多分ウチの店でバイトが辞めるとすれば理由はその先輩の怒り方や。確信できる。
全国高等学校かるた選手権大会の東京都予選の会場となっている会館から出てすぐにある小さな公園には、普段であれば見かけない袴姿の二人組がベンチに座っていた。
一人はしっかりと背筋を伸ばし凛とした姿ではあるものの、心配した表情を見せる女性。
もう一人は、太股に膝を付け前屈みになり、携帯を握りしめて震えている男性。
そんな奇妙な組み合わせを、物珍しさから遠巻き見る、公園で遊ぶ子どもたちとその保護者たち。
(何がどうなってるんや、この状況。いきなりすぎて意味わからん)
頭の中で繰り返されるのは「ウチには要らんけどな」という先ほど詩暢に言われた言葉。
(僕は今ショックを受けとる。それは確かなことやし疑う余地も無い。けど、何でショックを受けとるんや? 詩暢に突き放されたことか? 亡くなったお祖母ちゃんのために取っとる言われたことか?)
「……くん? ……くんってば、定家くん」
「ん? ああ、奏先輩」
「さっきから呼んでたのに全然反応してくれないし……」
自分の隣。ベンチに座っていた相手から声をかけられ、僕は意識を外に向けると、いつの間にか僕と奏先輩は近くの公園に来ていた。
(まさか、気付かん内に外に連れ去られてたんか)
「定家くん。先ほどの電話の相手、何方からだったんですか? 外に出たことに気付かないほど意識が違う方向を向くなんて何かあったんでしょう?」
「さっきのは……姉の携帯借りて幼馴染みが電話かけてきたんですよ。そんだけです」
握りしめた携帯から手を離すと、僕は手を閉じたり開いたり動かしてみる。
「定家くん……。敬語になってますよ? 二人きりなんですから、もっと気楽に、同級生と話す感覚でいいです」
いつだったか、前に二人で帰った日の約束を言われ、とりあえず僕は敬語を外し、「すまへんなぁ」と謝る。
「先ほどの電話、
「……せや。……まあ、幼馴染みとはそこそこ長い付き合いやから、多少なりとも響いたんやわ。切際の言葉に。何でか分からんけど」
詩暢に言われた、「ウチには要らんけどな」という拒絶の言葉。それだけがやはり頭の中をぐるぐると回ってしまう。
「あの、奏先輩?」
「どうしました? 私に出来ることなら何でも言ってください。できる限り努力します!」
胸を張って、ポンッと拳を当てた先輩にクスッと笑うと、僕は前置きに「誰にも言わんといてな」と言ってから、先ほどの話をし始めた。
「さっきかかってきた電話の相手。次姉の高子やのうて幼馴染み、……若宮詩暢からやったんやわ」
「若宮詩暢って……現クイーンの?」
「せや。実は家が隣同士でなぁ。昔から顔は知ってて、詩暢がかるたをやるようなってから、ようけ取ったんやわ。一緒にかるたを」
◆◇◆◇◆
詩暢と僕が明確に顔を合わせたのは、自分が小学校に入ったころ。
元々は家が隣同士だったので何度か顔を見たことがあるのだが、長い付き合いになるきっかけになったのは、詩暢がかるたをやるようになったその頃。
僕の自宅はかるた会の場所にもなっていて、『小倉会』という名の余り規模が大きくないかるた会で、かるたをやりたくなった詩暢が、詩暢の祖母から一番最初に教えて貰ったかるた会だった。
しかし、自宅の一部を使って行っているかるた会なので、当時会長を務めていた祖母の敦子は知り合いである伊勢先生が会長をする『明星会』を紹介することになった。
そこから詩暢は明星会に行くようになったのだが、このころから僕もかるたを取り始め、良く二人で試合をするようになって行く。
圧倒的な強さで僕を負かす詩暢は、同世代の中で殆ど敵なしに近い状況に近づいて行き、それに負けじと、僕は僕で大会に出て、入賞や優勝を重ねていくようになった。
いつしか二人でいることが多くなり、小学校から帰る度に試合をするようになった頃。詩暢の様子が変わってしまった。
◆◇◆◇◆
「それが、僕が小三で詩暢が小四の時の話。ちょうど、詩暢がA級に上がる一ヶ月前や。『明星会』の会長しとる伊勢先生がな詩暢を
「どういうこと、ですか?」
「詩暢がA級に上がる直前まで、僕は毎日試合しとったんや。成績はボロボロやけどな。でも、いつもみたく学校帰りに僕の家で試合しよう言うたら、もう試合せえへんなんてアホなこと言いよった。同世代の子と一緒に試合したらアカンて」
――伊勢先生に言われた言うて。
直後、少ない小遣いを握りしめて明星会に行った記憶がある。伊勢先生が詩暢に言うたこととその意味を知りたくて。
「そ、そんなの間違ってますよ」
「僕もそう思うたわ。けど、実際詩暢は僕以外の奴にずっと手加減してたらしいんや。数枚差で勝ったり負けたりするようにな」
小さいときに手加減を覚えたらアカン。そんなもん覚えても相手の子が気の毒や。伊勢先生を訪ねたとき、そう言われたことをハッキリ覚えている。
「まあそんな訳で、僕は詩暢と試合せんようになって、でもその頃からそれまで以上に危なっかしゅうなった詩暢の近くに居るためにA級に上がって……」
いつしか、余り動かずに話しているだけの僕と先輩は風景の一部になったのか、子どもたちも保護者たちも気にすることは無くなっていた。
空は青く、雲は途切れ途切れに続いていく。まるで自分の精神状況に見えた時、僕は先輩に尋ねる。
「こないこと、先輩に聞くことや無い。そないなもん分かっとんねやけど……。僕は詩暢に依存しとったんか?」
憧れは祖母だ。何回かでしかないが一緒にかるたをした。その時の戦い方は僕の理想だ。読手としてのやり方も、全て祖母が基礎になっていることも認める。好きやった祖母との繋がりであるかるたで、その姿に縋り付こうとしてることもこの際認めよう。そう思っているのだろう。
「詩暢がA級に上がったから。一人にしておけんかったから。そう思っとったんは僕だけで、ホントは僕が一人になりとうなかっ――」
「だ、大丈夫? お兄ちゃん、泣いてる」
「え?」
黄色いワンピースを着たお下げの女の子に突然話しかけられ、言われたことで目元に手をやると、気がつけば両眼からポロポロと涙がこぼれ、着物の衿を濡らしてしまっていた。
直ぐに目元を拭おうとハンカチを探すがかばんにしまっていたことを思い出し、袖で拭こうと腕を上げたところで、何故か目の前に来ていた女の子がハンカチを差し出す。
「と、とりあえず頑張って」
思いつく言葉がなかったのか、女の子はそれだけを言うと、ピューッと逃げるように友達が待つ滑り台へと走って行く。
「これ、どうしましょか……」
「ふふっ。女の子が勇気を出して見せた優しさには、ちゃんと答えるべきですよ。定家くん」
嬉しそうに口元を押さえて笑う先輩に言われるがまま涙を拭くと、僕はそのハンカチを持って女の子がいる滑り台へと向かう。
「ハンカチありがとな、お嬢ちゃん。おかげで元気出たわホンマ助かった。このハンカチはどうすりゃええんや?」
「あっ……も、もらいます! 気にしないで、くだ、さい……」
お下げの女の子にハンカチを返すと、ポンポンと頭に手を置くと優しく撫でてあげる。
「よく分からないけど頑張って」
「はいよ。いっちょ頑張るさかい応援してな」
僕は少女に満面の笑みを向けると、奏先輩の方へと戻っていく。
「依存とか、独りぼっちとかどうでもええわ。なんか、もう」
今は、
「アンタが否定する
「そうですよ。定家くん」
『あ、定くん? さっきはごめんね。詩暢ちゃん自分の部屋に引きこもってしもうて……』
突然かかってきた姉の電話に出て言われたのは謝罪の言葉。いつも優しい姉らしい。
『ただ。何するか知らんけど、やるなら徹底的に――』
「えろうしばきたおす」
聞き慣れない言い方に後ろで奏先輩が首を傾げているが気にしない。
『分かってんねんやったらしっかしい。ええな?』
通話が終わった携帯を閉じた僕は、仕返しとばかりに奏先輩の腕を掴む。
「連れ出してくれたんやから、今度は連れ戻す。ええな?」
「ふふっ。良いですよ定家くん」
◆◇◆◇◆
その頃。朋鳴高校との試合が終わった瑞沢高校は、朋鳴高校の顧問である坪口から、一条定家が若宮詩暢と幼馴染みであるという事実が述べられ、一同が驚愕していたとかしていないとか。
心理描写も試合描写も難しい!
今日、ちはやふるが掲載されてるBe LOVE の最新刊を読みましたが、まさかそんな風に! と思いました。
あんな発想僕には出来ん!
末次先生! オラに力を分けてけれぇw