俺と音姫と猫かぶり優等生   作:焔火

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男性恐怖症の音姫

「午後からの授業が中止、ですか?」

 

そんな連絡が担任の高橋先生から告げられたのは、昼休み前の授業が終わった直後の事だった。

 

「はい。FクラスがDクラスに試招戦争を申し込んだため、授業は中止とさせていただきます」

 

その言葉に教室中からざわめきが起こる。その殆どはFクラスの無謀な行動に対する非難だ。

 

 

試験召喚戦争。

それはこの特殊な試験校、文月学園で行われる、科学とオカルトによって偶然生み出された試験召喚システムを使って、テストの点数に応じた強さを持つ召喚獣を武器にクラス間で行う戦争のことだ。

この学校のテストは一時間の制限時間に無制限の問題を解けるので、点数は上限が存在せず、生徒の向上心でいくらでも伸びる。

そしてこの召喚戦争は、昨今の学力低下対策として打ち出された先進的な試みだ。

 

基本的に下位クラスが上位クラスへと勝負を挑み、勝てばクラスの設備を交換。

クラスの設備は段階的に良質なもの(Aクラスならエアコンやパソコン完備。Fクラスなら机すらなくちゃぶ台)へと変わるので、下位クラスは良い設備を求め、上位クラスは設備を下げられないようにするために戦う。

 

しかし、無論振り分け試験が終わったばかりの今はクラス間の実力差ははっきりしている。

普通は試招戦争のためクラス全員が勉強を頑張り、その成長を見計らってから挑むものだ。

 

つまり、今二つ上のクラスに勝負を挑んで勝てる可能性は低い。

 

普通なら、だが。

 

「雄二や明久の差し金か……?」

 

あいつらならその程度の無茶無謀を押し通せるだけの行動力がある。

なんせ方や学校側から正式な問題児認定、《観察処分者》に選ばれたバカで、方や小学生の頃は神童、中学時代は悪鬼羅刹などと呼ばれていた男だ。

あの二人が揃った時、たいていろくでもないことが起こる。

 

俺は鉄人から、そんな二人と同じ扱いを受けていることに未だ納得していない。

 

どう考えても俺の方が常識人だろ。無礼千万とはまさにこのことだ。

 

「まったく、初日から授業が中止になるこっちの身にもなりなさいよね」

高橋先生が教室から出た後、隣の席の優子が少し怒った風に言う。

優等生の仮面をかぶることが多いが、実は根から真面目なその態度はいかにも優子らしい。

 

「まあ、試招戦争の権利は全クラス共通だからな。いつ始めたって文句は言えないだろ」

 

苦笑して立ち上がりながら俺は菓子コーナーへと向かい、ばっさばっさと大量に取り出し、机に持ち帰る。

 

「なにそれ?」

 

「昼飯だが?」

 

無料物資は有効活用するべきだと思う。

 

「それ勉強中に摘まめるようにって置かれているお菓子よ?」

 

「腹に入れたら米だろうがチョコだろうが、カロリーであることに変わりはないだろ」

 

栄養素的問題はあるだろうが、問題ないだろう。俺も親父と一緒で生まれてこの方この不健康な食生活でも病気にかかったことがほとんどないしな。

 

小包装を開けて、チョコレート菓子を口に入れる。

確かに、甘くて、とても昼飯には思えないが、贅沢を言える身ではない。

食べられるだけで幸せだ。

 

「……優子」

 

「……っ!?」

 

なんて呑気にお菓子を頬張っていると、後ろから優子にかかる声。

 

なんだ! まったく気配がなかったんだが!?

 

「あっ、代表」

 

後ろからひっそりと声をかけてきたのは、先ほど主席として挨拶していた女子。確か……霧島だっただろうか?

 

「……優子、昼飯一緒していい?」

 

「もちろん」

 

優子の向かい合わせに霧島が座る。……今更ながら、食事用に四人程度で囲めるテーブルが教室にある時点で色々とおかしいよな、うん。

と、そこで霧島がこちらを見てくる。

 

「……私はこのクラスの代表の霧島翔子。よろしく」

 

「こちらこそ。中辻和樹だ」

 

挨拶をしてそれで終わり、だと思っていたらなぜかじっと見られる。

俺、何かしただろうか?

 

「……中辻、お菓子は一度に大量にとると他の人の迷惑になるから」

 

「ああ……悪い、悪い」

 

「……次から気を付けてくれたらいい」

 

「……お、おう」

 

な、何か独特な喋り方で合わせにくい……。

見た目と相まって不思議な雰囲気を漂わせてるよな。異国の妖精さんかよ?

……てか、それより、

 

「あのさ…………そっちの現在進行形で霧島の後ろで怯えていらっしゃるのはどなた?」

 

俺は霧島の後ろに隠れている黒髪の少女について訊ねた。

先ほどから凄いチラチラとこちらを見てきているので気になってしまう。

 

「ひゃ、ひゃい!?」

 

ビクーン! と擬音が付きそうな反応をする少女。その顔は急に真っ赤に染まり、軽く涙目になっている。

ええ!? 今の俺が悪いのか……?

 

「……美咲、落ち着いて」

 

「和樹、ちょっと黙ってなさい」

 

「え? 俺への対応雑くないか?」

 

正直、声をかけただけで女性に悲鳴を上げられて精神的ショックが大きいんだけど。

 

てか、また美人だな。

霧島と似たような容貌だ。少し短めながらも肩下まで伸ばした黒髪。透き通るような蒼い瞳。そしてかなり背は低い。百五十と少しか? 瞳を潤ませて縮こまっている様子から小動物的可愛さを感じる。

 

霧島の妹的雰囲気だが、姉妹ではなさそうだ。

 

なんだ、霧島といい、優子といい。Aクラスは容姿まで高い必要があるのか? 俺には無理だぞ。他を当たれ。ほら、クラスの最前列の席にいるあの眼鏡野郎とかにAクラスイケメン代表は任せる――

 

「――て、ん? 美咲……?」

 

どっかで聞いたような……この目立つ容貌といい、霧島以上に印象に残りそうな態度といい――

 

「――あっ……! もしかして鈴川か?」

 

「う、うん……!(ブンブン!!)」

 

声量と似つかない凄まじい勢いで首を振る鈴川。

 

思い出した。

高一の時……それもつい二か月ほど前にあったことがある。それも中々衝撃的な出会い方だった。

 

「そういやあの時もこんな反応だったか……」

 

インパクトのあることなのに中々思い出せなかったのは、その後鉄人の鉄拳で沈められたて記憶でも飛んでいたのだろうか? 本気で命を取りに来られて半死半生をさまよったのはあれが初めてだ。

 

「あ、あの時はありがとう……! それと、ごめんなさい……」

 

「ああ、いや、鉄人に殴られたのは後々冷静に考えると仕方なかったというか……まあ、あれは誰でも誤解するつーか、俺を取り押さえても仕方ない気がするしな」

 

むしろ警察を呼ばれる前に死んだのはよかったと言えなくもない。

あれを寛大に許してくれるあたり、鉄人も意外とできた人間だと思う。

 

「……本当だ。話せてる」

 

「へ? そりゃまあ、一応一年の冬辺りに話したことがあるしな」

 

「……ううん」

 

霧島が首を横に振る。はて? 何がそんなにめずらしいのやら。

 

「和樹、アンタはさっきのホームルーム出てないから知らないでしょうけど……美咲は男性恐怖症なの」

 

「はい?」

 

男性恐怖症、とな?

 

「それはあれか……? 男子が苦手だとかそんなレベルではなく……?」

 

「そうよ。さっきのホームルームでも自己紹介は女子生徒に対してしかしてないし、席もほら」

 

指さした方へと目を向ける。

鈴川の席はクラスの窓際最後方という、寝るのに最適ポジションだった。

 

「寝心地がよさそうだな」

 

「違うわよ。美咲の周りはキチンと女子生徒だけにするようになってるのよ」

 

「おお……それは何とも徹底してるな――て、これ俺だけ滅茶苦茶エリアに入ってる気がするんだけど?」

 

有効範囲は優子の席のはずだ。つまり俺は優子の左隣ではなく右隣にいないとおかしい。

 

「気がするじゃなくてそうなのよ」

 

「それでか! さっきからいくら何でも周りに男子少なすぎると思ったよ! 何で!? 周りが女子だらけとかかなり気まずいんだが!?」

 

さっきから優子としか話していなかったのもそれが理由だ。

 

「……美咲からのお願い」

 

「俺への新手の嫌がらせの?」

 

やはり初対面でおんぶしたことを恨んでいたのだろうか?

 

「ち、違うよ……!」

 

「ああ、スマン」

 

男性恐怖症なのにそれはないか。

 

「……美咲が中辻とだけは話せるって言うから、男性恐怖症克服のために、中辻とだけでもいいから話せるようにって」

 

「俺だけ平気なのか?」

 

「さっきから話してるのが証拠でしょ?」

 

「いや、あんなにビクビクしながら顔真っ赤にして、更に霧島の後ろから距離五メートル開けないと無理そうだが?」

 

その本気で怯えているような態度で先ほどから俺のメンタルはバキバキに折れかけている。

美少女を襲うのが楽しい奴の気持ちなど俺には欠片も理解できないらしい。

 

「……これでも凄い」

 

「マジで!? い、一体他の奴だとどうなるんだよ」

 

「……叫ぶ。逃げる。そのどちらも無駄なら殻にこもる」

 

「ああ、それ俺も見たわ。いきなりマジ泣きされたと思ったら制服にくるまってさ。焦った」

 

バキィ!

 

「アンタは美咲に何したのよ?」

 

「ちょっ……せめて説明を聞いてから殴ってくれ……」

 

優子に問答無用で殴られた。あれは事故なのに……。そもそも、事の原因は優子が秀吉経由で俺に渡してきたバレンタインチョコだぞ。しかも義理感マックスの百円チョコ。あれのせいで明久とムッツリーニに命を狙われたのが事の発端だ。

 

まあ、その時の詳しいことは置いておいて。

 

「ゆ、優子ちゃん! その時中辻君は悪くなかったから!」

 

鈴川からフォローが入る。

おお、女子と喋る時だと随分口調が変わるな。俺の時のおっかなびっくりはどこいった。

 

「あら、そうなの? ゴメンね、和樹」

 

「問題ない。伊達にあの親父の遺伝子は受け継いでない」

 

女子のパンチを受けた程度で音を上げるような作りはしていない。優子のパンチが女子レベルかどうかは疑わしいが、鉄人の拳を何度も受けた身だ。

一撃程度で音を上げることも無い。

 

「……中辻は大丈夫? この席で?」

 

「ん? ああ、別に問題ないぞ。俺なんかでよければ協力する」

 

「いい、の?」

 

「まあ、色々苦労してそうだし、それに俺も仲良くなれた方が嬉しいしな」

 

「ありが、と……」

 

最後にそれだけ言うと顔を真っ赤にして霧島の背中に完全に隠れてしまった。

どうやら、現状はこの程度のやり取りが限界らしい。

まあ、詳しいことは知らないが、男性恐怖症ってのは精神的な病気のはずだ。本人に直そうという気概さえあればいつか克服することもできるはずだ。

 

俺とだけなら話せるのなら、同じクラスメイトとしてこれ位の協力は当たり前だろう。

 

いや、鈴川が可愛いから、とかそんな下種な考えはないからな? 本当だぞ?

 

「ふーん……」

 

「頼むから人差し指は踏み抜くなよ」

 

隣から殺気が飛んできたので一応釘を刺しておく。今日は放課後バイトの面接に向かう予定なのだ。これ以上破壊されたら歩行に支障が出る。

 

「優しいじゃない」

 

「俺は生来からの紳士だからな」

 

投げやりに答えながらチョコレートをニ、三個一気に口に放り込んだ。

 

「……中辻、あんまりチョコレートばかり食べると体に悪い」

 

そこで霧島からご注意が飛んでくる。

む? お嬢様からすれば俺のチョコレート昼飯は信じられないのだろうか?

 

「カロリーがあるだけ立派だろ?」

 

「その考えで納得するのはアンタだけよ」

 

明久もいるのだがなー……。まあ、ここであのバカの名前を出しても意味はないか。

 

「んなこと言われてもな……これで二食過ごせるナイス案があるなら聞くけど?」

 

取り出した百円硬貨を見て霧島が分かりにくくであるが、眉を潜める。

 

「……食費に余裕は持たせるべき」

 

ちょっと……ほんのちょっとだが、苛立ってしまう。

 

彼女が優しくて、善意で言ってることは理解している。だが、俺とて別に浪費生活を過ごしてきた訳ではないのだ。あの親父だって苦労している。

借金の理由が浪費であれ、何であれ、今親父が苦労している事実には変わりない。それを否定されているようなのが嫌なのだ。俺はそうして一人俺を支えてくれた親父の後ろ姿しか見てきていないし、

 

何より、俺には母親に関する記憶は何一つないのだから。

 

今朝の酒代の話がジョークであることが分かるくらいには、親父の事を信用している。

俺に百円しか渡せなかったってことは、きっと親父など一週間は自由に使える金がほぼ0のはずだ。

きっと彼女のような令嬢さんの家からすれば百円なんて水のように浪費する金の一部かもしれない。だとしても、この金を無価値と思われるのは容認できない。

 

「お嬢様には分からん悩みもあるんだよ、貧乏人には」

 

そのせいで返答が少し皮肉交じりになってしまう。

 

「あ、あの代表……ゴメン、これ以上は……」

 

唯一中学からの知り合いである優子が少し焦ったように会話に割って入って来た。

なんだ? 中学みたいに喧嘩吹っかけるとでも思われているのだろうか?

 

「……分かった。中辻、気を悪くしたなら謝る」

 

「いや、いいよ。気を使ってくれたのは分かってるつもりだから。俺もちょっと気が立ってしまったしな」

 

三人が揃って口を塞ぐ。

なんか……少し空気が悪くなってしまった。

まあ、中学の時などこのような会話から喧嘩を起こしたりもしていたのだ。さすがに女子に手を上げるようなことになんてならないように気を使っているが、それでもキレたら自信がない。

 

なんせ一度それで優子を叩いたことがあるくらいなのだ。あれは思い出したくない黒歴史ナンバースリーに確実に入るできごとだ。

 

「あ、あの……」

 

そんな時、霧島の背から顔だけ覗かせた鈴川が声を出した。

 

「どうした?」

 

「中辻君……お昼はこれからも我慢するの……?」

 

「バイトして収入が入って、昼飯にまで金を回す余裕が出来たら食べるけど……菓子食べれば我慢できるしなー……多分食べないと思う」

 

「あの……それなら私がお弁当作って来ても……いい?」

 

予想外の問いかけに思わず言葉に詰まってしまう。だが、

 

「いや……俺が飯食べてないのを憐れんでるのなら遠慮してくれ」

 

俺は、その手のやり取りであまり思い出したくない経験を何度か味わっている。秀吉や優子の家で何度か夕飯をごちそうになっているのは、あくまでも俺が二人のことを信用しているからだ。

彼女の好意が優しさだとしても、俺にとって嬉しくないことだってある。

 

「えっ……? ううん、仲良くなりたいから……」

 

「は?」

 

しかし、予想外の答えに間抜けな声が出てしまう。

仲良くなりたいのと、お弁当を作るのに因果関係が見当たらないのだが……

 

「一緒にお昼食べるの楽しいし……私も中辻君に手伝ってもらうお礼がしたい」

 

こんな理由で言ってくる人は初めてだ。

まあ、彼女は別に家が近い訳でもなく、小、中学校の時のように、俺の家庭事情を知らない、ってのが一番大きな要因だろうが、それでもまあ、仲良くなりたい、か……。

ったく、男性恐怖症だと言ってる奴に対してまで警戒心抱く方が間違いだな、こりゃ。

 

「じゃあ、頼んでいいか? 正直、助かる」

 

「うん……!」

 

またしても限界だったようで、霧島の席の後ろにしゅぱっ! と隠れ、縮こまってしまっている。

 

「ふーん……」

 

「親指もやめてくれよ」

 

「……和樹も丸くなったわね、アタシなんて叩かれた記憶があるんだけど?」

 

優子のジト目が凄く居心地悪い。

 

「うっ……いや、そのあれはだな……お互いに許し合うって言っただろ? それに、丸くなったこと自体はいいことだって言ったのも優子だったはずなんですけど……? それに男性恐怖症だって言ってる人を疑うほど落ちぶれてないっての」

 

「美咲、可愛いからね」

 

「いや、それは関係ないだろ。しかもその理論で言ったら……」

 

やべ。口が滑った。

 

「言ったら、何よ……?」

 

なぜか距離を詰めて訊ねられてしまう。

うっ……これは正直に答えたら信じられないくらい恥ずかしいハメになるし、優子にバカにされるよなー。

 

「言ったら……」

 

「言ったら?」

 

「……霧島に気が立ったのがおかしいだろ」

 

メギィィィイ!!

 

「お、ふう……!!」

 

ひ、左足の小指と薬指と中指が……!!

慌てて軌道修正したら俺の足の指が大変なことにっ!!

 

「もう一度言ってくれるかしら……!!」

 

「で、できれば、その足を退けてから――いいえいえ! スイマセン! 優子さんも大変お綺麗ですよ! ええ、さすが秀吉の姉さんです!」

 

「なんで秀吉の姉なら、なのよ!」

 

バキィィィイ!

 

「おう、なんてこったい!」

 

こりゃバイトの面接厳しいぜ!!

 

 

なんて寸劇を終え、優子は霧島と鈴川とテーブルを囲み、俺は一人自分の机でチョコレート昼ご飯を食べた。

いや、別に寂しくなんてなかったからな?

 

 

付け加えて、男子友達がまだ一人もできていないことに不安を覚えるのを忘れ、周りに美少女だらけの席で嬉しいなんてこと、全然ちっとも、一ピコグラムも考えていないからな?

本当だぞ?

 

 

 

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