ある補佐役の日常・・・星導館学園生徒会にて   作:jig

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SOMEBODY

 

 

アスタリスクの医療機関といえば誰もが治療院を挙げるだろうが、当然この規模の都市の保険衛生を1カ所で賄えるはずもない。

特に専門的な医療を必要とする場合、他の医院の方が適している場合もある。

 

今、涼が訪れているのもそういう、ある意味特殊な病院だった。

 

 

1月も中旬。

本来寒さもピークなのだが、その日の午後は雲も風も無く、陽射しを受けると屋外でも意外に暖かかった。

 

とは言え。

 

「外に出ていて良かったんだっけ?」

 

「別に風邪をひいている訳ではないから」

 

「ま、そうだろうけど」

 

病室のすぐ外。

閑散とした遊歩道に設置されたベンチに並んで座る。

 

隣にいる男は、一見病人には見えない。

 

だが、彼の体を蝕んでいる物は外見には現れないのが特徴だった。

 

この病院で専門的な治療を受けてはいるが、結局完全な回復は無理で、この数年は入退院を繰り返している。

そしてこれが最後の入院になるだろう。

 

「で、何を聞きたい」

 

「昔話」

 

「・・・やれやれ。どうやら面倒な事に関わったか。心配していたんだよ。まず生徒会に入ったのがいけなかったか」

 

「まあそう言わずに頼むよ」

 

 

今、難病患者として生涯を終わろうとしている父親の経歴には波乱があった。

 

 

 

 

約20年前。

 

涼が生まれた頃、彼は既に内務省の某部署で専門職としてそれなりの評価を受けていた。

ただし準キャリアだった事もあり、出世の本道にいた訳ではない。

それ故に、上から出向を打診されると半ば希望してその話を受け、その結果、家族でアスタリスクに移住したのだった。

 

新たな職場は統合企業財体銀河のアスタリスク支部。

そこで都市管理関連部署の係長という肩書で働き始めた。

 

国からは治外法権扱いされているアスタリスクだが、明文化されている訳ではない。

政府としても、コントロールの効かない都市の存在は何かと不快なのだろう、機会あれば人、物を送り込んではあれこれ干渉を試みていた。

涼の父親もそんな思惑から、アスタリスクに送り込まれた面はある。

 

 

数年後、出向期間も終わりに近いある日、銀河の試験施設でそれは起こった。

 

公式には想定不能の事故、とされている。

 

何があったのか、詳細は公表されていない。涼も知らない。

 

偶然その場を業務で訪れていた父親は事故に巻き込まれて重症を負い、長期の治療を受けたが結局職務復帰が無理と判断され、アスタリスクを、そして元の職場も去る事になった。

それはやむをえないだろう。

 

分からないのが1年程経った後、何故かフラウエンロープ傘下の某メーカーに顧問として招かれた事だ。

健康の問題で、フルで働ける状態では無いのに報酬は相当な物らしい。

そのせいで気楽な学生生活を送れているので文句は言えないが、妙な話ではある。

 

職業選択の自由は誰もが持っている。

 

ただ、出向とは言え銀河の管理職にいた人間が他の統合企業財体に移る、というのはかなり異例だった。

 

 

「私も当時、研究部門の方には関わりが無かったから、詳しい事は知らない。というより職務範囲外の事についてはシャットアウトされていた、と言うべきかな」

 

「まあ銀河としてはそうする、よね」

 

「だから言える事は少ないが、バルトシーク教授製作の純星煌式武装には、とても世間には・・・いや、関係者にすら公表出来ないような物があったらしい」

 

「それはまた・・・。そうか、メディアに出なくても、例えば他の企業グループに知られるだけで・・・」

 

「大変な事になる、そういうレベルだ」

 

「世の中には困った天才もいるもんだなあ」

 

のんびり感想を述べた涼だったが、内心はそれどころではない。

クローディアの危うさがより鮮明になった。

あの話を聞いてから、彼女の盾になる事も考えていたが、充分命がけ、になりそうだ。

関与の仕方にもよるが、下手をするとこの父親と一緒に葬式をされる事になりかねない。

 

 

しばし黙考。

やがて。

 

 

「また来るよ」

 

それだけ言って立ち上がった。

 

「そうか」

 

父もそれだけだった。

 

 

 

 

1月も後半。

寒い日が続く以外は特に何事も無く毎日が流れる。

 

クローディアはグリプスに向けてのチームトレーニングが始まった事により、多くの時間をメンバーと共に送っている。

よって生徒会フロアには不在の事が多い。

 

その日も、彼女の代わりに涼が来客対応に当たっていた。

 

 

「では、新聞部としては取材プラス人員提供、ということかな」

 

「そうなるわね。中々面白そうなイベントだし、部としても力を入れるわ」

 

お相手は新聞部の部長。

 

随分と早いが、春の学園祭、そこで計画されているイベントについての相談だった。

 

「どーもアルルカントの主催というのが引っかかるがねえ。まあ全学園の生徒を参加させたいと言っている以上、馬鹿な事はしないと思うけど」

 

「あたしもそう思うよ。まあ宣伝は考えているだろうけど」

 

「だろうねえ」

 

「ともあれ部として参加する以上、まず貴方の耳に入れておこうと思って」

 

「ありがとう。何かあったらフォローする。まあ動くのは内容がはっきりしてからだろうが」

 

もしかしたら星導館の落星工学研究会も絡んでいるかもしれない。

 

どうやら一つ仕事が増えたようだった。

 

 

 

 

 

「という訳なんだが、そっちには何か入っていないか?」

 

定例の『会合」にて。

 

気になったイベントの件について水を向けてみる。

 

「初耳ですわね。趙さんの方はいかがです?

 

「そうですね・・・。そういう話があるのは聞いている、その程度です。付け加えるならば、アルルカントのの中でもフェロヴィアスが関わっている、位でしょうか」

 

「最大派閥か」

 

昨年会った代表、カミラ・パレートを思い出す。

こういうイベント事に積極的、には見えなかったのだが。そういえばそろそろ卒業か?

 

「注意して情報を集めておく、程度で良いのでは?」

 

あまり関心が無さそうなレティシアの発言に頷きながら、もう少しチェックしてみようと考える涼。

 

「では、この件はそれ位で」

 

趙虎峰もさして興味が無さそうだった。

だが、既に彼の学園のトップが関与を始めていて、後になって頭を抱える事になる。

 

 

 

 

 

「それで、今度は何だい?」

 

『会合』の後、レティシアはその場に残った。という事は何か話したい事があるのだろう。

 

 

「・・・先日、貴方がある特殊な病院にいた、という事を知りまして」

 

その割には、ためらいがちだった。

 

「気になって調べてしまいましたの」

 

「ほう」

 

「入院患者に貴方と同じ姓の方を見つけてしまいました」

 

「・・・」

 

「貴方の父親が入院していたのですね」

 

「ああ。察しはつくと思うが」

 

「魔力障害、ですわね」

 

銀河の施設、それもダンテやストレガの能力を研究していた場で起こった事故。

ただの怪我で済む訳がなかった。

そして治療も困難。

 

「でもよく調べられたな。あの病院、患者の情報管理は結構厳しいはずだったんだが」

 

「実は伝手がありまして・・・。寄付を少々」

 

「なるほどね」

 

あの病院、その診療内容からダンテとストレガからの支援や協力は普通にある。

 

彼女もストレガ。

そしてその性格を考えると寄付という行為も納得できる。

 

「申し訳ないとは思いましたが。ただ貴方の才能の理由が分かりましたわ。この国の元警察官僚を父親に持っていたとは」

 

「そこまで調べたか」

 

本来は内務省の役人だったのだが、確かに警察庁と関わった事もあるらしい。とは言え涼はその面についてはあまり何かを教わった覚えは無い。

 

「ま、俺の事はいいだろう、別に。調べられても困る事でもないしね」

 

「ですが・・・」

 

「そこまで気にするなら引き換えに一つ教えてくれ」

 

「何でしょう?」

 

「このアスタリスクで、クローディアが叶えたい望みを知っているか?」

 

レティシアは目を見開き、肩にかけている白いストールを握り締めた。

 

「それは・・・。私から申し上げる事はできませんわ。彼女との約束なのです」

 

つまり知ってはいる、という事。

 

「ならばいい。すまんね」

 

そう言って立ち上がり、背を向けた涼を言葉が追う。

 

「天霧綾斗」

 

「ん?」

 

「・・・どのような人ですか?」

 

やはり彼が重要な存在か。

 

「俺も2、3回話した事がある位だけどね。まあ悪くない。誠実ではあるかな?少し大人しい感じだが、いざとなったら行動できる。そういう印象だった」

 

振り返ると、少し考え込むような感じのレティシア。

何か思う所があるのだろう。

涼は静かに立ち去る。

 

 

今回の『会合』の場を出て、ビルの谷間にある目立たない駐車場に入る。

 

車に乗り込むと端末を音声通話で起動する。

 

「会長?少し話したいんだが。この後。わかった。ではその時間に」

 

端末の表示が消えると煙草を取り出し、火をつける。

めったに車の中では喫煙しないのだが、そういう気分の時もある。

 

セレクターをリバースに入れてアクセルを踏み込む。

勢いよくバックした所でハンドルを切ると急激に車体が回る。

真横に走る景色と共に、紫煙が流れた。

 

 

 

 

夜の星導館学園、女子寮。

 

この時間帯になると談話室も男子入室禁止になるので、完全に男子禁制の世界になる。

 

ただ涼の場合はやむを得ない事情につき、何度かその禁を破った事がある。

自警団に見つかったら大事になるし、生徒会役員だからと言って許される事でもない。

だから必要な場合は能力を使って、となる。よって露見した事はない。

或いは風紀委員をやっている優なら気付いているかもしれないが、これまでの所注意をされた事も無かった。

 

今夜も鏡像転移を使って、最上階にあるクローディアの個室、そのテラスに『出現』する。

リスクを考えるなら室内に直接転移するべきだが、流石にそれは憚られた。

 

涼が敢えて纏わせていたプラーナの僅かな光に気づいたのだろう。クローディアが窓を開け招き入れる。

 

「こんばんは。涼さん。良い夜ですね」

 

冬の冷たい夜空だったが、雲一つ無く、澄んだ空気は三日月の光でも充分に輝く。

 

「そうだね。こんな夜の冷たい空気も案外悪くない」

 

今夜の彼女は落ち着いた色合いのゆったりしたナイトガウン姿だったが、それでも体のラインがはっきりわかる。美しさは当然として、優雅な色香、のような物も感じられる。

 

「いかがですか」

 

「頂きます」

 

サイドテーブルに置かれていたのは何とダークエール、もちろんノンアルコールだが、彼女にしては珍しい。

涼の嗜好に合わせたのだろうか。

 

ソファーでクローディアと向き合うと、しばし沈黙。

だがそんな時間も悪くない。

 

「この間の依頼ですが」

 

何気なく切り出す。

 

「副会長、受けようと思います」

 

つまり、クローディアの望み、それに反対しないという事の再確認。

 

「・・・ありがとうございます。ですが良いのですか?」

 

「ま、君には従うのが正しいだろう」

 

「涼さん。貴方は何故、そこまで、してくれるのですか。私が・・・一体・・・理由は・・・?」

 

感情の揺らぎを見せるクローディア。

 

「そうだなあ。最初に会った時、君の容姿と能力が衝撃的だったせいかな。そのまま一緒に仕事してみて、今度は敬意。そして今は好意、かな」

 

「好意、ですか」

 

「もっと分かりやすく言おう。君に惚れているんだよ。それが理由だ」

 

端的に言って告白、なのだが。

 

「・・・ありがとうございます。ですが、私はその想いに答える事が出来ないのです」

 

「分かっている。それに少し意味合いは違うし」

 

「と言いますと?」

 

「単純に男女間の感情とは少し違う。何と言ったらいいのか・・・、俺は君という女性じゃなくて人間に惚れた、という事かな」

 

「おや。私という女性には興味が無いと?」

 

「そうだ、と言えれば楽なんだが。そう言い切れない面も少しはあるよ」

 

そこまで言うとグラスを一気に呷る涼。

対するクローディアは俯き加減だった。

 

「涼さん。貴方には感謝しているのですよ。最初に会った年に、生徒会の運営において、貴方の支持と助力は本当に心強かったのです」

 

いやそんな事は、と言いかけて思いなおす。今の彼女に生徒会長という立場がはまり過ぎているので忘れていたが、当時の彼女は強いとは言え中等部の女子、に過ぎなかった。

 

そのままでは色々やり難い事も多かったはずだ。

 

思い起こせばそうならないように立ち回っていたのが涼だった。

 

「まあ、君を支える日々も仕事として、いや個人的にも悪くなかった。それはこれからも変わらない。ここにいる限り続けるよ」

 

グラスを置いて背を向ける。

あまり話が感情的になる前に去ろうとした、のだが。

 

「涼さん」

 

「ん?・・・!」

 

振り返ると唇を塞がれた。

 

クローディアの柔らかな肢体に抱きしめられている。

 

驚いたのは一瞬。

涼もその腕を彼女の背に回した。

 

どの位の時間、抱き合っていたのか。

気が付くと目の前のクローディアは、手を胸に当て上気させた顔を伏せている。

 

「・・・ありがとう」

 

改めて部屋を出ようと踵を返す。

 

「涼さん。貴方は私にとって、最高の補佐役です」

 

「!」

 

立ち止まる。

 

「・・・その言葉だけで、俺は・・・」

 

それ以上は何も言えず、転移で夜空に飛び出した。

 

淡い光を帯びた星空。

 

星。

 

星導館学園。

 

この学園に来て、自分の能力に早々に見切りをつける事になった。

その後は適当に気楽な学生生活、そう思っていた涼だったが、自分に嘘をついていたようだ。

 

誰かに認められたかった。評価されたかった。

 

その想いを忘れたふりをしてやってきたのだが、何の事はない。

 

一番評価して欲しかった相手から、望む言葉を与えられた。

 

 

涙を流していた。

 

それに気が付くのは、自室に戻ってからだった。

 

 

 

 

 

 




次回、終幕。

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