「本当にびっくりした……」
「悪いな、鈴川。でも命と天秤にかけたら校舎ロッククライミングなんて安いもんだろ?」
「なんで学校に来るだけで命をかけるような状況に陥ってるのよ」
「それは俺に聞かれても分からないな」
時は昼休み。鈴川が本当に約束通り昼飯を作ってきてくれたらしく、俺は昨日優子たちが囲んでいたテーブルにお邪魔していた。
一応簡単に朝の騒動の説明を終えたが、あまり納得してくれた様子ではない。
鈴川は先ほどのショッキングな光景を見たせいなのか、昨日に比べて随分と態度がマシな気がする。現に今も霧島の背後に隠れずに話せている。
うん。せっかくいい容姿してるんだから、堂々としておくべきだよな。
テーブルには俺、そして両隣に優子と鈴川。鈴川の隣が霧島となっている。
……端から見ればハーレムっぽく見えなくもないが、実際は女性に興味がある美人と異なる次元の男の熱い友情に萌える美人と男性恐怖症の美人なのだから残念だ。
「あの……これ……」
「あ、おう……ありがとな」
隣の席からすすっと流されてきたのは風呂敷に包まれたお弁当。
……なんか協力するお礼だって理解していても女子からお弁当もらえるって……こう……くるな、色々と。
「よかったわね、和樹」
「おう、これでお菓子昼飯をする必要がなくなったからな」
ジト目に笑顔で答える。うん、本当に実に楽しみだ。
風呂敷を開けて、二段弁当のふたを開ける。
「おおっ……!!」
「すごっ……」
隣で優子まで驚いている。
お弁当はいかにもな手作り弁当だった。
定番のエビフライやベーコンのアスパラ巻き、それに卵焼きに加え野菜炒めまで加えられ、ご飯の上には梅干し一つ。
……勝手な想像だったが、その如何にもお嬢様的な雰囲気もあってかこんな定番な品ぞろえだと思ってなかった。
まあ、美味そうだから全然オッケーだけどな!
こうしてちゃんとしたご飯とおかずのある昼飯っていつ以来か……!!
「頂きます……!」
作った本人だけでなくなぜか全員が見守る中俺はエビフライを口に入れた。
「うっ……これは……!?」
「な、何か変だった……?」
衣は適度に薄く、エビはぷりぷり。上にかけられているタルタルソースの酸味がなんとも言えないハーモニーを奏で――
「いや、美味すぎてびっくりしただけ。マジで美味いぞ、これ!」
おおっ……下手すりゃ明久と同等かそれ以上のレベルだぞ!
――実はこの時、屋上で俺と似たように同じクラスの女子生徒お手製のエビフライを食べた性欲少年が屋上の床に突っ伏していると露知らない俺は鈴音の弁当を堪能していく。
「ほ、本当?」
「おう!」
久々にいかにも御飯らしいご飯を食べられた感動からか、かき込むようにお弁当を味わう。
――屋上では赤毛の少年が殺戮兵器を口いっぱいに押し込まれ意識を失う寸前に追い込まれていたなど、知りもせずに。
一気に弁当を半分ほどたいらげてからお茶を飲み、一服してから言う。
「いや、失礼な先入観だけど、ほら鈴川と霧島っていかにもお嬢様って感じだったから、てっきり料理なんてしてないのかと」
「まあ、気持ちは分からないこともないけどね。でも代表だって手作りよ」
「マジで?」
確かに、今霧島が食べているのはお嬢様らしからぬ、いかにも高校生らしいお弁当だった。更に驚くことにそのクオリティは鈴川同様に相当の物だと見受けられる。
「……うん」
霧島が少し恥ずかしげに頷く。
「へぇー、Aクラスの代表になるほどの勉強しながら料理の腕まで上げるなんて凄いな」
純粋にそう思う。
「……どうってことない。これも花嫁修業の一巻」
そして、次に放たれた言葉に戦慄した。
「花嫁修業っっつつ!?」
バカな!? 花嫁修業だと!?
聞き間違いか? 明久の情報では霧島は女子にしか興味がないはず……!
ま、まさか……女性とも結婚できると信じての行動? いやいや、もしかしたら俺が知らないだけで女性同士でも結婚できる国が存在するのかもしれない。
「……どうしたの、中辻?」
「何をそんなに驚いてるのよ?」
「い、いや……後でちょっと地理の勉強しようと思ってな」
主に国ごとの結婚の規定に関して。
「……アンタ日本史選択だから地理の勉強は捨てるって言ってなかったっけ?」
「男には真理探究にまい進するべき時があるんだ」
「何それ?」
Aクラス代表が百合を極めし才女か……調べなくては。主に彼女のいない男子の為に。
と、今この場でこれ以上この話題を引っ張るのは危険だ。何か別の話をしなくては。
「じゃあ、この中で弁当作ってないのは優子だけ……て、いやもしかしてお前おばさんの手伝いでもしたのか? 卵焼き手作りだろ?」
「えっ?」
優子が驚いたように声を上げる。どうしたのだろうか? 俺が分からないと思ったのだろうか?
「なんで分かったのよ?」
「ははっ、そんなの当たり前だろう」
そうだ。俺が間違えるはずがない。自信満々に笑顔で言う。
「おばさんの作った卵焼きがそんな形が不揃いな状態になる訳ないからな」
ゴスッ!
「ちょっ……!」
ヒュー! 何の躊躇いもなく脛を蹴り上げやがった! 攻撃に躊躇いがまるで感じられない!
「今のは中辻君が悪いと思うよ」
「……デリカシーに欠ける」
「失礼よね、ホント」
あれ? なぜか味方がいない
頭を抱えたくなっていると、
「優子―っ!」
「ひゃあっ!?」
隣で優子が素っ頓狂な声を上げていた。ん? どうした?
よく観察してみると、背後から別の女子生徒にお腹をこしょばされていた。
「僕もお昼一緒していいー?」
「ならそう言ってよ! なんでお腹触ってくるのよ!」
「優子のお腹触り心地いいんだよねー!」
快活に笑いながら優子の抗議を素気無くあしらっているのは緑髪のボーイッシュな少女。一人称が僕とはめずらしい。それと一年の時に全然見たことのない顔だ。
優子から離れた僕っこさんと目が合った。
「初めまして! 僕は工藤愛子。最近転校してきてからまだ友達少ないんだ。よろしくね」
なるほど、転校生なら見る機会がなかったことにも納得だ。
「同じく新学年早々遅刻したせいでAクラスに友達の少ない中辻和樹だ。よろしく」
差し出された手を握り、軽く握手する。
「転校生でAクラス入りって凄いな」
「そうでもないよ。それに得意科目の点数がよかったからさ」
「へえ……どの科目なんだ」
俺も随分と教科によって点数に偏りがある方だ。得意科目の点数が合計点を左右するとは似た者同士かもしれない。
「保健体育だよ。それも実技!」
「なるほど体育会系女子か……運動神経は悪そうにないもんな。でも……それあんまり保健体育のテストの点数と関係なくないか?」
そりゃ保健体育のテストに実技科目の暗記も含まれるが、全種目の競技をすることなどできないのでただの詰め込み作業としての暗記は必要だ。
「ううん、違うよ」
「違うって、なにが?」
「僕の得意なのはこっちのじ・つ・ぎ♪」
言いながら俺に詰め寄って来て――
「――て、ちょい待ち!?」
なんか制服のシャツのボタン外してるんだけど!? 男子が絶対に見ちゃいけないはずの布地が見えそうだぞ!?
「はあっ!? ほわいっ!? わっつ、はっぷん!?」
思わず英語を交えてしまうほど慌てながら俺は後ずさりして距離を取る。顔が赤くなってるのが分かる。
えっ? マジであっちの実技が得意だっての!? そんな経験豊富な女子高生ってどうなの!? Aクラスの秩序が乱れるぞ!? ついでに俺の理性が乱れるぞ!?
「あ、愛子! 何してるのよ!?」
「愛子ちゃん、服ちゃんとして!」
俺と同じく顔を赤くした優子と鈴川が工藤に近寄り、俺へと歩み寄っていた体を拘束してくれた。うん、本当に助かった。
「ええー、中辻君反応が面白かったのにー……」
こら、人をおもちゃみたいに扱うな。
「あ、アイツはああ見えてヘタレすぎるから全然面白くならないわよ!」
「そうだよ! 女の子おんぶするだけで精神統一しないといけないほどだしね!」
こらこら、人をヘタレだの根性無しだの随分とまあ、失礼な言い方してくれちゃって。
「二人とも、俺だって健全な男子高校生として実戦経験を積んでおくべきだと――」
「和樹、サッカーのPKをしましょう。アタシがキッカーであなたがボール。窓ガラスがゴールね」
「そういうのは大人になってからだよな!!」
優子の考案したPK練習に戦慄する。それだと俺が見事ゴールした後グラウンドに頭から突っ込む羽目になる。
さすがに三階からヘッドダイブして助かる自信はない。
「じゃあ僕がキーパーだね!」
「……私は審判」
「えっと……それなら私は……救護班?」
「本気で考えんなよ!」
なぜか全員悪ノリしてるし! しかも鈴川は地味に俺が落下して怪我すること前提の配役だ。
「ほら、さっさと昼飯食べようぜ! 工藤一人分程度の席くらい十分に空いてるしな!」
話しの流れがマズい方向に向かっていると判断し、言いながら俺は鈴川が作って来てくれた弁当を再度食べ始める。
「あれ? 中辻君、それ美咲のと同じ弁当だね?」
「ああ」
うん、やっぱり美味い。これは味わって食べることに集中しないと失礼だろう。
「もしかして中辻君が美咲の言ってた男子で唯一怖くない人?」
「ああ」
ベーコンのアスパラ巻きの塩加減も絶妙で、アスパラも苦くなく文句なしだ。
「それ美咲の手作り?」
「ああ」
米もお弁当であることを考慮して少し硬めに炊かれていて水気もなく――
「二人って付き合ってるの?」
「ああぶふぅっ!?」
「うわっ! 何するのさ!?」
盛大に噴きだした米が正面に座ろうとしていた工藤の近くまで飛んで行った。
何するのさ、だと? それは俺の台詞だろ!
「今のはどう考えても工藤が悪いだろ!」
ほら見ろ! 鈴音か顔真っ赤にして顔を俯かせて怒り心頭だろうが! 誰だっていきなり恋人疑惑かけられたら怒るに決まってるだろ!
それも男性恐怖症の鈴川の前で面倒な話題を……!
「ええー、でも同級生の女の子にお弁当作ってもらうって恋人っぽくない?」
「……確かに」
「なにあっさり認めてるのよ」
「はっ! しまった!?」
「ほら、例えば君の友人が女の子からお手製弁当貰っていたらどうする?」
「集団リンチからの撲殺、締めに校舎裏への生き埋めだな」
「それはやりすぎでしょ?」
「はっ! またしてもしまったっ!?」
つい脳内で明久や雄二がそんな幸せを掴みとっている姿を想像していたら口が勝手に!?
「……ええと、取りあえず誤解だ。鈴音が男性恐怖症克服に俺が付き合うお礼に弁当作りたいって言ってくれただけだよ」
なぜか会話が混迷を極めてきたので、俺はできるだけ平静を装って簡潔に誤解を解く。
「えー? 面白くない」
「面白くないなんて言われてもな……それに男性恐怖症の鈴音の前でそんな話題をさらっと出すなよ。」
呆れながらも俺は未だ顔を赤くしている鈴川の隣で弁当をパクリ。よく分からないが俺がここから状況を上手く片づけるのは無理な気がする。今俺が鈴川に話しかけても結果は悪くなる気しかしない。
なので、俺は無言で弁当を堪能しよう。うん。それが最良の選択だ。……きっと多分。
そんな風に平和なそれでいて少し混沌とした昼食タイムは過ぎていった。
こうして、何とも騒がしくお昼の時間は過ぎていった。