32.5 【漏れ話⒈】
ある日放課後。
いつものようにいろはに拗ねられたため、宥める代わりにアルゴと出会ってからの話をすることになった。
「ほらほら早く話して下さいよ。聞き上手の私に聞かせて下さいよ。どうせ劇的な展開があったのでしょう?」
「お前は俺の人生をなんだと思ってるんだよ」
言っといてなんだが、多分喜劇だと思われているんだろうことは予想がつく。ニッコニコで俺の言葉を待ついろはを眺めて一つ深く息を吐く。
「あー」と前置きならぬ前声を出し、首をかくのだった。
やっぱ笑顔ってずるいわ。
そんなことを考えながら。
ー・ー・ー
「一転攻勢だ、影友」
世界樹攻略より二日程前。
俺はかつての盟友と再会した。
「ヤッホー。おひサー、元気してター?俺っちは元気してター」
「……」
その時俺は、呆然と彼女を見ることしかできなかった。
【情報屋】アルゴ。【鼠】とも呼ばれていた、かつての仲間筆頭といってもいい存在である彼女。
神出鬼没な彼女はいつもこのように俺を驚かせて遊んでいた。曰く、『律儀にリアクションとツッコミを入れてくれるからやめられない』とのこと。
おのれは関西人か、と思ったりしたがついぞ彼女のリアルの住所を知ることはなかった。
知りたくもなかったけど。
そんな彼女のプレイスタイルにしてプレイロールはその二つ名が指す通り『情報屋』。つまり情報集め。繰り返すが、アルゴはそれを生業にしていた。
つまりはそう、俺と同じ分野を専門としていたのだ。
出会った当時は俺が下層の治安形成に携わっていた(というか半ば巻き込まれていた)こともあり接点は少なかったが、やがて攻略組に情報提供をし始めるようになると彼女との接点も次第に増えていった。
そして、ひょんな出来事から俺が作ることになった情報ギルド。その副団長に抜擢されたのがこいつだったのだ。当たり前だが、団長は俺。
ギルドでどんな扱いされていようが、俺ったら俺だ。
そういうこともあり、わりかし仲の良かったこいつがいつか現れるのではないかと思っていたことがない、と言えば嘘になるが、まさかこのタイミングで(しかもこの状況で)来るとは露ほどにも思ってもいなかった訳で。
俺の心は様々な疑問で飽和寸前だった。
「おっ、驚いて声も出ないってカ?……ええと、比企谷八幡だから『ヒッキー』カ?なんだか引きこもりみテーで、ニャハハハ、お似合いダナ!」
なんなのこいつ。一瞬で地雷を踏み抜いてきやがった。俺はこいつの軽口に慣れているから特に何も思わないが、横で聞いてる結衣の表情が面白いくらい引きつっちゃっている。俺のために怒ってくれるのは嬉しいが、こいつに対していちいち突っかかるのは逆効果だぞ。
「そんデ、こちらの嬢さんは誰?まさか、間女!? 酷イ! オイラとは遊びだったのネ?!」
「黙れ年増。いつまでそのロールプレイを続ける気だ──つーか、何しにきたんだよ」
「ヒッキー、今貴様は言ってはいけない言葉を言った」
「口調のことか?ロールプレイしたいならネズミ髭はともかく、せめて金髪フードくらい再現はしてから出直してくるんだな」
「にゃはは。そんなこといって、こっちのオイラはオイラで好きなんだろ?」
「……否定はしない」
今のアルゴは大学生が好みそうなカジュアルな春服に茶髪だ。顔も整っているため、なんだかそこらへんでモデルのバイトしながらリア充してそうなオーラが出ていた。
「……ねぇ、八幡くん。この人誰?いきなりヒッキー呼びとかメッチャ失礼じゃない?」
「ははっ」
つまらんブーメランギャグはよせ。
鼻で笑うと小声の結衣はむぅ、と頬を膨らませた。
「それで、アルゴはなんで俺のリアルの顔と居場所を知っているんだ?まさか現実世界でも【情報屋】やってた訳じゃねえだろうな?」
だとしたら、それなんて漫画?と言わざるをえないんだが。
「んー、まぁいい線いってる。呑気に……かは知らないけど、普通の高校生やってるヒッキーには分からないかもだけど──」
一旦言葉を区切り、口調を崩したアルゴは笑う。
片方の口角をニッとあげる彼女の仕草はSAOでのニヒルな笑いと寸分違わず、目の前の女性がかつての相棒なのだと確信させられた。
「──私、現実世界では【探偵】、やっているんだよね」
ピシ、とおそらくバックパームの要領だろう。どこからともなく名刺を取り出す。
書かれていたのはアルゴのリアルネーム、事務所名であろう文字列、電話番号などなど。
事務所のロゴマークはネズミではなくシルクハットでだった。
「……なるほどな」
しかし、その名刺が示すことはもっと別のこと。
一般人には(というか俺以外には)伝わらないであろう別の
ただ、これは……
「分かりにくすぎだろ」
「そのくらいの方が丁度いいんだよ。分かりづらければ分かりづらいほど、そこに何か感情を持つ者が気付く。簡単なメンタリズムさ」
名刺の裏面に描かれていたマーク。それはメチャクチャ怒った手書きのミッキー。
恐らくネズミはアルゴであることの証明。
怒りは英語変換の伝言ゲーム。
「つまり、
「ついでに言えば、そのまま私が激怒していることを表している。君と同じようにね」
そんな感情をおくびにも出さずに彼女はキメ顔を作る。
……探偵、ねぇ。
よれたベージュのコートを着たイメージが強いが、本当にこんな美少女がやっている所もあるのか。それこそ漫画の話のようだ。
横から名刺を見ようとぴょんぴょんする結衣にソレを預け、俺はアルゴに尋ねてみることにした。
「ちなみに、俺の所在を調べたのは名探偵のごとく推理でもしたのか?」
「……そうとも言えるし、そうとも言えない。確かに推理の結果、見事君の居場所をつかんだのは間違いない、ただ、その推理というのは───」
「あーーー!!」
結衣が大きな声をあげた。
アルゴはそれを見て笑みを深めた。
「にゃはは、そっちのお嬢さんに聞いた方が話は早いと思うよ」
「……?結衣、どうしたんだ?」
「ここの事務所ってもしかして!」
結衣が目を見開いて言葉を続けようとした時だった。
「だーれだ」
再び目の前が真っ暗になった。
あからさまな天丼ネタ。
そして、耳鼻を打つ甘美な存在感。
(え?) と、心の中に疑問が上がるよりも早く、本能は答えを導き出し、無意識はそれを口に出してしまう。
「……戸塚?」
後ろで分かりきった誰かが笑う気配がした。
ー・ー
なるほど聞けば単純明快な道筋だった。
「……要は、戸塚が大学生でバイトを始めた先がアルゴのトコの探偵事務所で、お前は戸塚経由で俺のこと、しいては小町のことを知った訳か」
「ピンポンパンポーン!」
「それは場内アナウンスだ」
アルゴが現れてから約30分がたった。
場所は移って公園近くのファミレス。
残念ながらサイゼではない。席順は俺の隣に結衣。目の前にアルゴ。アルゴの隣に戸塚となっている。
戸塚は勝手に俺の所在を喋ったことを後ろめたく思っているのか胸の近くで小さく手を合わせた。クソ可愛い。
「アルゴ」
「どうしたの、ヒッキー」
「事情は分からないながらも分かった。……それで、お前は何をしに来たんだ?」
「んー、その前に注文と質問タイムを取ろうか。君たちは奉仕部として彼女を救うのだろう?だとしたら、そこのお嬢さんもついてこれなきゃだからナ」
結衣を見てアルゴはそう言った。
「あ、そーそー、ハーちゃんから伝言あるんだった」
ハーちゃん?川崎妹……はないから多分陽乃さんのことだな。ラースと繋がってるって言ってたし。
「『君って、本当に面白くないよね』だとサ」
「なにが、『だとサ』だよ。全く伝言として意味のない伝言だな、おい。いや、どういうことだよ」
「オネーサンにはよく分からないけど、ヒッキーが立ち直ってたらそう言えって言われただけだよ」
「……一応聞くが、立ち直ってなかったら」
「『いいことしてあげるから私を呼んで』だって。よかったね、命拾いしたじゃん」
アルゴはおもむろに俺の鼻をつついて笑った。
……笑えねえ。
「はいはいはーい!」
由比ヶ浜が手と声をあげる。声に反応してアルゴと同じ動きで結衣を見る。結衣は頬をぷくっと膨らませて俺とアルゴを引き離した。
「私、付き合ってもないのにそういうの、いけないと思うなっ!」
「あざてー嬢さんだナ」
「あざとくないしっ!というか、誰?!ヒッキ、じゃなかった。八幡くんにやけに馴れ馴れしいし!私を差し置いてどういうことなのヒッキー!」
どういうことなのって。付き合ってないだろ。
それにアルゴのヒッキー呼びに釣られかけたと思ったら、最後普通に釣られきっちゃったし。
もぉー、と怒った結衣を見たアルゴは、意地悪そうな表情を浮かべた。
「ヒッキーとはSAOでイロイロな初めてを奪って、奪われた仲だヨ。そして、少なくとも嬢さんよりはヒッキーと長い時間2人きりで濃密に過ごしてた仲なのサ」
言い方言い方。
ギルド運営のの関係で長くいただけだろうが。
「そうなの八幡くん?」
うるうると見上げるようにこちらに視線をやる結衣。
言い方はともかく、確かにアルゴの言う通りだ。初めてを(ギルド運営などの)経験しあった仲だし、(役職の関係で)2人きりになっている時間もあった。それでいて、特に険悪でもなくむしろ仲が良かった。
だがしかし、ここで「はい」なんて答えたものなら誤解を招くことは必至。もっとも、「いいえ」と答えたところでアルゴのさらなる追求が行われるだろうからそちらも選択不可。
前門の虎、後門の狼だ。
……。ここは、適当に誤魔化そう。
「そ、そんなことよりも、結衣に説明をしてやる方が先じゃないのか?」
「なら説明してよ八幡くん?!」
「アルゴ」
「よしきた。オネーサンにまかせんしゃい!」
うまくごまかせたようだな(当社比)。
通りかかった店員に夕飯も兼ねて注文をする。結衣への説明はアルゴに任せ、俺は戸塚と会話することにした。
「……やっほー、八幡」
「まさかこんなところで会うとはな」
「それはこっちのセリフだよ。まさか八幡が【影友】だったなんてびっくりだよ」
「お前が探偵事務所に入っている方がビックリだよ」
「そう?けど、八幡言ってたじゃん。『お前、名探偵みたいだな』って。当たらずとも遠からずだったし思わず『八幡こそ名探偵』って言っちゃったよ」
「あれそういうことだったのか……」
お披露目会だか退院祝いだかよくわからない会のときのやりとりを思い出す。確かにそんなことを言った記憶がある。
「それで、戸塚は今の状況をどの程度把握してるんだ?」
「んー、言っても僕は平の平の平だからね。大体のことを抽象的かつ婉曲的に伝えられただけだよ。……雪ノ下さんのピンチだったことは知ってるから十分だと思うけど」
「ああ、十分過ぎるな」
解決策こそないけれど、課題はブレることなくただ一つ。
『雪ノ下雪乃の依頼の解決』
それただ一つなのだから。
「ヒッキー、こっちは説明終わったよー」
「八幡くんの不潔!」
「……お前はなにを説明したんだ?」
「オネーサンにナニ説明させる気なの?!」
いや、本当にナニ説明したんだよ。
アルゴとの間にそんなイベントは決して起きていない。
「……アルゴがなんでここにいるかは分かった。が、なんのためにここに来たのかが全く分からん」
「言ったじゃん、一転攻勢だって。ヒッキーはここに来て遂に逆転の一手をさせるんだよ。私という視野狭窄矯正装置の出現によってね」
「俺が視野狭窄だったっていうのかよ?」
「ううん、今も視野狭窄だよ」
アルゴは語尾がカタカナになるようなあるような口調ではなく淡々と答える。素の言葉遣いなはずなのにむしろこちらの方が腹がたつな。
「じゃあ早く教えろよ。俺のどこが視野狭窄で、どんな解決策があるのかを」
「この時間の解決すべき課題を未だに『雪乃ちゃん、或いはアーちゃんの救助』だと思っているところが視野狭窄だって言ってるんだよ。ヒッキーがSAOで散々言ってたことだよ?『SAOは所詮ゲーム。そもそも人生自体クソゲー』だって」
「はあ?」
確かに時々そんなようなことを言っていたがそれとこれとは全く別の話だ。というか、そもそもこんなところに持ち出してくるような言葉じゃない。日常の中のただの戯言である。それを鬼の首を取ったように言うのはいささか度が過ぎているというか、ズレているというか、穿ち過ぎのようである。
「それともなんだ、この事件があのゲームの続きだとでもいうつもりかよ?」
「うん。もっといえば、ヒッキーはこの
コップに立てかけられたストローをピンっと弾いてアルゴは口角を上げる。イタズラに琴線を触れてくる口調と態度は相変わらずだった。
いつもだったら適当に流すか話を促すところだが、ただ、今回ばかりはどうにも我慢ならなかった。
俺は、自分の琴線が音を立ててキレていくのを感じ、はっと気づいた時には大声を出していた。
「いい加減しろ!」
店にいるあらゆる人の視線が俺に巻くのを感じる。結衣と戸塚は二人揃って上目目線で見つつ俺の袖を引く。
俺は、しかし、言葉を止めない。
止められない。
こんな俺にも譲れない一線があった。譲れないだとか、こんな事考えるのがそもそも『俺らしくもない』ことは自分自身が一番わかっていたけれど、その一方で、アルゴの言い分を許してしまえば自分の中の『本物』が揺らいでしまうと悟ってもいた。
そして、なによりも、アルゴにはそんな風に思って欲しくなかった。あの狂おしいまでに現実だったデスゲームを駆け巡った仲間にそんなこと言って欲しくなかった。
俺は、無性に虚しくて、悲しかった。
だからこそ、声を荒げた。
「なら、それなら一体俺は何をしていたというんだ!」
悲しみの原動力が自分の行動に対する後悔からなのか、アルゴに対する失望からなのかすら分からず言葉を吐き捨てる。
しかし、アルゴは飄々とした態度を崩すことなく肩をすくめたて唇をさらに歪めた。
「そんなの決まってんじゃん。ヒッキーは『フラッシュ』なしで洞窟の中にいたんだって。ヒッキーはまだ、スタートラインにすら立ってなかったんだよ。──らしくもない、他人の土俵で相撲をとろうとするからそうなるんだよ」
「当たり前だろうが!俺みたいな社会的弱者が解決するためにはそうするしかないだろうが!」
「……ばかだなぁ。オイラはお前よりも社会的強者を知らないっていうのにヨ」
口調を変えてアルゴはおどける。
「……はぁ?皮肉のつもりか?」
「ヒッキーは一体全体何年前、何世紀前に生きてんダ?今の社会は、階級社会なんかじゃないんだヨ。……現代は情報社会ダ。お前の戦場はいつだって
「そんなの屁理屈だし、世迷い言だろ。結衣のおかげで俺は確かにもう一度やってみようと再起した。だけどそれはあくまでも現実的な範囲での話だ。それともアルゴはそのフラッシュとやらでこの状況をまるっきり打破できるって豪語するつもりかよ?」
「──そう、できる。だからこうしてきてやってんだヨ。いい加減覚悟決めロ。……お前にできることはいつだって限られているし、いつだって同じことだっタ。そうだロ?」
諭すように彼女は唱える。
「扇動。そして、遂行。今まで変わらず、これからを切り開くための行動。それは私達がソードアート・オンラインで繰り返し繰り返し死に物狂いで行ってきたこと」
つまり、
「ヒッキー、いや、オレッち達がやる事は単純明快ダ」
『正面突破』
「幸いにも敵さんはワザワザでっけぇ木なんか目印にしてくれているんダ。ちゃっちゃとプレイヤー使って攻略しようゼ?なぁに、いつも通りの話サ」
ー・ー・ー
「それでそれで!その後はどうなったんですか?」
「どうもこうも……ってさっきもこんなやり取りしたな。いや、特になにもないよ。後はお前が知っている通りだよ」
「そういってて、さっきもこの話が出てきたんじゃないですか!ちゃんと最後まで話してくれるまで離しませんからね!」
「あー、もう分かったよ!話せば良いんだろ!話すから、離してくれ」
掴む、というよりもしがみ付く、あるいは抱きついてきたいろはを引っぺがす。
「あんっ」なんて無駄に色っぽい悲鳴をあげていろはは自分の席に座り直した。
「んで、あとはなにを話せば良いんだよ。もう話せることなんてないぞ」
「あるじゃないですか。もっとおっきくビッグなイベントが!」
「言い回しが完全にバカだな」
「むぅ、素直に話しなさいっ」
「あっ、こら。ひっつくな。……このヤロっ!く、くすぐるな!」
「まさぐってるんです!」
「尚悪いわ!」
一悶着あったものの、話は進む。
あくまで蛇足的で補足的な話。
そんな笑い話な過去話。
俺は今度はため息を前説に話し始める。
黒歴史の図書館である俺が所有する特大の黒歴史。
『復活の凶目』とネットで謳われたあの話を。
「……なあ、やっぱ話さなくても良い?」
「ダメ!」