ーー過ぎ去った春を振り返るような夏の熱気。
ーー生い茂る草木の香りが漂う空色の風。
ーー周りにいるのは偏屈だけど誠実なメリィおばさんにお調子者だけどかっこいいキリアお兄さん。
ーー隣にいるのは少し怖いけど優しいお父さんに優しいけど怒ると一番怖いお母さん。
ーーここはクレア村、質素だけど喉かな農村。
ーー今日は村祭りの日、皆が笑って楽しんでいる。
ーーーふと、眩暈がした。
そしてーー視界、暗転
ーー過ぎ去った
ーー炭化した人の蛋白質の臭いが漂う紅煉の風。
ーー周りにいるのは炎熱の余波で全身が爛れたメリィおばさんにそれを庇って身体の正面が完全に炭化しもう誰かも分からなくなったキリアお兄さん。
ーー隣にいるのは私達のためにこの元凶に突っ込んでいって四肢を溶かされたお父さんに私の盾となって毒を受けて肉体が膨れ上がったお母さん。
ーー今日は村の
ーーふと、眩暈がした。
ーーそして、揺らぐ陽炎の向こうから砂金の如き髪を持つ悪魔のような幼子が姿を現す。
ーー容貌は私より幾許か幼いほどなのに、そうとは感じさせぬ圧力に身体が屈する。
ーーアレが、目の前のアレこそが、今この場所の元凶なのか。
ーーソレは私を見つけると
ーーなんで、なんでこんな。
ーーソレはどうでも良さそうに語る。
ーーやめろ、聞きたくない、聞きたくない聞きたくないききたくききたくきたくききききききききききーーーー!!
ーーーふと、目を覚ます。灼けた夢を、見ていたようだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
その邸宅は守掌市、守掌町側の中心から少し外れた高級住宅街の片隅に存在した。
そしてその一室で、ルキアは目を覚ました。
「うう………うん、……はっ!」
「あら、起きたのね。監督役さん。」
繰空邸、客間のベッドで気絶状態から自身を取り戻したルキアに鎖姫は声を掛ける。
「………アタシはアイツにやられて、それから……地面に。」
「叩きつけられそうになったとこを助けてあげたのよ?感謝してほしいわね。」
ルキアはそのまま地面に叩きつけられ、トマトのようになっていたかもしれない自分に対しておもわず身震いをする。
しかしすぐに気を切り替え、鎖姫(さき)に対して目線を向ける。
「お前さんのお陰か、ありがとう。」
「あら、意外ね。監督役ともあろうものがこうも簡単にマスターに対してお礼を言うなんて。」
鎖姫はルキアに対してそのように怪訝そうな顔を向けるがそれに対してルキアはさも当然とばかりに答えを返した。
「お互いこんなふざけた戦いの関係者。いつ死んでもおかしくないし、それなら礼は言うべき時に言うべきさね。」
そして、軽く目を伏せると自重するように呟く。
「だって……人は簡単に死んじまうからな。」
「……そう。まぁ私は死なないから。貴女だけ気をつければいんじゃないから。」
何かを感じ取ったのか、されど鎖姫はそう気分を損ねたかのように吐き捨てる。
それを聞いたルキアは苦笑いしながら
「ハハハ、手厳しいねぇ……」
「貴女が臆病なだけじゃないの?」
「アタシは……確かにね。そうかもしれない。」
それを聞いて鎖姫はフン、と鼻を鳴らし嘲る。
「臆病者が監督役なんて、聖堂教会も落ちたものね。まあいいわ。……それじゃ、目が覚めたなら帰っていただけないかしら?教会に貸しを作るのは悪くないけど、監督役と結託して不正をしている!なんて思われたら私としては迷惑なのよ。
それに対しルキアは苦笑しつつ感心したかのように言葉を返す。
「おや、意外だな。効率のみを重視する魔術師らしく、てっきり私から貸しを盾にして余剰令呪の一つでも二つでも毟り取るかと思ってたのに。」
「バカなこと言わないでよ、そんな不正で勝ったところで自身の証明にはならないわ。私はね、私を認めさせる為にこの戦いに挑んだんだから。」
そう、内に確たる決意を感じさせる静謐な声色で返答する鎖姫に対し、ルキアは大笑いで返した。
「な、なによ!人の決意を笑うなんて貴女人間がなってないわよ!?」
「いやはははははは、悪い悪い。久々にこんな楽しいものを見れたもんでつい楽しくなっちまってさ。いやぁ、面白い。魔術師ってのはドイツもコイツもつまらん奴らばかりだと思ってたが気持ちのいい奴もいるもんだ。」
「貴女、それで謝ってるつもり?」
不快感を露わにする鎖姫に対し、ルキアはくつくつとした笑みを崩さずに言葉を紡ぐ。
「いやいや、すまんな。お詫びと言っちゃなんだが、アタシゃアンタのことが気に入ったよ。アンタがどうしょうもなく困った時に、アタシは1度だけ手を貸してやる。」
「はぁ?何勝手に決めてんのよ!それに私は監督役と手を組む気は無いって……」
そう声を荒らげる鎖姫をルキアが静止し言葉を続ける。
「おい、人の話は最後まで聞くもんさ。監督役としては手は貸さないさね、不平等だしめんどくさいしな。だから、アタシ個人。一介のシスター、ルキア・ザビーヌとして手伝えることなら1度だけ手を貸すさ。勿論監督役の特権なんかは使わないしな。」
「私としてはそれでも不満なんだけど……まぁいいわ、頼らなきゃいいだけの事だしね。」
「おうおうそーゆーことさね。それじゃ、アタシは帰らせてもらうとするかね。よっこらせっ、と。」
そう言うとルキアはベッドから起き上がり、窓から出ようとする。
「……せめて玄関から出てってくれないかしら。」
「え?だってお前ら魔術師の家って出ようとする相手を牛乳塗れにするトラップとか付けてるんだろ?アタシはそんなヤだぞ。」
「どこの魔術師よそれ……そんな心配しなくてもトラップは無いからちゃんと玄関から帰りなさいよ……」
そうしてルキアを見送った後、鎖姫の横に一人の老婆がどこからと無く、現れる。
「全く、本当に才も何も足りてないね、お前は。」
「お祖母様……!!戻っておられたのですか!?」
「ふん…自分の土地でこんな一大事だ、戻っているに決まってるだろう。それはそれとしてなんだい、情けないねぇ。宝具まで使っておきながら相手の真名の手掛かりすら掴めず、挙句恩を売れた監督役に暗示をかけることすらせず見逃すなんて、それでも繰空の名を持つ魔術師なのかい?」
そう、老婆は鎖姫を罵り嘲る。
鎖姫は悔しそうに唇を噛み締めながら、口答えをする。
「ま、まだですお祖母様!まだやられた訳ではありません!それにランサーは真名がバレたところで不利になる訳ではありません!私は、鎖姫は……この聖杯戦争に必ず勝ちます!!」
その宣誓に対しフン、と鼻で笑って見せたあと、老婆は醜く嘲笑しながら言葉を続ける。
「それなら、どんな手を使おうとも勝つ事だね。元よりお前には魔術師としての価値はまるで足りてないのだから。」
そう言うがはやいか、再び老婆の姿は消え去る。
ーーいや、消え去ったのではない。崩れ落ちたのだ。いままで老婆の
そして、それをみて自身の未熟さを再び痛感させられたのか、唇を血が出る程噛み切りながら、鎖姫はランサーに吐き捨てる。
「……この戦い、何としても勝つわよ、ランサー!」
「あぁ。だがサキよ……いや、今は何も言うまい。必ずや勝利を、我がマスターに。」
そう、再び決意を新たにしながら、2日目が始まるーーー
余談だが、某最弱のサーヴァントは留守中の優雅な屋敷に侵入して出る時に牛乳塗れにされたとかなんとか