本歌 一首目
「遠いな……ここまで」
京都の嵐山から電車と新幹線を乗り継いで、おおよそ三時間ほど。少年は、一つの高校の前に立っていた。
【都立瑞沢高校かるた部】。創部一年目にして激戦区の東京都予選を勝ち抜き、途中棄権が出て四人になっても決勝リーグにまで出たチーム。
「部室は外言うてたな」
学校側には、校内及び部活見学として既に連絡を取っているため、気にせず校門を通り抜け元生徒会室を探す。因みに、かるた部の人には内緒でと伝えてる。
「テニスに野球。校舎の中は吹奏楽。よりどりみどりやな」
テニスコートの横をゆっくり歩いていると、視界に入ってきたのは小さな建物。入り口には【かるた部】の標識が。
「あそこね」
中学校の制服を着た一条定家は、誰にも気づかれること無く部室へと入っていった。
◆◇◆◇◆
「何この状況」
身長の低い女子生徒は椅子に座って絵のような落ち込みっぷりを見せている。真面目に素振りをしていたイケメンは、ダディベアを燃やすなんて発言しているし、相手の綾瀬千早は真に受けて泣いている。
「てか、ダディベアってあの服の熊か……」
あの日見たエースの女性が着ている服には熊の模様が着いている。恐らくアレのことをいうているのだろう。
試合形式で二組、畳の上で並べられている札を四人がそれぞれの形で向かい合う。
『なにわづに さくやこのはな ふゆごもり――』
暗記時間が終わり、落ち込んでいた女子生徒が序歌を詠み始める。
『いまをはるべと さくやこのはな――』
なんて言うんか……。
『たちわかれ――』
(なんて言うんか惜しい。奇麗で言い声持っとるのに、リズムが狂ったり音量バラバラやったり)
何首か詠まれていくのを聞いた僕は、次の一首が詠まれる前に扉を開け中へと入る。
「そのまま続けて。先輩は読手になりたいんか?」
「は、はい。そうですけど……」
「ほな、ちょっと失礼させて頂いて……」
突然入ってきた見慣れない制服の中学生に驚いているのか、こちらを見る五人に続けて貰い、ごめんなさいと謝ってから読手をしていた女子生徒の両肩を掴む。
「良い歌は良い心から。良い声は良い姿勢から。そんな肘肩張らんと落ち着いて」
ぽんぽんと肩を叩くと、次はがっちりと肩を地面に向けて押す。
「お腹触るけど堪忍して下さいね」
重心が下に下がったのを確認すると、次はだいたいへそがある位置に手を置くと、
「痛いけど我慢して、息吐いて内臓をあばらの中に入れるつもりで、せーのっ!」
胃やらなんやらを上へと押し上げて、無理やり肺の息を押し出す。人によってはまちまちだが痛みが伴う無理矢理なやり方。
「今お腹の真ん中に違和感があると思うけど、そこで声を響かすのイメージして、体は巨木のつもりで開いて」
「はいっ!」
立ち方が変わる。小さなことだけで見た目の印象が変わり、声の広がり肩が変わっていく。
「札の間の一秒は、『一秒』じゃなくて『一拍』や」
「はいっ!」
普通じゃあない状況の中で、言われていることがしっかりとしたアドバイスであることに気づいているのか、ちゃんとした返事が返ってくる。
「それと、声の大小は気にせんと、声はまっすぐ向かい側を貫くつもりで次の歌」
「はいっ!」
『おおえやま――』
小さな部室を流れる声は、先程までとは違い細くはあるが芯のある声になっている。一度出せたのが自信になったのか、段々と詠むのが上手になっていった。
◆◇◆◇◆
「それで、何で専任読手の一条定家がここいるだよ」
「そうですよぉ! いきなり肩抑えられたりお腹押されたり、何が起きてるのか分からなかったじゃないですか」
「ホントすんません。軽率な行動やったと深く反省してます」
ペコペコと頭を下げる定家はとりあえず、今日、ここ瑞沢高校のかるた部に来た理由を伝える。
「いやね、あの、今日は入部する前に部活動見学をしに来たんやわ」
(あれ? 固まっとる。なんかまずいことでm――)
『えェええええええええええ!!!!』
「入部! 入部って言ったよね! 太一」
「言った。確かに言ったな千早」
「まさか、専任読手の声が隣で聞ける!」
「な、ななな、何で」
一名を除いて、当然の反応をする中で、眼鏡の位置をちゃんと直せずにブルブルと手が震えている駒野が当たり前の質問をする。
「まあ、夏の全国大会の個人戦あったでしょう? そのA級の試合で、クイーンの自陣にあった一字決まり抜いた人が居ってな?」
彼の部内にいるA級の選手は一人だけ、一同が揃って千早を見つめる。
「えらく楽しそうにね? いやホント、束で差付けられとんのにめっちゃ楽しそうにかるたしとるから気になってなぁ、それに、思うことがあって団体戦に興味が出たんで」
「けど、それなら名門の所に行くんじゃ無いの? 北央とか静岡の富士崎とか……」
「いやぁ、親にもそう言われたんやけど、北央は男子校やし富士崎は顧問の桜沢さんが苦手で」
何となく分かる理由に対してウンウンと頷く西田を余所に、定家は大きな声で言う。
「改めまして、京都の小倉かるた会に所属しとる
春。思いも寄らない嵐が巻き起こる。
◆◇◆◇◆
「そういやお隣の定家君、東京の高校に行くらしいですね」
「えっ!? ホンマなんかお祖母ちゃん! 定、東京に行きよったんか!?」
「なんや、聞いとらんかったんか。一昨日辺りに菓子折一つ持ってきて、これまでありがとうございました言うて、ぎょうさん荷物抱えてたわ」
(定が東京に行った? 何でそない大切なこと言うてくれんかったんや?)
畳の上に並べられた多くの札を眺めていた詩暢は顔を上げると、廊下に置かれている黒電話の方へと向かっていった。
「問い質したる。なんでか、絶対に」
因みに、その後、定家が持っている携帯の電話番号を知らずに、黒電話の前で項垂れていたのは完全な余談である。
序歌の二首目で詩暢が言った「腹立ってな」やったりとか、電話番号分からずにorz の状態になるとか、本当にありそうなことですよね。書いていてそう思いました。
今後、学校も始まってくるのでペースが落ちていくと思います。とにかく頑張るので、応援よろしくおねがいします!