「ぶち殺すぞ明久あああっつ!!」
「マジでゴメン和樹いぃぃっ!!」
男二人近所迷惑な絶叫共に朝から健康に気を使ってランニング――ではなく、遅刻しそうなため全力疾走していた。
「ふざけんなよ、こらあっ! 目覚まし時計の電池切れってなんだよ!? お前は俺の親父か!!」
「その文句は僕じゃなくて電池君に言って!! あの子があと二時間も頑張ってくれたら何の問題もなかったんだよ! それと和樹、そのツッコみは斬新だね!? 君のお父さんは一体何をしたの!?」
遅刻の理由は昨日と同じ目覚まし時計の不備。ただし今回は単純な電池切れだ。
明久と二人でゲーム合戦が始まり、寝落ちするまで死闘を繰り広げたせいで完全に寝坊した。時計の針は五時半を差していたので、あと二時間頑張ってくれたら目覚ましを鳴らしてくれたってのに……!
くそっ! 明久家の道具は主人同様ポンコツか……!!
今は八時半ちょい過ぎ……てもう既に遅刻決定かよ!
「おい、お前のせいで遅刻したんだ。鉄人の相手は任せたぞ!」
上り坂を駆け上がっていると校門前に仁王立ちしているトライアスロンゴリラ改め鉄人が見えた。あのゴリラは現代社会では生徒指導教師の皮を被って生活しているので、二日連続で遅刻となると拳骨が飛んでくるだろう。そしてその一撃の威力は俺達の拳が子供の遊びだと思えるほどの破壊力。朝から意識を飛ばす訳にもいかない。
「なっ!? それとこれは話が別だよ! それに僕は今日振り分け試験を受けないといけないから余計な体力を使いたくないんだよ!」
「お前は集中していようがいまいが、点数がカスなのに変わりはないだろ!」
「言ったなこの野郎!」
明久が拳を振り下ろしてくる。あぶなっ!
「やめろ! 今俺達で争うのは不毛すぎるぞ! あの鉄人の撲殺刑から逃れる策を考えるのを優先するぞ!」
「だね! それには全面的に賛成だよ! で、具体的な作戦は?」
「はあ? 俺にんなナイスな案が思いつくわけないだろうが」
雄二が適役だろう。
「僕だって無理だよ!?」
使えない奴め!
「ちいぃ! 仕方ねえ! 明久、横の塀飛び越えるぞ! 俺が押し上げるから合わせろ!」
「オッケー!」
鉄人がこちらに気付く前に進路変更。草むらに飛び込み学校を取り囲む塀に全力疾走。先に飛び出した俺が塀の前で向きをかえ、両手を組み腰を下げる。
そして、
「おっ……らあっ!!」
「あらよっとぉーっ!!」
明久が俺の両手を踏み台に渾身のジャンプ。俺がタイミングを合わせて腕を振り上げた力も合わさって明久の手は到底一人では届き得ない高さの塀の上部分に届いた。
「和樹!」
「サンキュー!」
着地して体制を整えた明久が制服の上着を素早く脱いで垂らしたのを引っ張る。
「一本釣りーっ!!」
明久の制服からびりっと嫌な音が響くが、上手いこと二人とも学校に不法侵入することができた。
「ふー上手いこといったな」
「そうだね」
「いやはや、まったく貴様らの運動神経と思い切りのよさには驚かされる」
「俺は人外の親父の遺伝子を受け継いでるからな。明久の方がある意味凄いだろ」
「何言ってるのさ。和樹ほどじゃないよ。雄二と同じレベルだよ?」
「なんで遅刻したのか理由を聞こうか?」
「んなの明久の家の時計がぶっ壊れてたからに決まってるだろ」
「なにさ、和樹が無理やりゲーム大会なんて始めるから寝不足で……」
「なるほど、拳で聞いた方が早そうだ」
「「いやいや、それはおかしい………………て、はい?」」
そこでようやく俺と明久は気付いた。
あれ? なんか一人増えてねえか、と。
恐る恐る、塀の上から先ほど俺達がジャンプした場所を見下ろしてみると。
「ああ、おはようございます。西村先生。今日も浅黒い肌がカッコいいですよ」
「筋骨隆々の肉体でパンパンのスーツが似合ってますね」
そこには俺が尊敬してやまない文月学園が誇る素晴らしき生徒への愛情で生み出され、先生としての理想像を体現したような――
「貴様ら……覚悟はできているんだろうなぁ……!!」
「「できてません!」」
はい、すいません! 嘘です! あんな化け物、恐怖心以外の何も感じません!
二人揃って塀から飛び降り、校舎向かって全力疾走。
おのれ、気付かれていたとは……!
「どうするのさ、和樹!?」
「大丈夫だ! いくら鉄人でもあの塀を乗り越えるには時間が――ってもう乗り越えてる!? バカな!?」
ズドドドド! と効果音が付きそうなスピードで迫りくる鉄人。
いや、おかしいよな!? あの塀をどうやったら一人で登れるんだ!?
「よりにもよって塀を登って入ってくるとは……お前ら、そんなに俺の指導を受けたいのか!」
「「受けたくありません!」」
二人揃って仲良く否定し、
「誤解です! 僕は被害者です! 塀を乗り越えようって言いだしたのは和樹です!」
「てめえ殺すぞ! 違うんです! 遅刻した原因は全て明久にあります! こいつの家にある目覚まし時計が無事だったらこんなことにならなかったんです!」
二人揃って仲良く友達を売る。これほど見ていて爽快な友情もないだろう。
「僕を売る気か!? このぉ……! こうなったら奥の手だ! ――先生、和樹は今学校にエロ本を持ってきています!!」
ちょっ……!? それはトップシークレットだろ!?
「本当か中辻ぃ……!」
「ちゃ、ちゃうんです! これは明久の家にあったもので持ち主はあくまで明久で――」
「ほう……本当に持ってきているのか」
あ、ヤベ。これは…………………………死んだ。
鉄人の獲物を狩る目が俺を捉えた。
「ありがとう、和樹! 君の事は忘れないよ!」
「明久ぁぁああっ!! 後で覚えてろよ!」
「中辻、進路指導室でじっくり話し合おうじゃないか……!!」
「うひいぃぃぃぃいいぃい!?」
ヤバい! いくら俺は走るのが得意といっても相手は人外の化け物。長距離走となれば不利は否めない……!
「助けてくれ! 筋肉教師に犯されるぅぅぅぅつつ!!」
「貴様、よりにもよってなんてことを口走っておるんだ!」
土煙を盛大に上げながら二人揃ってグラウンドを駆け抜け、俺は靴を履きかえる暇すら惜しんでランニングシューズのまま校舎へと駆けこんだ。
「上履きに履き替えろぉ!!」
「先生が止まってくれたら考えます! てか先生も外靴のままじゃないですか!」
「俺はお前を摑まえる義務がある!」
「職権乱用!!」
一度フェイントを入れて新校舎ではなく旧校舎に向かうも、あっさりとバレてしまう。
致し方ない! あまり使いたい手ではなかったが、命には代えられない。
「ムッツリーニぃぃいい!!」
三階に駆け上がり、新校舎へと向こう廊下を走りながら俺は腹の底から叫んだ。
「…………呼んだか?」
Fクラスの教室から顔を出したのは一年の時の知り合いにして寡黙なる性欲者、土屋康太ことムッツリーニ。
その横には中学からの知り合いである秀吉までいる。
「どうしたんじゃ、和樹?」
「鉄人に対抗できる武器と逃走用の道具をくれ! 後払いで明久が選んだ極上の聖典をくれてやる!」
折角手に入れた聖典を失うのは悲しいが、どうせ今鉄人に掴まれば没収されて焼却炉行きだ。せめて人命救助のために役立てる方がいいだろう。
「…………これを」
そして聖典が手に入ると分かった瞬間目の色を変えたムッツリーニが鞄から取り出した謎装備を放り投げてくる。
「助かる!」
「…………報酬は忘れずに」
「事の原因は間違いなくお主にありそうじゃが……頑張るんじゃよ!」
「おう!」
Fクラスの教室の隣を走り抜け、ムッツリーニから受け取った装備を確認する。
ロープは助かるが、もう一つの謎の白い球はいまいち用途が分からないが……。
「終わりだぁ!」
「うおおっ!?」
追いつかれる……! ええい、迷ってる暇なんかあるか!
「くらえ、鉄人!」
性欲のためなら何でもするムッツリーニを信じ、白い球を鉄人目掛けて投擲する。
「ぬうん!」
あっさりと弾かれる。まあ、そうだよな――おおいっ!? なんだこりゃ!?
「ぬおっ!?」
「はあっ!?」
バフン!!
鉄人が腕で払い落とした球が盛大に破裂。白い煙を廊下中に撒き散らした。
その煙は丁度通り過ぎていたEクラスの教室にまで侵入。鉄人の姿が見えなくなる。
これ……もしかして煙玉か!? なんでムッツリーニ、そんなもの学校に持ってきてんだ?
だがしかし助かった。これで逃げられる!
一瞬そのままAクラスに突入するか考え――止める。
折角向こうからこちらの動きが確認できなくなったのに、鉄人の得意な真っ向勝負に興じるのはバカのやることだ。それにAクラスに入って行く姿を見られたらそれで終了だ。姿をくらましてからAクラスに入る必要がある。
ならば……!!
「よっしゃあ! 今のうちにAクラスに向かうぜ!」
口ではそんなことを言いながらも俺は新校舎と旧校舎を繋ぐ場所に位置する中央階段に足をかけ、上を目指した。
さすがにずっと全力疾走したせいで足がパンパンだが、何とか屋上に辿り着く。
がちゃりと扉を開け、青空の下へ。
鉄人が俺を探すため怒鳴りながら走っている音が聞こえるが、さすがに屋上だとは思っていないらしい。普通そうだよな。だってここって実質行き止まりだし。
「さて、と……」
ムッツリーニの撮影用ロープはなぜか片側に屋上のフェンスなどにがっちりと固定するための鋏みたいな器具がついていて、もう片側は……これ腰に付けるのか?
よく分からなくて首を傾げていると、ご丁寧に小さな紙に取扱い方が書かれていた。
……いやまあ、取扱説明が必要なロープが必要な撮影状況ってなんだよ、ってツッコみたいが、今は時間が惜しい。
腰に装着し、ロープをフェンスに固定して、俺は屋上から身を乗り出し、壁面に足を固定しながらゆっくりと降りていく。
……遅刻しただけなのに学校の壁でロッククライミングに興じるハメになっていることに疑問を感じなくもない。
四階で授業を受けながら窓の外を眺めていた先輩方が俺の姿を見て噴き出していたのでにこやかに手を振って三階へ。
そのままAクラスの一番後ろの窓の横に辿りつき、紳士的に窓を三回ほどノック。
「……?」
鈴川が気付き不思議そうにこちらを見やり、
「~~~っっつつ!!??」
きれいな蒼い瞳を見開いた。
「しーっ!!」
慌ててお静かに、と人差し指を口元にやるジャスチャーをすると、鈴川が自分の口を手でふさぎ、何とか叫ぶのを自制してくれた。
Fクラスなら周りの生徒が怪訝に思うような反応だが、Aクラスのみんなは超優等生。全員周りに視線がいかないほど集中して授業を聞いているおかげでバレていない。ま、あまりにも教室が広くて一人一人の席のスペースが広すぎるせいもあるが。
――窓を少し開けてくれ。
口パクで伝えると、鈴川が驚きながらも窓を少しだけ開けてくれる。その隙間に体をすべり込ませて先生に見つからないように鈴川の席の後ろに隠れる。
(えぇっ……!? 中辻君どうしたのっ!?)
男性恐怖症より俺の怪奇行動への驚きの方が先行しているようで昨日に比べずいぶん口調が滑らかだ。
(悪い、少しアイアン・ピープルに襲われてた)
(ぜ、全然説明になってないよ……?)
(後で説明するから今は見逃してくれ)
(う、うん……)
俺の友人と違い、純粋無垢な鈴川に感謝しながら手元にあるレバーを押し込む。
すると、屋上の鋏が取れたようで腰に付けてあるベルトのボタンを押し込むとロープが巻き取られていく。
……無駄にハイテクだな。
ありがとう、と鈴川に礼を言ってから俺は先生が大型ディスプレイに目を向けたタイミングで移動し、こちらを向けば生徒の机に隠れるを繰り返し、無事に自分の席に辿り着いた。
「ふうぅー……」
「ちょっ……かず……!?」
驚き目を見張る優子に手を上げて挨拶する。
(よっ、おはよう)
(あ、アンタ、どこから……?)
(ちょっくら屋上から)
(……はぁ!?)
鈴川と似たような反応を返してくる優子。明久や雄二なら「おう、お疲れ」程度の所業なのだが……やはりここは男女の差が出るのだろうか?
(休み時間にでも説明するから、今は先生にバレないよう宜しく)
俺はそれだけ告げると鞄から教科書を取り出し、授業へと耳を傾けた。
感想や指摘等、よろしくお願いします!