「え? 一人しか残らなかった?」
何してはったん? この天然キャプテン。何? 源平合戦を三対一でやって百枚取り? 一旦頭のねじどうなってるか調べに医者行きますか?
なんて言えるわけもなく、僕は千早先輩に連れてこられた子を見る。
「って、筑波……秋博君やない? 十組の、同じクラスの」
「あ、学級代表の一条。かるた部だったの?」
「まあね。けど、残ったの一人だけかいな。部長目当てが居らんくなったらこないn――」
「いつもの教室に皆いないんで、今日はこっちですか?」
「ありがとう花野さん! ありがとう!」
よかった。よかったけど、僕の言葉切れ……まあええか。これで一年は三人ね。
「とりあえず一年も集まったことだし、ゆっくりで良いから試合形式でやってみようか」
「けど、八人やったら四組ですよね。ちょっと狭ないですか?」
荷物や机を退かし、部屋の端に積んでいた畳を四畳分並べるが、このまま札を並べれば窮屈だろう。
「そうだな。頑張っても三組分しか札が入らねえし。読手ともう一人抜けるか」
「ほんなら、僕は経験者やし一旦抜けます。やったことない二人に一回やってもらいましょう」
すまないと先輩達に言われた僕は部室の端へと行き、二人のことを見ることにした。
『なにわづに さくやこのはな 冬ごもり いまをはるべと さくやこのはな――』
「いまをはるべ」
「あっ!? やだっ。今パンダ目になってるかもぉ」
え? 何言うてんのこの子?
「は、花野さん! ちょっと来て!」
あれ? いきなり目元気にし始めた花野を奏先輩が連行して、それに千早先輩がついていって…………。
「何なんや? あれ……。てか大丈夫かいな」
「放っとけ、ああいうのに男は口出ししない方が良いんだ」
「そうだよな。こえーもんな……」
突然の自体に起きてしまった沈黙の時間。何か分からずに呟いた僕に対して、部長、優征先輩と続く。
「えっと、筑波君。悪いな、最初からモメちゃって。かるたはもう覚えた?」
「えっと、まだ二十ぐらいです」
「そーかそーかー。ゆっくりで良いからな」
「でも、ぼく、強いですよ」
え? 何が? そう思った僕は悪くない。
◆◇◆◇◆
「そう言えば秋博、クラスの自己紹介の時に中三まで北海道に居ったって言うてたけど、ほんなら『下の句かるた』の方やってたん」
「そうそう。今日は札持ってきたんです」
これです。と渡されたのは下の句が書かれた木の札。
「実物見たの初めてやわ。確か、読手が下の句から詠むんやったな。昔、お祖母ちゃんがそないなかるたがある言うてたわ」
「だからおれ、下の句しか覚えてないけど兄弟四人でよくやってたんで、内地だと上の句かるたが主流だって聞いて」
恋愛バカに下の句かるた経験者。それに専任読手。今年の一年めんどくせ!!
あれ? なんで僕まで入ってんの……。至って普通やと思うねんけど。
「と、取りあえず、下の句かるたと上の句かるたはルールが違う。ちょっと丁寧に教えるからメモ取って……」
「駒野先輩って級とか段とかってどんぐらいですか?」
「え、初段でC級だけど……」
「じゃあ、一条は?」
「僕か? 僕はこの前無理矢理大会に出されて優勝したから多分五段? A級やで」
「じゃあ、一条に教えて貰います」
おまえ、礼儀って物を知らんのか! てか、ちゃんと先輩に教えて貰えよ。
「もーいいよ! 練習だ練習。昨日もちゃんと出来てねぇんだから一年は一年同士でやってろよ」
「でも、経験者なら余計ちゃんと基礎から」
「綾瀬! いつまでも甘いこと言ってんじゃねぇ! 予選前に俺たちの力が落ちたらどうするんだよ!」
この前も衝突した同じ内容。おかげで雰囲気が悪く、皆の意識が揃わない。一二年の間が違うのは分かるが、上級生が意思疎通できてないのは問題がある。
『あらざらん――』
歌が詠まれると同時に二年生はしっかりと動き出し、一年生の二人は、
『いまひとたびの――』
下の句が詠まれてが数瞬置いて札をとる。のだが……。札が詠まれる度に秋博が左手で取り、次は右手で取り、両手を使う。その上、
「よーし! 次も取るぞ!」
上の句かるたでは御法度の、相手を威嚇するような畳叩きをする始末。次の札である【はなのいろは】がでると、花野が一枚やっと取るが、その表情は嬉しそうだ。
「かなちゃん。爪切り貸して?」
試合を一度中断し、奏先輩から爪切りを借りた千早先輩は、花野の横に座り、爪を切るように促す。
「もし相手の人が筑波君みたいに強い指先で札を取りに来たら、菫ちゃんの爪の這うが剥がれるよ?」
「でも、私そんな必死に手出さないし」
「出すよ!」
あははっと茶化すように笑い爪を切らない方向に話を持っていこうとする花野を、がっしりと肩を掴む。
「いま、初めて一枚取れて嬉しかったでしょ? 段々速く取りたくなるんだよすみれちゃん! 右手! 右手だけでも良いから!」
「やめてください! 言ったじゃないですか! 私はかるたじゃなくて真島先輩と一緒にいたくて入部――っ!」
今しがた自分の言ったことに気が付いたのか、茹で蛸のように赤面した花野は勢い良く部室を飛び出す。そして、それを追いかけようとする千早先輩を優征先輩が止める。
「あそこまでハッキリかるたやる気ないって言ってんだ。放っておこーぜ」
一理ある。確かに一理ある意見ではあるが、それでも千早先輩は止まらない。
「私……。去年の全国大会で倒れて棄権してから、もう一人部員がいてくれたらって毎日思ってた。毎日思ってた。やっと来てくれた。専任読手の定家君が入ってくれて、変な子だけど、筑波君もすみれちゃんも入ってくれて三人もいる。だから、絶対に放っとかない」
カタパルトよろしくの飛び出しを見せた千早先輩は盛大に椅子とぶつかり、声にならない悲鳴を上げていた。
一枚目を取れたのが嬉しゅうて、次が欲しなって強くなる。そう言う考え方もあるんか。僕にとっては、お祖母ちゃんが読んだ歌が全部で、その歌を詠うのに憧れて、読手は選手の気持ちもわからなアカン言われてはじめただけ。
「多分、僕にとってはどこまで行ってもかるたは『短歌』なんやろな……。取りあえず、僕が行きますわ」
「そ、それなら私も行きます」
◆◇◆◇◆
「花野! どこ行きよった花野!」
「花野さん!」
部室を出てグランドの横を通り、中庭に面する廊下を、花野は泣きながら歩いていた。
「花野さん、大丈夫ですから戻りましょう」
「は、恥ずかしい……。絶対バレちゃった真島先輩にら私の気持ち」
だが、先程の実現が相当響いたのか、大粒の涙をポロポロと流す。
「どうせいい気味って思ってるんでしょ? 恋なんて下品でくだらないって、先輩も一条も! 馬鹿にしてんだったら放っといてよ!」
「……昨日花野さんに、百人一首は恋の歌ばっかりと言われたとき、確かにそうだと思いました。人が想うことは今も昔も変わらないとも」
花野の奴、先輩にそんなこと言うたんか……。なかなかやな。
「でも、百人一首は『短歌』です」
「確かに藤原定家は百首の内四十三首ある。昔から人は恋愛のことばっかり考えとる。やけど、昔の人は携帯もメールも無い中で相手の心を射止めようと三十一文字のルールに従って気持ちを伝えたんや」
定家だって、式子内親王との叶わぬ恋を偲んで歌を詠んだ。
「明確なルールを守った上で、読み手の心に刺さるよう、想いと技術を詰め込んだ。そんな歌やからこそ、定家は拾い、腐らないように、
「定家は、好きだった式子内親王がなくなりになってから10年以上たって、【思うこと 空しき夢の 中空に 絶ゆとも絶ゆな つらき玉の緒】という歌を残しました。例え相手がいなくても、例えどんな心であっても、『伝える』『伝わる』は、ルールの向こうにある。さっきの言葉で、花野さんの本当の想いが部長に伝わると思いますか?」
「でっ、でも」
「大丈夫や。大丈夫やから戻り」
まだ泣き続ける花野の背中を押しながら部室に向かっていると、奏先輩がお願いを花野さんにする。
「花野さん。私にも今度マスカラ教えてください。まつげ、三本しかないので。それと、『恥ずかしい』と泣ける心は美しいと思います」
あぁ……。これ、僕要らんかったよな。
「って、奏先輩はそのままで十分綺麗なんですから、マスカラなんて要らないですよ」
「ふふっ、定家君はお世辞が上手ですね」
あ、お世辞のつもりやなかったんやけどな。ええか。けど、『伝える』『伝わる』はルールの向こうにあるなんて、えらい良いこと言うやん。
その後、部室に戻った花野は、その態度をうって変え、真面目に百人一首を覚えるようになった。
定家の歌の中で、一番好きなのは【思うこと】、次に【来ぬ人を】です。どちらも悲しい歌ですが、それだけ、定家が式子内親王のことを好きだったんだなぁと感じます。