1話もの 俺ガイル単品   作:まーぼう

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たまにはテンプレな話を書きたくなって。



惚れ薬

「ひゃっはろー!」

「ようこそ姉さん。どうぞお帰りください」

 

 突然部室へとやってきた姉に、雪ノ下雪乃は手元の文庫本から目を離すことすらせずに冷たく言い放った。

 平日の放課後。まだ最後の授業が終って間が無く、他の部員である比企谷八幡も由比ヶ浜結衣も来ていない、そんな時間の話である。

 特にイベントがあったわけでもない、本当に普通の一日だった。そんな日に部外者であるにも関わらずわざわざやってくるこの姉は、実はとてつもない暇人なのではなかろうかと頭の痛くなる思いで睨め着ける。無論その程度で怯むような姉ではないのは理解しているが。

 

「ひっどいな~、雪乃ちゃん。せっかく遊びに来たのに」

「はぁ……一体何の用なの、姉さん?」

 

 案の定まったく堪えた様子の無い姉に、雪乃はため息を吐いて用件を尋ねる。

 別に姉に興味を持ったわけではない。単に姉を追い払うにはさっさと終わらせるのが最も効率が良いというだけである。

 妹のそんな目論見を知ってか知らずかーー十中十九(誤字ではない)解った上でだろうがーー陽乃は機嫌良く話を続ける。

 

「今日はねー、雪乃ちゃんに良い物持ってきてあげたの!」

「……一体どんなろくでもない物を持ってきたの?」

「えっとねー……じゃじゃーん!惚れ薬ー!」

「なるほど。出口はそこよ、姉さん」

 

 胸元からごそごそと、無駄に扇情的な仕草で小瓶を取り出す姉に、やはり脳にボウフラでも沸いたのかしらという視線を向ける雪乃。当然陽乃は妹の視線など一顧だにしない。

 

「必要無いと思うけど一応説明するね。これはーー」

「やっはろー、ゆきのん!」

「ガハマちゃんナイスタイミング!はいあーん!」

「へ?ムグ!?」

「由比ヶ浜さん!?」

 

 雪乃の親友、由比ヶ浜結衣が部室にやってくるなり、陽乃は流れるような動作で彼女に件の惚れ薬を飲ませてしまった。まるでコントのごとき、打ち合わせでもしてたとしか思えない流れではあったがそんなはずはない。

 

「由比ヶ浜さん、大丈夫!?すぐに吐き出して!」

 

 雪乃は慌てて結衣に駆け寄り彼女の背をさする。そうしながら姉に敵意を込めた視線を送る。

 

「正気なの姉さん?他人にこんな怪しげな物を飲ませるなんて」

「大丈夫よ、ちゃんとテストは済ませてあるから。それよりホラ、ガハマちゃんを見てごらん?」

 

 促されて結衣を見ると、彼女とバッチリと目が会う。そして

 

「ゆきのん結婚してー!」

「」

 

 由比ヶ浜結衣改め百合ヶ浜百合が雪乃の首もとにかじりついてその顔中にキスの雨を降らせる。全身から愛の波動を放出する結衣に、雪乃はされるがままになっていた。

 結衣の手が雪乃のスカートに潜り込んだところで、陽乃は結衣の脳天にチョップを落とす。

 

「てい!」

「あいた!?あ、あれ?あたし何してたの?」

 

 正気に戻ってキョロキョロと辺りを見回す結衣と、未だ惚けたままの雪乃に向けて、陽乃は得意気に指を振った。

 

「ふっふーん。どう?この惚れ薬の威力!飲んで最初に見た人を好きになっちゃうのよ。高級砂糖で上品な甘さ、さらにはビタミンC配合でお肌にも良いの!」

「ほ、惚れ薬?すごいですね陽乃さん。でもあたしすぐに戻っちゃいましたけど」

「まあただのジョークグッズだし。ちょっとしたショックで簡単に効果が切れるの」

「へー。面白ーい」

 

 素直に感心する結衣に陽乃が気を良くしていると、後ろからその肩を掴む手があった。

 

「おいくらかしら?」

「雪乃ちゃん鼻血」

 

 

 

「うーす」

「比企谷くん、良い物をあげましょう」

「は?」

 

 雪乃の言葉に奉仕部最後の部員である比企谷八幡は怪訝な声で応えた。

 それはそうだろう。普段であれば自分を迎えるのは暴言や嫌味なのだ。

 無論それらが自分と彼女の間でのコミュニケーションなのは理解しているし、自惚れでなければそれなりの信頼関係を築けていると自負している。が、だからといって前振りすら無くプレゼント宣言というのは気持ち悪い。というか普通に怪しい。

 そんなわけで八幡は普通に拒否した。

 

「要らん」

「そう言わずに。とりあえず品物を見てから判断してもらえるかしら」

 

 雪乃がこうまで言うのは珍しい。また言葉は発しないものの、結衣も先程から熱心な視線を送り続けていた。加えて八幡は、前述の通り彼女達を信頼している。よって八幡は、ついつい聞いてみても良いかという気になってしまった。

 

「まあそこまで言うなら……。なんだよ、良い物って?」

「どす黒い赤色をした丸薬(無包装)」

「要るか」

「何故っ!?」

 

 八幡の反応はごくごく普通のものだったが、視野狭窄もとい恋は盲目状態の少女達には理解できなかったらしい。

 雪乃と結衣は額を付き合わせて作戦を練り直している。八幡の目の前で。

 

「どうしてかしら。比企谷くんが受け取ってくれないわ」

「やっぱりそのままなのがダメなんじゃない?ヒッキーの好きな物に混ぜこむとか」

「それだわ!」

 

 結衣の言葉に得心した雪乃は紙コップにマックスコーヒーを注ぎ入れ、そこに惚れ薬をドボドボとぶちこむ。そうして出来上がった丸薬のマックスコーヒー漬けに満足気に頷くと、それをドヤ顔で八幡へと差し出した。

 

「比企谷くん、さあ!」

「さあじゃねえよ」

 

 八幡は痛むこめかみを押さえながら、出来る限り声のトーンを抑えて続ける。

 

「一体なんのつもりだ雪ノ下?お前の言うことが理解できないのは割と結構あるが、さすがに今回は意味不明すぎるぞ。何なんだその薬?」

「……何の話かしら?」

「お前が今手に持ってるそれだよ!つうかなんで誤魔化せると思ってんの!?コーヒーより丸薬のが体積多いじゃねえか!」

 

 八幡の指摘通り、雪乃の持つ紙コップは赤黒い球体が飲み口を越えて山を成している。ぶっちゃけコーヒーが見えない。

 しかし雪乃は挫けない。彼女は自分のみならず、親友である結衣の想いも背負っているのだから。

 そして結衣もまた友人におんぶにだっこの少女ではなかった。彼女も雪乃を援護すべく話に加わる。

 

「ひどいよヒッキー!せっかくゆきのんが淹れてくれたのに!」

「ひでえのはお前らだろ。マジで何なんだよ今日?」

「比企谷くん、あなたは今冷静さを失っているの。落ち着くためにもまずは飲み物を受け取りなさい」

「お前が落ち着け。どうして直径1㎝前後の球体の集まりを飲み物と言い張れるんだ」

 

 頑として受け取らない八幡に業を煮やしたのか、雪乃と結衣は動きを止める。そしてアイコンタクトを取ると互いに頷き会い、二人同時に八幡に飛びかかった。

 

「うおおおっ!?」

「こうなったら強行手段よ!覚悟なさい比企谷くん!」

「正気か雪ノ下!?」

「大丈夫ヒッキー!何も怪しくないから!」

「怪しくない部分を探す方が難しいんですが!?」

 

 組んずほぐれつ。三人の男女が揉み合う。

 ボタンは外れ、裾は捲れ上がり、第三者に見られたら確実に誤解を招くような様相だが、必死さ故か当人達は全く気が付かないようだった。

 やがて八幡が雪乃のスカートに頭を突っ込み結衣の胸を鷲掴みにした頃、何の弾みか件の薬が雪乃の口に飛び込んでしまった。

 

「んぐっ!?」

「お、おい!大丈夫か雪ノ下!?」

 

 八幡は慌てて雪乃の背を叩くが、既に時遅し。彼女はもう薬を飲み込んでしまっていた。さらには反射的なものだろう、自らの背を叩く八幡に顔を向け、思い切り目が会う。

 

(しまった!)

 

 雪乃は心の中で焦った。

 惚れ薬の効果が現れるのが正確にどの程度の時間なのかは分からない。しかし結衣はほとんど一瞬で恋に落ちていた。驚くほどの即効性であるのは間違いない。

 

(このままでは自分の方が比企谷くんに惚れてしまう……!)

 

 などと今さらなことを思ってしまう。

 雪乃のそんな内心を知りようもない八幡は、雪乃が薬のせいで体調を崩したのではと慌てだす。

 

「吐き気でもするのか!?しっかりしろ雪ノ下!」

「え、ええ。大丈夫よ」

「そうか……。良かった……」

 

 胸を撫で下ろす八幡を見ながら、雪乃は心の内で首を傾げていた。何の変化も起きないのだ。

 

「なあ、この薬マジで何なんだ?さすがに毒とかじゃねえんだろうけど」

「え、ええ、姉さんが開発した薬よ。DHA配合で目に良いらしいわ」

 

 あまりよく聞いていなかったがそんなようなことを言っていた気がする。違ったかもしれないが大差無いだろう。

 

「やっぱりあの人かよ……。つうかそんなもん飲ませんなよ。そこまで酷いか、俺の目?」

「酷いわよ」

「即答か。……まあ本当に大丈夫そうだな。ったく、変な物じゃねえんなら最初からそう言えよ」

 

 ぶつぶつと言いながら離れる八幡を横目に、結衣が雪乃へとささやきかける。

 

「ゆきのん、なんともないの?」

「ええ、どうしてかしら」

「薬がダメだったとか?」

「でも由比ヶ浜さんにはちゃんと効果があったし……」

「人によって差があるとか?」

「個人差にしては極端すぎると思うのだけど」

「おい、何こそこそ話してんだ?」

 

 雪乃と結衣の検証は八幡の介入によって中断された。ここまでの扱いのためか、八幡はあからさまに不機嫌になっている。

 

「本当何なんだよ気分悪ぃな。今日はもう帰るぞ、俺」

「あ……ご、ゴメンねヒッキー!悪気があったわけじゃなくて……」

「……べつに怒っちゃいねえよ。でも今日は帰らせてくれ」

「ごめんなさい……あの、その薬……」

「没収だ。あとで食いもんに混ぜ込まれたらたまらん。じゃあな」

 

 最後の『じゃあな』に怒が込められてなかったことに、二人の少女は胸を撫で下ろす。そして薬の効果が無かったことに改めて首を傾げた。

 二人は下校時刻まで話し合ったが、結局納得のいく答えを導き出すことはできなかった。

 

 

 

「ひゃっはろー、比企谷くん」

 

 校門を出たところで聞き慣れてしまった声に捕まり、八幡はうんざりとため息を吐いた。ただしそこには『やっぱり』という感情が多分に含まれていたが。

 

「……何の用すか、陽乃さん」

「比企谷くんが雪乃ちゃんと上手くいったかな-と思って。やっぱりお姉ちゃんとしては気になるじゃない?」

 

 によによと下世話な笑みを浮かべてすり寄ってくる陽乃に、八幡は『近い近い柔らかい良い匂い』と逃げ腰になりながら疑問を投げ返す。

 

「なんすか上手くいくって。意味わかんないですよ」

「あれ?もしかしてガハマちゃんとくっついちゃった?」

「……いや、本気で意味わかんないんですけど。なんすか、くっつくとかなんとか?」

 

 本気で怪訝な表情を浮かべる八幡に、陽乃は一番退屈な可能性を思い浮かべる。

 

「……比企谷くん、もしかして薬飲まなかったの?」

「飲みましたよ。雪ノ下が」

「んん~?」

 

 陽乃は首を捻った。その展開もそれはそれで面白いことになるはずなのだが、それにしては八幡の反応が薄い。

 陽乃が思考を巡らせていると、八幡はポケットからその薬瓶を取り出し不服気に聞いてきた。

 

「陽乃さん、結局この薬何なんですか?どうせしょーもない物なんでしょうけど」

「ん-、ただの惚れ薬だけど」

「ホントにしょーもねえ……。んなファンタジーなもん現実にあるわけないでしょう。どうやって雪ノ下にそんなデタラメ信じさせたんすか」

「いや本物なんだけど。自分で作ったんだし」

「失敗作ですよ。雪ノ下が飲んでも何の効果も無かったっすよ?」

「ええ-?」

 

 そんなはずないんだけどな-、と陽乃は口の中で呟くが、八幡の様子を見る限り誤魔化しているようには思えない。どうやら本当に何も起きなかったらしい。

 

「えっと、もう一度確認するけど雪乃ちゃんが飲んだのよね?雪乃ちゃんもしかしてずっと目を閉じてたとか?」

「いや、べつにそういうことはなかったですけど」

「あっれ-?」

「とにかくあんま妙なこと企まないでくださいよ、普通に迷惑ですから。俺ら一応受験生なんですし」

 

 それじゃ、と立ち去る八幡の背中を見送りつつ、陽乃は首を捻る。

 薬が失敗作だったとは思えない。そもそも結衣にはちゃんと効果を発揮したのだ。

 では雪乃が特別に高い耐性を持っていたとか?可能性はゼロではないだろうがその確率は隕石が直撃するのと大差無いだろう。大体実の妹がそんな特殊な体質なら親から話くらいは聞いた事があるはずだ。

 他にありそうな理由は……

 

「あ、そっか」

 

 自分が作ったのは惚れ薬。飲んだ者:αを最初に見た相手:βに『惚れさせる』薬である。

 つまり初めからαがβに惚れていた場合、何の効果も無い。

 

「ちぇー、つまんないの」

 

 期待していたような騒動が起きなかった事に唇を尖らせた陽乃は、次は何をしようかと考えながら帰路に着いた。

 





おまけ


「お兄ちゃん、アメ一つもらったよ」

 シャワーを浴びてリビングに戻った八幡を出迎えたのは、妹のそんな一言だった。
 テーブルでコーヒーを傍らに参考書を広る妹に、八幡はハテと首を傾げる。小町はアメをもらったと言っているが、自分はそんな物を持ち歩いていた記憶が無い。
 何の事だ、と問を発するよりも早くテーブルの上の物が目に入り、疑問が氷解すると同じに己の迂闊さを呪う慚愧の念が沸き上がった。

「小町……お前、これ飲んだのか?」

 そこにあったのは雪乃から取り上げ、陽乃が開発したという惚れ薬。その上、瓶の口が開いていた。
 そんなことは露とも知らない小町は、あっけらかんと肯定する。

「うん。甘さ控えめで美味しいねコレ」
「……」

 小町の態度は普段と何ら変わりのないものだった。とても妙な薬の影響下にあるようには見えない。
 八幡は丸薬を一つ摘まみ持ち上げる。テカテカとした光沢を持ったそれは、確かに飴玉に見えなくもない。
 八幡はそれを自分の口に放り込んだ。

「……甘さが足んねえ。全然ダメだな」
「お兄ちゃん……ちょっとは糖分控えないと絶対早死にするよ?て言うかお兄ちゃんが買ってきたんでしょコレ」
「違ぇよ、貰い物だ」

 そう言って、新たに薬を取り出していた小町から瓶を取り上げる。小町は不服そうにしながら手のひらに落ちた一粒を口に含んだ。

「……」
「……なに?」
「いや、別に」

 しばらく観察を続けたが、自分にも妹にも特に変化はない。
 八幡は「飯になったら呼んでくれ」と言い残して廊下に出て、小さく安堵のため息を漏らした。

「やっぱ失敗作か」
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