俺と音姫と猫かぶり優等生   作:焔火

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猫かぶりの優等生

 

「凄いね……」

 

「ぱねぇ……」

 

俺は明久と一緒に感嘆の声を漏らす。

それほどまでに、Aクラスの設備は凄かった。

 

「黒板代わりに大型ディスプレイ。個人エアコン、冷蔵庫、リクライニングシート、パソコン。それに自由に取り置きできるお菓子! ――て、マジで凄いな? ここ本当に学校かよ?」

 

疑問を浮かべずにいられないが些細なことなどどうだっていい。

そう。俺がAクラスを目指したのはこの設備、そしてタダで飲み放題のジュースとお菓子を求めての事だ。

食費が無い以上、ただ飯で生き抜こうという算段だ。

それにAクラスに来なければ食費も稼げない。

 

「誰か紅茶いれたみたいだね……」

 

教室からいい香りが漂ってくるのをかぎつけたようで明久がぽつりと呟く。俺と明久も飲料水=水道水が基本の男だから紅茶などそうそうお目にかからない。

 

「まあ、正直学校の設備としてはおかしい気もするけどな」

 

「それは僕も同感だよ」

 

二人揃ってお金の無駄使いだ……と首を振る、事情は違えど食費に困る人間同士意見を同じくした。

まあ、明久が金欠なのも無駄使いのせいなんだけどな。あまり同情してやる必要もないが。

 

「……代表の霧島です……よろしくお願いします」

 

窓越しに覗き込めば、今はクラス代表と思しき超絶美人さんが挨拶している。なるほど、あの人が代表殿か――マジでちょっと驚くくらいの美人だ。

流れるような黒髪。透き通るような大きな瞳。プロモーションも申し分なし。

喋り方も合わさってか、いかにも金持ちのご令嬢様といった感じの雰囲気を醸し出している。

 

「あの容姿で学年主席ってモテそうだよなー……」

 

「でも、霧島さんって告白全部断ってるらしいよ」

 

「へえ……まあ、あれだけ美人なら彼氏の方のハードルも高いんじゃね?」

 

「ううん。噂では女の子に興味があるとか……」

 

「マジで!?」

 

勿体ない。告白などしたら誰からでもオッケーが返ってきそうなのに。

 

「Aクラスの皆さん、これから一年間桐嶋さんを代表にして協力し合い、研鑽を朝寝てください。――これから始まる『戦争』でどのクラスにも負けないように」

 

と、先生の挨拶も終わったみたいだ。しっかし、担任の先生まで美人の眼鏡教師とは、さすがAクラス。色々とレベルが高い。

 

「じゃあ、俺は後ろの扉からこっそり教室に入るから、またな。Fクラス堪能して来いよ」

 

「絶対嫌味だよね……」

 

「秀吉によろしく、雄二にざまぁ、と伝えてくれ」

 

「りょーかい」

 

投げやりな返事をして走り去る明久を見送ってから、俺は先生が教室前の扉から出た瞬間に、後ろの扉から教室に入った。

どうでもいいが、教室の前後扉の距離が何十メートルもあるのはおかしい気がする。パッと見、体育館ほどの広さがあるんだが……。

 

「ふいー、セーフ。さて席は……っと」

 

助かった。探す手間が省けた。空いている席は一つのみ、それに一番後ろだ。あまり注目を集める心配も無さそうだ。

 

「一番後ろの席からだと見えないからってサブディスプレイ用意する必要があるなら、教室をもう少し狭めたらいいのにな」

 

教室の天井から機械で固定されている大型画面を仰ぎ見ながら自分の席へと移動すると、隣の席は見覚えがある……てか、

 

「おっす、優子」

 

「えっ、和樹!?」

 

なに? その信じられない! みたいなリアクション?

 

「ほれこのとーり」

 

ひらひら、と先ほどのクラス分けの紙切れを見せつける。

 

「あ、アンタ本当にAクラスに来れたの?」

 

「一年間の猛勉強のおかげだな」

 

目の前で驚いているのは、木下優子。Fクラスにいるはず(ほぼ確定)の木下秀吉の姉だ。中学からの知り合いだ。

とはいえ、弟の秀吉はともかく、姉である優子とはそれほど仲が良かった訳でもないのだが。

それでも、俺の家の驚愕的食生活を心配して夕飯に招待してくれた時もあったので、友人、の表現は間違っていないはずだ。

そして俺の成績が元々はよくてCクラス程度だったことを知っているからこんな反応なのだろう。

 

俺のクラス分け用紙を片手に驚愕している優子を尻目に席に着き早速冷蔵庫を開ける。

 

「おお……! これ本当に飲み放題なのか……!?」

 

中にはよく冷えたミネラルウォーターやお茶だけでなく、紅茶にコーヒー、コーラなどの甘味飲料水まであった。

て、天国だ……!!

 

躊躇いながらもコーラを取り出し、缶のプルタブを開け、一息に飲む。

炭酸が喉を通るのが心地いい。

 

「ああ……これだけで半年間の勉強が報われる……」

 

「大げさな反応ね」

 

「ふっ、これを見てもまだそんなことが言えるか」

 

ピン! と百円玉を弾いて渡す。さあ驚け。

 

「何よ、これ?」

 

「俺の今日の三食分の食費」

 

「……冗談よね?」

 

「遺憾ながらマジだ」

 

優子がこめかみを抑える。

 

「……何か更にヤバくなってない?」

 

「金があるだけまだマシだ。あの親父なんて朝飯抜き、昼飯は心優しい職場の友人からのお裾分け、夕飯はパン屋のおっちゃんが譲ってくれるパンの耳だ」

 

オールプライスレス。

 

「……それ、大丈夫なの?」

 

「逆に元気すぎて怖いくらいだ。職場での健康診断でも怖いくらいに正常値らしいからな」

 

きっとオリハルコンゴリラには特殊な機能でも付いているんだろう。日中は光合成でもして栄養素を蓄えているのかもしれない。

 

「それに晴れてAクラスになったからな。これでバイトの許可も出た」

 

あの親父、あれだけ金に困っていたくせに高校生になったらバイトするという俺の要求を突っぱねやがった。意味わからん。

それで出された条件が、振り分け試験でAクラスに行くことだったのだ。

 

「どこで働くつもりなのよ?」

 

「料理とかは無理だからな。求人応募貼ってあったし、駅前のスーパーにするつもり」

 

「あれ? 初めは力仕事にするとか言ってなかったっけ?」

 

ん? 俺、その話を優子にした覚えがないのだが……秀吉経由で聞いたのか?

 

「あの親父、成績を落とした時点で即刻バイト禁止だとか抜かしてきたんだよ。短時間で切り上げられて、疲れもたまらない仕事にしないと無理だ」

 

俺はただでさえかなり無理矢理勉強を詰め込んでAクラスに入ったのだ。多分一日二、三時間のバイトが精々だろう。それ以上やったら体が持たないし、成績維持も難しい。

 

「ふーん、大変そうね」

 

「ご理解いただけて何よりです。今日放課後に早速面接行く予定だしな」

 

さて、それじゃあ初めの授業の容易でもするか。

教科書を広げ、ノートを取り出し、ペンが揃っていることも確認してと――

 

「で、何で遅刻したの?」

 

ニッコリと輝く笑顔共に訊ねられた。

張り付けられたような満面の笑みがこちらの冷や汗を誘う。

この人、自分が世間体を気にするタチなので、意外とこの手の話題には口うるさい。

 

「え? 今の話でそこにいきますか、優子さん?」

 

俺は全力で避けるために話題を提供し続けていたのに。

 

「アンタが高橋先生が出ていくタイミングを見計らってこそっと教室に入ってきたことくらい丸分かりよ」

 

「見た目は秀吉そっくり! 頭脳はAクラス優等生! その名は名探偵ゆう――」

 

げしっ!

 

「――あ、足の小指が……!!」

 

冗談を言ったら右足の小指をピンポイントで踏み抜かれた。

い、痛い……!

 

「次は薬指よ」

 

「い、イエス・マム……」

 

諦めて事情を説明するべく、俺はゴミ箱に捨てるのを忘れて持ってきてしまった秀吉の遺品を取り出した。

 

「これ、アンタに秀吉があげてた時計……なんで真ん中で断ち切られてるのよ?」

 

「親父が軽く、止めるために押し込んだらしい……次時計買うときは鉄製のでも買うわ」

 

「……アンタの親って何者なの?」

 

「土木事業所で働くしがないおっさん……だと思う」

 

正直、俺も自信を持てない。

 

「まあ、そんな訳で時計が破壊されて寝坊したんだよ。鉄人だって多少の遅刻だからってお咎め無しだったしセーフ、セーフ」

 

「そのせいで自己紹介できてないけどね」

 

「げっ……やっぱりもう終わったのか?まあ、後で適当にあいさつして回ればいいだろ。一人知り合いがいるって分かっただけでも気楽だからな。それに優子がいたら嬉しい」

 

「……え、なんで?」

 

なぜか身を乗り出してくる優子。心なしか頬も赤い。

どうしたのだろうか?

 

「そりゃだって、優子がいたらそっくりさんの秀吉っていう弟がいるんだぜって話題ですぐに会話が弾むほどに足の薬指があああっ!」

 

「まあ、アンタの事だからそんなことだと思ってたわよ!」

 

な、なんて的確な攻撃……! 足の指の悲鳴が聞こえそうだっ!

 

「じゃあ何を期待してたんだよ!」

 

「何、でも、ない、わよっ!」

 

「中指――――っ!!??」

 

結局、左足の指三本の感覚が消え失せたまま俺は授業を受けるハメになった。

とても理不尽な気がした。

なんだってんだよな、まったく。

 

 

 

こうして、俺のAクラスでの生活が始まった。

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