里芋の煮っ転がしの作り方は簡単だ。まず里芋の下ごしらえから始める。ボールを水で満たし、少々の塩を加える。そこに皮をむいた里芋を放り込み、もみ洗い。こうすることで表面のぬめりを取り除くことができるのだ。これで下準備は終わり。
次に鍋に水、粉末だし、醤油、みりん、砂糖、酒、塩、そして里芋を加え、火をつける。沸騰したらやや火を弱めながら落とし蓋。煮汁が少なくなってきたら中火に戻して‥‥‥
「お母さん、お腹すいたよ。ご飯まだ?」
「こら、大町。危ないからキッチン来ちゃダメ。リビングのおもちゃ片付けてきなさい。もう少しでお父さんも帰ってくるから待ってようね〜」
「‥‥‥はーい。」
沙希はキッチンから大町を追い出し、里芋を転がす作業に集中する。焦げ付かないように注意しなければならないからだ。
時計を確認する。七時三十分。八幡は大抵同じ時間に帰ってくることが多い。無論、残業の日もあるのだが八幡自身の能力が高いためか、それでも十時までには帰ってくる。
ガチャ。玄関が開く音がする。
「お帰りなさい。八幡。」
「おかえりパパ!」
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結果的に言えば、八幡は大学在籍中に夢を叶えた。担当の斎藤との度重なるミーティングにより編集部からGOが出て、晴れてライトノベルを出版することができたのだ。
出版が決定した時、八幡と沙希が抱き合って喜びを分かち合った。八幡の夢がいつの間にか沙希の夢にもなっていたのだ。
これからどんなに素晴らしい人生が待っているのだろうか。店頭に並ぶ自分の小説が飛ぶように売れる。そうすればアニメ化の話もやってくるだろう。
夢が夢を呼び、巨大な風船のように大きくなっていく。
でも、夢は夢のままであった。
八幡のライトノベルは初回こそそれなりの売り上げではあった。その綿密に練られた設定やストーリー、キャラクターは確かに読者の心を掴んでいったのだ。
それでも第二巻、第三巻と重ねていくと売り上げが落ちていった。八幡もこのことは理解しているため、様々なテコ入れをしてきた。もっと恋愛要素を入れてみたり、バトル要素に重点をおいてみたりした。それでも売り上げの降下は止まらない。
そして、二年が過ぎた頃。ついに打ち切りが決定した。斎藤は八幡に「新人でここまでやれたんだ。次回作で挽回しよう。」と励ましの言葉を送ったが、八幡にはそんな時間も、そんな気力もなかった。
燃え尽きたのだ。真っ白に。
八幡は就職した。それもそれまでお世話になっていた出版社にだ。
打ち切りが決まった際、
「お前、ウチに入れよ。少なくとも斎藤よりは有能そうだし、やっていけるよ。」
と、立脇に誘われたのだ。
沙希が「就職する。」と八幡の口から聞いた時、八幡がヤケクソになっているだけじゃないかと心配していたが、八幡のやりきったその顔を見てその考えを改めた。
私が認めてあげよう。これまでの彼も。これからの彼も。
そうして、二人は就職と同時に結婚した。結婚式は挙げていないが、八幡が印税を貯めて買った結婚指輪は今も沙希の宝物だ。
それから二年の月日が経ち、沙希の妊娠が判明。沙希はそれまで勤めていた広告代理店を辞め、大町を出産。そのまま専業主婦としての新生活をスタートさせた。
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「パパ食べようよ〜」
「そうだな、大町。メシを先にしよう。」
「分かったよ。あ、スーツはちゃんとハンガーに掛けてね。シワになっちゃうから。」
はいよ、と着ていたスーツをハンガーに掛け、テーブルの席につく。
テーブルの上にはすでに料理が並べられていた。豚汁。ほうれん草のおひたし。アジの干物。冷や奴。そして、里芋の煮っころがし。
大町が里芋を一欠片つまみ食いする。
「煮っころがし、美味し〜大町的にポイント高いよ〜」
「本当、煮っころがしうまいよな。昔からパパの大好物なんだ。俺もひとつ。」
「こら!まだ食べないの。いただきます、してないでしょ。まったく八幡も大町も‥‥‥」
「は〜い。じゃあ‥‥‥‥」
いただきます。その一言が食卓に幸せを運ぶ。
これからも色々と困難が待ち受けているだろう。それでもこの幸せを守るためならなんだって出来る。それが八幡夫婦の総意だ。
大町と八幡が里芋の煮っころがしを取り合っている姿を見ながら沙希は思う。
「やはり私の夫と娘の大好物が煮っころがしなのは間違っていない。」
と。
はい。完結です。
後日、活動報告で本作の反省を書いていこうと思います。
これまで見てくださった読者の方々、ありがとうございました。