クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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2【例えばこんな再会⒉】

 泣き疲れてフラフラとした雪ノ下とも一言二言話したが、いまいち現実を受け入られないようで(というよりも、もしも現実じゃなかったらどうしようという気持ちが先行しているようで)、明日また落ち着いた状態でお見舞いをしますと俺の両親に頭を下げて退室していった。

 ありがとう、饒舌になった俺の口でそう告げたのは伝わってくれただろうか。……伝わっていたら嬉し恥ずかしい。

 

「生きててくれてありがとう」

 

 口を揃えて言った2人は恥も外見もなく泣いて、俺の頭を撫でて、優しく抱いて、小町に暗くなる前に帰るように告げると仕事に戻っていった。年度末という、時期的に考えて超残業期間(デスパレード)中でもおかしくないというのに駆けつけてくれた両親には頭が上がらない。

 

 こちらこそ愛してくれてありがとう。心配をかけてごめんなさい。と前よりも素直になれるのは皮肉にも、あのゲームのおかげなのだろう。とはいえ、あのゲームを好きだとは到底思えないが。

 

 両親がパレードに復列しにいった後も色々な事を話した小町は無駄になっちゃったね、と笑いながら千羽鶴をかばんから出してベッドに引っかけると(驚くことに既に4本の千羽鶴がベッドにはかけられていた)帰っていった。

 しんしんと降り積もる雪の中、SAOで仲の良かった仲間達を思い出す。1階層にいたクソガキども。下層で怯えながらもSAOに抗い続けた人達。中層でいつか攻略組を手伝うんだと息巻いて着実に腕を上げていた冒険者達。何も言わず俺の情報を信じて戦ってくれた攻略組。自分の身を削ってでも攻略組を助けようと踏ん張ってくれた生産組や情報屋。そして、特に仲の良かったギルメンの仲間達。

 

 どいつもこいつも、いつか元の世界に戻るのだと思い続けた一本芯の入った奴らだった。あいつらがいたからこそクリアできたし、俺もあのゲームを耐えきることができたのだと改めて思う。

 

 1層攻略時に、いつかリアルでも共に飯を食おうと約束したことは今でも覚えている。……約束しあった奴の中にはもう飯を食うことができなくなった奴がいることも、またそれがキッカケで再起不能になった奴がいたことも覚えている。だけど、それでも俺らはこの世界に戻ってきた。祝賀会を開く時がついにきたのだ。あいつらのぶんも飲んで食って祝って喜んでやろう。

 

 

 

 誰もいなくなった病室で、名前もわからない機械が───ブゥン───音を立てるのを聴きながら、この日最後の涙を流すのだった。

 

 

 

 

 俺らを残し、思いを遺していったあいつらへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 

 次の日。早い時間に寝て、遅い時間に起きた俺は痛い喉をさらに痛めつけるかのようにスープを無理やり腹のなかに流し込んだ。流動食すら食わせてもらえないほど衰弱しきった自分の身体を恨めしそうに睨む俺に昨日の医者(小林と名乗っていた)は、ため息をついて言った。

 

「ギャグ漫画じゃないんだからそう簡単に筋力が、食道が元に戻るわけないじゃないか。こっから何週間もかけて器官と筋力を元に戻していくしかない。取り敢えず、自力でベッドから起き上がれるようにならないとね。……いや、ちゃんと喋られるようになってもらうのが先かな。政府の役人さんも話を聞きたがっていたし。雪ノ下さん曰く、君の特徴は尖った思考と歪んだ口調らしいから僕としても話す日を少し楽しみにしているよ」

 

 もうそんなに捻くれてねえよ。悪態を心の中で叫ぶも哀れ八幡、相手に伝わることはなく診察を終えた医者はさっさと出ていってしまった。

 ……寝るか。

 

 時刻は午後3時。

 

 診療後、結局寝てしまった俺が再び起きた時間はこれから数週間は食べることの叶わないおやつの時間。病院内は今日も今日とて騒がしい。

 現在、耳の調子すらも悪い俺にとってこのつんざくような騒がしさはどこかきついものがあった。

 

 

 ガラガラ!!!

 

 

「ヒッキイイイイィィィ!!!」

 

 

 うるせぇ!と開いた扉に立つ来訪者を睨む。

 

 まるでジョジョに出てきそうな効果音を口に出しながら入って来たのは、かつて俺が『ビッチ』と毎日のようにバッサバッサと切っていた大切な仲間の1人。

 せわしなく動く看護師なんかよりも余程騒がしくて、心地よい彼女は目を開けてただ見ることしかできない俺にずんずんと近づいてくる。

 

「ヒッキイイイイィィィ」

 

 いや、もうそれは聞いたから。というか俺の名前を呼んでたのかよ。

 

「ヒッキー……心配したんだからね!!」

 

 ぎゅっ。と彼女に包まれる。下世話な話、柔らかい。また一段と大きくなったな。しかし今の俺にとってそのご褒美は同時に呼吸困難を招く凶器でもある。苦しくてもがもがともがいていると彼女は『……ぃや』と呟いた。ど直球に言い直そう、彼女は喘いだ。

 

 えぇ……。

 

「もう!ヒッキーのエッチ!……ってあれ?もしかしてヒッキーまだ動けない?というか体細っ!」

 

 馬鹿なのかお前は。

 ……いや、馬鹿なんだろうな。相変わらず馬鹿で馬鹿でどうしようもなく愛される。俺の知ってる彼女、由比ヶ浜結衣という人間はそんな人間だった。そんな彼女がいたからこそ、かつての俺は本物を掴みとれたのだろう。って、マジで息苦しい死ぬ。幸せに殺される。

 必死に由比ヶ浜の腕をタップするとそこでようやく俺の異変に気付いたのか、バッと巻きつけていた両腕を由比ヶ浜は離した。

 

「ご、ごめん!つい嬉しくて!!」

 

 平に謝る由比ヶ浜。

 

「けど、本当に心配したんだからねー」

 

 そう言って半泣きになる彼女。

 喜んだら泣いたり忙しいやつだ。

 

「けど、こうして見るとなんだかまだ目覚めてる気がしないね。なんだかこう、まだ眠ってる感じ?っていうのかな。ヒッキーが話してくれないからなんだと思うんだけど、なんか、こぅ、今だからこそ言いたいこと言いたい放題言えそうな感じっていうのかな?……言っちゃっていい?」

 

 ポーチからハンカチを取り出して涙を拭く。

 開けてもらった窓から漏れた風がヒュルリと頬を撫でた。

 

「あのね、ヒッキー……昨日のうちにもう聞いちゃったと思うけどね。私、ううん、私達はヒッキーのバイタル値をずっと見てたんだ。それで、ずっとずーっとハラハラしてたんだ。『まだ起きてるの?なんで無理するの?』って。……でもね、私、ちょっと悪い子だからさ、少し嬉しかったんだ。ヒッキーが戻って来てくれるためにこんなに頑張ってるんだって思えたから」

 

 由比ヶ浜は悪いやつなんかじゃない。そんなことを言ったら俺は情報だけ与えてあとは引っ込んで震えて待つことしか能が無かった根性なし、【及び腰】だ。

 それに実際そう思って頑張ってきた。

 

「だからね。私も頑張ったんだ。頑張って頑張ってそれで、ヒッキー、ううん。八幡君に胸を張って会えるように」

 

 そう言って微笑む由比ヶ浜は大人びていて妖艶で、これまた下世話な上に、上からな話だが。つい俺は良い女になったな、なんて思ってしまった。

 

「八幡君、私、大学に合格したよ。ほんとは留年でもなんでもして八幡君と卒業したかったけど、一足先に卒業してさ。───私、看護師になろうと思うんだ」

 

 ぽつりぽつりと紡がれる彼女の言葉はいつも誰かのことを気遣って流されていた彼女とは思えない程力強くて───ともすれば攻略組よりも芯が通っていて───それでいて、彼女らしい優しさに溢れていた。由比ヶ浜は、ろくに洗われもせず脂ぎっているであろう俺の髪の毛を嫌な顔一つせず撫でる。

 

「……髪、結構伸びちゃったね。これって本当は家族の人たちが切ろうとしてたんだけど、小町ちゃんが、『少しでも前のお兄ちゃんを残しておきたい』って言って譲らなかったんだよ。……私も、譲りたくなかったけど。

「やっぱりさ。こうやって色々な出来事があって私達は少し離れちゃったけど、また再会できたらそれで良い、なんてことはなくてさ。今までがあったからこそこれからがあるんだと思うんだ。だから、八幡君のこの髪の毛の先10センチは今までの私達の証なんだ。……って寝ちゃった?」

「……ぉき。……ぇぅ」

「喋った?! って声、出せたんじゃん。まだ大変そうだけど」

 

 ありがとう。ごめん。俺が昨日からいっぱい繰り返して来たこの言葉が、彼女に対しては少しだけ変化していた。

 

 即ち、『やっはろー』。

 

 今までは決して使ったことのない単語だったし、ありがとうでもごめんでもないただの奇妙な挨拶だったのだが、割と綺麗に言えたそれは目論見通り彼女の瞳を揺らす。

 

「え?……え?」

「ぃいたせ、たがっ、てたじゃ……ないか」

 

 ちょっとした意趣返しのつもりであった。

 それだけに由比ヶ浜が再び泣き始めたのは意外であった。

 啜り上げた彼女は髪の毛をふさり俺の胸元にかけるようにして布団に覆いかぶさる。その姿は昨日の雪ノ下を見ているようで、俺は愛しさを感じられずにはいられなかった。

 後日、ことの真相を聞いてみると、彼女は俺のあの言葉を聞いて初めて『実感』が出たそうなのだ。

 テレビを見て、雪ノ下に話を聞いて衝動の赴くままに駆け出したは良いけど、どこかふわふわとしていた彼女はかすれかすれの俺の言葉を聞いて『ああ』と。

 結局これまた昨日の雪ノ下のように由比ヶ浜が眠ってしまうまで俺は彼女を眺め続けた。

 

 眠る彼女の頭に手を当てたくて体を起こす。といっても実際に体を起こすのは今の俺にとっては至難なことなこで、ベッドを操作して無理やり体を上げただけなのだが。

 ベッドを起こすと、さっきは頰を撫でるだけの冬の風がどうにも心地よく俺の体を通っていった。

 

 おそらく、嬉しいことに今日はまだ他にも見舞いの客が来てくれるだろう。誰が来るのか、また泣いてくれるのか、それとも叱られるのか。そんな贅沢な想像をしながら窓を眺めていると、ガラリ、とお馴染みドアの開閉音とともに来客者の声が聞こえて来た。

 

「……先輩」

 

 

 

 

 


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