原作改変。ごめんなさい。
全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会東京都予選。決勝戦の組み合わせは去年と同じで、名門の北央学園と新設の瑞沢高校の戦いになった。
序歌と一首目にの間にできる少しの間。静寂の中で確かに広がる緊張や同様が現れ、響きもしない心臓の音がやけに大きく聞こえてしまう。
朋鳴高校との試合で壊れたというエアコンは、自分の上にそのまま放置されたまま。だが、寧ろ綺麗に声が聞こえる。
邪魔な音は、声は、言葉は要らない。
『す――』
城山が、自陣にある当たり札である【すみのえの】を払おうと腕を伸ばす瞬間。バンッと両隣から札が払われる音が聞こえてくるのにも関わらず、目の前では音もなく札に手が添えられていた。
『――みのえの……』
「こっち一枚キープ!」
「同じく一枚キープした!」
「取れました!」
「ええよ! 次や次!」
チームの鼓舞は難しい。慣れていないこともあるため、部長が出していた掛け声を繰り返す。
『ゆめのかよいじ ひとめよくらむ』
敵陣を抜いた人は送り札を渡し、また、自陣が崩れた人は形を直す。そんな基本的なことが終わって一秒。
『かさ――』
二枚続けて敵陣の当たり札。今度は敵陣左の二字決まりをしっかりとる。
『――さぎの……』
「二連取!」
「こっちも!」
(他の人たちはどうなってんや? 部長はさっきの掛け声に反応してくれたから問題は無い。勉先輩と奏先輩……は問題ないな。それで、千早先輩は)
二つ隣に広がる千早先輩と北央の甘糟さんとの試合は、見る限り二連取されているように見えるが、なぜが千早先輩は札が元あった場所を、何回も何回も確認するように素振りをしている。
「ナメてんの? 試合の最中に取られた札の反省?」
何をしているか分からなければ、千早先輩がしていることはただの反省。でも、恐らくそうではないと、常日頃接している者たちは分かる。今の彼女が、何を求めているのか。
「これって練習試合?」
そう。これは練習試合ではない。東京最強の高校を決める大会の決勝戦。
(相手の力も確認や。次から少しずつ枚数調整してかんと、どうなるか分からん)
『あわじしま――』
普段の聞き分けで札を判断し、普段取るために動きはじめるタイミングから少し後にズレ、当たり札に城山の手が触れた瞬間に手を押さえる。
「ふー。やれやれ」
何と言うか、「よっこいしょ」といちいち呟くような、かなりゆっくりとした独特の雰囲気。絶妙なタイミングのズレがあるために取りにくい。
(あのタイミングで手ぇ出しても取れちゃうなぁ。気い付けへんと枚数調整がずれる)
「こない面倒なもん、よう部長やっとったなぁ」
「どうしたの? 条ちゃん」
「ん? なんでもあらへんよ。てか、条ちゃんって……」
一条から一文字取ってちゃん付け。どうしてそう呼ばれたかはわからないが意味は分かる。まあそんな渾名もありかと思いながら、連取にはされないように札の調整をしていった。
◆◇◆◇◆
(所で持田くん。千早ちゃんたちの高校で真ん中にいる男? の子は誰なんだ? さっきから危なっかしいかるたをしている)
(ああ、あの紫の袴を着けた子ですね。あの子はたしか……あ、そうそう、定家くんです。去年優勝したチームなので予選リーグの一戦目はパーフェクトでしたよ。お手突き込みで)
試合を観戦する白波会の会長である原田と北央の顧問をしている持田の視線の先には、ピシッと姿勢を正した少年。
(あの子です。九頭竜葉子専任読手の推薦で試験を受けて専任読手になったって言う)
(一条敦子専任読手のお孫さんか。どうりで)
今回の決勝戦のメンバーは、A級である西田をオーダーから外し、代わりに新しく入った一条がメンバーになっている。
(通りで動きが似ているわけだ。敦子さんの取り方に)
基本は姿勢を正した状態で座り、下の句が読み終わり次の歌に入る一秒で身体を倒す。そして、
『こいすちょう――』
決まり字と同時に動き出し、音もなく読手の声を邪魔しないように札を押さえる。音のしないかるたでも、クイーンの若宮詩暢とは違うかるた
(それにしても妙だな、あの子。取れる札は抜群に速いが、それ以外はぐるぐるピンの子にあと一歩の所で取られている)
「ナイス四連取や奏先輩! その調子で次もや!」
「ハイッ!」
「勉先輩は押されてるけど落ち着いて! 焦れば焦るだけ取れんよ! 次一枚!」
「オオゥ!」
『ゴホンッ!』
調子良く【たかさごの】から四つ連取した大江に声をかけ、また、北央の宅間くんに束で差を付けられている
駒野にも声をかける。だがその後すぐ、須藤の咳払いで北央の選手たちの背筋が凍る。
(声出しをしているのは、まつげくんじゃあなくて一条君。今回の試合で、普段とは変わったことを瑞沢はしてる)
エースである千早と精神的支柱であり実力はA級と変わらない太一の二人に、しっかりと二勝を掴んでもらい、また、他の二年生二人を一年ではあるがかるた歴の長い一条が支える。
「ええよ。身体動けとるよ!」
上級生の西田では出来ない司令塔を、一年の少年がやってみる。
(普段指示を出さない人物が試合の流れを作るのはとても難しい。それに彼は、団体戦や源平戦なんてものは触れてこなかった質だろう。それでも一生懸命にこなそうとしている)
(須藤くんはプライドがとても高い。だけど、それだけじゃない。自分が培ってきた物の大きさを正確に判断して、次の目標をしっかりと見極める。今読手をしているのも、現名人である周防さんを倒すため)
終半年前まで共に部活をし、その声を聞いていた者にとって、それは自分たちのホームと変わらない。
『ももしきや――』
百人一首の百番目。順徳院が詠んだ百枚目の歌の後に、晴れやかな声と苦しい声が聞こえてきた。
「ありがとうございました!」
「ありがとう……ございました……」
「え?」
「北央一勝っ!」
駒野と宅間との試合は、気がつけば十三枚の束差で負けていた。先に勝ち星を掴んだチームは波に乗れるが、黒星を握ってしまったチームは波にのまれる。
「良くやった宅間!」
「宅間先輩ナイスでs――」
「巻き返すぞ! 瑞沢ッ!」
『オウッ!』
相手の声を全力で遮り、渇を入れる。ここでのまれてはいけない。しっかりと札数を減らして行かなければならない。
「部長はとにかく一勝を。気負わなくてええんで確実に」
「わかった!」
「奏先輩は今日調子ええ。ゆっくりでええから取ってくで」
「ハイッ!」
「キャプテンは、のびのびやって下さい」
指示を出す一条に、千早は言葉を返さない。だがそれで良い。それは、自分の耳には必要ないと、読手の出す声だけを聞こうとしているから。
北央学園一勝。瑞沢高校一敗。瑞沢にとって今の戦況は良くない。ここからどうするか、残りの四人が背負う負担が少しずつ重くのしかかっていった。