超えるかもしれませんし、これは脱がなきゃやってられない、というものです。……はっ!まさか、言外に夏は下着で登校することを求めてるんですか、ごめんなさい私にはそんな勇気ちょっとありません」

「俺にもねえよ」

 

 実際に身を引いておちゃらけながらも、るんるんと自習プリントを解いていく一色さんは成績上位者さん。ちょっと前の進級お祝いテストを比べれば、俺が勝てる分野が国語以外なかった。なんとかセンターのためにも頑張らなきゃと思うものの、中々伸び悩んでいるのが現状だ(しかし、数学に関しては触っていない)。

 

「そういえば、昨日の深夜番組でSAO特集が組まれていたんですけれど」

「SAO特集?」

 

 今更か?SAOクリア当初はともかく、2ヶ月も経てばそんな特集も鳴りを潜めて今のホットな話題はSAO帰還者(サバイバー)の処遇についてに移っている。クリア後2ヶ月ぴったりというわけでもないのに特集を組むなんて中々挑戦的な局もあったものだ。

 

「まあ、私達からしたら中で何が行われていたのかは未だに関心の高いことの一つですし。……それであの、先輩って【狂目】って人なんですよね?」

「いや、チガウゾー」

「誤魔化し方が雑の極みですよ。というか小町ちゃんから聞いてますし」

「なら聞くな」

「それはそれ、会話のワンクッションです。それで、昨日の深夜番組でやってたのが、事件のあらましと世論の紹介みたいな堅い話じゃなくて、もっとバラエティ的な感じだったんですよね」

「バラエティ的?」

 

 いろはがプリントに走らせていたシャーペンを机に置く。そしてこちらを向き そうなんです、と頷いた。

 

「SAOのプレイヤー紹介です」

「……それは随分とまた、グレーなところを攻めて来たな」

 

 相当気を使わなければプライバシー的にも、デリカシー的にもひょいひょいっと超えてはいけない線を越える話だ。下手したら親族遺族から苦情殺到間違いなし。

 

 いろはが話すには某トークバラエティ番組の一枠『ゲーム大好き芸人』とかいう企画で出て来たらしい。ひな壇にずらっと並んだお笑い芸人がここに持ち寄ったSAOの話をするという聞いただけでお腹いっぱいな内容なんだそうだ。

 AR技術を駆使し、ソードスキルを再現するなんてものもあったらしくて、芸人が見せるコミカルな動きと安っぽいARが面白かった、とのこと。

 

「んで、それと俺が何の関係があるんだ?」

「んー、黒の剣士って知ってるかなぁって思いまして」

「そいつは知らない方が不思議なくらいの大物だな」

 

 黒の剣士、双剣を自在に操る真っ黒なコスチュームに身を包む文字通りのトッププレイヤー。SAOという先進的かつ超・現実的な世界(ゲーム)において唯一の頂点を勝ち取った男。

 ……そして、俺のありたかった一つの理想、いや───。

 

「そんな有名人のことなら俺に聞かなくてもネットを漁れば嫌という程出てくるだろう?」

「まあそうなんですけど。先輩との話の種に一つどうかなと思いまして」

「あのゲームを話の種にしようとするのはお前くらいだよ」

「嫌でした?」

「……ま、程々にな」

 

 と、軽く諌めたものの、結局俺から見た黒の剣士の所見を話すことになった。とはいえしかし、実の所、俺が彼と直接的に接点を持ったことは数える程しかない。彼とのパスは大概《鼠》に任せていたためだ。とはいえ、彼の生活・戦闘スタイルは個性的な前線組でも群を抜いて特徴的であったため、良い意味でも悪い意味でも印象に残っている。

 

 個人的な感想を言えば黒の剣士、つまりキリトというプレイヤー程主人公然としたプレイヤーはいない、というのが1番であろう。

 

 アインクラッド随一のスピードを生かした高速戦闘と、そのスタイルに気味の悪いほど適合した双剣捌きはまさに一流。現実世界の機動に囚われないゲームだからこその動きは前線組全体の戦闘に好影響を与え続けていた。

 加えて、容姿。終始聞くことは叶わなかったが、彼は未だ第二次性徴期が抜けきっていないのだろう。幼さの残る女顔と成長により見え隠れする絶妙な程度の男の面が両生する彼の甘いマスクは、幾度となく、初な少女達(一部お姉様)を誑かせていた。

 

 絶対的な強さとは孤独を生む。

 

 確か打ち切られたとある漫画のセリフだった気がする。キリトもその例に漏れず絶対的な強さを背景に小さな不運の連続でソロプレイを続けており、俺も迷った挙句にボス戦闘でも主として遊撃に当てていた覚えがある。そのせいで、俺が彼を故意にラストアタックから遠ざけていると思われて、アタッカーをさせろと閃光に一時期詰め寄られたこともあった。

 

 総合すると、実力は確かだが協調性を至上とする階層主戦では扱いにくい、ジョーカーにも似たプレイヤー、といったところだろうか。王道の強さを誇ったヒースクリフと真逆の存在だったといえよう。

 

 先も言ったように非常にモテていたため、閃光とのお付き合いだとかその他の女性関係だとか、まるで歌舞伎俳優のような噂も絶えないプレイヤーでもあったが俺個人の所見としてはこんなところだろう。

 

 しかし、こんな事をいろはに伝えたところでどうしようもないし言いにくい。だから、俺は、

 

「ああ、物凄く強くてモテたプレイヤーだったな」

 

 と答えるに留まるのだった。つまり、朴念仁だとか無自覚だとかをぼやかしたわけだった。

 

「モテたんですか?顔がイケメンだったって事です?」

「それにプラスして強かった。まるでローマ時代みたいな話だけど、あの世界において側にいて安心できることはそれだけ力強いことだったからな」

 

 つまり、自分本位な自分が生き残ることだけを考えたようなステータスをしてる奴はダメということだ。そう、俺のように。

 

「ほぅ、イケメンと言いますと、先輩程ってことはないでしょうが葉山先輩レベルですか?」

 

 現代人のいろはは強さよりも色らしい。

 

「分かっていると思うけど、世間一般からしたらどう考えても葉山の方がいい男だからな。……そうだな、誤解を恐れずにいえば、戸塚と今の俺を足して二で割って幼くしたような顔だな。あの感じ、年も多分中学生だろうしな」

「え? そんな小さい子がトッププレイヤーだったんですか?!」

「だからこそ、ってとこもある」

 

 若ければ若いほど、年を重ねる毎に多く絡みついてくる世界と自分を繋げる鎖が少ない。つまり、死を恐れる感覚か大人よりも薄い。それもあってトップ、セカンドは成人未満の男女が張っていたのだろう。或いは、大人よりも子供の方が世界に対する執着心が強かったとかも理由としてあるのだろうけど、そうやって掘り下げていけば、赤子は未だ神に近いとかいうオカルチィックで神話的な話と繋がってくるし、それを今話すのは余りにも冗長だろう。

 

「それじゃあ、昨日テレビやってた壁走りとかその子はできたってことですか?」

「ああ、システム外スキルとか呼ばれてたな。レベル40までのステータス全てを敏捷に捧げるとできるようになるんだったっけか?他にも武器を壊したりスキルを繋げたり色々器用なことやってたぞ」

「すごっ」

 

 勿論俺にはできなかったんですけどね。情けない言葉は言わぬが花。あたかも自分ができましたと言わんばかりの、今となってはキモいと言われることはなくなったドヤ顔を披露しているといろはは「ん?」と声をあげた。

 

 ……気づかれたか?

 

「モテたって……黒の剣士には可愛い彼女がいたんですよね?」

「そんなことまで放送したのかよ」

 

 いや、本も出ているから別に不思議なことではないか。

 いろはは不思議がっているが、その答えは単純明快。俺も理解はしているつもりで分かっていない事だけど、多分こういうことなのだろう。

 

「俺が言うのもあれなんだが、お前だって今も俺にアピールしてるんだろ?」

「……ああ!つまり振られたけど未だ好きなんですね!」

「あんまり大きい声で言うな」

 

 俺が恥ずかしいのだ。烏滸がましい発言も相まって余計に、な。

 あと、正確には彼女達は言外に振られたのだ。

 アスナと結婚したことによって。まあ、当の本人は振られた彼女達の想いにすら気づいていないって線も十分にありえるが。【朴念仁】。頂点の君の数ある異名の一つは伊達ではない。

 

 目の前に置かれたやりかけのプリントに目を落とす。

 

「なあ、三角関数の合成ってなんだ?」

「二つの三角関数を合わせることです」

「成る程なぁ」

 

 分からん。

 

「というか、プリントやるなんて珍しいじゃないですか。眠り姫らしくもない」

「ちょっと待て、なんだその不名誉なロイヤルネームは」

「数学の先生が前に言ってましたよ。『彼は眠り癖が抜けない眠り姫だから〜〜〜』って。それ以来先輩の陰口ネームは眠り姫ですね」

 

 陰口ネーム。なんというパワーワード。前に寂れた駄菓子屋で見かけた『おせんべえ餅』よりも心に残るワードじゃねえか。衝撃のあまり思わず、比企ヶ谷菌、比企蛙、ドグサレキモ目玉野郎、比企谷のお兄さんの役満陰口ネームが脳裏を駆け抜けていったわ。

 

「何泣いてんですか?」

「いや、少しな。……俺、この歳になってまだ陰口叩かれてるのかと思うとほろり涙が一筋漏れ()づったんだよ」

「あー、まぁ大丈夫だと思いますよ?陰口って言っても悪口じゃなくてただ褒めてたり話題になったりしているだけですから」

「悪口じゃない陰口とかあるのか?」

「……」

「何泣いてんだよ」

 

 失礼な奴だな。

 何となくでといた整式を解答欄に書き込みながらいろはを睨む。微笑み返された。器の違いに惨めになった。

 

「あ、そこ間違ってますよ?」

「止めろ、惨めになる」

「もうなってるから関係ないですね」

「悲しくなったわ」

 

つまり、悲惨。

 というかなんなの、この後輩。好意の欠片も感じない言葉の暴力を振るってくるんだけど。こんなんじゃどれだけHPがあっても足りないんだけと。

 

「さて、そろそろ授業も終わりですけど、今日の放課後は何か予定があったりしますか?」

「あれ?今日5時間だっけ?」

「はい、確か東京の姉妹校との打ち合わせ会議があるとかなんとかで5時間終わりです」

 

 だから、クラスの人が少なかったのか。

 

「特には無い……いや、一つあるな」

「えぇー!今作りましたね?!私と遊びたく無いからって今作りましたよね、先輩!」

「いや、違うから。違うから首元を掴んで揺らすのは止めろ。八幡君のオシャレワイシャツにシワができる」

「さっきタグに打たれたユニクロの文字が見えてましたよ。……して、その用事ってなんですか?クレープ屋さんよりも大切なんですか?」

 

 腰に手を当てて上目遣いで尋ねるいろは。言って良いものかと一旦口を閉じて逡巡し、結局まあいいか、と結論付ける。途中からプリントやりながらの会話をしていたため、提出しなければならないプリントも(合っているかは別として)半分以上埋まっている。あとは分からなかったことにすればいいやとプリント上部に名前を書き込んで俺は答えるのだった。

 

「見舞いだよ」

「見舞い?」

「……まだ、目が覚めてないのがいるからな」

 

 そして、その人が黒の剣士の恋人にして妻のアスナである事は言わずに黙っておこう。プライバシー的に不味そうだし。

 なら、仕方ないですね。としょんぼりとして引き下がるものだからつい明日な、と答えたところで5時間目を告げるチャイムがなった。

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 代理の先生が授業終わりの挨拶を終えた後。

 

 調子づかせたせいで、『デレたっ!』とはしゃぐいろはをグリグリとしていると、とある生徒がクラス内に飛び込んでくる。快活そうな茶髪で短髪のスカートの短い子だ。

 どうやらいろはに用があったようで、扉付近の女生徒に書き込みをした後こちらに駆け足でやってきた。

 

「せ、生徒会長っ!……って、わっ!噂のイケメンくんだ!」

 

 見た目通りの元気さである。

 グリグリしていた手を離していろはを少し前に押してやると、女生徒もそうだそうだ!といろはに向かってこう言った。

 

 

 

 

 

「生徒会長!大変なんです!!生徒昇降口の前にバイクに乗った黒ずくめの男が立っているんです!!」

 

 

 

 

 

 


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