クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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27【邂逅⒈】

「須郷さんに会いたいんだって?」

 

 ゴールデンウィークのあの日の帰り際。

 面白いものを見つけたかのような表情を見せた彼女の目は、反して有無を言わさない視線で俺を見ていた。

 

 そんな一言を投げかけられて、日を置いて。

 

 日を改めてやって来たのは旧雪乃邸。つまり高校時代に雪乃が借りていたマンションの一室。本人は婚前だからと実家に戻されているらしいが、陽乃さんはその隙にちゃっかりマンション契約を自分の名義で更新していたらしい。

 

「座って座って〜」

 

 そんな現陽乃邸のリビングの入り口で俺は、由比ヶ浜程とは行かないまでも魅力的な胸を弛ませて自分が座るソファの隣を叩く陽乃さんを前に佇んでいた。

 失礼します、と陽乃さんの向かい側に座る。対面にソファはないため床に直座りだ。

 横に座らなかったのが不満ならしく、何か言いたげに頬を膨らませる陽乃さんを華麗にスルーして問いかけた。

 

「……で、昨日の話はなんだったのですか?」

 

 そこから始まる話は余計なボケや茶々が多々挿入されたため大胆にカットさせてもらうが、纏めると、須郷と会談するための計画を練ったげるっ!ということだった。無論、一般人である俺らがどうこう言い合ったところでそんなことが実現するとは思えないから、と初め俺はそれを拒絶した。良くも悪くも現実世界の無力さを受け入れていためだ。

 諦めていた、と言い換えてもいい。

 

「……けどそれは、私達だけの力じゃ足りないってことだよね?ならそれはまだ、ゲームオーバーには程遠いよ。八幡くん、私はあの日、望んでもいない婚約を一方的に断られた時決めたの。もう、私の人生は私が決めるって」

「だから、私の人生として、雪乃ちゃんには雪乃ちゃんの人生を歩んでもらうの」

「わかる?私の人生を私の人生として歩くためには雪乃ちゃんがあんな男との結婚するなんて未来があってはいけないの」

「だってそんなの、私が押し付けたみたいじゃない!」

 

 だが、そんな諦観の構えも、悟ったかのような態度も感情論(ワガママ)の前とあっては形無しで、無力が無力化されたらそれはもう有力になるしかなかったのだった。

 のちに「ひねくれた言い方だ」と某アラサーには笑われることになるのだが、そんなことがあったのだった。

 

 某アラサーが何故そんなことを知っているのかと言われたらそれは、特例株式会社ラースにこの件について頼ったから他ならない。なぜラース社に行き着いたのか。それは、そもそも陽乃さんが何故『須郷と会える』と言わんばかりの態度だったかという疑問に関係する。

 

 彼女は知っていたのだ。

 

 ラースがVRという新境地に対するストッパーにしてリアルとのチューナーたりえん存在だということを。それも三権のうちの一つ、内閣と密接に繋がった機関であることを。

 

 そして、彼女は既にツテを構築していたのだ。

 

 聞けばそれはもう、あたかも須郷は既に蜘蛛の巣の上のハエと言わんばかりの周到さだった。

 俺が計画に賛同した瞬間に須郷が逮捕されるまでのレールが構築される程度には周到だったのだ。

 

 

「では、これより打倒須郷計画を発表します」

 

 

 まず初めにラース社をSAO事件をはじめとしたVRに関する事件の相談及び対応をとる特異的な存在だと世間的に周知させる。これはサバイバーのために特別学校を開校すると発表したおかげもあって達成済み。

 その次にレクト社、とくに須郷がチーフプロデューサーを担っているALO部門に関する致命的な噂を立てる。そしてその噂を手掛かりにラース社とのつながりを作ってそこから犯罪行為をリークして終了。

 

 初めて聞いた時は周到さに感激した自分を殴りたくなった。

 二つ目からしてガバガバじゃねえか、噂ってなんだよ、犯罪行為ってなんだよ。そんな事実一切世に出てねえよ。出てないけどあるかもしれないから企業と結託しました!なんて話があるわけないしどうするつもりだったんだこのヤロー。御都合主義の後付け設定みたいなガバ計画建ててんじゃねえよ。そもそも完璧主義な陽乃さんがそんな計画披露するわけねえだろ。

 

 などなど思うことはあった。

 

 だから、いや、無理っすよ、と素で言った。なじられた。

 

 しかし聞いてみれば知らぬ間にラース社はキリトと太く繋がっていて、彼から赤裸々に須郷の所業が漏れ出していたらしい。キリトのちゃんと報連相のできる優秀さを褒めるべきか、ラース社がSAOクリア後に速攻キリトとつながりを持ったことに感心するべきか。どちらにせよ、人の噂に戸は立てられないことを改めて実感した。

 加えて、上記の通りラース社は政府の方との繋がりもあるらしく、詳しくは言えないがそこの複雑な絡まりもあるらしい。

 

 

 時間を整理すると、まずキリトからの報告があって、ラース社の思惑があって、そこに俺と陽乃さんが乗っかった形になる。

 

 

「そこで、八幡君にはやってもらいたいことがあります」

「……なんですか?」

「須郷さんと適当に話して立件できそうな証拠を掴んできてほしいの」

「例えばどんなものですか?流石にそこらへんにポイポイとまずいものは置いてないと思いますが……」

「録音ね。スマホでもICレコーダーでもなんでもいいわ。須郷さんの声だと断定できるレベルの明瞭さの自白録音を、撮ってきてほしいの。少なくとも会談を3回は取れるように掛け合ってもらうつもりだから、頑張ってね」

 

 おそらく俺に頼むのは学生という身分と、須郷との面識がゼロに近いというメリットがあるからだろう。なので、その役割を追うことにはなんの反対もないのだが……。

 

「あの……肝心のその会談の取り付けは誰が行うんですか?」

「私……とあと、雪乃ちゃん。流石にそれなら断れないでしょ?」

「まあ、そうですね」

 

 ここでふと疑問が浮かんだ。

 どうしようもなく基本的で、一番初めに考えるべきこと。

 

 何故、俺は須郷と会いたいのか。

 

 衝動的な行動で会いたいと言ってしまったが、果たして俺は何をするべきなのか。幸せになることは決してないから雪乃を助けたい?あるいは単なる正義感から?

 

 結局その疑問は当日あっても解決することはなかった。

 もしかしたら、いや、絶対に。

 自分の行動理念を明確にしなかったこと。

 

 それが、いけなかったのだろう。

 

 

 だから、足元をすくわれたのだろう。

 

 

 ー・ー・ー

 

 

「それは明日奈のことかい?それとも、雪乃のことかい?」

 

 ドアノブにかけた手が動きが止まる。口調は一転、知的系悪役のようだった。

 

「ふふふ、あはははは。いやいや、いやはやぁ……」

 

 目を閉じて一回深呼吸をして振り返ると、そこには須郷がいた。

 

 須郷信之その人が立っていた。

 

「うぅん?はぁ……いい顔をするじゃないか、【影友】」

「……」

 

 愉快だ。愉悦だ。愉しくて仕方がない。

 醜悪な表情を隠すことなくありありと須郷は浮かべている。先ほどまでとこちら側。どちらが本性なのかは問うまでもなかった。

 

「だんまりかい?せっかく僕から話を振ってあげたというのに。……あぁ、もしかして僕が君のことを調べてないと思っていたのかな?順調にボロを出してやがるぜとか勘違いしてしまっていたのかな?」

「……」

 

 須郷はソファの向こうに配置されていたデスクに座るとやれやれと言わんばかりに大げさに肩をすくめる。

 

「全く。どいつもこいつも度がすぎたバカばかりで嫌になるよ。【英雄】はゲームしか能がない甘々の愚図だし、かと言ってSAOの頭脳として名高い【影友】も良くて凡人、見たところは凡人以下で話にならない。どいつもこいつも所詮この世界においてはただの一般アカウントを所持してるにすぎない群衆の1人だった」

 

「……お前を逮捕する用意がある、と言ったらどうする?」

 

 今だけは、心で行動してはいけないと、心を刺し殺して無感動にただ淡々と言葉を返す。一言の間違えが蜘蛛とハエを一転させる。

 

「逮捕?逮捕と言ったら、あの逮捕かい?」

 

 自分の額を手のひらで打って須郷は爆笑する。カンに触る掠れた引きのある笑い。

 

「何がおかしい?」

「『何がおかしい?』 ふん、おかしくない。額を打って頭が狂ったかのように笑う程度にはおかしくない。まあ、打ったんだけどね」

「……逮捕状が出るまではほぼノータイムで行われること位分かっているはず。貴方が笑ってられるのも今の内だ」

「まるで君自身が警察であるかのような物言いじゃないか。そんなに連呼されるようじゃ警察の名も安くなるってものだね。……それに、社会的弱者が何を言ったところで彼らが動くことはない。例え、君のバックに政府協力の特例株式会社が付いていたとしていてもね」

「!!」

「もう一度言おう。僕が何も調べてないとでも思っていたのか?君の考えも、君の後ろの思惑も全て分かった上で僕はこう言っているのだよ。『無駄だ』とね」

 

 心底楽しいと言った笑みを浮かべた須郷はガララ、と乱暴に引き出しから乱雑にまとめられた紙束を無造作に卓上に投げる。

 そして彼は顎で俺と紙をつなぐ。取りに来い、ということらしい。恐る恐る近づいて紙束を手に取った。表紙は何も書いてない白紙。

 

「……なんですか、これは?」

「君達は愚かだ」

 

 答える気は無い、と。

 

「君達は実に愚かだ。ここまで来るのに何工程かかった? 何日かけた? 何をして来た? そう、一々指摘するのが面倒なくらいに手順をかけてきたのだ。まるで足し算しかできない赤ん坊のようにね」

 

 ページをめくる。

 

「僕はかけ算を知っている。引き算を知っている。割り算を知っている。……君達の四倍、いや、四乗は才能に溢れ才気に満ちている。【影友】である君はこのことが理解できるかい?」

「……これは」

「『これは?』ふん、見てわかることを口に出さないほうがいい、馬鹿に見える。大人しく聞いていられる分【英雄】の方がまだ利口だな。……躾けられているという意味ではね」

 

 さぁ乗ってきたと言わんばかりの口汚い軽口が耳に入るのを感じながらも俺はまくったページから目を話すことができない。それどころが続く罵倒に反応する間も無く勝手にページをめくる手を止めることができない。

 ……だって。

 

 だって、これは。

 

 

 これは、あっちゃいけない(、、、、、、、、)ことだろう?(、、、、、、)

 

 

 

 嘘だろ?

 これだけは、こんなことが許されるはずがない。

 

 

 

 これは明らかに、どうしようもなく、コトワリを踏み外している。

 

 

 

 人道を逸脱している。

 常軌を逸している。

 

 

 

 あり得てはいけない、非道にして終わりすぎている事実じゃないのか?

 

 

 

 

 

 ぐにゃり、須郷信之が笑う。

 ぐにゃり、視界が乱れる。

 

 文字列が乱れる。

 

 

 自分が乱れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 資料①『雪ノ下建設との私的協定』

 ⒈木箱計画(WOODEN BOX)
 ……雪ノ下建設(以下甲)と協定を結ぶ者(以下乙)は下記に従うことを契約した。

 ・木箱計画の最高責任者に乙、組織運営を甲に任命する。
 ・木箱計画における損失及びその保障は甲が持つ。
 ・木箱計画の外部協力として、米政府に所属する研究機関を要請する。木箱計画の施行後乙の所属は其れに置かれる。
 ・木箱計画はSAOクリア後一年以内に可及的速やかに実地される。


 ⒉甲乙における婚約関係

 ・甲は長女(以下丙)と乙の婚約を認知する。これは要項1の良質化に努める決意として行うものとする。
 ・乙は自らの意志を以って離婚することはできない。甲は丙にいかなる危害を加えることはならない。
 ・契約二項は甲乙丙全ての統一意志によってのみ変更される。


 ⒊金銭関係

 ・雪ノ下建設は木箱計画の先行資本を須郷へ提供する。乙は甲にかかると予想される金銭を除く障害の除去に努める。尚、障害の排除はいかなる機関に対しても適用される。

 ・木箱計画による純利益の3割は甲乙によって8:2に分割される。これは他機関との合意の上でのものである。

 ー・ー・ー

 資料②『木箱計画』

 木箱計画(WOODEN BOW)とは、日米を始めとした10の企業を中心として行う全く新しい形の不動産ビジネスに関する世界的展開の活動の総称である。

 ⒈概要及び注釈

 ・木箱計画の発足はSAO事件を受けて須郷氏が自らの研究成果と合わせて発案された物であり、不動産会社Yからの投資を資本として計画された。現在(12/31)の進捗状況はSAO事件の終結を待つのみとなっており、また本計画は極めて実現性の高いものとされており今現在も計画への参加企業は増加中である。

 ・木箱計画とは、木箱。つまり人工的に作り出した土地(電子世界)を全人類向けに割譲・販売する革新的な不動産業及びその関連事業である。


 ⒉経過報告兼第32回中間報告

 ・木箱構築 ───完了
 ・人体の情報化プロセスの発案・監修・成立 ───完了※
 ・事業展開の為の事前準備 ───限定的に完了
 ・各機関への報告、意思統一 ───完了


 ※人体の情報化の副産物として、感情コントロール・魂のクローン化・完全証明物体Xが発見された(別資料)。
平等性の観点から、別資料は須郷氏とその所属先のみが所有を許可されることと相成った。


ー・ー・ー


別資料
【精神と肉体の乖離に関する報告】
(省略)
【感情プロセスと精神と脳細胞の活性化について】
(省略)
【シンイ、及び完全証明物体の有無による精神の破壊性】
(省略)
【木箱内におけるクローンの複製】
(省略)



【SAO帰還者と一般人の相違に関する実験及び被験者を用いた感情コントロール実験・電子クローンの精製実験に関する報告書】
(省略)

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