絶対零度の空 作:鋼鉄の咆哮
元々何かを始めても続かない事が多く、今まで書き始めた4作(かな?)はいずれも停止状態です(見ていらっしゃる方、いらっしゃらないとは思いますが万一いらっしゃればすみません…)加えて最近忙しく、構想も浮かばないまま過ごしておりました。更に、今までの作品のプロットやあらすじにどうも納得いかず、考え続けていた中で、最も自信を持って、またモチベーションがある構想にしたつもりです。元々不人気を誇るうp主ではありますが、どうか生暖かい目で見てやってくださいね。
明灰白色の零戦は、明らかに海上では目立ってしまうと分かってはいた。しかし、塗り替えるつもりもなければ、機体を変えるつもりもない。
黒潮とはよく言ったものだ…と何度目か分からない思いに耽りつつ周囲を見回す。口煩く言われ続けてきたその行動は、今や条件反射のように体に染み付いていた。
"何よりもまず先に見つけろ、そうすれば勝機はある"
鴎
数年が経った今でもなお、その声は焼き付いている。数え切れないほど繰り返したその声の脳内再生を止めて、前を見据える。
3機。
どんな型式か、それどころか推進方法すら分からない敵機。普通のパイロットなら躊躇するような情報量の少なさに今では慣れきり、当たり前だと思うようになっていた。下には黒い海が広がっている。そこに突っ込む気が未だにない以上、この敵機をたたき落とすしかないことくらいは分かりきっていた。
通信機を手に取る。昔は雑音が9割のような重りでしかなかった無線機は、今では数十キロの圏内であればほぼ確実な意思疎通を可能としていた。
「こちら提督、空戦を開始する。以上」
短い通信を終えて、受話器を戻す。後1km…ロール!
世界が反転する。空が眼下に、海が上に。刹那の反転の後、機体をもう一度戻す。ヘッドオンを回避した後の下への半宙返り。敵機の後ろに付けば、零戦が負けるわけがない。
タンタンタンタンという弱いが軽やかな発射音。4発に1発の割で混ぜられている曳光弾が光の線を描いて飛ぶ。そのうちの何発かは敵機に食い込むものの、墜ちはしない。
それなら。
7.7mmの機銃で焦ったかのように旋回に入る敵機。敵機はその最期の瞬間まで、その判断が死に直結することを理解していないかのようだった。
重く、力強い発射音。20mmの大口径弾が特有の癖のある軌道で飛んで────突き刺さる。火を噴く。圧し折れる。
後ろから飛んでくる光の線で背後に付かれたことを知った。ロール、急旋回、ガンズD…自らの知り尽くした機動で避け続ける。その機動を取ることで自機の速度が落ち始め、敵との距離が近づく。先程よりも一層激しく、不規則な機動で狙いを外させる。あと5秒────
敵機は速度性能では零戦に勝っていた。しかし、それが致命傷になる。いとも簡単に零の前に押し出された敵機。その瞬間、2機目のコクピットに20mmを叩き込む。黒い煙を吹き上げて錐揉みで降下していく敵機をちらりと確認して、最後の1機に挑む。
こちらはどうやら、先程の2機よりかは経験があるようだった。旋回戦に乗るような愚行はせず、優速を生かして逃げようとする。ただ、こちらも────例によって────「一つの物しか見えていない」という典型でしかなかった。
受話器を掴みあげる。今から取ろうとする手段は明らかにアンフェアなものだったが、これは戦争であり、戦争はオリンピックではない。頭のいい同数の敵と戦うよりかは、頭の悪い少数の敵を一方的に殴りつけた方がいいのだ。
「伊勢、日向」
「なんですか?」
「なんだ」
ほぼ同時の返答に、やはり姉妹なのだとの思いを強くする。性格は似ていないように見えて、色々なところでやはり似ているのだ。
「提督だ。今飛んでいる敵機に対空射撃はできるか」
「提督を吹き飛ばしても怒らないならな」
「怒るような体が残っていれば怒ってやる、信頼していいんだな?」
「いいさ、やってやろう。いいな、伊勢?」
「ええ」
そう言っている間も敵機を睨み続ける。少しずつ離されているとはいえ、まだ3、400mの距離しかない。今もし敵機が逃げるのをやめて反転したりすれば、確実に粉々にできる距離だ。敵機もその点は承知しているに違いなかった。だからこの瞬間も、まっすぐ逃げている────その最期まで、敵機は気づかなかった。
轟音と炸裂音。2つの大音響が刹那の合奏を繰り広げる。その音が消え、ある程度の静けさが戻ってきた時────
────空を舞っているのは、零戦だけだった。
心做しか重く感じ始めた操縦桿から一瞬手を離す。雲のない空をもう一度見回す。大丈夫。雲の合間から敵が降って来ることも、後ろから機銃の弾がすっ飛んでくることもない。
「こちら提督、空戦終了」
一丁上がり…というのは喉の奥に押し込んであくまで冷静に。最初の頃は気持ちを露わにしたこともあった。熱くなったこともあった。熱くなったりするのを、見栄えがしないと止めてしまったのはいつの事だったろうか。
「帰ろう。敵影はない」
「了解です」
海上の艦からの返事六つが聞こえてくる。今回もまた、誰も失わなかった。その事に安堵しつつ、機首を戻す。ここから基地までの30分間をいつしか「退屈極まりないが気の抜けない遊覧飛行」と呼ぶようになっていた。警戒はしなければならないのに得る戦果は何も無い…そこまで考えて頭を振った。得るものは
『遊覧飛行』自体はそう難しいものでもなく、本当にきっかり30分単調に飛ぶだけだった。行きは作戦について話していた眼下の艦からも、話し声は聞こえない。今日一日を丸々潰してしまうような出撃と戦闘で疲れてしまっているのは明らかだった。
全艦が港から上がるのを確認してから、ようやく自分の仕事も終わりに近づいたのだと実感できる。エンジンを絞ってフラップを出す。三点着陸を滑走路の中間地点のやや前に決めて、キャノピーから這い出した。提督/司令官になって一番よかったことは、まっすぐ歩くのも辛くなるほどに疲れた体を司令所で伸ばして分かりきった報告をする必要がなくなったことだ────と割と真剣に思う。愛機を整備員に任せ、戦果を書き終えれば…
「提督」
若々しく瑞々しい、耳に心地よい声。この声の持ち主は一人しかいない。ノックもせずに突然呼んでくるのも、同じく一人しかいない。
「ああ」
執務室に置いてあるのは簡易ベッドにもできるソファが机を挟み向かい合って二つ。そして執務机とそれに付属した執務用椅子が一セットだが、今は硬めの執務用椅子に座る気にはなれなかった。正直に言って、このまま布団に倒れ込みたいという脳内でのデモ活動が一秒一秒活発さを増しており、それを抑えて戦果を書き留めるだけで一苦労である。
ソファーで書き物をしている自分────さぞだらけて見えるだろう────その横に人の暖かみと気配が降ってきた。
「なんだ」
「お疲れ様でした」
「ああ」
ほんの一言二言の会話。自分でも答えが素っ気ないのは分かっていた。もう答える気力はほとんど残っていない。その相手もそれを知ったか、少しだけ困ったように笑った。
「もう今日のところはお止めになっては?」
「明日も出るかも知れんからな」
「何機墜としたか書ければ十分なものなのでしょう?」
「いんや、どんな戦術か、どんな感じの機体か、どんな武装か…僕は「提督」」
「んんっ!?」
突然遮られて、自分でも自覚できる程度には変な声が出た。
「そのような事をおっしゃって、明日疲れて撃墜されてしまえばどうするのですか?」
5分の書き物による疲労の蓄積など大したことはないのだが。「5分の疲れの差で死んでしまうような僕なら今頃ここにいないよ」
「運命の5分間と誰か言っていたはずですが」
「ふむ」正直、こいつと話して勝てるとは思えない。要は向こうの言うことが正論なんだが…
「分かった。今日はこれで終わりだ」
「はい」
「シャワー浴びて寝る。明日は一応出撃は休みだ」
「分かりました。敵に労働基準法の概念があればですが」
「ないだろうな」
全く、
風呂場に行く時にちらりと見えたその姿は、バスローブだった。
あまりにも熱湯のシャワーにしてしまうと眠れなくなることは前に実証済みだったので、熱すぎず、温すぎない程々の湯加減にするのに2分を要した。まだ頭は回らないものの、これから寝るのだから必要ない。肩が酷く凝っている事に気づいたが、それもまたすぐに解れていった。
風呂場に入ってから出るまで、わずか5分。烏もびっくりの適当行水で体を洗い、風呂場から飛び出す。もちろんタオルくらいは巻いているが、1つの鎮守府の長としては褒められたことではないだろうなと思って笑みがこぼれた。そして────
やはり待っていた。バスローブに身を包んで、ベッドの縁に。至極当然のように座っているので違和感なく受け入れてしまいそうだが…
「自分の部屋では寝ないのか」
「提督と寝ます」
「そりゃまたどうして」
榛名はえ?という表情で笑った。どうしてもその笑顔からは目を離せない。
左手の薬指が微かに輝いた。「だって」
「榛名は提督の、『大事な人』ですから」
「…そうか」こいつには一生逆らえないな、そう思った。
第一話終了です。
やはりこれが一番書きやすかった(楽とかそうではなく気持ちの面で)
ですね。第二話も焦らず急いで書いていきたいと思っております、どうかよろしく!