クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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34【SIDE-B⒉】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じてどのくらい経った頃だろうか。

 ユイが突然叫んだ。

 

 

「パパ!目を開けてください!!」

 

 

 おかしい。

 いくら待っても衝撃が来ない。

 

 

「……どうなっているんだ?」

 

 目を開ける。

 

 目の前には大きな背中。漆黒の鎧に大斧。

 

 比企谷八幡ではない。

 

 この雰囲気と風格は、

 

 

「エギル!?」

「……いよぉ、キリ坊。元気そうじゃねえ……かっ!」

 

 大斧を振るう。

 もう見られないと思っていたドアへの道が一瞬だけだが現れた。

 

「なんでお前がここに?!」

「大丈夫?!お兄ちゃん!」

「リーファ!」

 

 横から襲って来たエネミーを切り刻んだのは死に戻ったと思っていた金髪碧眼の妖精。なぜか全ての得物を失ったはずなのに剣を手にしている。目に涙をためた彼女は思わずキリトに抱きついた。

 

「ああらよっと!俺も忘れてもらっちゃあ困るぜ?」

「お前は!……誰?」

「うおおおおい!俺だよ俺!クラインだよ!ってか結構余裕あんじゃねえか!」

 

 片手間にバッサバッサ敵を切り倒しながらツッコミを入れる赤髪に、キリトは歪んだまま固まった顔が少し緩むのを感じる。

 

「いや、本当に何が起きたんだ?!……まさか、夢?」

「パパ!あれを見てください!」

 

 ユイが再び叫ぶ。指をさしたのは遥か下。

 

「ドラグーン隊! ブレス攻撃用───意!」

「シルフ隊!エクストラアタック用意!」

 

「「撃て!」」

 

 世界樹のど真ん中。そこにいたのは、絶対に交わらないはずの他領による連合大隊。シルフの精鋭部隊と冗談みたいなデカさを誇る竜騎士が肩を並べあっていた。

 

 飛龍の溜め込んだ劫火と縦横無尽に駆け巡るメイジの魔法が合わさって最強に見える。とはクラインの証言。だがそれもあながち間違いではない。

 レッドクリムゾンの火線が空を切ったかと思えば、極太の白雷が宙にヒビを入れる。

 この世の終わりのような絵面ではあったが、宙を彷徨うキリトに被害が及ぶことはなく、周りでせわしなく動く白騎士達を的確に焼いて、砕いて、破壊していった。

 10本の火柱が立ったかと思えば豪雷が巻き起こる、味方に回ればこれほど力強い光景はない。

 

「3番から7番は密集隊形を崩すな!」

「1、5番隊はドラグーンに従って行動しろ!たなびく尻尾から厳つい牙まで覆う鎧を生かす時だ!」

 

 大連合隊隊長の支持によってせわしなく動いていくプレイヤー達。鎧に隠れて見ることができないが皆が笑っている。

 リーファはその景色に戦慄とも感動ともつかぬ感情で胸が一杯になり、涙ぐむ。種族間の超えた交流の難しさを誰よりも知っていたからだ。ルールやマナーや常識なんてなにもない。そんな普段からしたら無茶苦茶もいいとこな目の前の景色に思わず言葉を失った。

 

「嬉しいのさ。このゲームを派手に終わらせてやることができて」

「いヤー、レプラコーンの鍛治職人を総動員して装備やら武器やら龍鎧やらと用意していたらこんな時間になっちゃたヨ〜。お陰様で金庫はすっからかン!」

「全滅したらと思うと今からお腹が痛いよ」

 

 キリトは思わず振り向く。

 そこでは高下駄に着流しのシルフ領主、サクヤとケットシー領主、アリシャ・ルー両名が笑っていた。

 

「きてくれたのか!」

「……ありがとう、二人とも」

 

 兄妹揃って涙ぐむと領主達は思わず頰の笑みを深めた。

 

 しかし、状況は好転したとは言いにくい。良くて均衡状態だ。サクヤは「お礼は全てが終わってからにしろ」と多少微笑みながらではあったものの、屹然といった。

 

 

 

 

「さあ、行こ「司令確認!!」

 

 

 

 

 

 

 

「聖歌隊!第238番2楽章用意!」

 

「サラマンダー隊は遊撃に回れ!」

 

「インプとスプリガンは拘束に専念しろ!倒しても一時しのぎにしかならん!!」

 

「回復部隊はドラグーンに魔力供給を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ───行こう!」と言ったサクヤをかき消さんばかりに大きく響く声。

 

 キリト達はおろか、サクヤとアリシャも目をキョトンとして下を見る。どうやら領主2人も知らない声らしい。

 そうして、状況を把握した時、ケットシーとシルフは大きな声で驚きの声をあげた。

 

「嘘だろ!!」

「ゆ、夢カ?!」

 

 火妖精サラマンダー、音楽妖精プーカ、闇妖精インプに影妖精スプリガン。そして水妖精ウンディーネ。

 

 ケットシーとシルフのように同盟を結んでいるわけでもない、他領の、それも秘蔵部隊の勢揃い。もしも動画撮影が行われていたとしたら、リアルマネートレードできるほどの機密情報の集合体がそこにはあった。

 

 シスターのような制服に身を包んだプーカの秘匿聖歌隊。

 燃えるような真紅の鎧に身を包んだサラマンダーの華龍隊。

 黒フードにつぎはぎの制服に身を包んだインプの泥沼隊。

 何故かなんの変哲も無い冒険者の服を着ているスプリガンの影縫隊。

 薄い羽衣を身にまとったウンディーネの愈唯(ゆゆい)隊。

 

 どれもこれもが竜騎士(ドラグーン)隊や古代級(エンシェント)装備で固めた超魔導隊並みのトップシークレット部隊。辛うじて噂を聞いたことがある程度の存在。

 

 それが、ゲーム終了間際にてそろい踏みしたのだ。

 

「……一体なにがあればこんなことが可能なんだ……?金?いや、ありえない……」

「プーカの領主って確か現役歌手だロ?なんでこんなところにいるんだよ!」

 

 我に戻った二人が騒ぎ出す。

 キリトは何か思い当たったのか小さく「あ」と呟いた。

 

 

 

「……粋な真似しやがる」

 

 

 脳裏に浮かんだのは、やはりあの男。

 

 

「粋なわけないだろ。【英雄】」

 

 

 上から聞こえる声に領主二人と兄妹は顔を上げる。

 

 

 そこには仮面をつけたフード姿の男。

 リーファはすぐにその装備があまりにも貧相なことに気づいた。まるでニュービーが無理して行った仮装のような装備だ。

 

「二人はケットシーとシルフの領主か。この度の世界樹攻略には感謝する。ありがとう」

「……ああ、こっちのセリフだ。……ってそうじゃない!」

「そうだヨ!いつの間に半分以上の領土が同盟を結んでいたんダ!そしてお前はだれだヨ!」

「ケットシーの方の喋り方は知り合いを思い出すな……」

 

 仮面の男は小さく呟いた。

 そして、下を見るとキリトに向かって言った。

 

「早く行け。そろそろ須郷の修正が入る」

「え、あ。お前はどうするんだよ」

「囚われているのはアスナだけだ。俺が行くのも変な話だろ?……それに、物語としてもそれが順当だ」

「物語って……相変わらずだな」

「うっせー。……早く行け!」

 

 仮面の男はキリトに剣を投げ渡す。持っていけということらしい。

 

「……分かった。サンキュ、影友……ユイ、行くぞ!」

「はい、パパ!」

 

 

 キリトは振り返ることなく天蓋へと飛び去って行った。

 

 

「エイユー……エイユウ……【英雄】?」

「いや、その英雄はキリトの方だな」

「はい?!キリトが英雄だと?!」

 

 ALO編でキリトの正体に気付いているのはリーファのみなのでサクヤの驚きは当然のものだったりする。

 

「……俺は【影友】の方。SAOサバイバーに少し顔の広いだけでPSゼロの男だ」

 

 唖然として声が出ない二人。

 

 

 思い出したのかのように仮面の男、八幡は突然合図するように手を叩いた。

 

 

 

 

 瞬間、大轟音が鳴り響く。

 

 

 

 

「な、なにが起こっタ?!」

「……本物の、影友……」

 

 呆然と天蓋を見て言うサクヤ。

 

 夥しい数の守護騎士は蔓延っていたはずのそこに敵影は一つもなく、代わりに相当数の目の前の男と同じ、チグハグな格好をしたプレイヤーがいた。

 

 

「……まさか、あれ、全部」

 

 SAOサバイバー。

 

 キリトを見送ったリーファが目を見開く。

 それは天蓋からとてつもない量の光が降り注ぐ。キリトが無事ドアをくぐったことの証。

 

「……行ったか」

 

 仮面の下で八幡は目を細めて言った。

 そして、八幡は領主二人に会釈をすると、SAOプレイヤーのいる上空へと舞い上がって行く。

 

「……はは、あの量のエンジェルナイトを瞬殺か」

「なんか竜騎士部隊なんて作ってるのが馬鹿らしくなってきたヨ〜」

 

 

 グランドクエスト攻略が世界樹の下の方にも伝わったのか。所々で勝鬨が上がる中、丁度天蓋からの光が逆高となりシルエットしか見えないSAOプレイヤーを二人は眩しそうに見るのだった。


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