博麗の先代巫女、博麗朱鳥は人里で印を結んでいた。人里には元々色々な結界が張ってあるが、妖怪が入れるように軽めにしてある。悪意のあるものを探知し人里を守っている慧音や妖怪退治を生業とする仲間に知らせる程度のもので普段はあまり活躍していない。しかし、今回の霧は妖気があってお年寄りや妊婦には危険なものだ。人々が被害を受けないように緩い結界をしっかりしなければならない。
霧は入ってこないようにした。しかし、今度は妖怪が襲いに来るかも知れない。そうなった場合の手段を講じなければ……。
「先代、この霧はおかしいですね」
慧音先生が現れた。
「おはよう、先生。ちょっとごめん、集中させて」
「あっ、すいません」
印を結ぶ。人差し指を合わせて意識を集中させる。
――守護結界発動。
印を解いて先生と向き合う。
「はい、ごめんね。この霧はちょっとね、これは危ないね」
「先代、すいません邪魔をして」
「や、いいんだよ。いつも手伝ってくれてありがたいし、朝早くからお疲れ様だね」
「先代こそお疲れ様です」
「まっ、仕事だしね。アハハ」
普段通りに会話をするが慧音先生には緊張が走っている。
「いやー、ここ最近ついていないね」
「どうかしましたか?」
「いやね、旦那が帰ってきたのはいいけれど、霊夢に取られちゃってちょっと寂しいのよね」
「プフッ、何ですかそれ」
「あっ、笑ったね。ふふっ、まぁいいけど。……霊夢ったらもうベタベタなのよ、綱吉に。今までだったら掃除もしないし料理も手伝わないのに、あの人が帰ってきたら掃除はするわ料理もするわで変わってね。あの人もそんな霊夢を褒めるから余計霊夢は頑張ちゃって、どっちが妻なんだか」
「へぇ、あの霊夢がですか」
「そう、あの霊夢が。おかげで子作りが出来ないじゃない」
「え、そこぉ!?」
慧音先生は顔を真っ赤にして言った。
「いや、10年だよ10年。私だってムラムラするわよ、仙人じゃあるまいし。男の子が欲しいなぁって思ってたとたん夫婦離れちゃったでしょ。霊夢も大きくなったし、弟とかができても大丈夫だと思うんだけどね」
「先代、そのような話は……」
「ん、どったの?人いないから大丈夫よ。私はこう見えて30ちょっとだからまだまだ産めると思うのよ」
「先代!!」
「ああ、はいはい。分かった分かった。この話はおしまい……だから頭突きはヤメテッ!!」
真っ赤な顔で肩でぜいぜい息を切りながら慧音先生は大きく頭を振った。
――ズゴッ!!
「痛ったぁ~~」
「ハレンチですよ、先代!!」
「ハレンチってもね、話しないの?そろそろ結婚したいとか、どういう旦那がいいとか」
「しません!!先代はTPOをご存知ですか?」
「知っているわよ、慧音先生が緊張しているからくだらない話をしたんじゃない」
「でも……!」
「はいはい、私が悪かったわ。それじゃ、私は分身残して旦那を探してくるからそれじゃあね」
髪の毛を抜いて一振りすると、白煙だして分身が出来た。それを見て印を結ぶ。
「『影潜りの術』」
ズブズブと体が自分の影に沈んで行く。そして私は別の場所へ降り立った。
――この部屋暑くね?
意識を闇に落として僅か1分と12秒ほどで意識が戻りました。
おかしいな、普通だったら『はっ、ここはどこだ!?』みたいな展開で目が醒めるんだろうけど、そんなことは無かった。
戦いの余熱で部屋はサウナのように暑く、過ごしにくい。フランも暑そうに寝ている。っていうか暑いなら起きろよ。俺の所為で寝ているんだけど。
暑いな、クーラー無ぇもんな。どうにかしないと……おお、そうだ。月の波動使えばいいのか!
両手に力を込めて波動を出す。金色の炎が拳に灯る。これが太陽の波動。今度はその逆、金の炎が銀の冷気へと変化する。そのまま腕を一閃、冷気が部屋を駆け抜け熱気を奪う。それを見届けると地面に影沼が出来た。そこから現れるのは嫁の朱鳥。
「っと、寒っ。あっ、あんた朝飯食べないでなにやってんのよ‼」
「げぇ、関羽!!」
しまった、口が!!
「誰が三国志の英雄か、バカ亭主!」
札を投げつけてきた。ちょっ、危な。明らかに機嫌が悪くなってる!
「あんたはね、いっつもいっつもふらっとどっかに行って面倒事に巻き込まれては私や周りの人達に迷惑かけて……!!少しは自重しろ!!」
「うおおおおお!!」
怒鳴りながら胸ぐら掴んで揺らすのやめてぇ!!分かったから!!
「ご、ごめっ…………悪かっ……ケホッ!」
何とか声を出したら揺らすのやめてもらいました。く、苦しい、苦しい。
「ハァハァ……死ぬかと思った」
「ふんっ、次やったら潰すぞ」
一息置いて。
「玉を」
「すみませんでしたぁーー!!!!」
気が付いたら土下座をしていた。玉はやばい、玉は。朱鳥は本気でやりかねないから怖い。
「で、ここはどこ?」
「ん、コイツの部屋」
質問にフランを指差して答える。すると朱鳥が睨んできた。
「あんた……」
「おいおいおい、なんだよその『とうとう幼女に手を出したか』みたいな目は」
「霊夢がいるのに……」
「いやいや、人の話聞けよ。こいつに殺されかけたんだって、それにこいつは吸血鬼だぜ!!」
「ふぅん」
――夫が殺されかけたってのに『ふぅん』ですか、そうですか。
「ま、無事で良かったわ」
「ふぁっ!?」
――あれ、まさかのツンからデレですか!?とうとう幻想郷にもツンデレのブームが来たのか!?
「寝てるわね」
「寝ているな」
「叩き起そう」
「何故!?」
「この子には聞くことがあるのよ。お嬢さん起きて」
寝ているからそっとしておこうって考えは浮かばないんだよな。霊夢も「お父さんのお金?じゃあ私が貰ってもいいわよね」とか普通に言うからな。遺伝って怖いわぁ。っていうか、霊夢は俺に甘えすぎだな、後でちょっとお灸を据えるか。
「ん、ううん?さく……や?」
「残念、先代の博麗の巫女よ」
「博麗の……巫女?……叔父様!!」
「ああ、おはよう。悪いな倒れてすぐ起こして」
「叔父様!!」
「おっと……」
フランは俺を見るなり飛び込んできた。それを見た朱鳥はジト目で見てくる。
「やっぱり手を……」
「出していないから。フラン大丈夫か?」
「ん、ちょっとクラクラするけど大丈夫。このおばさんだれ?」
「おばっ、まぁいいわ。この人の妻よ」
「ふーん、綺麗な人だね叔父様」
「うえっ!?ま、まあな」
幼い子は不意打ちが飛んでくるんだった。俺の顔熱いな。
それを聞いた朱鳥の奴機嫌よくなってるし。
「やぁねぇ、全く可愛い子だね。うふふ」
「えへへ叔母さまにそう言って貰えて嬉しいな」
えへへ、うふふ。何か仲いいなこの二人。
「フランちゃん、赤い霧がお外で広がっているのだけれど、原因知らない?」
「んー、わかんない。だってずっとここから出たことないもん」
「え、なんだって?」
まぁ、そうなるわな。フランが真顔で引きこもり発言すると。
「お姉様が『外が危ないからでちゃいけない』って言ってた」
「お外が危ないっていつから?」
「んー500年なるかなぁ?」
「「はぁ!?嘘だろ!!」
これには夫婦そろって驚いた。
「いつからこの部屋にいるんだ?」
「気がついたらここにいたよ」
「姉貴ぶっ飛ばして部屋から出ようと思わなかったのか!!」
フランがここに気が遠くなる位ここに幽閉されていたと知り怒りが込み上げてくる。ついつい言葉がキツくなる。
「だって、だぁってぇ……そんなことしたく無いもん」
――俺の馬鹿ァ!!!
「そうよね、お姉ちゃんと喧嘩したくないもんね。優しいわ、フラン」
朱鳥が優しくフランの頭を撫でながら言った。
「よし、それなら一緒にこの部屋から出ましょ。大丈夫、心配しなくていいし怖がる必要もないわ。あたしとこの綱吉叔父様に敵う奴なんていないんだから」
「えっ、でも……扉には何でも跳ね返す結界があって、私の能力でも壊せないんだよ」
フランは焦りながら説明する。それを聞いた俺の感想は、なんだ、その程度か。
「おーそれは凄い。でも俺達はもう経験済みだ。丁度波動も少ないし補給するにはちょうどいい」
「『あれ』をやるの?」
「ああ、『あれ』だ」
「じゃあ巻き添え喰らわないように離れていましょ、フラン」
「ねぇ『あれ』ってなに?」
フランの質問に夫婦そろって言った。
「「『回転、うっしゃあー』」」
フランが頭上に?マークを沢山出しているのを見てまたまた夫婦そろって笑った。
俺は大きな部屋の扉の前で自然体で立っていた。朱鳥とフランは部屋の端に立っている。
作成はこうだ。フランの能力が結界で跳ね返ってきたエネルギーを波動に変換しつつ、それを跳ね返す。それだけだ。朱鳥がこの部屋に入ってきた術で脱出してもいいのだが、それだと後々の戦いで俺がガス欠で足手まといになってしまう。だからちょっとエネルギーを補給しておくためにこの作戦で行くことにした。
「よし、準備はいいかフラン?」
「うん、良いけど叔父様ぁ……」
「怖いかフラン?」
俺は優しく言った。
「大丈夫、これからフランに世の中にある沢山の楽しみを伝えるまでは死なないから」
そもそも霊夢が結婚するまで死ぬ気はないけどね。
「……うん、わかった!叔父様頑張って‼」
「さぁフラン、サポートはあたしがするから安心して」
朱鳥はフランの肩に手を添える。
「じゃあ行くよ!」
「応、来いっ‼」
『キュッとしてドカーン』!!
瞬間、扉の前に光の筋が走ったと思った時には衝撃が津波の如く目の前に迫っていた。
「回転っ…………‼‼」
右腕を振りかぶり反時計回りに回転する。右腕に衝撃を全部受け止めながら、ぐるりと回り勢いを保ちつつ扉に突き出す。衝撃は波動となり、右腕に集中し、それでも溢れるエネルギーは身体一杯に溜まる。
――今回の俺のパンチはちょっと強ぇえぞ‼
「うっっしゃぁああああああ‼‼‼」
轟音とともに金の波動が結界に蜘蛛の巣のようなヒビをいれる。
「うおおおおおおおらあああああああ!!!!!!!」
駄目押しに腰を入れ拳を突き出す。波動は結界を完全に吹き飛ばし、外の時空間結界すら吹き飛ばした。
――やべぇ、やりすぎた。
壁と屋根が吹き飛び、半壊した屋敷から見える赤い霧を見て俺は冷や汗が止まらなかった。