「おっ、あれは……」
そもそも八時半に家を出た瞬間から遅刻が確定しているなら、急ごうと無駄か、と諦め軽く小走りしていると、学校前で眼前に捉えたのは同じ高校の制服を着た男子生徒。それに……あの背後からも滲み出たバカオーラは見覚えがある。見間違えようはずもない。
追いつき、肩を叩く。
「明久、めずらしいな」
「あれ、和樹? どうしたのさ?」
学校前の上り坂で遭遇したのはキング・オブ・バカ・として有名な学内一の問題児である吉井明久。うん、振り向いてこちらを見るその顔は安定の間抜け顔だ。一部ではこのヘタレ顔が女装が似合うなどと噂されているとか。
「どうしたもこうしたも……この時間ってことは遅刻しかないだろ。お前もか?」
「まあね」
「初日から遅刻するなっての」
「その言葉そっくり返すよ」
明久とは高一の時同じクラスで特に仲のいいメンバーの一人だった。
秋口からはあまり放課後まで遊ぶようなことはなかったが、基本的に学校で一緒に行動していた固定メンバーの一人だ。
まあこのバカと一緒にいるせいで俺までバカなのかと噂が広がっていたが。失礼だよな。バカなのはこいつと赤毛ゴリラだけだってのに。
っと、そうだ。聞きたいことがあったんだ。
「そういや明久、振り分け試験どうだったんだよ?」
この学校では少し特殊な制度が取り入れられており、そのため、二年生のクラス分けは単純な成績順となる。
一番賢いメンバーがAクラスに。一番頭の悪いメンバーがFクラスに。
そうして、上から順にクラスの設備が充実していく。
俺がAクラスを狙ったのも、それが理由だ。
「上手くいけばDクラス。Eクラスは間違いないね」
去年の授業中の珍解答を見てきた俺からすれば一体どこからその無根拠な自信が湧き出てくるのか甚だ疑問だ。
「ふーん、へ~え、ほーお」
「さては和樹、欠片も信じてないね?」
「ああ」
「即答!?」
「去年一年のお前の姿からどこに信用を置けばいいんだよ……。――じゃあ、確認だ。大化の改新が行われたのはいつだ?」
「ふん! そんな小学生レベルの問題なんて余裕だよ! 鳴くよウグイス大化の改新だから――794年さ!」
明久はFクラス決定だ。
「……正解」
だが、ここは黙っておく方が後のリアクションが楽しそうだ。
「当然だよ!」
ホント、惚れ惚れするくらいのバカっぷりだ。
「和樹こそどうなのさ?」
「ん?」
「振り分け試験さ。去年秋ぐらいから勉強するって付き合い悪くなったじゃないか」
「あー……まあ、それなり、かな」
適当にごまかす。結局秀吉以外にはAクラス狙いであることは告げていないのだ。
「これで僕より下のクラスだったら最高に面白いのにね」
「その時は腹切って死んでやるよ」
「そこまで!?」
「だって明久に勉強で負けるとか…………ふう」
「えっ、何その絶対ありえない、みたいなリアクション!」
実際にありえない。
そのまま赤毛ゴリラはFクラスだろうなどと話をしながら校門までの急こう配を頑張って上り終えると、
「遅刻だぞ、吉井、中辻」
またしても今度はスーツ姿のゴリラに声をかけられた。なんだか、俺の周りには人の皮を被ったゴリラが多い気がする。
「朝からごつい顔をしている人と連続して出会うと勉強する気が完全に失せますね……」
「……中辻、しばかれたいのなら素直に言え」
「いや、だって朝起きてオリハルコンゴリラ、校門でトライアスロンゴリラと出会えばこれが妥当なはんのおおおおおおううっっ!?」
咄嗟に逸らした上半身の上を筋肉の鎧で覆われた腕が擦過した。
あぶねえ……! 殺す気か!? とても生徒への対応とは思えない……!
……チリチリ、などと俺の髪から信じられない音が聞こえているが……気のせいだよな? 髪が摩擦で焼かれてなんかいないよな? 何かが焦げたようなにおいがするのも俺の鼻の調子が悪いだけだよな?
「次は無い」
まさかあれで加減していたらしい。
「すいません、て――西村先生」
「鉄人と言おうとしただろ」
「気のせいです」
やれやれ、とでも言いたげに首を振っているのはこの学校の生活指導担当の西村先生。通称鉄人だ。
親父と同じく人外の肉体スペックを誇り、去年は明久や雄二共にバカをやる度に捕まえられて、指導という名の拳での語り合いを(向こうが一方的に)した仲だ。
「で、吉井。貴様は何か言う事がないのか?」
「えーと……西村先生は今日も肌が黒いですね」
さすがに俺もその褒め言葉には驚きだ。
「貴様は遅刻に対する謝罪より俺の肌に関しての投げかけが先なのか?」
「まあ、明久の脳は常人には及びもつかない思考回路ですから無理を言うのは止めた方がいいっすよ、先生」
「よしてよ、和樹。照れるじゃないか」
「「…………」」
おかしい。俺はかなり手厳しく罵倒したはずなのに。
鉄人まで黙りこくってしまった。
「……まあいい。これを受け取れ」
ゴホン、とわざとらしく咳をした鉄人が差し出してきたのは茶色い封筒。それも俺と明久に一枚ずつ。
「一々面倒なことしてますよね」
「文句を言うな。この文月学園は特殊なシステムを導入した試験校だからな。これもそれの一環だ」
俺は二人の会話を聞き流しながら震える手で封を開ける。
これがこの一年の集大成の結果を示しているのだ。震えるのくらい当然だ。
恐る恐る、細目で確認。
すると――
『中辻 和樹 Aクラス』
――そこには、望んでいた結果が記されていた。
「……っしゃあ!」
思わず鉄人の前でガキっぽくガッツポーズなど取ってしまったが、今だけは許してほしい。
よし! マジで嬉しい! ありがとう、神様!
「まさか本当にAクラスに行くとは……正直、驚いたぞ」
「俺も厳しいと思ってたから当然っすよ! これドッキリとかじゃないですよね?」
「当たり前だ。それでもAクラスの中だと下の方だから気を抜くなよ。それに点数が偏り過ぎだ。苦手教科もちゃんと克服しとけよ」
「はいっす!」
いつもの数倍素直に返事をしてしまう。
ちょっと自分でも引くくらい、テンションが高い。
「ええっ!? 和樹がAクラス!?」
「ほら、明久も見てみろよ!」
変なテンションのまま、俺は結果用紙を明久に手渡す。
「バカな!?」
「ふはは! あの夢の設備が今や俺の物だ!」
もう誰だ!? と自分に問いかけたいくらいキャラが変貌してしまっている。
「和樹がAクラスなら僕だってCクラス以上のクラスの可能性があるってことじゃ……!!」
急にビリビリ! と紙を引き裂き、明久がクラス分け用紙を開いた。それを後ろから覗き込む。
どれどれ。
『吉井 明久 Fクラス』
最底辺へとさようなら。お前の事は忘れない……しばらくは。
「バカなあああああああ!?」
「まあ、順当な結果だな」
逆にここ以外に行き場が存在しないと言っても過言ではない。
「吉井」
「何ですか鉄人! 今僕は信じられないショックを受けている最中なんですよ!?」
「俺は去年、貴様のことをバカだと思っていた」
「いきなり何!?」
「だが、その結果を見て俺は自分の認識が大きく間違っていると理解した。許してくれ。――お前は大馬鹿だ」
「傷口に塩を塗るなんて教師のやることですか!」
ぎゃあぎゃあ喚く明久の首根っこを摑まえる。
「諦めろ。お前の脳味噌から考えればFクラスですらよかったと思うべきだ。学園長がGクラスを創設しなかっただけでも感謝しろ」
「和樹も言いたい放題だよね!」
「俺は今気分最高だからな」
「なら優しくフォローして!」
「お前の点数はゴミ屑なのに無事進級できてよかったな。また同じ学年で嬉しいぞ。これから一年よろしくな、バカ」
「欠片も誠意を感じない!? 和樹は僕が留年するとでも思ってたの!?」
「あーもう、うるせえ。さっさと教室に向かうぞ。俺早くAクラスの教室を堪能したい」
「自己中だね!? お願い! 僕の結果こそドッキリだと誰か言って!」
「お前の頭の悪さが既にドッキリだ」
俺は早く教室へと向かうため、喚く明久の首根っこを摑まえて校舎へと向かった。