夏の星導館学園。
そろそろ最高気温が辛いレベルになりつつあるが、それ以外の面ではあまり困った事もなく、平穏な数日が過ぎていた。
生徒会業務の方も、フェニクスのエントリーが締め切られた事で随分と楽になった。
まあ開催が近づくと、特にトーナメントが決定すると色々忙しくなるので、のんびりできるのは今の内、といった所だった。
とにかく、そんな訳で生徒会室の空気を多少は緩んでいる。
その雰囲気の中、今日の話題は―――
「へえ。結局天霧の負けか」
「流石だな。序列1位の子」
「そもそも何で決闘になったんだ?」
経緯は今一つはっきりしないが、天霧綾斗が刀藤綺凛に決闘を挑んで?返り討ちになったらしい。
まあ試合を見た者の話ではかなりいい勝負だったらしいが、校章を見事に両断された以上、負けは負けだ。
「では、校章の再発行をお願いしますね」
「了解」
ブランクの校章を取り出すと、天霧綾斗の学生コードとパーソナルデータを記憶させる。
「できましたよ。何時でも起動OKです」
「ありがとうございました。では、これは私が綾斗に直接渡しますので」
「じゃ頼みます」
涼は平然としていたが、他のスタッフの空気が微妙になる。
どうやらクローディアが天霧綾斗に懸想しているのに気がついたようだ。
特に女性陣が浮ついているように見える。
これまでそんな話の無かった会長の事だけに、興味深々といったところだ。
(ま、今位はいいか)
ここの皆にも息抜きは必要だ。
ちょっと暇じゃなくなったのは2日後だった。
大学生の特権(という程でもないが)である、ゆっくりした朝を堪能していた涼の端末に連絡が入った。
風紀委員からトラブル発生の一報。
天霧綾斗と刀藤綺凛が事故でバラストエリアに落ちた、との事だった。
とりあえず生徒会室に入り、情報を集める。
風紀委員とアスタリスクのレスキュー関係者から聞き取った限り、早朝、トレーニングで市街外縁道路をランニング中に路面崩壊に巻き込まれた、との事だった。
水上都市であるアスタリスクの地下は、場所によっては重量バランスをとる為の貯水区画になっており、それをバラストエリアと呼んでいる。
つまり二人は水中に落下したので、無傷で済んだのだが、それにしても妙な話だった。
人工都市であり定期的なメンテナンスが行われているアスタリスクで道路の大きな陥没や損傷は通常、発生しないはず。
そう思って過去の記録を調べると、数十年前に1回だけ。
他にも少し例はあったが、そのいずれも人為的なもの。
人為的。
つまりはそういう事。
涼はため息と共に関係者に連絡を入れる。
詳しい事情を聞く必要が出てきた。
放課後。
クローディアの了承を得て、当事者二人から聞き取りを行う事にする。
事情が事情だけに風紀委員が同席する事になっている。
天霧綾斗は都合ありとの事だったから明日にして、まずは序列1位の子から。
場所については風紀委員の会議室とする。
その会議室にて。
「あ・・・あの、七海先輩・・・」
「・・・何やってんの?」
涼が訪れると、風紀委員の七海優と刀藤綺凛はもう来ていた。
来ていたのだが・・・
「ん~ 可愛い可愛い」
「はうぅ・・・。志摩先輩、助けて下さい~~」
優が刀藤綺凛を膝に乗せて、後ろから抱き締めていた。
「あのさあ・・・」
「いいじゃない。こんなに可愛い子、大事にしてあげないと。ねー綺凛ちゃん!」
「あぅ・・・ あっ!やめてください~」
今度は綺凛の首筋に顔を埋めて体を弄り始めた。
優にこんな性癖があったとは知らなかったが、これでは話が進まない。
「ええい。いい加減にしろ!」
何とか優を引きはがすと、涙目になっていた綺凛を落ち着かせて話を聞く。
「つまりその竜もどきの体内に、コアのような物があったと」
「はい。それを斬ったら消えてしまいました」
今回の件、やはり事故ではなかった。
天霧と彼女は妙な生物?に襲撃され、足止めされたところで道路が崩壊、落下したバラストエリア内で更に大きな竜に襲われた。
その竜は天霧がセル=ベレスタで斬り倒したが、この話を聞く限りまたアルルカントの仕業かと思ってしまうが。
しかし。
「こんないい子に酷い事して許せないわ。私がぶっとばしてやる!涼、早く犯人探して!」
「いや、それはどちらかと言えばお前の仕事だろう」
アルルカントとはこの前話をつけたばかりだ。
あの二人、このタイミングで事を起こすか?
いや、あの二人・・・交渉したのはあの二人とだ。
アルルカントには他にも派閥はある。
もし他の派閥の仕業なら・・・
エルネスタ・キューネはパペットが専門。カミラ・パレートは煌式武装。
今回使ってきた生物状のモノはそのどちらとも関連が薄いように思える。
あの二人にクレーム入れても他の派閥の事だから知らぬ存ぜぬと言われればそれまでだ。
「全く、厄介な」
とは言え何もしないという訳にはいかないか。
翌日、天霧から話を聞く。
結果、刀藤から聞いた内容と変わりは無く、裏が取れた、という事だけ。
その間、調べてみるとアルルカントの中でもテノーリオという派閥が生体兵器に関わっている事がわかった。
テノーリオと言えばあのマグナム・オーパスとかいうマッド・サイエンティストがいる。その悪名は涼も知っていた。
ただ、その辺りが絡んでいるとなると簡単には対応できない。
この前の二人に言っても多分駄目だろう。
少し行き詰った。
気分転換が必要だ。
こういう時、やる事は決まっている。
風紀委員会本部を出た所で馴染みのケースを取り出す。
指で弾いて蓋を開けると同時に手を振って煙草を跳ね出して咥える。
ライターを取り出した所で周りの視線に気が付く。
涼は苦笑して煙草に火を点けると、能力を発動。
そのまま喫煙所まで転移する。
いつもの事だが、大学部通用門脇にある喫煙所には誰もいなかった。
一人になるにも都合の良い場所だったが、今日に限ってはあまり長い時間一人にはなれなかった。
「書記長」
「リオか。駄目じゃないかこんな所に来て」
煙草を灰皿に捨てると喫煙所を出る。この中で子供と話す訳にはいかない。
「それで、どうした?」
わざわざここまで来る、という事はそれなりの話だろう。
「はい。実は刀藤さんの事で・・・」
「ほう。聞きましょう」
リオが刀藤綺凛から打ち明けられた話。
結局あの子はこれまで、叔父の引いたレールの上を走っていたようなものだった。
まあ刀藤室長のプロデュースも悪くはなかったと言える。但し、これまでは、だ。
これ以上は有害になりそうだとは涼も感じていたところだが、あの子自身の問題なので、むやみに触れる訳にもいかないと思っていたのだが・・・
「つまり、彼女は自分で自分の道を行こうと決意したんだね?」
「はい、綺凛ちゃんからそういうふうに聞きました」
どうやらあの子は見事に鎖を断ち切ろうとしている。その切っ掛けは多分天霧なんだろうが、まあそれはいい。
「うん、良い事だと思うね」
「私もです。ですが・・・」
「ああ。わかっている。彼女の意志に水を差すような事はさせないさ」
「あの、大丈夫ですか?書記長・・・」
「ふっ。まあ任せておけ。手はある」
一介の生徒会役員にもできる事がある。
そう言って涼は不敵に笑った。
統合企業財体銀河。
総合エンターテイメント事業部。
アスタリスク支部。
そのトップに位置する支部長は、突然招かれざる客を迎える事になる。
アスタリスク中央行政区にある高層ビル。
銀河関連オフィスは、その建物の大半を占めている。
その中程の階にある支部長室。
外に面した大きな窓の前に、突然星導館学園の学生が『出現』した。
「お邪魔しまーす」
「!・・・志摩か。いきなり何の用だ」
「支部長、お久ぶりです。流石、動じませんね」
統合企業財体の構成員は、判断ミス防止の為、我欲を排除する精神調整プログラムを受けている。それは地位が上がる程強力な物になり、感情すら失うそうだが、この支部長の場合は元からこんな性格ではないかと涼は疑っている。
「もう1度言う。何の用だ」
「相変わらずですね。今日はちょっとしたお願いですよ。この前の貸しと相殺できる程度の事です」
「言ってみろ」
「なに、一つ業務命令を出して欲しいんですよ。あなたの部下に、少し国外に視察出張してもらいたいんです」
「・・・」
「それ程無茶な事では無いでしょう。ああ、引き換えに多少の仕事なら受けますよ」
しばし、沈黙。
本来、学生が気楽に話せる立場の相手ではないが、涼についてはある事情からこんな無茶も通ってしまう。
そして数十秒後。
「いいだろう」
「どうも」
「代わりにこれをやって貰おう」
涼の前に空間モニターが展開、幾つかのテキストが表示された。
「ほうほう・・・いいですよ。しかし支部長の依頼にしては少し曖昧ですね」
「おまえも複数ある手段の一つに過ぎない。過剰な期待はしていない」
「ま、それなら楽でいいですがね。ではお願いの方は、可及的速やかに手続き願います」
「わかっている。行け」
嫌そうな表情の中年男に苦笑すると、涼は能力発動。その場から一瞬で消えてみせた。
翌週。
星導館学園の総合アリーナ。
普段は公式序列戦に使われる、防御障壁まで装備したメインステージ。
そこで一つの決闘が行われる事になった。
それは総合アリーナに相応しいカードと言える。
序列1位、刀藤綺凛vs天霧綾斗。
綺凛が望んだこの決闘、異例ではあるが彼女が自分の意志で決めたこの一戦。
涼も成立させる為に色々動いた。
何より一番邪魔しそうな人物にはアスタリスクを離れてもらった。
(まあ、出張日程は今日までだそうだが、ここまでくればもう止められないさ)
そう思って笑う涼だが、本当はそんな余裕は無い。
有力学生の再戦に、観客席は学生で埋まっている。
特別席には生徒会長が直々に観戦に入っている。
では、涼をはじめ生徒会のスタッフはというと。
「観客席の整理は引き続き頼みます。混んでる所は特に注意して―――」
「防御障壁、スタンバイOK?レベルを再確認するよー」
「もう一度全生徒の端末に撮影制限のメッセージを送れ」
涼以下、スタッフ全員でバックステージと観客席で絶賛仕事中である。
「試合、始まります」
「よし、皆気を抜くなよ」
総合アリーナである以上、使われる際も管理が必要な訳で―――
「決闘決着!勝者!天霧綾斗!」
その機械音を聞いた後も、会場のコントロールに駆け回る事になった。
「或いはと思っていたが、本当に序列1位が変わるとはね」
「ええ・・・でも綺凛ちゃん、大丈夫でしょうか」
「あの子の表情を見たろ?何も心配いらないさ」
アリーナを閉鎖した後、リオと共に控室に向かう涼。
新たな序列1位という事で、色々説明する事ができた。
これも生徒会の仕事だが。
(ん・・・!?)
控室の方からやってきた男の姿に緊張する。
(刀藤室長!来ていたのか・・・あれ?それにしては・・・)
その男、誰の目にもはっきりわかる程落ち込んでいる。
悄然、という表現がぴったりだ。
「あの・・・?」
隣のリオも戸惑う位だった。
一体どうして、と言いかけた涼の疑問はすぐに氷解した。
控室からクローディアが出て来たからだ。
「ああ、これは会長のおかげだな」
あの男の影響力を継続して排除しようと考えていたが、もう必要なさそうだ。
「では・・・!」
「ああ、あの子はもう大丈夫だよ」
むしろ、更なる成長、飛躍が期待できる。
間違いない。
涼はクローディアに一つ頷いて、控室に向かった。