クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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閑話【クリアのその前に】

「……なにやってんだか」

 

 

 

 勝手に胸に乗っかってきたカマクラの憮然とした表情を見て自嘲する。俺も、カマクラも、といった具合だ。

 

 にゃーお。カマクラが声をあげて欠伸をする。

 あーあ。俺はいつものようにため息をついた。

 

 やさぐれとも恥じらいとも違った感情。

 断じて後悔などはしていないものの、なんだか心をくすぶる気持ちがあった。ケータイを無意味に何度も見てしまうくらいには、人生に集中できていない。

 

 日付はキリトとの邂逅の日からしばらく経ってゴールデンウイークに突入し土曜日を迎えていた。

 あの時の怒りも送ったメールも全て覚えているし、忘れることなどありえないと断言できるくらいには明白に、鮮烈に、確固たる記憶となって俺の中に存在している。

 だというのに俺は、どうやら特大のブーメランをいつの間にか放っていたようで、それが自身の頭をぶっ叩いた時からずっとえもいえぬかゆさを感じていた。

 いつからそんな違和感に蝕まわれてきたか。

 送ったメールに対する返事を目にした時からだ。

 

 

『急に言われてもちょっと無理』

 

 

 ですよねぇ!

 

 高校の教室で思わず声を大にして言ってしまったのを覚えている。いろはの怪訝な表情も印象深い。

 まさしくブーメラン。冷静になれば直ぐに判ったことだったのに一時の感情に浮かれ、らしくもない短絡的な行動に移ってしまった。文化祭の時のように、修学旅行の時のように後先考えない行動だった。そう考えるといつも通りの行動を起こしただけのような気がするが、それは気のせいだろう。気のせいであってほしい。

 それはともかく。

 そりゃあ俺だってただの一般人だし『無力感』だって『無気力感』だってありますとも。いっそ『感』を取ってしまったって過言でない、いや、そんな風に言うまでもなくあの返信はただ単に妥当である。

 当たり前のことだが、俺はただの一般家庭に育った一般的な長男であるのだ。

 そりゃあ、リアルに超巨大会社のエリートに突然メールしただけで会えるわけがない。どんなコネを使ったって会おうものなら1ヶ月はかかるだろうし、そもそも会ってもらえる可能性だってそう大きくない。

 そりゃあ、無理ってもんよ。

 

 言葉遣いも乱れるってもんよ!

 

「……はぁ」

 

 感情の波にもまれて三千里。

 そんな訳で、俺は頭の中であらゆる感情をぐるぐるとさせていた。らしくない自分語りをしてしまうくらいには混乱していた。

 

 しかれども、本日は年に7分の2しかない貴重な休みだし(長期休暇など除く)、去年ならたびたび部活で呼び出されたものだが今年はそれもない。ついでに言えば受験も政府支援を糧に2年計画にするつもりなので勉学を過剰に勤しむ必要もない。

 

 そんな訳で、考えなくてはいけない事も見据えなくてはいけない問題も沢山あるが、今日のところは荒波の心境を凪へと変えるために読書に勤しもうと思う。

 実はと言えば、眠っている間に積んだ本や出版された新刊が沢山あるのだ。あれもこれもと良いところで終わっていたので何とかに渡橋。グッドタイミングでべりーべりーはっぴー。感動でヨダレが出るとはこのことである。

 

 ……まぁ、まだ未帰還で刊行未定な本もあるのだけれど。

 

 はあ。

 ……どんな思考をしたところで、どんな行動を起こしても終ぞ頭から離れることはないようだ。あの冗談みたいなデスゲームから始まり今まで続く社会問題は。言ってしまえばその真相にすらあと3歩程度でたどり着きそうな話を聞いた身からすればそれはもう、やってられない。の一言に尽きる。

 それでいて、手の出しようがない。

 出せそうな奴は大人の都合で行動不能だし、全くもう、やってられない。

 

 

 結局本を手に取るも棚地戻すを数回重ねたところでベッドの上へととんぼ返り。さっきの決意はなんだったのか、俺は貴重な午前を二度寝に費やすことに決めるのだった。

 

 

 そんな時、携帯は鳴き声をあげる。

 

 

 "YOU GOT A MAIL"

 

 

 ガシ。

 手にとって液晶をに指を滑らせる。

 スワイプスワイプ、タップアンドスワイプ。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 今日の予定が決まった瞬間だった。

 

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 

 

 隠す事もない、メールの内容はただの呼び出しであり、その場所は千葉県のの誇る巨大駅の中にある店名の読めないオシャレな名前の店であった。

 念のため小町に出かけるとのメールを送り、つい先日(小町が)買ってきた服を着込む。退院祝いの時に着たようなラフな格好とは違い、少しフォーマルの入ったカジュアルなコーディネート。小町は「爽やかさを演出したよ!」とか親指立てて言っていたが、姿鏡を見るにどうも服に着られている感が拭えない。

 小町がいればワックスかなんかで頭までセットされていただろうがそれもないので支度はものの3分で終わる。

 

 最速支度のプロ、比企谷八幡を自称できるかもしれない。

 

 

 いってきます、と小声で告げてポケットに財布と携帯を突っ込み道を歩いていると向こうから誰かが手を振って駆け寄ってくるのが分かる。

 

 

 

「おーい!はちまーん!」

「ととと、戸塚?!」

 

 げ、げきかわわわわあわわわわ。

 ホットパンツにピッタリとしたアンダーウェアにスポーツTシャツだとぉ!……俺を殺す気か。

 

「よよよ、よう」

「……?どーしたの?」

「いや、頭に血が上って鼻の奥がツンとして、ついでに脳がパーになっただけだ。なんの問題もない」

「ありすぎたよ?!」

 

 お前は可愛すぎだよ。その若草色を基調としたボーイッシュ激かわコーディネート、俺じゃなくても見逃さないね。

 

「どうしたんだ?戸塚の家こっちの方じゃないだろ?」

「さいか」

「はい?」

「彩加って呼んでっていったじゃん」

「……あれ本気で言ってたのか」

「うん!あたぼーよ」

 

 ぐっと、力こぶを作ろうとする彩加。かわいい。というか、かわいい。なんかこう、ふふってなる。

 

「さ、彩加はなんでこっちの方に来たんだ?」

「八幡に会うためだよ!」

「……」

 

 さてはこの天使、やはり俺を殺しに来ているのか。

 いいだろう、語ってやるよ、そのかわいさを。文庫1冊にはまとめてやるからよく聞けよ?

 

「別に語らなくていいから」

「……口に出てました?」

「そんなところ。というかぼく、男だから」

 

 知っている。

 知ってなお、受け入れているのだ。彩加とならゴールインするのもやぶさかではないと。

 

「立ち話もなんだし、ちょうどそこに見える公園に移動するか。……とは言っても待ち合わせしてる所に向かっている最中だからそんなに時間とれないけどな」

「ああいいよいいよ。ぼくはコレを渡したかっただけだから」

「コレ?」

 

 背負ったバッグから戸塚が取り出したのは小さな封筒だった。はい、と渡してくる様子に告白を幻想する。もしラブレターだったら、喜んで騙される自信があるな。

 

「なんだ、これ?」

「ほら、前撮った写真。昨日まだ送ってないことに気がついてそのことをバイトの人に話したらさ、無料で現像してもらえたんだよね。まあ、それ用の紙を使ってプリンターで刷っただけらしいからそう大したことはないんだけど、お詫びってことでさ。あとでデータも後で送るから安心してね」

「お、おう。ありがとな」

 

 確かに封筒からは厚紙特有のしなりを感じる。写真といえば退院祝いの時の奴だよな、俺と彩加のツーショット。

 ……へへ。

 

「サトシのような鼻を人差し指でさすった『へへっ』と比べると随分と醜い『へへ』だなぁ」

「彩加がかわいいのが悪い」

「……まったく、そのセリフは雪ノ下さん達に言ってあげなよね」

「それは……それということでお願いします」

 

 元ぼっちにはまずもって無理なことをおっしゃる。

 いやそもそも歯の浮くセリフを女子に向かって放つ男は総じてクソだって決まっているからな。俺はそんな男にはなりたくない。断じて言えないからそう思っているのではないから。そう思っているから言わないのだ。

 八幡だってやろうと思えばできるから。やらないだけで。はい。

 

「まあ、雪ノ下さん達にそんなこと言ったものならマイナス5度の視線と口撃が待っていると思うけど」

「よく分かってるな」

「八幡より1年くらい長く一緒にいたからね」

 

 そういうこと言うなよ。

 俺が凹んで傷ついちゃうだろ。

 

「……そ、それよりもこのあと戸塚はどこに行くんだ?」

「彩加」

「彩加はどこ行くんだ?」

「うーん、特にこれといった用事はないけど。……強いていうなら予定のない休みとカロリーの消費を兼ねてジムに行こうと思ってたくらいかな」

 

 ジム……運動……汗だく……はっ。

 

「閃かないから」

「んじゃ一緒に来ないか?今からお前にとっては懐かしい面子に会うんだけど」

「平然と流したね八幡……って、懐かしい面子?」

「ああ、今のままだと俺のアウェー感が凄いから一緒に来てくれると非常に助かる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで、一緒に来たんです、陽乃(、、)さん」

「んー、なるほどねー。……オッケー!6人席とっといて正解だったね!」

 

 1行で分かる現状。

 あの日の放課後再び。

 

「あー!彩ちゃん先輩久しぶり!」

「退院祝い以来だね、いろはちゃん」

「さっきメールできた友達というのは戸塚ことだったのか」

「突然お邪魔しちゃってごめんねー、葉山くん。久しぶりだけど元気そうで良かったよ」

 

 隣ではわいわいと楽しそうに会話を弾ませている。彩加も楽しそうで安心した。これでつまらなそうに座っていられたら罪悪感で死にたくなるしな。

 

「んで、こんな所に俺といろはと葉山を集めて何がしたかったんですか?」

「まーまー、それは注文の後ということで」

 

 意味深に笑ってみんなにメニューを配り始める陽乃さん。

 なんだか嫌な予感がしないでもなかったが、それはずっと感じていたため今更感もあったし、ここまで来て帰ることはできないため大人しく渡されたメニューを手に取った。

 ……相変わらずクレープの体をなしていねえな。いや、クレープ生地に物が乗っていればそれはもうクレープなのか?どうしても屋台やなんかで売られている印象があるせいかしっくりこないんだよな。っと、……ん?こ、これは……。

 

 

「マックスコーヒーだと……!」

「おー、さすが気付いたねー。ゴールデンウィークの特別メニューの一つだよ。それにする?」

「是非とも」

「おっけー。そこのお三方も決まった?」

「あれ?そういえば陽乃さん達もまだ注文してなかったんですか?」

 

 メールが来てからそれなりに経ってるしもう注文済みだと思っていたが……そんな殊勝な人だったか?

 ……いや、そんな人だったわ。この人はこういうところでギャップ萌え……とはちょっと違うけど、そう、逆手に取った気遣いが得意な人だったな。今だって俺の言葉に対して何も言わず微笑んでるし。

 先日にも増してガチガチなバイトさんの注文を陽乃さんが笑顔でこなした後。「さて」と一息置いた陽乃さんはいい笑顔で言うのだった。

 

「金を稼ぐぞ!」

「いきなり何いってんすか」

 

 昼前の陽乃節は早くも嫌な予感の的中を知らせてくれていた。

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 いやに迅速に届いた飲食に舌鼓を打ちながら改めて話を聞いたところ、陽乃さんのさっきの発言は少し前に流行ったらしい俺たちを撮ったという例のツイッターに起因するらしい。

 

「……分かるかしら?雪ノ下陽乃としてこれほどの屈辱はないわ!」

「口調が雪乃なのは突っ込んでもいいとこですか?」

「じゃあ私はその『雪乃』呼びに突っ込んじゃおうかな?婚前の女性に随分と軟派じゃない」

「……黙秘で」

 

 葉山も席を立つな。というかこの人、今のカウンターを決めるだけのために口調を変えたな……。

 屈辱、ねえ……。

 よほど俺の中学生活の方が屈辱にまみれているけど、そんなことを言っても「不幸自慢乙」で切り捨てられるのは目に見えているから黙っておこう。俺は成長したのだ。

 

「つまり」

 

 彩加が、人差し指を立てて要約する。

 

「前に撮られた写真が勝手にツイッターにあげられた上に、俗に言うまとめサイト、つまりアフィブログにこれまた無断掲載されたのが気にくわない。ってこと?」

「その通りよ、彩ちゃん!私をダシに金儲けとは片腹痛し!しかもチンケな小遣い稼ぎに使われるなんて!」

 

 てしてしとテーブルを叩いてぷんすかと怒る陽乃さん。そんな彼女に対して葉山はそういえばと口を出す。

 

「そのことなんだけど、俺も気になって大学で調べてみたけど、全部のブログ収入と広告収入合わせて100万位は普通に稼いでる計算になったよ。写真に写る人物の正体の考察と称して結構深いところまで特定しようとしてるところもあったし」

 

 マジかよ。一人に割ったとしてもいい25万。マッ缶に直すと1本150円のお徳用として約1700本。20本入りダンボールにして85箱!

 すげえな、アフィブログ。

 

「今でも定期的に話題になってるらしいからね」

「……んー、けど一体なにがそんなに話題になったんでしょうか?私SNSやらないしでスマホもパソコンもあんまりですからこの拡散のされよう戸惑い半分なんですよね」

「それな」

 

 有名人でもない、ただの一般人が話題なるとも思えん。まるで恣意的に誰かが流行らせたかのような話題のなり方だ。

 

「あー、それはね。ツイッターならではの拡散だね。比企谷くんもいろはちゃんもツイッターやってないらしいからイマイチぴんとこないかもしれないけど、ツイッターには呟くだけじゃなくて、リツイートとか、お気に入りとかの機能もあるんだよ」

「……はぁ」

 

 リツイートくらいは知ってるけど……まさか。

 

「それで、その写真が有名人にリツイートされてちゃってねー。私の本垢の友達だから、その話したらモザイクなしを私がダイレクトメールで送るまで保存しとくだけって言ってたけどねー」

「自業自得かよ!」

 

 というか有名人と友達ってさらっと言ったな。

 

「なんでも、『陽乃ちゃんがここまでいい笑顔って凄いレアだよー』って話だよ?」

「知りませんよ、そんなこと。……つーか、葉山。この見事なまでの自業自得な因果をなぜ止めなかった。ツイッターお前やってるなら知ってただろう?」

「俺が止められると思うか?」

「無理だな」

 

 断定まで実に1秒。まさに即答だった。

 男2人、ため息2つ。合わさってため息1つ。

 隣でほっぺを抑えてパンケーキを美味しそうに食べる彩加を見て気力を回復させていると、視線に気づいた彩加が一口サイズのパンケーキをフォークに刺す。

 

「あーん」

「いいのか?」

「いいよー」

 

 多分、彩加は『(パンケーキをもらって)いいのか?』と聞き違えたんだろうなぁと思いながら『(食べさせてもらって)いいのか?』という問いに対して了承を得たので遠慮なくパクついた。ああ、こんな近くに彩加の顔が。

 ……こいつほんとに男か?思わず素になる可憐さだ。

 

 

「おいしい?」

「天使級」

「ならよかった」

 

 呆然と呟いた言葉をいい風に解釈される。

 

「あー!先輩ずるい!」

「うるせえぞ後輩。俺ガイル内に彩加に近づけると思うなよ」

「……戸塚に対するその好感度は相変わらずなんだな」

「は?当たり前だろ?」

 

 ガチトーンである。

 やはり俺の青春ラブコメは間違っている?上等だよ。

 

「話戻していいかな?」

「あ、すみません。……えっと、そのリツイートした人って誰ですか?」

「ん?超人気アイドルちゃん」

「そりゃやべえ」

「あと超有名なお笑いタレントさん」

「やはりヤバイ」

 

 そりゃ、話題になるよ。美形の一般人の集まりがそんな人達にリツイートされたら誰かのお忍びかプライベートの付き合いを疑うだろうし。疑問が疑問を読んであら不思議って寸法か。考察記事も出るわけだ。

 

「リツイートの内容はなんだったんです?はるちゃん先輩」

「『陽乃ちゃんがこの中にいる!』って感じ。ほら、私もネットでは有名人だから。謎につながりの多い覆面アカウントとして」

 

 実際はお家経由で繋がった人たちとか、大学の繋がりで自然と増えただけなんだけどね。と言って見せてくれた画面にはそれなりのフォロー数に対して数百倍のフォロワーの数字。俺にはイマイチ凄いのか分からないけど戸塚が驚いて「これ、陽乃さんだったの?!」と言っていたから凄いのだと思う。

 

「……ん?やっぱりどう考えても陽乃さんのせいじゃないのか?」

「リツイートしたのはこの人達なのに?」

「どうせ、許可したんでしょう?狙いは分かりませんが」

「ま、そうなんだけどね!」

 

 陽乃さんは、ばちっとウィンクを決めて堂々と言い放った。そうだけどね、じゃねえよ。

 葉山はもはや何か言うことすらも諦めたらしく、同じく静観を決め込んだいろはに進路指導をしている。

 たまらず頭をガシガシとかく。

 

「まぁ、その辺はとりあえず置いておくとします。いちいち引っかかっていたら今日どころか明日も無くなってしまいそうですし。……それで、陽乃さんは俺たちに何をさせたいのですか?」

「ん?さっき言ったじゃん。金稼ぎだよ」

「言い方が悪かったですね。その為の道筋を知りたいのですよ。まさかバイトで稼ぐなんていうことではないでしょうし」

 

 ノープランでもないことは確実なはず。事実、その質問をした時から「よくぞ聞いてくれた!」と言わんばかりに彼女はウズウズし出したし。

 

「ゆー、ユーチューブやっちゃいなよ、ゆー」

「嫌です」

 

 嫌な予感は今もなお、高鳴るばかりである。

 

 ー・ー・ー

 

 さて、ここからの話しは進路相談から俺の悪口へと移行しだした2人にも協力してもらうとする。

 勿論、ユーチューブへの出演協力ではなくそれを止める協力だ。

 

「絶対嫌だ。そんな情報リテラシーのない頭のすっからかんな中学生みたいな思いつきの行動はやめて下さい」

「だって悔しいんだもん!」

「もん!じゃないです」

 

 成人後の人が言っていい言葉じゃねえだろ。

 

「絶対あのサイトよりも稼ぐんだから!んでもって自分の力でこのくらい稼げって言って記事削除のメールを送るの」

「性格悪っ」

「……陽乃さんはこうなったらテコでも動かないからな……」

 

 苦虫を噛み潰したような思案顔をする葉山。

 

「というか顔にモザイクかかってるんですからどうせ分かりませんし他の出てもいい人集めてやって下さいよ」

「捻くれてるなー、比企谷くん。ほんとは出たいのにそんな捻くれなくてもいいんだよ?」

「俺の性根を逆手にとっていいように曲解するのはやめて下さい。揚げてもない足を取られた気分です」

 

 バタバタと足を振るな、子供か。

 

「まあ、とにもかくにも、絶対に嫌ですよ。特に目立つのは死んでも嫌です。しかも悪目立ちとか、就職活動に影響が出たらどうするんですか?」

「そしたら私が養ってあげるよ。ちょうど婚約者もいなくなったし」

「……」

 

 ナイーブな問題を軽口に使うのはBG。この調子だと前回の落ち込みからはもうすっかり回復してるんだろうな。逞しすぎか。

 

「というか、そもそもの話、削除依頼すればいいだけじゃないですか。金稼ぎが気にくわないならそこの弁護士志望と裁判でも起こして下さい」

 

 ついでに、利益出たらたからせて下さい。戯言だけどね。

 取りつく島もなく断る俺に対してちゅー、と面白くなさそうなオレンジジュースを吸う陽乃さん。しばらくジト目を向けてきたが無視を決め込んでいると不意にペロリと下唇を舐めるとニヤニヤとし出した。

 

「……ま、そうだよねー。目立つのが嫌すぎて後輩に抱きついて号泣しちゃうくらいだもんねー。比企谷くんは全く日陰者の鏡だよ。陽が当たらないから機能してないけど」

「いろは貴様ッ!裏切ったな!」

 

 ブンブンと首を振るいろは。

 ……そうか、雪乃経由か!

 

「ふふふ。この状況じゃ仲違いなんてしてられないからねー。それに雪乃ちゃんの成長なんてもう待ってられない状況になっちゃったし、そもそも雪乃ちゃん、私より大人っぽくなっちゃったしー」

「はは、分かる」

「あ?」

「すみませんでした」

 

 真顔はやめてくれよ、漏らしちゃうだろ。……コーヒーには利尿効果もあるっていうし、多少はセーフか?

 

「いや、アウトだよ」

「今のは絶対に口に出してない自信があるぞ、彩加」

「顔に出てた」

「なら俺は彩加に手も足も出ないな」

 

尿は出るかもしれないけど。

 なんてくだらないことをかんがえていると、手に持つコーヒーを飲んでいるといろはが声を上げた。彼女は別アプローチを仕掛けた陽乃さんを牽制するように話を本筋に戻した。

 

「はるちゃん先輩。そのユーチューブってことは動画の広告収入で稼ぐってことですよね?」

「うん」

「なら結局はそれをまとめられるんじゃないですか?今時無断転載禁止の文字がどれだけ通用するかわかったものじゃないですし」

 

 お、いいぞ、もっと言ったれ。

 

「それならもっと別の方法───例えば生放送とかにしたらどうですか?」

「おい、助長するような意見を言うのはやめろ」

「それよ!」

 

 杜撰な提案になに目を輝かせてるんだ。

 

「いや、たとえ生放送であってもキャプチャして他の人にあげられることだってあるし、むしろそっちの方が他人に行く収益が多くなるんじゃないのか?やはりここはユーチューブ───」

「葉山よ、お前もか。お前ら陽乃さんに甘々か」

 

 というか、揃いも揃ってノリノリかよ。

 陽乃さんが目立たせるものを作るって言ってるんだぞ。何が起こるかわかったものじゃない。逸般に片足突っ込んでいるような一般人の怖さを知らないのか。いや、葉山あたりは知った上でのってそうだな。事勿れ主義の筈なのになに考えてんだ?

 

「簡単なことだよ。こうなった陽乃さんは止まらない。なら、落とし所を見つけるだけなのさ」

「葉山……」

 

 苦労してんだな。心中察するわ。察するだけだけど。

 しかしそろそろお開きの時間だ。

 この話もそろそろ潮時というものだろう。

 なら俺はここで逆転の一手を打たせてもらうとしよう。

 

「陽乃さん」

「なに、比企谷くん?」

「こうしましょう」

 

 

 

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 

 

 

「……さて、帰るか」

 

 話がひと段落してとりとめのない雑談を一通り交わした後、嬉々としていつまでも溜まっていそうな女子2人と、空気を読みすぎてお開きの言葉を切り出せない男2人に変わって俺は言う。

 時計を見た男子2人の同意もあり、会計をすることになった。

 

「あー、ちょっと待って待って!」

「……なんですか、陽乃さん」

「実はあの素敵な提案をしてくれた比企谷くんにお礼がしたくてさ」

「はあ」

「大丈夫だって!そんな嫌な顔されちゃうと帰っちゃうぞ?」

 

 各々のお金をテーブル上に出し合っている最中、陽乃さんが俺の耳元で囁く。囁くにしたってやや大きい声なのはご愛嬌だろう。

 

 

「……何ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「須郷さんに会いたいんだって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから3日後。

 俺は須郷と面会する機会を得た。


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