クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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蛇足編二話目は最終話に書いた『陽乃の伏線回収、クロスオーバー回』です。


A1Y、そして再開

 その後の話を少ししようと思う。

 語らなかったこと、そして語り漏れた話。

 

 その内容は一辺倒にVRMMOについて。

 

 別に理路整然と事細かく全てについて話し尽くすつもりはなく、事件後からの大まかな変化をざっくばらんに説明しようと思う。

 ──その大まかな変化は大きな変化だった。

 

 第二次SAO事件終結からそう遠くない日。とある男子高校生が政府共同の元『ザ・シード』を発表したのだ。

 

『ザ・シード』とはつまり、簡単に言ってしまえば全くもって新しいインターネット体系であり、もう少し詳しく言えば、よりVRMMO分野に特化したインターネット体系だった。

 

『誰でも簡単に超安全なVRゲームがつくれます』

 

 なんて聞こえはいいけれど、第二次SAO事件を知っている人からすればそれはもう──とんでもない代物だ。

 なぜならそれは、須郷という紛れもない天才が根強く根深く長年の計画の末に発動しようとしていた目論見を『無料で、しかもあらゆる人に配布したも同然』の話なのだから。

 

 それは事件に振り回された身からすればもうやってられない話で、まるで狐につままれつつ手のひらの上で踊らされた気分になる。中途半端にそれがどの程度、天才的な所業なのかが分かってしまうだけに、尚更、自分が滑稽に感じてしまう。

 

 そんなわけで一時は下火を一足飛びし、鎮火も近いと囁かれていたVR事業は現在、より一層の大火を上げることにあいなった。数あれば当たるの精神でポコポコとクソゲー神ゲー大小様々なゲームが多く誕生し続けているせいか、最近では新着ゲームを漁ることに命を燃やす『スコッパー』なる猛者も出てきているらしい。

 

 そしてその無数のゲームの中には今も『アルヴヘイム・オンライン』というタイトルが並んでいる。

 

 ……ただし、その様相を少し変えて。

 

 SAOを元々運営していた会社が潰れ、それを引き継いだレクト社もまた潰れてしまった。二度あることは三度あるというが、その事象が会社の倒産とあっては誰も引き継ぐ意思を示す訳がなく、本来、ALOはひっそりとサービス終了を迎えるはずだった。

 

 が、しかし、ALOのサービス終了とタッチの差で現れたザ・シードの存在がその運命を変えることになった。

『レクト社が反省の意を表明して、それが世間に受け入れられて……』なんて都合の良いことはなかったけれど、その代わりにALOを運営したいと表明した組織がでたのだ。

 

 それはどこか?

 日本政府である。

 

 正確には、かの事件の裏方としてお世話になりまくったVR対策課だ。

 前代未聞の国家主導型ゲームへの昇進を果たしたALOは、国からの援助を湯水のように使うことで凄まじい発展を遂げていた。

 

 新ALOキャンペーンとして飛行制限が撤廃され、

 1000万ユーザー突破記念として空に新SAOが爆誕し、

 祝1年キャンペーンとして新種族が誕生した。

 

 破竹の勢いで世界観を広げるVRMMOの金字塔になったこのゲーム。

 雄大な自然と壮大な物語を渡り歩けるこのゲーム。

 さぞかし、楽しいのだろう。

 が、しかし。

 

 俺こと、比企谷八幡はかれこれ一年間プレイすることはなかった。

 

 

 あの事件以降、ゲームに一切手を触れていなかったのである。

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 

『でね、先輩! ここからがマジ最悪なんですけど、その男が言うんですよ!』

「そーか、そーか」

 

 文字通りゲロを吐くような日常から解放されて、早一年。

 桜と花粉の降り注ぐ賛否両論な季節と、本好きに親の仇のような念を送られる悲しみを体現したかのような土砂降りの時候を乗り越えて。

 世はまさに炎天下を記録した猛暑の夏を迎えていた。

 

 とはいえ、去年サボったツケがきたのか、エーコラヒーコラと勉強に勤しむ受験生な八幡くんには、夏という季節に浮かれる余裕はないわけで、しかしそれでもまあ、そんなことお構いなしに電話をかけてくるどこぞの後輩には妙に感心してしまうわけで。

 そして、番外編とはいえ、プロローグにのうのうと居座っているあたり相変わらずおいしいキャラクターだなあ、とも思う。

 

 きっと、彼女は雪ノ下と良いポジションを巡って過酷な争いを繰り広げているのだろう。知らんけど。

 

『……聞いてます?』

「受験を終えて頭が軽くなったよな、お前」

『軽いのは件の男ですぅ』

 

 どうやらこの小悪魔系後輩先輩大学生(属性てんこ盛りだ)、チャラい雰囲気イケメンに魅惑のビーチへ誘われ大層お冠らしい。

 なんでまた、と聞かされてみればどうやらその男、頭がスポンジな誘い方をしたらしい。

 マジ卍、メッサなどとイタく気色の悪いスラングを交えつつ、後輩先輩のいうことには、

 

『壁ドンですよ!壁ドン!先輩みたいなイケメンならともかく、鼻がひん曲がったような雰囲気イケメンにやられてもテンション上がるわけないじゃないですか!しかも口臭いですし、私の鼻がひん曲がりそうでしたよ!』

「お、おう」

 

 とのことらしい。

 口臭についての陰口は我が身を振り返って不安になるからやめて欲しい。先輩ならともかく、の一言が救いだ。

 

『聞いてます?先輩』

「聞いてる聞いてる。……そういえば、俺って実は受験生なんだけど、いろはさんさ『実は』とか言うまでもなくそのことを知ってるよな?つまり、そろそろ切っていいか?天王山が俺を待ってるんだよ」

『えー、つまら、悲しいこと言わないでくださいよ。……あ、そういえば先輩の狙ってる大学って私と同じところですよね?』

「ああ……というか、俺が狙ってる大学にお前が入ったんだろ?」

『ふふ……卵が先か鶏が先か、ですね』

「確実に俺が先だよ」

 

 どうでも良いけれど、彼女は経済学部。

 俺の志望は文学部。

 彼女は推薦入学で、俺は一留中である。

 

『──まあ、私の最近はこんな感じですね。それで、先輩の方は珍しく、電話の掛け直しを要求する程に切羽詰まっているようですが、何かあったのですか?天王山へ登山したい、だなんてそんな殊勝な心掛けだけが理由なわけがないでしょう?』

「その嫌な信頼を裏切ることができないのが悔しくてたまらないよ……。どうもこうもない、この際ぶっちゃけるとアドレスを教えたはずのない陽乃さんからメールが来たんだよ」

『へえ、どんなのです?』

「……いやな。なんか海に行くからついて来いとのことらしいんだが」

 

 俺を殺す気だろうか。

 受験生として殺し、男子高校生として生殺し。

 俺は一石二鳥の鳥かよ。

 

『断れば良いじゃないですか』

「そうもいかないから切羽詰まっているんだよ」

『鳥だけにですか?』

「『羽』だけの印象でいらんことを言うなって。切羽は刀の一部分だ」

 

 正確にはさやの方。

 そこが詰まると刀を抜くことができなくなる。

 

『ふうん。それで、そうもいかないと言いますと?』

「いつぞやの借りを返せってな。あと、いろはと葉山と彩加と会った時に話してたアレ(参照『クリアのその前に』)、その時にやるって……ちょっと、待て。それなら、お前とか彩加もくるってことになるじゃん」

「あはははは、ようやく気づきましたか。実はですね、その話もあって電話をかけたんですよ」

 

 借りというのは憎っくき須郷とのお見合いのセッティングをしてくれたこと。一年も経ったら無効だろと言いたいところだったが、ケータイの向こう側の陽乃さんを想像すると断るに断れなかった。それに恩義も多分に感じているというのもある。

 しかし、なんとも素直に同行するのは癪で、『受験生』を盾になんとか断れないだろうかと模索しているのが現状だ。

 

『明日ですか。随分とまあ通告を伸ばしましたね。……まあ、私も参加するんで、ほら、あれですよ。良かったじゃないですか、可愛い後輩の裸を見るチャンスですよ』

「なにもよくないよ。つーか、水着のこと裸って言うな。たしかに下着と大差ないけどさ……。太平洋の汚ねえ海にわざわざ、花の女子大生がこんな暑い中、砂浜に行くだって?……おいおい、常識を疑うよ」

「あ、違います。行くのは海ですけど、外出の心配はしなくていいですよ。下見もしましたけど、透き通るような綺麗な海でしたし」

「あ?」

 

 どういうことだ?

 要領をえない、はぐらかしているのかと勘ぐりたくなる言葉に俺は間抜けに首をひねる。

 

「んー、私が教えちゃってもいいんですが、多分これは、小町ちゃんから聞いたほうがいいと思いますよ」

「……なにを「お兄ちゃあああああん!」」

 

 ナイスタイミング、と後輩が呟いた。

 バタン、と大きな音を立てて扉が開く。

 

「海だよ!海だよ!海に行くぞぉ!」

「耳元で叫ぶな。電話中だ」

「いろはさんでしょ!知ってる!」

 

 なんで知ってるの?

 もしかして俺の携帯、家電話の親機と子機みたいにどこかで繋がっちゃってるの?

 

「お兄ちゃん!海!」

「だからどうしたんだよ。行くならいってこい。お兄ちゃんは小町の分も勉強しといてやるから」

「うっ」

 

 比企谷小町。高校三年生。

 天王山のロープウェイを探す日々を送る17歳である。

 自室に積み上がった課題の山を思い出し、しばし、顔面を蒼白に染め上げた小町だったが、かぶりを振って『それはそれ』とアホな開き直りをし始める。

 

「たかが一日海で遊んでいたとして、誰が諌めようか」

「俺が諌めるわ、この阿呆」

「むぅー!」

 

 胸をポコポコ叩いても駄目なものは駄目。

 いくら放任主義で有名なウチの親と言えども、海に行くくらいなら山に行けというだろう。ロープウェイを探している暇があったら一歩でも多く登れとしかり飛ばすだろう。

 自由には責任が伴う。

 学生の責務とは勉学の他ならない。

 

「……けど、お兄ちゃんは行くんでしょ」

「それなんだよなぁ。一歩も外にでずに海に行けるなら別に良い。ただ、ポータルもどこでもドアもない現実でそんなの望める訳ないしな」

「それは移動時間が勿体無い、という話でしょうか?」

「いや、それもあるけどなにより、移動中に陽乃さんが絡んでくるのが目に見えているから気後れする。そもそももっと早く教えてくれたら覚悟決めてつべこべ言わずいったっつうの……前日って、おかしいだろ」

「当日じゃないだけ良かったじゃないですか」

「そんなことしない人だ、とはとてもじゃないが言えないな」

 

 妹が成人してからというもの、陽乃さんは年々手がつけられなくなっている。かつて俺が強化外骨格と評した彼女の外面はついに一周してしまい、随分とフレキシブルに変化した。能面であったり、喜色満面であったり、真面目だったり。コロコロと変わる表情で本心を隠すという、数年前に比べたら数段面倒でややこしくて、大人的だ。そのくせ浮かべる笑みは生まれたての赤子のようなのだから手に負えない。

 それでいて、釣り合う男になったとだとかなんだとかいって頻繁に俺を連れまわすようになるのだからタチが悪い。

 どうせ、今回もその一貫なのだろう。

 

 

『あ、なら移動時間がなければ先輩は来てくれますか?』

「どんな条件だよ。寝てる時間はノーカンだから深夜バスでいこう、なんてのは絶対に認めないからな」

『そんなこと言いませんよ……』

「お前が言わなくても、陽乃さんが言うんだよ」

 

 この一年で、もう嫌という程味わったよ。

 

「じゃあさ、お兄ちゃん。この部屋から出ることなく海に行けるならいい?」

「小町までそんなことを言うのか……」

「ふふん。言っちゃうのですな」

 

 うちの妹が何を言っているのかわからない件。

 とりあえず、コアラのように巻きつく小町をペリペリと剥がす。

 そして、トンチンカンなセリフを脳内で噛み砕いて溶かして解釈しする。

 

「この部屋から出ることなく海ってったって、なんだ、その、映画でも見ようってことか?いや、それとも僕夏よろしくゲームでも……ははあ、得心行きましたで候。つまり、そう、お前らは」

 

 一旦区切る。

 ちょっと賢い表現をしたら、随分と間抜けな口調になってしまったが、まあいい。二人の後輩が何を言わんとしているかは理解した。

 この場合は、推測が及んだというべきか。

 

「つまり、お前らは俺をVRMMOの海に連れて行こうとしているんだな?」

「『ざっつ、らいと!』」

「しかも、おそらくはALOに復帰させようともしているな?」

『「おーらいっ!」』

「……やっぱこの話はなかったことに」

『なりませんよ』

「諦めるんだね、お兄ちゃん」

 

 ふむ、確かに、陽乃さんの目論見を考えるとこれ以上ないくらい適したイベントだ。叶えるべき条件も、解決すべき問題も全て満たしている。

 そう考えると時期もいい気がするし、なにより用意がいい。

 俺に通達が来るのが遅かったのも、なるほど、そう考えると納得がいく。僕になんの用意もさせないことが彼女にとってなによりの用意であったことは想像にかたくない。

 だとしたら、この要求、このイベント、このお誘いを蹴るのは諦めるしかなさそうだ。

 今俺にできるのは粛々と事実と要求を呑み込んで、来るべき災難と晒すだろう痴態に身と心を震わせることだけ。

 

『それじゃあ、明日の午前中9時に向こうで待ってますから』

「ったく、向こう行ったら覚えてろよ……」

 

 力無く憎まれ口を叩くしかない俺は、小町やいろはがいつALOを始めたのかなどという、真っ先に思いつくような疑問も持つことなく、カクンとうなだれたのだった。


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