一条定家の奮闘記   作:笑 花弥

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 定家が高校に入る前、プロローグ的な話は今回で終わりです。


序歌 三首目

 競技かるたの世界の中では、名人やクイーンの他に専任読手という特殊な肩書きを持つ人たちがいる。

 

 通常の大会でも読手はいるのだが、彼らは名人戦及びクイーン戦で読むことを許された読手。数少ない存在である。

 

 その中の一人に、一条定家の名があった。

 

(おいおい、あの人って……)

(次の試合の読手って)

 

 畳の上をゆっくりと進み、部屋の奥にある札が入れられた箱の前で止まる。

 

(一条定家。今は亡き専任読手一条敦子の孫で、去年14歳で専任読手になった天才。……とか考えてんやろなぁ。嫌やわぁ)

 

 ぞろぞろと入ってくる人々の視線を受け、若干苛立ちが積もる中、自分の右斜め前。耳の良い、感じのいい人であれば『勝利確定席』と名付けたくなる位置。

 

(おもろい場所やなぁ。あの二人)

 

 暗記時間。それぞれがそれぞれのやり方で頭の中に札を叩き込む中、定家は息をゆっくり吐き、しっかり吸う。

 

 良い歌は良い心から。良い声は良い姿勢から。

 

 読手の勉強を始めた一番最初に教えられたのは、正しい立ち方。地にしっかり足を付け体全体を木のように開く。内臓をあばら骨の内側に入れ、腹の底から声を通す。

 

『ほ――』

 

 始まりの音。自分が詠んだのは八十一番目、後徳大寺左大臣の夏の歌。その1音目で腕が伸びていく。

 

『――ととぎす』

 

 他の選手が反応するときにはすでに札を拾い、自分の位置に戻る。

 

『みかの――』

 

 圧倒的な速さで払われた札は彼女の思考を置き去りにしていく。

 

(さぁて、集中がどれぐらいで切れるか。見物やな)

 

 ◆◇◆◇◆

 

 B級個人戦の組み合わせ。勝ち抜きトーナメント戦では、試合調整のために不戦勝であった瑞沢高校の部長真島太一が、A級の試合を見に来ていた。

 

 幼馴染みであり、唯一のA級である綾瀬千早が、現クイーンと戦っているからである。しかし、会場の襖を開け、中を除いて驚く。

 

(速ぇ!!)

 

 三字決まりの札をいとも容易く連取する。

 

 ただただ早い。千早の体勢が完璧であり、手を戻しても十二分取れるはずの札を、クイーンは決まり字まで動かずに聞いている。

 

 戦況は良くない。どんな札が来ても取られてしまう。

 

(もう10枚差か)

(そろそろあの子も戦意喪失か?)

 

 速さなら負けないはず。彼女の力を知っているからこそそう思うのだが、クイーンは全ての札で速い。札分けをしていない所だってある。セオリー通りで一字決まりは自陣の奥。

 

 音が聞こえれば取れるはず。読手は、

 

(専任読手の一条定家!? 初めて見たぞ!? でも、だったらなおさら音は良い)

 

 箱の中から一枚取り出し、一拍分息を吸う。なにもない静寂の中響く声。

 

『よの――』

 

(五字決まり。囲い手だ)

 

『――なか』

 

 ――よ。

 

 その試合を見ていたクイーン以外の人々は、一斉に驚いた。千早も太一も、素人ではあるが顧問の宮内先生でさえも起きたことが異常であると気づく。

 

(こないなもん見せられたら大抵の者はやる気無くす。テクニックは何枚も上。どないなる?)

 

 右手で囲われた札の下。とても小さな隙間を針の穴に糸を通すように左手が貫いていた。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 目の前が暗く感じる。

 

(勝つ想像ができない)

 

 自陣の札は一向に減らず、敵陣は泡が弾けるようにどんどんと消えていく。

 

(攻めきれない。意識が守りに向いちゃう)

 

 泥沼に脚を囚われるように思考がまとまらない。気持ちはどんどんと下がっていき、腕が重くなる。そんな時だった。

 

(え!?)

 

 いきなり、部屋の照明が落ち再び点灯する。何が起きたのか分からない選手たちは周囲を見渡し、千早も同様に観客たちの方を見る。

 

(太一、先生。でも――私のかるたじゃあ取れないんだよ。こんなの初めて――)

 

(あの子立ったな。なんか思いついたか?)

 

 定家の方からは顔が見えず何を考えているかは分からないが、急に焦った表情で頭を回し始めた。

 

(おっ? 戻ったんか……)

 

「失礼しました」

 

 正座に戻り一度頭を下げた少女の顔は、おそらく落ち着いた物だろう。他の選手も含め全員が場についたのを確認して次の札を取り出す。

 

『かぜ――』

 

 やはり動き出しは千早の方が速い。攻めがるたが心情の千早は敵陣の下段にある【かぜそよぐ】を狙うが、出た札は、

 

『――をいたみ』

 

 自陣下段の【かぜをいたみ】。

 

(私が戻るよりも、直線のクイーンの方が速い。でも……)

 

(この状況で流れを掴むんなら、詩暢の自陣。それも下段にあるものを取るんいうのが1番ええんやけど……)

 

『なにわえの――』

 

 今度は三字決まり。飛び込んで腕を伸ばした千早の手と詩暢の手がぶつかる。

 

「今のは同時だからそちらの陣の取りです!!」

 

(詩暢相手に自陣当てて、同じスピードで取る。せやのに、真面目なんか素直なんか、それともただの阿呆か。札渡すなんて楽しませてくれるわぁ)

 

 息を吸う。息を吐く。人が、生物が生きるための基本的な行動は、時として、その身に眠る潜在能力を大きく引き出す。

 

『――F』

 

 一瞬。クイーンの手が届く前に札が払われ、その後に音が続く。

 

『uくからに――』

 

 クイーンが自陣の一字決まりを取られた。その事実に会場はざわつく。

 

(F音。原田先生が言ってた。千早は【ふ】になる前の音を聞いてるって。微かな響きを。【ふくからに】も千早の得意札)

 

(1枚目。またこの札が私の1枚目)

 

 送る札はただ一つ。自分の名前が入った【ちはやふる】の札。絶対に取らないといけない札。

 

『――』

 

 畳の上に並べられた札が舞い踊る。

 

『ちはやふる――』

 

 一発で狙い札を当て、音の前を掴み取る。

 

(この一枚が、いつかのクイーンにつながってる)

 

 気持ちのギアを徐々にあげていく彼女の前。静かに座る詩暢は確かに思う。

 

(抜かれたんか? 定が歌ってくれてんのに、ウチが1番好きな声が流れてんのに……)

 

 一歳違いで隣に住む男の子。その子の家でかるたに出会い、好きと思える声に出会えた。

 

(定が、定家が歌えばウチのホームや。せやのに、これ以上取られるなんてそないなこと……あって堪るか!)

 

 クイーンスマイル。凛々しい京都顔が一気に歪むその表情は恐ろしく、詩暢が力を入れる合図。

 

 その後、勝つ気でいる目の前の相手とは良い勝負とは成らず、着々と取り分を増やす詩暢は、結果二十枚差という大勝を掴んだ。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 A級個人戦の試合は順調に消費され、予想通り現クイーンの若宮詩暢が優勝した。

 

 他の級の内容は知らないが、個人的にこの大会で良かったのは決勝戦の詩暢対北央学園の須藤さん。もう一つは二回戦の詩暢対あの人。

 

「東京都代表瑞沢高校競技かるた部。綾瀬千早……ね」

 

 昨日の団体戦で棄権した東京都代表のエースがクイーンから一字決まりを抜いたという話で盛り上がっていたので彼女で間違いないだろう。

 

 携帯で学力を調べて見たが問題ない。ある程度勉強はしているから京都を出ても問題は無いはず。

 

「ここに行けたらおもろいんやけど……」

 

「何してんねや定。もう出るで」

 

 表彰状とトロフィーを脇に抱えた詩暢に後頭部を小突かれた僕は、詩暢から荷物を引ったくり、駅の方へ少し前を歩いて行った。




 漫画をベースに書いていくと、絵だけで文章を考えていかないといけません。頭の悪い私には表現するのが難しい。結果駄文になっている。

 今回で序歌は終わり、次から高校生編に入ります。
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