星導館学園、高等部最上階。
生徒会フロアのレスティングルーム。
その室内はほとんどをプールが占める。
数代前の生徒会長が強引に設置したレクリエーションの場で、はっきり言って予算の無駄遣いもいいところだが、かと言って元に戻そうにも金がかかるのは当たり前。ならば活用するしかない。そういう理由で今まで普通に存続している。
もっともここしばらくは活用されているか、というと微妙な所だった。
何しろ普段の利用者といえば生徒会長のクローディア・エンフィールドだけしかいない。
当然他の生徒会役員も利用できるのだが、実際には彼らが立ち入る事はあまり無い。
特にクローディアが滞在している場合は、同性であっても他のメンバーが入る事は無かった。
(パーティーのような例外はあった)
理由としては会長に遠慮して、という事もあるが、プールでクローディアの傍にいるという状況になると、女であれば自信を喪失し、男ならば煩悩その他アレコレが刺激されてまずい事になる、という事。
ただ今日は普段と違い、プールに男一人。
最近体を鍛え直そうとしている涼。
まずは手軽な全身運動として、水泳から始めている。
適当に十数回の往復をして、一休みとプールサイドに上がる。
目の前にはクローディア。
運動に集中していたとはいえ、今度も全く気がつかなかった。
「こんにちは。涼さん」
「会長・・・心臓に悪いんだけど」
接近に気がつかなかっただけでなく、今のその姿にも、だった。
艶然と微笑んでデッキチェアに横たわる彼女を横目に、頭からタオルを被る。
今日のクローディアの水着姿も過激だった。
意識しないように話を振る。
「まあいいか。この前のアルルカントでの共同開発の件ですけどね」
とりあえず上司に報告、と思えば少しは落ち着くか。
「そういう訳で、連中は予定通りと言っていますが、どうだか。俺の予想だと製作は2週間は遅れますね。残念ですがウチの連中が足を引っ張るでしょう。その後ベンチテストして、実際にモニターでトライ出来るのは来月の・・・半ばになるかな」
「わかりました。では誰にモニターしてもらうか、考えないといけませんね」
「ええ。かなり使い手を選ぶ煌式武装になるでしょうから、ちょっと面倒かもしれません」
「条件は出しておいて下さい。他には?」
「全くの別件になりますが。イレーネ・ウルサイスと接触しましたよ」
「あらあら。意外ですね。偶然ですか?」
「はい。まああまり期待はしていませんが、レヴォルフの動向を探るきっかけに―――」
そこに横から声がかかる。
「いたいた。涼!ちょっといい?」
「すみません書記長。七海先輩がどうしてもって・・・。会長?いらしたんですか?」
涼にとっての問題の女子二人。
「なんだよ」
「おや。お二人でどうしました?」
まあ、何を言い出すかは予想がつく。
クローディアも同じ予想のようで、少し複雑な微笑。
「ん・・・。そろそろあたしとちゃんと付き合う、って言って欲しくて」
「先輩!」
「あ~・・・。正確に言うと、どちらか選べ、って事」
「お前達をねえ・・・」
何となくクローディアを見てしまう。相変わらずの見事な肢体を彩るのは小さな水着だけ。
「あ、選ばない、ってのは無しだから」
二人の視線が冷たい。
「そうか、ならば・・・」
小さな、しかしはっきりした涼の声に二人が目に見えて緊張する。
「二人共、選ぶ」
「・・・は?」
「え・・・?」
しばしの静寂。
「理解できないならこう言おうか。お前たち二人を俺の女にする。これでどうだ?」
「志摩先輩、本気ですか?」
「もちろん!」
にっこりと笑って言った次の瞬間、衝撃を感じた。
さらにその次の瞬間は、水中にいた。
(あいつにもこんな面があったんだな)
プールの中、視界は泡だらけになって気が付く。澪に蹴り飛ばされたんだ。
慌てて水面に上がったはずが、顔が出ない。
この水深なら肩から上が出るはずなのに!
(マズイ。優の能力だ・・・!)
とにかく水の外へ。
転移を使ってプール真上に瞬間移動。
やっと息が、と思ったところで多数の水球が飛んできて滅多打ちにされる。
そのまま水面に叩き落とされたところで意識が無くなった。
意識を失っていたのはそう長い時間ではなかった。
気が付くとプールの水面にプカプカと浮かんでいる。
動こうとしても体に力が入らない。ショック状態のようだった。
どうしようかと思っていると、誰かに支えられてプールサイドまで寄せられた。クローディアだ。
そのまま押し上げられるように水面から上げられた。
「ああ、すまんね。クロちゃん」
彼女の体のあちこちが当たり、柔らかさも感じるが今はそれどころじゃない。
「大丈夫ですか」
「何とか。いてて・・・」
プールサイドに横たわる。そろそろ体が動くようになるか?
「お二人には注意しておきましたけど、涼さんの言い方もどうかと思いますよ」
クローディアが上から覗き込むようにして言う。呆れと心配が混じった顔だった。
「まあプールで水のストレガを怒らせるものじゃなかったね。酷い目にあった」
「彼女だけじゃありませんよ」
「ああ。澪にもあんな面があったんだな」
「ええ。気の強い所もあります。ご存じ無かったんですね」
「うん」
答えながら体を起こす。まだあちこち痛むが何とか立ち上がった。
「それで、どうしますか?」
「どうって・・・。本気だったんだけどなあ」
「それもどうかと思いますが」
確かに堂々と二股宣言だ。
流石のクローディアも非難めいた眼差し。
「ま、なるようになるでしょ。それよりも当面やる事が多いですよ」
もう一度タオルを被ると、プールを離れる。
もうすぐ後期、入学式の準備をそろそろか・・・。短い秋季休暇はあって無いような物だな。
放課後。
生徒会フロアの会議室にて。
天霧綾斗、ユリス・アレクシア・フォン・リースフェルト。
先のフェニクス優勝ペアと会う。
「わざわざすまんね。取材の方は落ち着いてきたかな?」
まずは近況について。
何しろフェスタ優勝者。各方面からの取材依頼、パーティーの招待、講演依頼、CMからドラマの出演依頼等が立て続けに来ている。そのかなりの部分、学園が弾いているが(涼も生徒会として関与している)それでも多少は受けなければならなかったので、二人もそれなりに多忙だった。
「ええ。この件ではお世話になっています」
取材の過熱や内容の曲解等、おかしな事にならないように注意してきた。
「いいさ。俺もマスゴミ連中は嫌いだし。下らない依頼も多かったしな」
「例えばどんな?」
多少の興味はあるんだろう。綾斗が聞いてきた。
「そうだな。一番笑えたのが、君ら二人に曲を作るからデュエットでデビューしてくれ、って依頼だな。しかもデビューのステージをシルヴィア・リューネハイムのライブの前座にするという・・・。もう訳がわからないよ」
「「は・・・?」」
流石の二人も唖然とする。流石に想像を絶したんだろう。
「ま、そんな妙な依頼ばかりでもなかったが。だが数が数だ。いちいち相手してたら時間がいくらあっても足りないよ。これからも気にせずこちらに任せておけばいいさ」
しばし雑談の後、本題。
「それで、運営委員長はなんだって?」
この二人、先日フェスタ運営委員長のマディアス・メサに呼ばれて、例の誘拐事件の結末について聞かされている。
「結局、マフィア連中の仕業という事でしたが・・・」
全く納得していない、という声でユリスが言った。
「うん。公式にはそういう事になるんだろうね。だがまあ俺にとってはどうでもいい」
いや、一応犯人が挙げられた事で、カジノの修理費よこせとゴネていた奴らが大人しくなった。そこはまあ良かった。
「どうでもいい、とは・・・?」
「そう怒るな。俺にとってこの件はレヴォルフの関与を確信しているんで、マフィアなんてどうでもいいって事さ」
「それでは先輩は?」
「いや、証拠を持っている訳じゃない。自分なりに調べた結果だね。まだわからない事もある。そもそも何故天霧を狙ってきたんだろう?」
セル=ベレスタを危険視したようだが、では何故あのタイミングだったんだ?フェスタ参加者の妨害ともなれば、当然リスクがあるじゃないか。
「俺も心当たりはないんです。セル=ベレスタの事はありますけど・・・」
「待て、綾斗。そういえばフローラが誘拐されたのは奴と会った少し後だったな。その場で奴が何かを判断したのか・・・?」
「え?奴って?」
「・・・実はディルク・エーベルヴァインと会ったんですよ。本戦の間に」
「何それ聞いてない。何でそんな事になったんだ?」
流石に驚く涼。
「実は・・・姉さんの手掛かりを得られると思って。イレーネに間に入ってもらったんです」
「だからって・・・。危ない事をしたなあ」
そうだった。
綾斗の願い。失踪した姉の行方。
だが、そこまでするとは涼の思っていた以上に彼はこだわっているようだ。
若干の意外感を感じる。
「黙っていてすみません」
「いや、いいんだ。また後で聞かせてくれ。それよりも奴の事だ。君と実際に会ってみて、それでも仕掛けてきたのか」
綾斗は微妙、ユリスははっきりと不快な表情。
「言っておくがこのまま黙っているつもりはないよ。ウチに対する明確な攻撃だぜ。こいつは」
「でも、どうやって?何か方法があるのですか?」
期待と不安の交差するユリスの声。だが・・・
「うん。一番手っ取り早いのは奴の暗殺かな。この世から消えてもらえれば今後安心だし」
「先輩!流石にそれは・・・」
「可能なのですか!?そんな事が・・・」
被害者二人の反応は少し異なった。
「出来るかと言われれば、簡単、だね。奴さん、俺の事は歯牙にもかけていないだろう。いや、認識しているかどうかも怪しいな。これなら充分やれそうだ」
奴が視界に入る所まで近づき、能力発動して一瞬で奴の隣か背後に転移、同時に急所を刺すなり撃つなりすればそれで終わりだ。護衛も対応できない。
「あれ?俺の能力って実は結構暗殺向き?」
しれっと殺害を語る涼に流石の二人も引き気味になった。
「先輩、本気なのか・・・」
「はは・・・まさか・・・」
「失敬な。俺はいつでも本気だぞ。まあそうは言っても実行するとなるとまた別だが。あちこちに迷惑かけるし。学園とか、クローディアにも」
確かに実行したら大事件になる。迷惑どころではないだろう。
「・・・」
何と言っていいのかわからないのだろう。二人も無言になる。
その微妙になった空気は外から破られた。
「書記長、お話中すみません。ちょっと見てもらいたくて」
控え目に入室してきた生徒会スタッフが涼の前に空間モニターを展開する。
「入学式のスケジュールか。あれ?会場準備の件、まだ修正してなかったのか?」
「はい。会長承認されていて、先生もすぐに提出してくれって・・・」
「会長の見落としか。珍しいな。わかった。今日は会長いないけど、この前話した通り修正して出していいよ。後は俺から話しておく」
「わかりました」
「うん。ああ、すまんがお二人さん、ちょっと仕事が入った。続きは後日、また連絡する」
「あ、はい」
「では、またな」
部屋を出て別れる。
何となく、その後ろ姿を見送るユリスと綾斗。
「本当に、どういう人なんだろうな。あの先輩は・・・」
「うん。変わっているというか、何か普通と違うというか・・・」
全くの犯罪行為の検討を平然と述べた上で、その結果自分がどうなるかをまるで気にしていない。
同時に日常の事務仕事を普通にこなしていた。
「二面性、とも違う気がするな。やはり良くわからん。だが敵でなくて良かった」
「あ、それは何となくわかるよ」
確かにこちら側にいてくれるのはありがたいかな。
二人は顔を見合わせると、連れ立って生徒会フロアを後にした。