フェニクス本戦の真最中に起きた誘拐事件。
被害者はリーゼルタニアの王宮侍女(見習い)で、本来なら縁も所縁も無い相手だが、それが星導館学園のユリス・アレクシア・フォン・リースフェルトの旧知となると困った事になる。
そして犯人の要求が天霧綾斗の持つセル=ベレスタを使用不能にする事。こうなると頭を抱えている場合じゃなく、全力で対策する必要がある。
事態は未だ進行中。
今回の事件を学園に対する攻撃と受け取って、反撃に血を滾らせていた涼だったが、すぐに出来る事は少ない。
そして作戦上クローディアが不在になる為、代行業務もこなす必要がある。
その為一旦学園に戻る。
そして夕刻。
準決勝第2試合。
天霧/リースフェルトペアとガラードワースの聖騎士ペアの対戦。
あまり心配していなかったが、綾斗が剣士を、ユリスが鎧のダンテをそれぞれ撃破して勝利。
セル=ベレスタを使えないハンデはあったが、特に問題は無いようだった。
これで遂に、星導館学園が決勝進出となった。
だが、感慨に耽っている時間は無い。
勝者の二人も足早に会場を去って行く。これから捜索に加わるのだろう。
明日の決勝の事を考えると、あまり無理をして欲しくはないが仕方がない。
8月も中旬。
この時間の空は暗くなり始めている。
涼も動ける時となった。
商業エリアとロートリヒトからは離れられないので、どれ程の手掛りが得られるかは分からないが、まずは行動だ。出発しようと駐車場に向かう。
その途上。
「涼。ちょっといい?」
「優か・・・急いているんで手短に」
数日顔を見ないだけだったが、随分と久しぶりな印象がある風紀委員、七海 優。
「忙しそうね。今夜もロートリヒト?」
「ああ」
つい声が堅くなるのは気が急いているせいか。
「この前の事なんだけど」
「それについては何も言えない」
夜の歓楽街で変装したシルヴィア・リューネハイムに出会った件については確かに話せないんだが、言い方が良くなかった。言葉、語気共に強い。
「・・・まあいいけど。涼ってさ・・・好きな子、いるの?」
「どうだかね」
お前だよ、と言ってやれば全てが変わったかもしれない。
「ふーん・・・ああ、ウチの会長さんか」
「よしてくれ。会長はそう思っていい対象じゃない」
「・・・そう」
しばし、二人共無言になる。
「もう行くよ。じゃあな」
「うん」
車を出す。
バックモニターには背を向ける彼女。
「こりゃ終わったな」
思わず声がでる。まあこんな態度ではそうなるだろう。
後で後悔に苛まれるかもしれないが、今はもっと重要な問題だ。
涼は気合を入れなおすと市街に向けてハンドルを切った。
多少渋滞に引っかかったせいで、ロートリヒト手前で車を降りると日はすっかり暮れていた。
夜の街は相変わらずの賑わい。
とりあえず適当なビルの屋上に転移すると、再開発エリアを見る。
沙々宮達からは連絡が無い。つまりは進展無しと思われる。
そういえば天霧ペアはどうしたのか。聞いていなかった。
端末を展開してコール。
「天霧か。志摩だ。今からロートリヒトと商業エリアを回る。そっちはどんな様子だ?」
「ああ、先輩。実は俺も今、ロートリヒトにいるんです」
「何だと?」
「実は―――」
何とレヴォルフのイレーネ・ウルサイスにアドバイスを求めたそうだ。
その発想には驚いたが、悪くない手だ。そして・・・
「確かにあり得るな」
イレーネの推測、それは誘拐ならむしろロートリヒトに潜伏するのでは、という物。
言われてみれば否定できない。むしろ充分な可能性。
「ならば天霧はそのまま頼む。こちらはこちらで情報を集めてみる。ああ。お前さんは表通りをメインにな。裏の方は俺が見る」
「はい―――あ、ユリス?」
天霧の端末に連絡が入ったようだ。
お互いの状況を話している。・・・そうか。
「丁度良かった。リースフェルト、君は一旦学園に戻れ」
「何だと!?何を言うのだ、先輩。私には―――」
「いいから聞け。そろそろ情報が集まりだす頃だ。捜索範囲も広い。まとめ役がいる。連絡は順次入れるから頼む。再開発エリアとロートリヒトのマップを用意しておいてくれ」
「そんな事は他の誰かにやらせればいいだろう!」
「誰かなんていないんだよ。それに君は目立ちすぎる。犯人にバレたら元も子もないぞ」
「それは・・・そうだが・・・」
「更に言うと戦力的にも君は温存しておきたい。居場所が判明しても俺達が誰も動けない、なんて事も有り得る。予備戦力は必要だ」
「・・・」
何とか説得して、彼女には学園に戻ってもらった。
口には出さなかったが、他にも理由はある。
決勝戦前に無茶をして欲しくは無かった。綾斗の方は仕方ないが、せめてユリスは疲労の無い状態でいるべきだ。最後の対戦相手は言うまでも無く最強なのだから。
「では、始めるか」
そう呟くと、歓楽街の雑踏に降り立った。
いや、その前に一つやる事があった。
ロートリヒト。
再開発エリア程ではないが、アスタリスクの暗部とつながる場所。
そういう場所だけに、ある種の秩序が生まれる。そしてその秩序を維持しているのは―――
「ここか」
見た目は複数のテナントが入る派手目なビル。
その側面に廻ると、従業員用らしき出入口がある。
当然監視されているドアを開けると、奥からいかにもといった風貌の男がやってきた。
「星導館学園生徒会の志摩です。『社長』には連絡済です」
「ついてこい」
エレベーターではなく、階段を上がって3階のフロアに出る。
下の階とは違い、事務所として使われているのだろう、通路に幾つかオフィス風の扉が並んでいる。その一つが開いた。
「失礼します」
「志摩か。毎晩この街に来ていたようだが、会うのは半年ぶりか」
「そうですね。ご無沙汰でした。『社長』」
その男、年齢は三十代。落ち着きと怜悧さを併せ持つ雰囲気で、社長との呼びかけにはなんの違和感も無い。実際多数の店のオーナーでもあり、社長、代表と言った肩書も持っているのだが、勿論それだけではない。
その本質は、歓楽街を取り仕切る某有力組織のトップ、という事になる。
「君の夜回りについてはこちらにも利があるので特に言う事はないよ。むしろ評価している」
穏やかだが力を感じさせる言葉。何となくマディアス・メサに通じる物がある。
そういえば学生時代は同世代だったはず。
ただ運営委員長は星導館の出身で、この人はレヴォルフだったな。
「ありがとうございます。おかげ様でこの時期としては大きなトラブルも無く何よりですね」
と言ってもこの街の事だ。小さなトラブルはいくらでも、だろう。
「まあな。こっちはそうだが、お隣ではかなり派手にやったらしいね」
商業エリアでの諍いの件は知られていた。
「はは・・・。ここではそういう事が無いよう、もうしばらくは見回りますよ。ああ、他所からトラブルを持ち込もうとする奴にも注意しませんとね」
「そんな面倒な奴がいると?」
「あるいは。まあ隣かもしれませんが」
「それで君はどうしたい?」
「今回に限っては色んな人にあれこれと話を聞く事になりますが、ご容赦願えますか?」
「・・・いいだろう」
よし。これでこの街の運営側からの黙認に近い形の許可は得られた。
まあ『社長』が歓楽街すべてを支配している訳ではないが、関係者に無断で動いた訳ではないという言い訳はできる。
「ところで・・・その面倒の元はどこか、分かっているのか?」
「恐らく、『社長』の母校のトップかと」
「そうか。そういう事か」
ロートリヒトの運営側にはレヴォルフの関係者が多い。ただその殆どは現生徒会長ディルク・エーベルヴァインと敵対していると言える程関係が悪い。この『社長』もそうだった。
こう言って置けばこちらの動きは奴に伝わり難くなる、かもしれない。
そしてもう一つ。今回の件、どうやら『社長』は知らないようだ。つまりここでは情報は得られない。まあそれはいい。
「では、事が終わったら改めて挨拶に参ります」
「わかった」
これでよし。さあ行くか。
ロートリヒト、裏通りにあるビルの屋上にて。
「リースフェルトか。今から捜索に入る。天霧はもう動いているはずだが、連絡はあったか?」
「いえ、まだです」
「そうか。連絡してどこを調べているかチェックしておいてくれ。俺が動くのは東外れのブロックからだ。位置データは送った。で、再開発エリアの方はどうだ?」
「30分前の連絡では、こうなっています」
「ふむ。候補場所の4割を確認したか・・・まだしばらくかかるな。あいつらには適当に休憩を取るように言っておいてくれ」
「わかりました」
「よし。1時間を目処に定期的に連絡しよう。君はそのコントロールも頼む」
昨日と同様、風紀委員に商業エリアの見回りを任せてあるので、今夜もずっとこちらにいる事はできる。
まあ名目は見回りなので、定期的に人の集まる所で姿をみせながら情報収集と捜索にあたる。
もし誘拐犯がこの街にいるとして、奴ならどこに潜むだろうか。
イレーネ・ウルサイスが推測したように、金か、力づくで潜伏場所を確保したのか?
いや、目立つ事は避けるはず。ならば空き家を選ぶだろう。
この街の場合、空き家、とは営業していない店舗になる。
ビルの窓の中で、明かりのついていない所を見つけるとそのフロアをチェック。
怪しいと思えば転移を使って入ってみる。当然不法行為だが、この際構わない。
しばらくそれを続けてみたが、これはまずいかなと思うようになった。
何しろここは歓楽街。
店の入れ替わりは当たり前で、つぶれて次のテナントが決まらない場所はざらにあった。
そういう所を虱潰しにしようとしたらとても時間が足りない。
どうしたものか?
とりあえずもう一方、天霧綾斗の状況を知ろうと位置情報を見る。
「ありゃ。ちょっとまずいか?」
彼がチェックしている場所を見ると、今の涼の反対側になる。
あの辺りは『社長』の息のかかっていない、というか競合有力者の抑えている場所だった。
このままではトラブルになりかねない。
「まいったな・・・」
予想以上に状況は良くなかった。
こういう時は気分転換。
適当なビルの屋上で煙草に火を点ける。
煙を吐きながら考える。何か別の手はないか?
中々決定打は出てこない。
結局自分の能力もあまり役には立たないし。こういう場合、探知系の能力があれば簡単なんだが、そういう能力を持ったダンテやストレガの知り合いはいない。これはかなり希少な能力だからだ。
いや、いる事はいるが、一人はすでにアスタリスクを出ていて、もう一人は警備隊入りした。これではいないと同じ事だ。
煙草を燻らせながら街を見下ろす。
その時、閃く物があった。
少し前、今と同じようなシチュエーション。
「いるじゃねーか!」
思わず声が出る。
そう、確かにいる。それも、もしかしたら今もこの街のどこかに。
時間が惜しい。
端末を使ってコールと同時に上空に転移し、街を見下ろす。
あの光学制御パターンは覚えている。あるいは直接見つけられるか?
つながった。
「志摩さん?どうしたの?」
「会長!すまないが急ぎで頼みがある」
夜空に浮かぶ空間ディスプレイに、世界の歌姫(ただし変装中)の姿が浮かんだ。