クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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A1Y、そして再見

「かあいい!!かぁいいよ!先輩。否、ヤハチくん。いないな!やーちゃん!ほうら、かわいいかわいい後輩のいろはですよー。おいでおいでぎゅっとして、ぎゅっとさせてだっこさせてー! かあいいよー、かーあーいーいー!!」

 

 

 

 ああ、キレそう。

 満面の笑みを前に、端的にそう思った。

 ステータスやアイテムを色々弄ってから、まもなく迎えは来た。迎え、といっても例によって一色いろはなのであったが。なんだかここ最近、いろはとしか話していないかのような錯覚を覚えるぜ。別にそんなこと全然ないのに。

 

「ちょっとは控えようとか思わないの? 先輩相手に尊敬と尊重の思いをもって、少しは遠慮しようとか思わないのか?」

 

「きゃーっ! ちょっと拗ねてむくれた表情もかわいい!かわいいですよ!」

 

「……はぁ」

 

 もういっそ、ずっぱし諦めてログアウトしたい気分だ。

 だれて萎えてしおれた俺を前に、ヨダレを垂らしそうな顔の彼女は手を合わせてスリスリする。その度に彼女の指輪が擦れあってジャラジャラと音を立てる。右人差し指に二つ、両中指に一つずつ、左小指と人差し指にも一つずつ。一歩間違えば成金ファッションになってしまうところを如才なく着こなしてしまうあたり、やはり彼女はカワイくない。

 

「随分と立派な装備だな」

 

「かわいいなぁ……えへへ、割とやり込んでますからね。これ全部A級以上の魔道具ですよ」

 

 そういって、彼女は両手を広げてアクセサリを披露した。どうやら指輪だけでなく手首にもつけているらしい。魔道具なんてものはSAOにはなく、その代わりにアクセサリとして2枠用意されていたくらいだったっけ?少なくともこちらのような自由度はなかったなぁ。

 へんな感傷に浸りつつ俺は続けて問いかける。

 

「いろははケットシーなのか」

 

「そうですよー?ほら、ネコミミですよー、ぴこぴこ。……あ、今『流石あざとい』って思いましたね」

 

「よく分かってるじゃん」

 

「好きですから。それと、私のことは『イロ』でよろしくお願いしますね。わたしもハチくんって呼びますから。……ふふ」

 

 ニコニコというよりかはニヤニヤニマニマという擬音が似合う笑みを浮かべるいろは。じゃなくてイロ。アクセサリーこそジャラジャラと付けているものの、彼女の服装は臙脂色を基調にしてシンプルに纏まっている。基調となる色が臙脂色なのは多分、彼女のケモミミと髪の色が黒だからなのだろう。

 

「別に俺はお前のこと好きじゃないけど、いまお前がどこを見て笑ったかくらいはわかるぞ」

 

「へえ……いったいどこでしょうか?」

 

「──俺の、俺の体格だろ?」

 

「だいっせー!かい!!」

 

 イロは叫ぶと、遂に「我慢できなません」といった調子で俺に抱きついてきた。暴れようにも俺の脆弱なSTRではとてもじゃないが叶わない。不甲斐なさを嘆き、俺は不承面で自身の体を睨んだ。

 

 RS7500型。

 それが俺のアバターの型番だ。RS系列7000番代のアバターは特に目新しいアバターではないのだが、その性別が男となると話は変わる。

 RS系列のアバターの特徴は小さいことにあり、7000番代のアバターの特徴は極度の童顔。そして7500番は特にそれが顕著で細身のアバターになる。要するに、比企谷八幡は今、第二次性徴を迎える前の可愛らしい細身の男児の姿になっていたのだ。

 当たり判定が小さいという意味では評価が高いものの似合う装備が限られてしまうこのアバターは、男性プレイヤーにとってすこぶる不評で、もしこのアバターが当たっても大体はコンバートし直してしまう。そういった意味で、RS7500型のアバターは非常にレアなのであった。

 

「うへへ、ショタ八幡だー。顔も先輩に似てるしー」

「ええい!頬擦りをするな、頬擦りを!」

 

 我ながら小さな手でイロを押しのける。

 アバターの話に戻るが、このゲームを初めて始める人ならいざ知らず俺はSAOを通してこのゲームをやり込んでいる。つまり、コンバートするには惜しすぎるステータスをもっている。

 ゆえに、侘助。じゃなくて、このアバターを使うしか他はないのだ。この小さな身体を使ったとしても。

 

「イロにゃんのパフパフをくらえー!」

「やいやい、いい加減にしろやい!」

 

 そんなことをされたらたまったもんじゃない。とジタバタと翅まで使って抵抗する。

 抵抗する悪い子にはこうだー!とイロうりうりされかけたその時。

 

「そうね、イロさん。そろそろその手を離したらどうかしら?」

 

 俺とイロの後ろから、体の芯が底冷えするような声が聞こえてきた。というか、実際に体が身震いした。

 

「あ、あれ? なんでここにいるんですか? ──ユキ先輩?」

「貴女がソワソワして飛び立っていくのが見えたからよ。……どうりで文字通り飛んでいったわけね」

 

 交わされたやり取りの後、ミシミシと背後から聞こえ始めた異音が気になって俺が恐る恐る振り向くと、がしっとイロにアイアンクローを決める何者か──否、雪ノ下雪乃の姿が見えた。

 

「あら、久しぶりね。随分と間違えたわ……ショタヶ谷くん?」

「……そういうお前は何で向こうと同じ姿なんだ? 雪乃」

 

 ここではユキと呼んで頂戴、彼女は笑って薄い青の髪を書き上げた。

 そしてドス、と手放されたイロが地面に顔をぶつけた音が響いた。

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 雪ノ下雪乃、19歳。大学生。

 ALOでの一件が足を引きずり一年休学扱いの一留生となった女子大生。一年の猶予のお陰で彼女は学業には余裕があり、良い大学に行っているにもかかわらずゲームにそこそこめり込んでいるとは聞いていた。が、しかし。

 

「その剣……15階層のボスのラストアタックドロップだろ。攻略組(アイツら)の中からよく取れたなぁ」

 

「あら、この剣についてよく知っているじゃない……というのは流石に白々しいかしら?」

 

「白々しいなんてもんじゃないですよ。明白ですよ」

 

 地面に伏したままのイロのぼやきを聞く限り、やはり確信犯なのか。

 俺は地面につけていた尻を手で払い立ち上がる。

 

「んじゃあ、その剣を携えていたのは必然っつうことか」

 

「ええ、この剣。貴方の愛剣だったらしいわね」

 

 その通りである。

 15階層のボスの名前は【メデューサ】。ラストアタックドロップは短剣【クリュサオル】。石化『小』を持つ唯一の武器だったということで、かつて俺がキリトに頼みこんで買い取った剣だ。幾度となく俺の命を救ってくれた一振りなのでチラッと見ただけで分かった。

 

「え、なに? 俺にくれんの?」

 

「あげるわけないでしょ。乞食野郎」

 

「ちょ、お前。それじゃあただの悪口だろうが。俺を罵倒する時は『〜ヶ谷』形式だって約束しただろうが! 暗黙のうちに!」

 

「それ、してないじゃないですか。あと、先輩はその形式なら罵倒されても良いんですか?」

 

 相変わらず倒れ伏したままイロがツッコむ。

 それを無視して「ともかく」俺は咳払いをしてイロと雪乃を睨む。

 

「お前らがなぜ俺の体をソワソワした目で見ているのかはなんとなく分かる。だがこれ以上俺の身体的特徴を弄ってみろ。俺はこのアミュスフィアをぶっ壊す覚悟ができている」

 

「自分を盾にして情けなく無いんですか?」

 

「自分が盾になれると思っているのかしら」

 

「辛辣!」

 

 あれ、君たち俺のこと嫌いだったっけ?

 ……もういいや。

 りぃん、りぃん、と俺は自分を翼を動かし少し浮いた。

 

 シィン!!

 

 は?と声を漏らすのと、立ち上がったイロが小刀を鞘にしまうのは同時だった。なんで、小刀? なにを切ったんだ?

 唐突に起こった出来事に疑問符を浮かべる。

 

「おい、いろは。なにを──うわっ」

 

先輩(ハチくん)の翅を切りました。これでヤハチくんは数分間飛べません」

 

「……なにしてくれてんの?」

 

 素の声が漏れる。

 イロは戸惑う俺に構わずずんずんと近づいてくると、彼女のその、装飾品がバランスよく配置された手を伸ばしてそして、

 俺を抱き上げた。

 そう、20近い男を、まるで10歳そこらの児童を扱うかのように「よいしょ」と抱っこした。

 俺は、後輩に、抱っこされたのだ。

 

「おま、ちょ。は? へぇ?!」

 

「こらこら、そんなに暴れなーい。ジッとしてて下さいね。抱き運びにくいんで」

 

 ニコニコした彼女の顔まで3センチとない。

 そして、柔らかい。SAOでは決して感じなかった豊かな感触表現が俺の脳内を支配していく。

 これはマズイ。年上の尊厳的にマズイ。必死にジタバタ暴れていると、どうにか背中に回された手を解けたのか一瞬な浮遊感が俺を襲い、そして、再び柔らかい感覚が。

 

「あらあら、ヤハチったら。やんちゃなんだから」

 

「ユキノサン!?チョット、ナニシテルンデスカ?!」

 

「抱いているのよ? あと、ユキね」

 

「だから、なんでそないなことしてるんですかい?!」

 

 顔を覗き込む彼女から逆に俺は顔を背け、離せとイロにしたようにジタバタする。ユキは香水アイテムを使っているらしく、フルーツを混ぜ込んだシャボン玉のような爽やかな匂いが暴れるたびにフワッと鼻をつついてくる。その匂いに思わず俺は暴れるのをやめてしまった。

 

「イロさん。どうやらヤハチは私の方がいいみたいね」

 

「はぁっ?! どういうことですか、先輩!」

 

「いたたたた、腕を引っ張るな! 肩が取れる!」

 

「私が抱く」「いや、渡さない」なんて中学生の頃だったら3日に一回は妄想したようなやりとりが数度行われて、結局俺の翅が生え治ったことで事態は収束した。

「ちぇー」とつまらなそうにつぶやくイロを小突いて俺は再び浮かび上がる。今度は切るなよ、と釘を刺して。

 アルフとインプはアップデートから腰あたりに翅が配置されることになったので、浮かぶ時には腰の後ろにある架空の関節を動かすイメージしなければならない。

 こんな位置に翅があったら飛んだ瞬間に体が逆さまになってしまいそうなものだが、そこはファンタジーの世界。ファジーに動く翅の挙動は俺を正対したまま宙へと運んだ。

 運営が変わり飛行制限が廃止されてから早1年。俺が降り立ったのは薄暗い森のギャップだったが、空へ来てしまえば太陽が一面の明度を上げて清々しい景色を作り出していた。

 

「結構人がいるんだな」

 

「このゲームはある種、VRMMOの登竜門的な位置にいますからね。それに、今となっちゃあALOには同時にSAOという伝説のゲームもありますし。そりゃあ人もいるっていうものですよ。全盛期パズドラみたいなものです」

 

「例えが古い」

 

「いやいや、モバゲーのタイトルを出さないあたり若者感があるでしょ」

 

 ねえよ。例えで数世代前のスマホ向けアプリを出すなんて、ゲーム年表を見たてのレトロゲーム初心者か、それかただのおっさんだよ。モバゲーの方がまだ『年表見たてなんだな』って分かりやすいから。

 

「それじゃあ、そろそろ行きましょ。時間もあまりないことですし」

 

「時間? ちょっと待て、海かどっかにいくって聞いていたんだが」

 

 集合時間にはまだ数時間の余裕がある。

 念のため早めのログインをしたからな。

 

「ええ、だから集合時間前に買い物を終わらせないといけないじゃない」

 

「どこに? なにを? なんのために?……え? 何? 念のために聞くけど、いくのは海なんだよな──ああそうか。水着か、水着なんだな! 水着を買いに行くんだよな」

 

 ユキの言葉に不吉な予感を覚え、それをかき消そうと声を張り上げる。

 

「ソウヨー……あ、ところでイロさん。リズベットさんはもう準備できてるのかしら?」

 

「あ、はい。『いつでも連れてこい!』だそうです」

 

 リズベットって、やっぱり武器屋じゃん!

 買うの水着じゃないじゃん!

 これから行くの絶対海じゃないよね。たとえ海だったとしてもそこに安全性は確実にないよね!

 

「嫌──!!」

 

 だ!と叫ぶ前に俺は、二人に両側から抱きしめられそして加速した。空高く、おそらく、リズベットの元へ。

 それはまるでロケットのようだった。俺が本体で、彼女たちが途中で取れていく多段式のブースター。途中で離されては堪ったもんじゃないと必死でしがみつくと、なんの嫌がらせか更に加速した。ゴウゴウと耳元で唸りを上げる風の音の大きさが今の俺たちの速度を物語っている。

 

「はやっ!飛ぶのはやっ!」

 

「なに言ってんですか。空中戦ならこの速さでステップを刻むのが基本ですよ。ほら、右左に動いてみましょうか」

 

「うわ、なんだこれ。気持ち悪っ! 胃の中っていうか脳みそがひっくり返ってるみたいな気持ち悪さが俺の全身を巡るべく巡り尽くしてなんというかひたすらに酔いそう」

 

「それならもっと強く抱きしめてなさい。そうすれば密着度が上がって重心が安定するわ」

 

「それって、このジグザグ飛行をやめればいい話じゃないですかねー」

 

 金と青とオレンジの軌道が1束になってジグザグと高速に動いているなんて、地面から見たらUFOかなんかと間違えられそうだな。

 

「「あ、ヤバ」」

 

 なんだか、風邪を切る音も嵐の夜のような不思議な安心感を覚える音に感じてきたその時だった。

 左右の耳から別々の音声が聞こえてきたのだ。また、不思議なことに二つの音声は同じ意味に聞こえた。それになぜだろうか。その声を最後に浮遊感と両側から感じていた柔らかい感触が消えてしまった。

 

 まるで重力に引っ張られているかのようなかんかくだなぁ。

 飛行という道の恐怖から目をそらすために閉じていた目をそろりそろりと開けると両隣に二人はいないことがわかった。上を見れば申し訳なさそうにこちらを見る二つの顔。

 ははあ、二人揃っててを滑らせたな。まあ、俺が自力で飛べばいい話だけど。

 気にするな、と合図するように俺は手を振る。すると、二人は慌てたように地面のある下を指差す。なんだよ、と思い下を見るといつの間にやら俺たちは深い森を抜け、草原を抜けて街中に来ていたことがわかった。つまり、眼下にはレンガ調の街が広がっていたのだ。

 

 そう。眼下、10メートルには。

 

「は──ふげぶっ!!」

 

 飛ばなきゃ、と再び思った頃には既に地面と額がくっついていた。

 ものすごい衝突音が脳内と街中に響く。

 身を襲うとんでもない衝撃とモニュリとした気持ち悪い感覚。ダメージを受けた時に感じるこの麻酔をかけた身体に思いっきりハンマーを叩きつけたような感覚はSAO時代と変わらないのか。

 HPを見ると残り数ミリしか残っていない。

 

「ちょっと、ちょっと! おおよそ普通に過ごしていたら聞こえないレベルの衝突音が聞こえたんですけどー?!」

 

 空から落ちたとあっては流石に家の中にも衝突音が響いたらしく、近くの家からプレイヤーも出て来たようだ。

 こんな形で目立つのは俺の本望ではないので、さっさと起き上がり去ることにする。ぐぐっと力を入れて起き上がり、路地に出て来たプレイヤーに謝ろうと声のした方向に体を向ける。

 

「わ、悪い。意外と地面と空が近くてな」

 

「そんな詩的な言い訳されても……」

 

「ごめんごめん。まさかユキ先輩も離すとは思わなかったものですから」

 

「ごめんなさい。まさかイロさんが離すとは思わなかったものだから」

 

「いや、そもそもどっちも離すなよ」

 

 空から二人が降りてくる。

 涼しげな口調と態度とは裏腹に、ユキの体の周りには水がせわしなく動いていた。どうやら、俺の墜落に相当焦ってくれたらしい。

 

「あれ? ユキにイロじゃん。……ということは、アンタ。もしかして」

 

 家から出て来たプレイヤーには少し声を震わせて俺を指差す。俺はそれを無視して彼女の出て来た家を見る。

 家、というにはやや物々しいイラストが描かれた彼女の工房を。

 

『鍛冶屋【Elizabeth】』

 

 女王の名を冠するには少々荒っぽいな、なんて思った。

 

「よぉ、リズベット」

 

「しゃ、社長……」

 

 誰の影響だろうか。

 別に雇用関係にもないのにSAO時代から『社長』と慕ってくれた鍛冶屋の少女。

 墜落の先、それは、SAO影の率役者との再会だった。


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