グランドパロス山脈と中央山脈のはざま、帝国とも共和国とも隔てられた山あいに、その小さな村はありました。
ほとんどの村人は、外の世界を知らないことを知りません。だから万年雪に覆われた峰々に囲まれた世界で、村人たちはひっそりと暮らしていました。
村のゾイドは、どれもみんな古いものばかり。戦争で傷ついて、野良ゾイドになっていたものを村人が拾い、修理をして大切に使っています。そして山からの豊富な湧き水を使い、細々と作物を育てる自分たちだけの生活をしていました。
時々村には外の世界からのお客さんが来ます。戦いから逃げ出した兵士だったり、強い野生ゾイドを捜しに来た冒険家だったり、秘密の取引をする商人だったり。でも、なんの面白みも無く、目ぼしい産物も無いこの村に留まることはなく、すぐに村を去って行きます。この村は忘れられ、そして覚えてももらえませんでした。
ある日、村に一人の旅人がやって来ました。透き通った紫色をしたワニ型ゾイド、ネプチューンを連れていましたが、乗って来たのではありません。
なぜなら屋根の無い操縦席は荷物で一杯で、旅人もたくさんの荷物を背負っています。村に着き、荷物を降ろそうとしましたが、ベルトが引っかかって上手く降ろせません。丁度その時、畑仕事に行く途中の村人たちが通りかかりました。
「すみません、背中の荷物が引っかかってしまいました。ちょっとだけ手伝ってくれませんか」
でも村人たちは、よそ者と口をきくと悪いことが起こると思っていました。だから旅人が荷物を降ろそうとしても手伝わず、黙って通り過ぎようとしました。
旅人は荷物を斜めに引っ掛けたまま、もう一度声をかけます。
「あの、せめてこの村でいちばんえらい人がいるところを教えてください」
村人たちは、黙って後ろの丘の上にある大きな屋敷の方を見ました。
「わかりました、あの大きな家ですね」
村人が行ったあと、やっと荷物を降ろせた旅人は、今度は荷物を両手に抱えて丘の上の屋敷に向かって歩き出しました。
大きな屋敷の門の前で、旅人は声を掛けました。
「僕は研究が好きで、あちこちを調べに旅をしています。どうかこの村で研究をさせてください」
最初は返事がありませんでした。でも旅人が何度も何度も呼びかけると、やっと村長が出てきて会ってくれました。村長は言いました。
「わかりました。研究してもいいでしょう。ただし約束してください。村のはずれの、こわれたお城にだけは近づかないように」
少し不思議だな、と旅人は思いましたが、わざわざ村人とケンカになるのはいやだったので「はい、村のはずれの城には近づきません」と約束しました。
それから旅人は、村人が今まで見たこともない機械や、たくさんの難しい計算をして村のあちこちに出かけ、一生懸命調べものをしました。
「こんにちは」
旅人は何人もの村人にあいさつをしましたが、誰も返事を返してくれません。それでも旅人はいつも楽しそうに調べものをしていました。
村に来て三日目のことです。いつものように旅人が村の地層を調べに出かけた時、ある家の門が開いたままで、その周りを村人たちが心配そうにのぞき込んでいるのを見かけました。中から女の人の泣き声が聞こえてきます。旅人はまわりの村人に聞いてみました。
「どうしたのですか。何か悲しいことでもあったのですか」
いつも無愛想な村人たちですが、今日はもっと無口でした。
それでも旅人は同じ問い掛けを繰り返し、あるお婆さんからやっと理由を聞きだすことができました。
「この家の娘は、ゾイドへの生贄にされるのじゃよ」
「ゾイドへの生贄?」
旅人は思わず聞き直しました。でもお婆さんはそれだけ言うとそそくさと帰ってしまい、残った村人たちも顔を背けるばかりです。
旅人は思い切って、その門の開いている家の中に入って、理由を聞くことにしました。
家の中では、お父さんとお母さん、そして年頃の美しい二人の娘が悲しい顔をしています。
「ゾイドの生贄になるというのは本当ですか」
年上らしい娘は、涙を堪えて答えました。
「昨日の朝、家の戸に白い矢が刺さっていました。これは猿神様への捧げものを差し出すしるしです」
「猿神様? それはなんですか。ゾイドの名前にしては変ですね」
「猿神様は真っ白で大きなゾイドで、この村の守り神なのです。でも6年に1回、戸に白い矢が刺さった村の家では、猿神様にその家の若い娘の生贄を捧げるのが慣わしなのです。
私は明日の夕方、蓋を打ち付けられた葛篭の中に入り、村はずれにある猿神様の城の前に置かれ、人身御供として捧げられます。
生贄になるのは村の娘の誇りです。私は悲しくて泣いているのではありません。嬉しくて泣いているのです」
でも、娘は悲しくて泣いているようにしか見えませんでした。
それから旅人は、娘の両親に詳しい話を聞くことができました。
この村には昔からゾイドを大切にする慣わしがあって、昔この村に敵が来たとき、巨大な猿に似た「猿神様」というゾイドがあっという間に敵をやっつけてくれたという言い伝えがありました。大きなゾイドは特に敬うようにとの掟で、大きなゾイドを見つけたら、満月が重なる夜、村の外れの城で若い娘が舞い、村の守り神になるようにお願いしたそうです。
でも戦争が終わった頃から、城の奥の森で気味の悪い声が響く様になり、舞いを終えた娘が帰って来なくなりました。それからしばらくは、みんないやがって祈りの舞いをささげなくなりましたが、山火事だったり、山津波だったり、雪崩だったり、6年ごとに必ず村に不幸が起きるようになったのです。
これは山の神、猿神様が、娘の祈りを捧げないから怒っているのだと、村のみんなは考えるようになりました。そして6年に1度、村のみんなが寝静まった夜遅くに、猿神様は生贄を出させる若い娘がいる家の戸に白い矢を突き刺し、人身御供を差し出す目印となったのだと教えてもらいました。
「今度は遂に、うちの娘が選ばれたのです」
旅人はそんな話が信じられずに、怒って言いました。
「ゾイドが人間を生贄にするなんてとても変です。それにもし村を守る神様ならば、村人を犠牲にするなんてもっとおかしい。なぜこの村では、そんなことを続けているのですか」
お父さんは娘の方を何度も見ながら答えます。
「あなたがそういうのもわかります。でもそれが掟なのです。それに少し昔に、生贄を差し出さないで猿神をやっつけようとしたことがありました」
その時には、偶然戦争で傷ついて村に逃げてきたゴジュラスと、それを操縦する兵士がいて、村長はありったけのお金と食べ物を集めて、兵士に猿神をやっつけてくれるように頼みました。兵士は少し考えたあと『そんな猿なんてやっつけてやる』と言って、城の奥の森に進んで行きました。
ところがその夜、森の奥から大きなミサイルが飛んできました。ミサイルは村の真ん中の家に命中し、その炎が燃え広がって大火事になってしまいました。多くの家は焼かれ、蓄えの少ない食べ物も焼き尽きました。村人の半分が死ぬか大けがをして、やっと火事は収まりました。
翌朝城の前に行ってみると、ぼろぼろになったゴジュラスが転がっていて、辺りには大きな足跡が残されていただけだったそうでした。
「私たちは猿神様には逆らえないのです。娘を差し出さなければ、また村は焼き払われます。村に迷惑をかけるわけにはいきません。娘を差し出すのは仕方がないのです」
お父さんはそう言って、悔しそうに下を向きましたが、お母さんと妹は堪えきれずに泣き出し、その場を離れていきました。
旅人は、偶然この村に棲み付いたそのゾイドが、村の言い伝えを利用して生贄を出させているに違いないと思いました。
(悪い迷信である証拠を掴まなければならない)
旅人は村長との約束を破り、村はずれの城の側に潜んで、生贄を求めるゾイドの正体を突き止めることにしました。
その日の夕方、娘は朱色に塗られた葛篭に閉じ込められ、村はずれの城の前に置き去りにされました。
夕闇が迫り、辺りはどんどん暗くなっていきます。
二つの満月が丁度重なり合って南の星空に昇って来ました。
白い月明かりに浮かび上がる葛篭の中、ときどき娘の悲しげな咽び声が聞こえます。旅人は息を殺して、葛篭の様子を暗闇でも見えるカメラで撮影をしていました。
随分と時間がたって、旅人はもしかしたら自分が村人全員から騙されていたのかな、と思えてきたころです。バキバキと枝や木を圧し折る音と、ギーギーという鳴き声が聞こえてきます。
(この鳴き声は……アイアンコングだ)
突然、城の奥の森から、1匹の真っ白なアイアンコングMk-Ⅱ(量産型)が現れ、続いて4匹の白いハンマーロックが現れました。アイアンコングがギーギーという鳴き声を発し、大きな体で地面をゆらし、葛篭の周りで踊る仕草を始めます。ハンマーロックたちも関節をわざと軋ませ、それに合わせて体をゆさぶり輪になって躍っていました。
真ん中に置かれた葛篭の蓋をハンマーロックがベリベリと引き剥がしました。
次の瞬間、悲鳴を上げる娘をアイアンコングが摘まみ出して、開いた大きな口の中にそのままぱっくりと呑み込んでしまったのです。
旅人は、驚いてその様子を見ていましたが、持ってきたカメラの映像にノイズが入っているのに気付きました。
(一定の波形が連続している。レアヘルツのような電磁波だ。何かの暗号かも)
旅人は持っていた機械を使って、電磁波を記録しました。
ハンマーロックはアイアンコングを真ん中にして踊り続け、娘を呑み込んだアイアンコングは満足したのか、やがて全て夜の闇に紛れ、森に戻って行きました。
「こんなバカなことってあるものか」
旅人は、記録された映像と、謎の電磁波を記録したデーターを持って、夜が明けようとしている村へと戻って行きました。
「あれは猿神なんかじゃありません。ゴリラです、アイアンコングです。これを見てください」
旅人は村長に撮った映像を見せましたが、全く取り合おうとはしません。それに猿神の正体が白いアイアンコングとわかっていたらしく、驚きもしませんでした。それどころか「あなたは約束を破りましたね。それに村には村の慣わしがある。よそ者には関わって欲しくない。はやくこの村から出て行ってください」の一点張りです。
諦めて旅人は、ネプチューンに積んできた機械で電磁波を調べることにしました。
解読は簡単にできました。帝国の使っていた古い暗号乱数表に合うものでした。手持ちのコンピューターを使って解読すると、聞いたことの無い名前が浮かび上がって来ました。
とてもえらい猿神様は、今年も娘を手に入れた。
猿神様に逆らえば、どんな奴でも許さない。
大きな腕でひと殴り。大きなゾイドもいちころだ。
でもあいつだけには秘密だぞ。
ミーバロスのバルモア砦、シュンケンは恐ろしい奴だ。
絶対にシュンケンには伝えるな。
ミーバロスのバルモア砦、シュンケンは強い奴だ。
絶対にシュンケンには見つかるな。
ミーバロスのバルモア砦、シュンケンは悪い奴だ。
いつかは仲間の仇をとって、滅ぼしてやる。
アイアンコングを真ん中にして、ハンマーロックたちはこの歌に合わせて躍っていたのでした。
「これだけの言語を操れるなんて、まるで人間並みの考え方ができる生き物みたいだ。
それにしてもミーバロスのシュンケンって、誰の事だろう」
きっとその人に聞けば何か手がかりがつかめるに違いないと、旅人は早速ミーバロスのバルモア砦に向いました。
大陸北の村から、大陸南のミーバロスまでネプチューンに乗って移動してもだいたい一か月。
やっとの思いでミーバロス市に到着すると、旅人はシュンケンという人を一生懸命捜しまわりました。
「……シュンケンという人を知りませんか……」
ところが、どんなに探してもシュンケンという人を見つけることはできません。
旅人がくたくたになって砦の門の外で腰を下ろしていると、前に話を聞いてくれた兵士が話しかけてきました。
「旅の方、シュンケンをお探しかい。もしかしたら、それはゾイドのことかもしれないよ」
「ゾイド、ですか」
「ああ。砦にもとから棲み付いていたコマンドウルフがその名で呼ばれている。
野良ゾイドなので軍の登録からは抹消されているが、自立心が強くて勇敢なゾイドだ。ずっと砦を守って来てくれていた」
旅人は、シュンケンというのは人の名前ではないことにやっと気が付きました。