「司令…」
叢雲は立ち上がって体を向ける。司令はゆっくりと歩み寄り、周りの現状を見た。そして五良に目を移し、口を開いた。
「君はまだこんな事をしているのかね」
「…ああ」
「一般人にここまで首を突っ込んでほしくない。これ以上続けるというのなら私も君を追い出す他ないが…」
「あのアルバイトの担当は私よ、司令にどうこうできる権利はないわ」
司令の視線を遮るように身を乗り出し、静かにそう言った。賀上は冷たそうな目でじっと叢雲を見つめ、叢雲も睨み返す。
「まあいいだろう。とりあえず、あのターゲットは私が回収させてもらう」
その時、倒れていた島風が起き上がった。
線路橋の上に、防護服を来て銃を装備した大本営に属する隊員が数人現れた。持ってきていたタンカに動かない島風を乗せ、布をかぶせると、急いで少し先に見えるヘリの中まで運んでいく。
「おいちょっと待てよオッサン、そいつを倒したのはアタシらだぜ。なんでお前が出てくんだ?」
「口の利き方に気を付けろ摩耶。総司令から直々に私が指名されたのだ、逆らえはしない」
司令はくるっと後ろを振り返り、ゆっくりと歩み去る。その後を吹雪がついていく。
停まっていたヘリコプターに隊員が乗り込むと、バババババという音を響かせながらヘリは去っていく。
五良たちはただそれを見ていることしかできなかった。
───────────────
次の日、横須賀鎮守府。
「どういうことかね、昨日の件は…」
夕方である。賀上司令がいる司令室に、昨日の島風事件の関係者である叢雲、摩耶が呼び出されていた。五良もバイトで来ているのだが、呼ばれてはおらずバイトの控室にいるようだ。
「私が説明するわ」
叢雲がそう呟いた。
「いつものように事件を聞きつけて現場に向かったら、アイツが居た…。黒い甲殻のような装飾に、あの青白い雰囲気…一目で私は深海棲艦と共通した何かを持っていることに気付いたわ。それでやっつけてみたら…」
それを聞いた賀上司令は大きく息を吐きながら椅子にもたれかかる。
「じゃあ、何かね…艦娘が深海棲艦となって姿を現した…とでも、君は言いたいのかね?」
「まだ分からないわ。現に、少し前に街を襲った鮫型の辿異種…あれも倒したと思ったら元の鮫に戻ったわ。おそらく、あれは普通の鮫が何らかの要因で深海棲艦となり、街に現れた…」
「いや、そうとしか考えられねぇだろ。ありゃ海を巡って戻って来たんだ、沈んだ艦娘がどっかで深海棲艦になったとしか考えらんねぇ、艤装の槍で有効にダメージを与えられたんだからな」
艦娘の艤装は深海棲艦に対しては見た目や計算以上の効果を発揮することができる。それは武器型の艤装も同様で、例の槍で車を破壊したりできたのも、それは島風達が深海棲艦に類するものであった証拠でもある。
「…昔は倒した
「いや、まだ断定はできないと思うわ」
「第二次硫黄島決戦…それは世界の運命を分けた作戦だった。ある艦娘が集めた情報を頼りに、硫黄島へ向かってくるDSの大軍勢をこちらも総力戦で迎え撃った。一か月以上にもわたった戦いは、多大の犠牲を払った。多くの艦娘や人員を失った…だが我が国は、いや…人類は勝利を手にしたのだ。その勝利が決定打となり、DS共の勢いは一気に衰え、やがてほぼ沈静化に至った。残るは一体ずつ現れる弱った残党のみ…それらの処理は叢雲、君に任せていたわけだが…」
「ええ…そうね」
「大戦から20年か…戻ってくるには、いい頃合いなのかもな…」
「…それで聞きたいのだけれど、あの島風はあの後どうしたの?」
叢雲は司令にそう質問した。
「実はな…彼女は今頃こちらへ向かっている」
「あ?島風がこっちに来る?」
叢雲から賀上の台詞を告げられた五良は開口一番にそう言った。
「ええ」
「大丈夫なのかよ?」
「心配ないわ、だってもう来てるし」
「は?」
思わず五良がそう声を出すと、扉がガチャンと開いた。
「ども…」
そこから現れたのは、三体のマスコットのような機械を連れた島風だった。気恥ずかしそうな様子でちょこんと立っている姿は、以前とは違い、全く普通の艦娘のようだ。
「今日からこの鎮守府に配属になったから」
「らしいぜ」
その後ろから摩耶が出て来る。
「でもよ、条件があるんだ。コイツがもしまた暴れちまわねぇように、アタシから提案したんだ」
先ほど、賀上司令の部屋で島風と対面した叢雲と摩耶。しばらく話をしてから、摩耶が切り出した。
『え?今、なんて…?』
摩耶の言葉を聞いて、島風の動きが止まった。
『だからよ、司令サン…アタシらの話聞いただろ?そんなにコイツをここへ入れたいんならな…』
そう言ってから今度は島風の方を見る。
『お前、相当車好きだろ?』
『ええ…最初はそうでもなかったけど、弄っていくうちにどんどん好きになったわ。車を自分で組んだりして走らせたら、どんなに気持ちいいのかな…』
「くく、だろうと思ったぜ」
「何がだよ、コラ」
1人で笑う摩耶を気味悪がる五良。
「運転もできねぇカスにゃ分かんねぇよ。だから…アタシが前まで世話になってた個人経営のモーター屋があるんだ。島風がまだ車触ってたいんなら、クチきいてやってもいいぜ、って言ったんだよ。そん時のコイツの喜び様ったらよ…」
「そんなんでいいのかよ?」
「いいだろーよ。コイツは満足してたしよ。な?」
「うんっ!」
島風は笑顔でそう答えたのだった。
─昔、言われたわ。アンタは速いだけで何もない、って。お前は他の言う事だけを聞いていればいいって。
でも聞いて。今、風を切るようなスピードで走る私の道は…
─満足の道。
───────────────
───────────
「見つけたぞ。そこに居たのだなァ!待てえええ、逃がさんぞ…暁ィィ!!」
………
「はっ!!?」
夜、暁は自室で目を覚ました。二段ベットの下で寝ている長月を起こしてしまったか確認するために身を乗り出すが、長月は眠ったままだ。ふと置いてある鏡を見ると、髪の毛が汗で顔にベッタリとくっついていた。
「来るわ…アイツが来る…」
翌日。
「あれ、暁ちゃん。どうしたの?」
土曜日。五良のバイトの日に合わせて、一緒に来ていた凪が廊下を歩いていると、後ろから暁が話しかけてきた。何だかそわそわしたようで、辺りを見渡している。
「お、おはよう凪…五良はどこ?」
「五良ならまだ時間じゃないから…お店の方に居ると思うよ?」
「あら、そうだったわね…」
「何、アイツに何か用?」
「そう。用があるのよ」
「初めて暁ちゃんとまともに話してみて思ったけど…」
「あ、待ちなさい。私を見て思ってはいけないことがあるわ!」
(ちっちゃくてかわいい…!)
「ああ!今ちっちゃくてかわいいって思ったでしょ!?思ったわね!」
「ごめんごめん!五良に用があるならイナミ亭って店に行きなよ、居るからさ」
「イナミ亭…分かったわ、ありがとう!」
「さてと…」
暁に礼を言われた凪は、控室に入ろうとする。
「何かあるの?もしかして…釣り?」
釣竿やクーラーボックスを背負って部屋から出てきた凪を見て暁がそう聞いた。そう言えば、今日はいつもと違った格好だったわね…。
「そ。今のカレが釣り好きだからさ。じゃ、行って来るね!」
急いで出ていった凪を見送る暁はボソッと呟いた。
「…今のカレ…?」
「五良ー!大変です!」
まだ人の少ない時間に、突然イナミ亭にやって来た金剛。いや、働く時間通りではあるのだが、かなり焦った様子である。
「あ?なんだ?」
「凄い敵が…凄いらしい敵が来マス!」
「おめー藪から棒に何言ってんだ?」
「おほん…暁が来てます。話があるそうよ」
金剛の後ろにはイナミ艦隊のメンバー、暁の姿が見えた。
「俺に、暁が?」
「五良、聞いてほしいんだけど…この前、深海棲艦になって出てきた島風を倒したんだってね。今回もそれかも知れないんだけど…」
一通り話を聞いた五良はとりあえず店は金剛に任せて横須賀鎮守府へ向かう事にした。一応叢雲に話を聞かせて見なければならないと思ったからだ。
「何ですって?夢で?」
暁から同じ話を聞いた叢雲はそう声を漏らした。
「そう言うのも無理はないわ…最近夢に出てくるのよ…物凄い勢いで私を探してる凄い奴が。数日前からヤツは夢に出てきた。最初は何かを探してるんだけど、その探し物が私だってことに気付いた。それで昨夜では私を見つけたって言ってた。何でか分からないけど私にはわかるのよ、近いうちに”ヤツ”は来る…!」
二人は顔を見合わせる。暁の仕草や怯えた表情からして嘘ではないらしい。
「しゃーねぇな…とりあえずやってみるか」
「ええ。で、ソイツはどんな奴なの?」
「えっと…いや、分からないけど、とにかく来るのよ!」
同時刻、千葉。海に沿って緑豊かな山が伸び、山の中腹当たりには白い建物が見える。
そんな海に向かう堤防の上で、二人の男女がじっと座り込んでいた。
「あ~、いいねぇ落ち着くねー釣りはさ~。私が落ち着きないからかな?」
「ははは、そうだろう!いいだろう、釣りは」
釣り糸を垂らし、凪と男がそんな会話をしている。
「撒き餌を上手く散らせるのがコツなんだ」
「うん!」
と、その時。
ドカン
「なんだ…爆発?あそこはさっき通って来た図書館じゃないか!」
指差した先では、見えていた建物が突然爆発を起こしていた。
「爆発がこっちに来る…!」
山の木々をなぎ倒しながら、爆発が徐々にこちらへ向かってくる。
「逃げよう!」
男は凪の手を掴み、安全な場所まで逃げようとする。しかし、その直後に現れたのは、背中に一門の巨大な主砲を構えた巨大な人型生物であった。
ひょっとして、五良や叢雲サンが言ってた海からやって来る艦娘…!?
形こそは巨大な人のようであり、顔には穴を空けただけの木の板を面のように被っており、筋骨隆々な肉体は所々が血に濡れている。そして特筆すべきは、その背に背負った巨大な主砲門であった。艦娘が装備する艤装のどれよりも大きく、巨大な体さえ小さく見えてしまうほどに大きい。
「おのれ、おのれ暁ィ!」
そう暁の名を大声で叫びながら、背中の主砲を動かす。
「我を騙して囮とし、一人生き延びた卑怯者の憎っくきチビめ!許さぬぞ、必ずや吹き飛ばしてやる!」
砲の先端から黒煙と炎がチリチリと上がり、その直後、まるで熱せられたように真っ赤な弾丸が放たれた。
「この我が主砲でな!!」
砲撃は着弾すると同時に凪たちが先ほどまで居た防波堤を周囲ごと粉々に吹き飛ばしてしまった。人が居なかっただけ幸いであろう。
「しし…信じらんな~~~~い!!」
「凪ちゃん、早くこっちへ!」
ギリギリ範囲外へ吹っ飛ばされていた男は、そう凪に声をかける。が、彼らに気付いた巨人は凪に目を向け、来ていたジャケットの襟を掴んだ。
「お前からは憎き暁の匂いがする!」
「えぇ!?」
「案内してもらおう!」
「そんな~~~~!!」
謎の巨人は凪を捕まえたまま、とんでもないスピードで彼方へと消えていった。
それにしても、今の大砲…。
凪は巨人が背負っている巨大な主砲を改めて見た。防波堤が有った場所を軒並吹き飛ばすなんて…。
「あ、あのーですね…私に何か御用でひょーか…?」
「お前の身体から卑怯者暁の匂いがする!ヤツと一緒だったか近くに居ただろう?」
凪はギクッとした。やばい…何だか暁ちゃんを恨んでるみたいだし、ここは知らんぷりを…。
「いや、知らない知らない!」
「そうか…まあいい!」
「あの、アナタ一体誰なの…?」
「我か?我は長門型戦艦二番艦、”陸奥”である!!」
うわやっぱり…
「お前から漂う暁の匂い…これを辿れば我はおのずと暁の居場所へたどり着くであろう!」
陸奥と名乗ったこの巨人はあの連装砲ちゃんにも引けを取らないスピードで移動している。もうすでに千葉を抜け、神奈川に入っている頃だろうか。おまけに鼻も相当効くようで、確かに凪が通って来たルートを進んでいる。
「それと、さっきから聞いてるとその暁って人を相当恨んでるみたいですケド…」
「おお、許すまいぞ、あの第四艦隊暁型駆逐艦一番艦暁め!」
何だかわからないけど、叢雲サンや五良に知らせないと…!
凪はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、叢雲の携帯番号を入力する。
「聞くがいい!あのチビが私に行った非道極まる行為を!!」
テンテテテンテン…
「あら、電話。これ凪からじゃない」
叢雲は電話に出る。
「もしもし…あら?」
「どした?」
「いや…凪ったら何もしゃべらないから…」
「イタズラかよ、ゴキゲンだな」
ゴオオオ…
「いや、聞こえるわ…空気の流れ…」
「そうさ、暁はそうやって主力の第四艦隊に入れてもらったのだ!もう顔は思い出せぬが、我が提督の情けによってな!その信頼を奴は裏切ったのだ!」
「誰が喋ってるのかしら…暁って聞こえたけど…」
「暁ってコイツじゃねーかよ」
「スピーカーにするわ」
叢雲が電話音声をスピーカーに切り替えた瞬間、低い大きな声が風の音に混じって聞こえてきた。
『その大戦は苦しいものだった…我が提督の指揮する艦隊もほぼ全て壊滅状態…』
その声を聞いた暁が、驚いた様子で耳を傾けた。
「きっと凪が何らかの理由で私たちに…」
「ああ…」
『そして、あの卑怯者は自分だけ生き残るためになにをしたと思う!?』
暁の表情が曇るのに、五良は気付いていた。
『この我を罠に嵌めたのさ。司令及び索敵部隊から伝令、南の方角から敵艦載機軍接近、第二から第四部隊の駆逐艦級は艦載機を撃ち落せ…そう我に伝えた暁は南へと向かった。しかし、艦載機が近づいていたのはこの場所だったのだ!気付いた時にはもう遅かった…当の暁は嘘の情報を述べて戦闘圏から離脱、我は蜂の巣にされた!!』
「だから我が深海の赤い水に選ばれて良かったわ!これで思う存分、暁に復讐することができるからな!!」
「それが…本当なら…」
「おう!」
「サイテーな子ね…暁って」
そんな会話が聞こえた途端、暁は目を伏せながら、チラッと叢雲の顔を伺う。叢雲は電話を睨んだきり、じっとしている。続いて五良の方を見ると、五良も神妙な顔で電話の方を見ていた。
「…ふん」
『ははははは!奴の悪行を語っているうちに、もう強い匂いの近くまで来ていたようだな!』
「!まずいわ!」
叢雲たちは急いで外に出た。走って遠くまで逃げようとするが…その瞬間、目の前に巨大な何かが落ちてきた。
駐車場のアスファルトを割り、土煙と破片が飛ぶ。
「見つけたぞ暁!!我の一撃を喰らうがいい…どんな武器よりもォ、重い!強い!!我が主砲だァ~~~!!」
「五良!」
陸奥に捕まっている凪がそう叫んだ。
次の瞬間、巨大な爆発が起こった。