「お会計105円になりまーす! テープでよろしいでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます!」
同じ文月学園の制服を着こんだ女子高校生が差し出してきたガムにぴっとテープをはり、そのまま受け渡す。
受け取った110円をレジに流し込み、機械の下から出てきた五円玉を掴む。
「おつりの五円とレシートになります!」
笑顔で元気よく声を張り上げる。接客の基本だ。
見たことない顔だから一年生だろうか、と考えながらも商品を受け取りレジを後にするその女子生徒に「ありがとうございましたー!」と元気よく締めの一言。
「ふう……」
客がレジ前から消えたので、一息。
放課後すぐに来てからかれこれ四時間以上。接客自体はなんらしんどくないが、ずっと棒立ちなのはけっこう疲れる。首をゴキゴキと鳴らしながら店内を見渡す。
この大型スーパーは駅前であることもあり、かなり客足が多い。俺は利用したことが少なかったため、少し驚くほどだ。
今は夜の八時五十分。ピークは越えたので客足もまばらだが、先ほどまでは凄かった。長蛇の列ってのはああいうのを言うのだろう。
「和樹君、ぼーっとしてると給料差っ引かれるわよー」
なんてことを考えていた俺に後ろから声をかけられた。
「客足が途絶えた時くらい勘弁してくださいよ。それにさっきまで男性客とお喋りしていた白……花音さんが言いますか?」
苗字で言おうとするとニッコリ微笑まれたので慌てて言い直す。んー……面接のときに名前で呼びなさい、なんて言われて仕方なく呼んでいるが、正直、年上の女性を名前で呼ぶことに結構抵抗感を覚えている。
「だって私、ここにいるだけで男性客釣れるんだよ?」
「事実だから怖いですねぇ……。客が少ないからってのんびりしてくれちゃって……!」
「大丈夫よ。この後のバーのバイトだとバカな男性客がいっぱい来るから。そしたら真面目に働くわ」
「おおう……!! 逆に尊敬できちゃうほどのゲスさ……!! 是非ともバカな男性客に真実を伝えてあげたい……!!」
頭を抱える俺を見ながら、隣のレジに立つ女性は白神花音さん。
昨日の面接後、俺の指導担当者として選ばれた一応の先輩だ。
腰まで伸びるブラウンヘアーをポニーテールで結び、顔の造形はモデルも裸足で抜け出すほど。それに女性らしい体の凹凸もパーフェクト。
レジに立つだけで男性客を引き寄せるとんでも美人さんだ。
何より恐ろしいのが、彼女自身が自分のスペックを十分に理解し、笑顔を振りまき堂々と男性客を釣っていることだ。
おっとりそうな外見に反して意外と腹黒い。無論、そんなことお客様の前ではおくびにも出さないが。
大学生らしいが、このスーパーでのバイト以外にもこの後は駅前のバーでも働いているらしい。ちょとびっくりするくらいの働きぶりだ。
そして、何より不思議なのが、昨日面接後に一時間程度お喋りしただけで、これほどすんなりと俺がこの人と話せるようになっていることだ。
まあ、話すのが得意で好きな自覚はあるが、さすがに初対面の年上の女性とこれほど話せるようになるには普通は時間がかかるんだが……まあ、考えても仕方ない、か。
気の合う性格であることに問題点なんてないしな……っと、そろそろ時間だ。
「花音さん、お先失礼します。レジはこの看板立てたらいいんですよね?」
俺の今日のシフトは九時までだ。レジのやり方は最初の二時間ほど花音さんに手伝ってもらって大方理解したが、細かいことはまだ覚えていないことが多い。
『隣のレジをご利用ください』と書かれた小さな立て板を持ちながら訊ねると、
「そうよ。……ああ、でも」
そこで花音さんが言葉を切り、
「最後のお客さんたちのお相手をしてからね」
ん……? お客さん、たち?
疑問に思い花音さんから視線を外しレジ正面を向く。
……って、こいつら……。
「……いらっしゃいませ、お客様」
げんなりしながら答えた俺の眼前には、
「頑張ってるわねー、和樹」
「……ヤッホー」
「ごめんね……来ちゃった」
「遅くにごめんねー!」
昼飯を囲んでいた女性四人と、眼鏡をかけた少年一人の姿があった。
「で……何しに来たんだよ?」
場所は打って変わって駅前にある公園。
バイトを終えて店から出た俺はそのまま駅前の公園に連行された。
意味わからんが、女子力(物理)が高い優子筆頭にニッコリと笑みを浮かべられたら俺に拒否権は存在しない。
公園の椅子に座る順番は端から順に鈴川、俺、優子、霧島、工藤、そして知的メガネ君だ。
俺は優子と場所交換するべきじゃね? と思ったのだが、当の本人が大丈夫と豪語したので諦めた。
「お前ら……親睦会はどうしたんだよ?」
実は今日、Aクラスは駅前の喫茶店『ラ・ペディス』で親睦会を行っていた。
無論、全員参加が望ましかったようだが、俺は断ったのだ(自身の名誉のために言っておくが俺以外にも数人は用事で欠席だ)。
金がない、ってのが一番の理由だが、それにバイト初日から休む訳にもいかなかった。
てなことで、俺はみんな美味いクレープ食べてんだろうなー、と考えながら今日一日バイトしてたのだ。
「もう終わったわよ。みんな解散した」
「そんでわざわざ優子たちは俺のバイト姿を拝みに来た、と?」
暇にも程がある。
「それもあるんだけど……」
なんだ? その含みのある言い方?
「こっちが本命なんだよー!」
工藤が笑顔で取り出したのは……さっきスーパーで購入してたカップ麺? ご丁寧にお湯まで注いでいる。
「ここで食べるのか?」
「うん! さっきまでラ・ペディスで長い間お喋りしててねー。少し小腹が空いたんだけど、家に帰って晩御飯食べたら太っちゃいそうだから、これで我慢しようって」
天真爛漫と言う言葉がとても似合う楽しげな笑顔。
まあ、確かにもう九時過ぎなので今からしっかりと夕飯を食べればカロリーを消費せずに寝ることになるだろうが……正直、眼前の女子四名はそんなことを気にする必要があるとは思えないんだが……そこは男子と女子の違いだろう。
「まあ、それは建前で」
「建前なのかよ」
今の説明いらねえじゃねえか。俺に建前話す必要あったか?
「代表と美咲がカップ麺食べたいって言いだしたんだよねー」
「……楽しみ」
「おいしそう……」
うわぁ……どうした? 二人ともなんかとても目をキラッキラッさせてカップ麺持ってるんだが?
「んな期待するような味じゃないと思うんだが……」
「初めてだから」
「はっ? なにが?」
「えっと、その……カップラーメン食べるのが」
「はあっ!?」
隣で気恥ずかしそうに喋っていた鈴川に素っ頓狂な声を上げてしまった。
カップ麺食べるのが初めてってマジか! そんな奴がいるとは驚きだ。
「俺なんて中学時代は夕食カップ麺めぐりしてたってのに……」
多分今までの人生で食べてきたカップ麺の数は千を超えるだろう。
まったくもって自慢にならないと思う話だ。
「……外でこうやって食べるの楽しそう」
霧島まで心なしかテンションが高い。カップ麺を外で食べるなんて如何にも不良っぽい行いを楽しく感じることに疑問を感じなくもないが、やはりお嬢様にはこの手のインスタント食品が出されないのだろうか?
……うん、ないな。霧島が高級な自宅――俺の勝手なイメージだが――でカップ麺をすすっている姿は違和感しか存在しない。やはりお金持ちオーラは伊達ではない。
「なるほど。で、そっちの知的メガネ君は付き添いか?」
「久保利光だよ。よろしくね、中辻君。まあ、さすがにこの時間に女の子たちだけで動くのは危ないと思ってね」
久保利光って……確か学年次席の秀才じゃねえか。なんだ、Aクラスは成績が上位になればなるほど顔まで端正になる法則でもあるのだろうか。
まったく、それでいてこういう気配りをしてやるとは心まで清らかな奴め。
更に、男性恐怖症である鈴川のためか率先して公園の椅子の片側の端っこに座るとは……生来のジェントルマンだな、こいつは。
「その心遣いに感謝だな。駅前だから一応安全だけど、ここら辺は意外と面倒な奴もいるからな」
主に中学時代の雄二のせいで集まった奴らが蔓延っている、とは言わない方がいいのだろうな。
「っと、霧島と優子のはもう時間だろ」
公園の時計を見上げ、二人に告げる。パッケージを見ただけでどの商品が何分で完成するか当てられることを喜べば良いのやら、悲しめばいいのやら……。
ベリベリと二人がカップの蓋を外し、優子は少し慣れた手つきで、霧島は説明欄を注意深く読みながらゆっくりと、調味料を入れている。
「先に食べとけ。カップ麺は時間が経つと麺が伸びてマズいから」
「中辻君、私のは?」
「えーと、鈴川のはあと二分かか――」
と、そこで言葉に詰まる。俺はそのまま公園外に視線をこらす。
ちっ……なんでこんな日に……運悪いな、ちくしょー。狙ってねえだろうな。
折角のリッチな夕飯を台無しにしてくれやがって。
「あー……これ、みんなで食べててくれ」
俺はちゃんとバイト代からお金を払って購入したカップ麺を自分が座っていた席に置く。
「え? どうしたの中辻君?」
工藤が当然の問いかけをしてくる。
「ちょっとゴミ掃除」
俺はそれだけ告げると公園を歩いて抜け、屑片付けに向かった。
「あの子達ちょー可愛くね?」
「だよなぁ? どうする、連れに眼鏡野郎がいるみてぇだけど?」
「んなの適当にボコっときゃいいだろ」
「賛成―。んじゃさっさと行こうぜぇぇぇええぼああぁぁっつつ!?」
「「「て、テツオぉぉお!?」」」
ふむ、数は四人か。何とかなるな、こりゃ。
制服からして……駅を挟んで向かいにある高校のアホ共か。
俺は公園沿いの道路にたむろしていたヤンキーのうち、取りあえず手近にいたチンピラ野郎を殴り飛ばした。
うむ、いかんな。自分から手を出さないようにするべき――散々優子やら秀吉に喧嘩して怒られた身としては正当防衛を心掛けるべきだろう――なのだが、あの下種な目で自分の友人である彼女たちが見られていたと思ったら手が勝手に動いた。条件反射だから許してほしい。まあ、俺はこいつらを許す気などないけどな。
「て、てめえ! 何しやがる」
殴り飛ばした奴が怒鳴り散らしてくる。一撃で沈めるつもりで殴ったんだが……高校に入ってめっきり喧嘩をする機会が減ったから勘が鈍ったのだろうか?
無駄に痛い思いをしないようにという俺の気遣いを無駄にするとはいい度胸だ。
「抜かせ。お前らこそ人の連れを覗いてんじゃねえよ。殺すぞ」
実はこの公園の辺り一帯、駅からそれほど遠くはないが、人気の少ない場所なので、こうして不良共が溜まることが多い。
つっても、金のある野郎どもや名が売れているような奴なら駅前のゲーセンなどにたむろしているので、ここにいる奴らはそんなガチ不良にはビビる基本的にちょいワル風なだけの中二病バカが多いのだが――たまにこんな輩も出没する。
主な原因はこの近くに住んでいる悪鬼羅刹こと坂本雄二なのだが、今はこの場にいない奴に文句を言っても仕方ない。
その代わり、
「悪鬼羅刹に喧嘩売ってくるとはいい度胸だな」
あいつの悪名を遠慮なく使わせてもらおう。また雄二への不良共の恨みが増えるだろうが、殺しても死にそうにない野郎だ。問題あるまい。
全員が露骨にたじろぐ。
神無月中学で猛威を振るい、近くの中学を総なめしていた雄二の通り名はここら辺の不良ではとても有名だ。
『出会ったら逃げろ』と噂される程度の迫力はある。
ほら、あいつの名前にビビッて逃げろ。
幸い同中学の人間はいなかったので、俺が嘘を付いていると判断できる者はいなさそうだ。
「こいつ坂本かよ……!」
「お、おい、逃げるぞ……!」
案の定全員が腰抜かして逃げ出す。賢明な判断だ。
Aクラスに入って早々俺も騒動を起こすつもりは無い。下種な視線を浴びせていた程度ならパンチ一発で許してやろう――
『おい、お前ら何してんだよ? 俺らがコンビニから戻ってくるまでここで大人しくしとけっつったろ』
『あっ、ヤスタカ! やべえって、あいつ悪鬼羅刹だ』
『ん……? はあ、何言ってやがる。悪鬼羅刹は赤髪を逆立ててるんだぞ。あんな奴じゃねえ』
――と考えていたのに、背後からとても面倒な会話が聞こえてきた。
『えっ? じゃあ……』
『あの野郎! ホラ吹きやがった!』
『ぶち殺してやる!!』
うわぁ……Uターンしてきやがった。
数は……四人増えて八人。
さすがに一人で相手するには少し厳しい。しかし、公園で優子や鈴音たちが呑気にカップ麺を食べている以上、逃げる訳にもいかない。あんなに楽しげだった彼女たちの時間を奪うのは忍びない。幸い、中学時代に有名だったような輩の顔はなかったが、それでも数の差は圧倒的だ。こりゃ無傷で戻るのは無理そうだ。
「あー……めんどくせぇ」
制服の上着を脱ぎ、道路の脇に放り投げる。
やんのかこらぁ! しばくぞ! しねぇ! たっぷりれいさせてもらうぜぇ!
などと、叫びながら八人が俺目掛けて突撃しようとして、
「道の邪魔だ。このボケ共」
「げぶふぅう!!」
「「「や、ヤスカタあっつ!?」」」
背後からリーダーと思しきヤスタカ君が蹴り飛ばされ、俺目掛けて飛んできた。
あぶねぇ!
「取り敢えずシュート!」
「ぐはあっ!!」
一応、ボールよろしく飛んできたヤスタカ君を公園横の雑木林に蹴り込んでおく。
ヤスタカ君の姿が見えなくなって、俺は視線を前方に戻した。
しっかし、道の邪魔なんて理由で不良八人に躊躇なく喧嘩を吹っ掛ける命知らずは誰だ――
「――おう、久しぶりだな。雄二」
「あぁ? こんなとこで何やってやがる、和樹」
そこには、悪鬼羅刹張本人にして俺の悪友、坂本雄二がいた。明久から聞いた話じゃFクラス代表になったらしいこの男なら、確かに通行の邪魔なんて理由で蹴り飛ばしてもおかしくない。明久と同等のハイスペックを誇るバカだからだ。
「ゴミ掃除だ」
「ゴミ掃除を往来のど真ん中でしてんじゃねえよ。ゴミ箱の近くでやれ」
雄二の服装は制服ではなく、ジャージ。そして手にはコンビニの袋。多分、コンビニに夜食でも買いに行っていたのだろう。ついでにゴミ掃除表現に何の疑問も抱かない雄二に疑問を抱く。が、雄二にとっては最悪なタイミングかもしれないが、俺にとっては最高のタイミングだ。
「助かったぜ、悪鬼羅刹! 一緒にこいつら狩るぞ!」
わざと大声で叫ぶ。
「お、おい……赤色の髪を逆立ててるって……こいつ本物の悪鬼羅刹か!?」
「やべえぞ……」
途端、またしても不良共がおののく。悪鬼羅刹ってマジで凄いな……雄二、どんだけ中学の時にやらかしたんだ?
「おいコラ、和樹。てめぇ……本物ってどういうことだよ?」
そして、意外と頭の回転の速い悪鬼羅刹殿だ。まぁ、元々神童などと呼ばれていたらしいから当然か。
「いやー悪い、喧嘩するの面倒だったからつい先ほど名前拝借してた」
「シバくぞ! お前のせいでいらん恨み買うハメになるんだぞ!」
雄二がなぜか俺に対して殺気を飛ばしてくる。
俺は中学時代喧嘩を売られたら買っていたが、自分から他中に乗り込んで喧嘩するほどのバカでもなかったため、雄二みたく名前も広がっていなければ通り名も持っていない。
そんな俺が高校生になって喧嘩を避けるために選んだ手段はいたってシンプル。悪鬼羅刹の名前を借りて、喧嘩する前に敵を逃がしていたのだ。そのせいで身に覚えのない奴らから恨まれると雄二によく文句を言われているが、元々百人に恨まれていたのが百十人になる程度寛大な心構えで許してくれたらいいのに。
「まあ、いいじゃねえか。最近喧嘩してなくて運動不足だっただろ?
中学に比べ、雄二は随分大人しくなっている(まあ、俺も同様だが)。
きっとストレス発散の機会が減っていたはずだ。今日は思う存分暴れてもらおう。
ゴキゴキと指鳴らしながら俺が言うと、雄二も首をゴキゴキ鳴らしながら返してくる。
「てめぇみたいな野蛮人と一緒にしてんじゃねえよ。だがまあ……ゴミ掃除には賛成だな」
二人で挟むように七人の不良へと距離を詰める。一人なら厳しい人数だが、雄二がいれば……負ける気がしない。
悪鬼羅刹がやって来た時点で全員泣きそうな表情になって怯えているが、まあ今回の反省をこれからに是非とも生かしてほしい所だ。
「「死ねぇぇええ!!」」
「「「ひいいいぃぃぃいい!!??」」」
俺と雄二が叫び、不良共が悲鳴を上げた。
「いてて……一発くらっちまった」
「ハン。避けんの下手くそなんだよ」
「うっせ」
不良共が自棄になって振り回していた拳を運悪く頬に喰らってしまったせいで口の中血の味しかしねえ。隣で小馬鹿にしたように笑う雄二の顔が腹立つ。
「でも助かったぜ。一人じゃ時間かかっただろうからな」
それにこの後優子たちの元に戻ることを考えるとあまり怪我をしていると言い訳するのが苦しい。
「俺はてめぇのせいで汗かいちまっただろうが。帰ったらもう一回風呂入らねえといけねえ」
なんていがみ合いのような会話をしている俺達の背後には死屍累々となって山積みになったバカ七人。
「こいつらどうする?」
「ほっとけ。何時間かすれば目醒めるだろ」
「だな」
念のため一人の携帯を取り出しメアドを勝手に登録。七人が気絶して積み重なっている恥ずかしい写真を撮っておく。これで次なにかあれば簡単に脅せる。
ストレス発散を終えた二人揃って歩き出す。
「お前、こんな時間になんでこんな場所にいたんだよ。家こっから遠いだろ」
「Aクラスでプチ親睦会してたんだよ、そこの公園で。その時にあのバカ共見つけたから掃除しに来ただけだ」
「はあ?」
「俺がバイトでAクラスの親睦会に行けないって言ったらバイト終わってから霧島とか優子が集まってきてくれたんだよ」
「……そ、そうか」
「ん? どうした?」
「何でもねえよ」
「そうか?」
今のやり取りに返答に詰まる部分は無かった気がするが……気のせいか?
「しかし、わざわざクラスで親睦会開く辺りがAクラスだな」
「だよな。俺も去年雄二たちとツルんだ後だと違和感ありまくりだ」
「俺を同列にするな。金がないってアホなことしてたのはお前と明久じゃねえか」
仰る通り。
「Fクラスは親睦会とかしてたのか?」
「する訳ないだろ。試招戦争で忙しかったし――女子二人だけなのに親睦会なぞして楽しいと思うか?」
「まったく」
「だろ?」
じょ、女子島田と姫路の二人だけなのか……。どんだけアホな男子が揃ったクラスなんだ。興味があるが、顔をのぞかせるのも嫌になるような光景だ。Aクラスの男女比率が四対六となっていたのはそういうことか。
「まあ、一応試招戦争Dクラスへの勝利おめでとうって言っとくぜ。まあ、お前の事だからどうせ勝算ありで戦ったんだろうけどな」
「当たり前だろ」
不敵な笑みを見せる雄二。明久がやればただの小物キャラなポージングだが、こいつがやると如何にもって感じで似合っている。
「おう、応援してやるよ。――Bクラス戦まで限定、だけどな」
俺が混ぜっ返しで返すと雄二の目が鋭くなった。
「お前……どこでその話聞いた?」
ああ。しまった。明久のジャンピング土下座で黙っておくことを約束してたのに。
「昨日、明久の可憐な写真を送ったろ?」
「ゲロテスク映像の間違いだろ」
「そこは否定しない。写真撮ってて気持ち悪かったからな。……で、その時明久を誘導尋問にかけたらあっさりと白状した」
「あのボケ……!!」
雄二が隠さず舌打ちをする。ここまで露骨に怒りを露わにするとは……さてさて、雄二のAクラス打倒の理由はどんなものなのか。気になってしまうが、
「安心しろよ。誰にも言わねえからよ」
「……何でだ? お前、タダジュースとタダ飯の為にAクラスに行ったんだろ?」
「理由か? ま、明久をハメたのは卑怯だと思うし、それにお前が一体全体どんなバカなやり方で俺達を倒そうと思ってるのか知りたくてな。Aクラスの優等生として高みの見物をしようと思ってな」
俺の返答を聞いて、雄二があざ笑うような笑みを浮かべる。
「はっ、あとで後悔しても知らねえぞ?」
「冗談。負ける気なんてさらさらないぜ。雄二こそ負けた時にミカン箱施設に慣れる準備しとけよ」
二人で遠慮のないやり取りをしながら公園へ。
みんなは……よかった。特に何も問題なさそうだ。てか、食べておいてくれって頼んだはずなのに俺のカップ麺放置されているような……。あれ、絶対に十分以上時間が経っててマズいぞ。遠目でも麺が膨れ上がっているのが分かる。
「ん? お前鈴川の隣に座ってたのか?」
向こうからは見えず且つ俺達は向こうを確認できる場所に立ちながら雄二がぼそりと呟いた。
どうやら今雄二はAクラスメンバーと遭遇したくないらしい。まあ、予定とは言えAクラスに喧嘩売る気満々なのだ。事前遭遇で何かあったら面倒なのだろう。
だからきっと、雄二が漠然と怯えるような目で女子を眺めているのも俺の目の錯覚だ。
「それがどうかしたか?」
「警察呼ばなくていいか?」
自然な動きで携帯を取り出し一一0番している辺りが本気で怖い。
「はっ!? なんでだよ?」
「いや、お前が鈴川を脅迫でもしたのかと思ってな」
「そんなことする訳あるか――いや、それよりお前、鈴川の事情知ってるのか?」
「ん? あ、ああ……試招戦争絡みでちょっと調べてな」
なるほど。それなら納得だ。しかし、そんなことまで調べるとは恐れ入る。どう考えても必要ない情報だと思う。
「いらん心配だと思うけど……勝つためとはいえ鈴川の男性恐怖症を利用するなよ」
「当たり前だ。んな面白くない勝ち方するか。俺は学力だけが全てじゃないって証明するために試招戦争をしてるんだからな」
「それなら安心だ」
念のため釘を刺しておいたが、さすがに雄二でも世間一般常識程度は持ち合わせていたか。
「それより、久保までいるじゃねえか。なるほど……確かにあいつなら鈴川も大丈夫か」
さすが久保。学年次席としてしっかりマークされているらしい。きっとムッツリーニの情報で彼がAクラスの次席として相応しいジェントルマンだと――
「あいつ、明久に興味があるからな」
とんだ紳士がいたもんだ。
「はっ!? それ本気!? 嘘だよな? 頼むから嘘だと言ってくれ! ただでさえ代表は無口で女性に興味があって、他に知り合った女子生徒は男性恐怖症だったり二次元に精通していたり、体育の実技が得意とか言ってるんだ! これで唯一知り合った男子生徒がホモダチとか泣くぞ、俺!?」
「待て、和樹。お前本当にAクラスにいたんだよな?」
えっ!? 鈴川が平気なのは久保が実は男に興味があるとかそんな恐ろしい理由なの!?
「おおっ……!! そんな事実聞きたくなかった……!」
「あくまで噂だからな、もしかしたらただの男好きかもしれない」
「十分問題だろうが!」
それだと俺までターゲットにされるしな!
「ちょっと和樹。戻って来てるの?」
げっ……。大声で叫び過ぎて、優子に気付かれてしまった。
「久保が明久だけに興味があると祈ってるぜ!」
「んな物騒な捨て台詞おいていくんじゃねえ!!」
雄二がダッシュで逃走しやがった。くっそ……不吉なこと言いやがって。百害あって一利なしな会話だった……!
「何してるのよ?」
「……お、おう、悪い。ちょっと遅くなった」
「ん? 誰かと話してたんじゃないの?」
「一年の時の知り合いと偶然出会ってな。ちょっとお喋りしてただけだ。もう帰ったよ」
公園の外にいる俺向かって優子が歩み寄りながら質問を重ねる。
「そう」
興味なさげに返事して俺の顔を見て眉を顰めた。
「アンタ、その傷……」
「あぁ、ちょっとゴミ掃除してたら、な」
口元に着いた血を拭うために制服の袖を持ち上げながら苦笑する。意外と目敏くて困る。
「はあ、ここ最近は全然喧嘩してなかったのに……」
「今回はあのバカ共が悪い。ジロジロ人のクラスメイト見やがって。胸糞悪い。折角こっちは楽しく飯食ってたんだぞ」
俺が吐き捨てるように言うと、やれやれと首を振った優子がポケットからハンカチを取り出した。
「じっとしてなさい」
言いながら優子が身を乗り出してきて俺の口元をハンカチで拭い始めた。
「あー……」
……いや、助かるんだよ。自分じゃ見えないからみんなの元の戻る前に証拠隠滅してくれるのは、凄くありがたい。
しかし、
「これ滅茶苦茶距離近いんだが……」
「っつ!?」
うっかり声に出してしまっていた。
顔を赤くした優子が凄い勢いで離れる。残念だ、と少し思ったりもする。
「あっ、えっと、そのこれはアンタが喧嘩したことが美咲にバレたりして怖がられないようにって心配しただけで……!!」
なんか凄く必死に弁明している。ふー、やれやれ。
「安心しろ。ちゃんと分かってる」
まったく中学からの付き合いである友人に何を隠そうとしているのだ。
「えっ……? アンタまさか……ここで…………こ、こういうのはちゃんと場所とタイミングが……」
よく分からないことを呟いている優子に俺は胸を張って自信満々に告げた。
「男と男が殴り合うシーンに萌えたんだろ? 男と男の熱き友情ってやつ――」
視界が暗転した。
数分後、みんなの元に戻る時、俺の口元は血が付いていることなんて些細な問題だと思わせるほどパンパンに頬ごと膨れ上がっていた、とだけ明記しておく。
女の子の拳だって硬いのだと、改めて身を以って実感した。