ドゴォ
「な、なんなのよこれ!?」
「わかんねぇ!あのでっけぇ蟹が吐き出した泡に当たったらみんなドカーンだぜ!」
自前の車を運転していた摩耶と凪がそう叫んだ。作動したエアバックに体が埋められてしまう。車体には無数の泡のようなものが付着しており、フロントガラスからボンネットにかけてがボコボコに破壊されている。そう、前方から高圧で発射された泡の塊が直撃したのだ。
「ざっけんな、くらえ!」
「ふん!」
車の天井を破って現れた五良と叢雲が、互いに武器を手に飛び出した。目の前に居るのは、なんと巨大な蟹であった。闇夜に紛れる黒っぽい色をした車よりも大きな蟹が口元に泡を溜めている。
そして五良と叢雲が向かってきているのに気付くと、牙のある口をがぱっと開き、再び巨大な泡の柱を放った。
「うおおお~~…!」
二人に泡が直撃し、巻き込まれながら吹っ飛ばされてしまう。
「くそ…何だよ、アイツら…」
五良は蟹の背中の上に、四人の人影が立っているのが見えた。背格好は普通の少女と同じくらいだが、耳辺りまで裂けた口を開けて笑いながらこちらを見ていた。
「くそ~~!!」
泡は後ろに居た摩耶の車にもあたり、乗っていた摩耶と凪も車から放り出されて泡まみれになりながら四人ともども返り討ちに合ってしまった。
───────────────
朝方のとても静かな鎮守府。まだ建物の中は薄暗く、外から聞こえるスズメの鳴き声以外は静寂そのものであった。
その時、そこへ何者かが侵入する。重そうな装備を整備担当の部屋の前に置き、がっくりとうなだれたような様子でゆっくりと階段を上っていく。
「はぁ…」
艦娘寮の一室の前に立ち、鍵を開ける。ドアには”空母 1人”と書かれた札が貼ってある。
「よいしょっと…」
青緑色の和服のような上着を脱ぎ、部屋着のTシャツに着替える。一通り着替え終わり、今度はツインテールのように二つに結った深い青色をした髪の毛を解くと、どっとベットの上に倒れ込んだ。
彼女こそ、今まで他の鎮守府へ演習に出向いており不在であった、元々からこの横須賀鎮守府に所属していた艦娘の一人、正規空母の蒼龍だ。
元から絶対数の多くなかった空母が、先の大戦で何隻も沈んでしまったせいでさらにその数が減ってしまったゆえに多忙である。何故ならば艦載機を扱う場合の戦闘演習を行う際に必須だからだ。蒼龍も例にもれず、五良がアルバイトにやって来た数日前から今日まで引っ張りだこでいろんな場所を点々とし、やっと帰って来られたのだ。
「疲れた…」
蒼龍は寝ようとするが、疲れているはずなのに何故か目が覚めてしまって寝られない。
「こういう時は…」
ゆっくりと立ち上がると、蒼龍は再び部屋を出た。
─…昔から他の娘のなかで、自分だけ浮いているのを感じていた。他の蒼龍と比べてもだ。具体的には説明しづらいが、喜んだり悲しんだりのポイントが、どうも他の娘とズレているようなのだ。
みんなと何かを協力してなにかをするのは苦手だった。足並みを合わせることに意味を見つけられない。意味が見つけられなければ納得ができず、納得いかないことを「はい」と言えない。
だから私は他人に頑固だと言われた。ひねくれてるつもりはないのに…。飛龍はそんな私を心配したが、もうそんな悩みの無い処へいってしまった。もはやこの横須賀鎮守府だけが今の私の安息の場所だ。
蒼龍は一回の隅にある「資料室」の部屋へそっと入った。金属の棚や木製の本棚が並べられており、第二次世界大戦時の軍艦の資料、各艦娘のデータや艦隊戦の学習用のテキストの他、市販の本や漫画などの娯楽もそろえられている。
─そう、私はこの部屋が好き。普段は誰も居ないこの静かな鎮守府も好きだが、もっと静かなこの資料室は大好きだ。この静寂の中で本を読みながらお茶を飲み、ゆったりとくつろぐのが好き。
ここに居る時、私は言いようのない幸福感に包まれるのだ。
蒼龍はゆっくりと息を吸い、椅子に腰かけようとした。
…その時だった。
バァン!
資料室のドアが内側へ向けて吹っ飛んできた。
「な…」
あまりの音と衝撃に、蒼龍はびっくりして座ろうとしていた体を慌てて起こした。
「はやく探すのよ!」
「おう!蟹に関係ある艦娘4人だよな!」
「こっちにはないわ!」
「おい凪、そっちは?」
「わかんな~い、種類が多くてさ~!」
ドアと一緒に部屋に飛ぶように入って来た叢雲、五良、凪の三人。本棚にある本やファイルを全てひっくり返す勢いで片っ端から広げていく。
─なによ!この知性のカケラもない騒がしい人たち…ゆるさないわ!
「ちょっ…」
蒼龍は怒りを露わにして口を開こうとした。
「そこの女のヒト!ちょっと聞きてぇんだけどよ!」
しかし、それよりも先に五良がそう叫び、思わず蒼龍は口をつぐんでしまう。
「え…」
「なんか蟹を従えてるっていうか、オプションみてぇにくっついてた艦娘4人組っているかよ!?」
「それならば綾波型駆逐艦7番艦の”朧”がそうだと思います!四人組というと、同型艦かつ製造素体タイプも同一である曙、漣、潮が確答すると思うわ!」
五良の問いに一瞬の間も置かず早口でそう述べた蒼龍。思わず呆気にとられた五良が口を開いた。
「よ、よく知ってんな…」
「いえ…このくらい。それはそうと、何なんですかアナタたちは!?こんなに騒がしくしてドアも壊して…」
だがすぐに蒼龍は我に返り、五良たちに向けてそう怒鳴った。怒るのも無理はない…せっかくの心安らぐ休息の時間が、突然知らない連中によって崩されたのだ。
「すまないわね、蒼龍。ていうか、帰ってたの?」
「叢雲…!なんで貴方まで…」
蒼龍と叢雲はその時初めてお互いの存在を認知したようだ。二人はこの元からこの鎮守府に所属していた数少ない仲間だったのだ。次から次へと出張が続いていた天龍や龍田、蒼龍とは違い、叢雲は横須賀鎮守府近海の警備等を担当していたのだが…。
「なーに、二人とも知り合い?」
「ええ、この人は蒼龍。ずっと前からここに居る正規空母よ」
「あ…?って事は艦娘か?でも、今まで見た事ないぞ…」
「それは当然よ。アンタがバイトに入る前から出張に出かけてたんだから。ね、今日帰って来たんでしょ?」
「そうだけど…ん?バイト?バイトって何よ」
「紹介しとくわ、この男は稲見五良。私が募集した清掃員のアルバイト。それでこっちの女の子は藤廣凪、五良の友達だって」
「バ、バイトですって…?何だってそんな勝手なことを」
その話を聞くと、蒼龍は叢雲を睨みつけながらそう呟いた。
「私はしずかな鎮守府が好きだったの。それを新しい人を呼んで壊すなんて…」
凪は心の中であちゃー、と呟いた。どうやら、この蒼龍という艦娘は私たちの事を快く思っていないらしい。
「でもよ、なんでアンタはさっき聞いたことを教えてくれたんだ?」
五良はついそう聞いた。
「…それは…私を女の人って呼んだのは貴方が初めてだったから…」
「あ?何だって、声ちいせぇな」
「うるさいわね!他に何か用?」
「そのオボロ…だかって、どんな奴よ?」
「名前も教えてあげたんだから自分で調べなさいよ!」
「ワリ…今その暇がねぇんだ。急いでるんでよ…頼む」
五良はそっけなく顔の前で手を合わせた。
…私、今何かを強く…思ったわ。私、一体…
「もう、しょうがないわねぇ」
何を思ったのかしら?
╼╼╼╼╼╼╼╼╼
「ひゃっほおおおおい!!」
夕暮れの町を徘徊する巨大な蟹が、交差点のど真ん中で泡を吐いた。大型トラックを吹き飛ばし、信号機をなぎ倒す。
蟹は高らかに両腕を空へ掲げた。その蟹の背中の上で、四人の人影が声を上げている。1人は黄土色の髪をし、1人はピンク色の髪をツインテールに縛り、1人は黒髪を後ろで結び、1人は同じく黒く長い髪の毛を垂らしている。
「な、なんだ、この怪獣は…」
駆け付けた警官と消防隊は倒された車の影から様子を見ていた。
「今のは…何なんだ!」
何が起こったのか分からずに困惑する隊員たち。すると、空でヘリコプターのプロペラが回転する音が聞こえてきた。そちらへと顔を向けると、自衛隊のヘリが接近していた。
「ヘリだ、やったぞ!要請が通ってた!」
しかし、蟹の背中の上に居た朧はにやりと薄気味悪く笑った。機関銃を撃つヘリに向けて、蟹は大きな泡の柱を飛ばした。泡の一粒一粒が弾丸を包み込み無力化し、泡はヘリに直撃する。衝撃でヘリは歪み、町のどこかへ墜落していってしまう。
「だ、だめだ…!」
ヘリを破ったのを確認すると、蟹の上の四人はギロリと目を回し、残った警官と隊員を睨んだ。
「隊長、逃げてください!」
「バカ、お前を置いていけるか!」
蟹の口元に泡が溜まり、いよいよ発射の構えを取る。彼らももうダメかと目をつぶった瞬間、落ちていた発生器を何者かが拾い上げた。
「準備はいいか、ヤローども!」
五良は携帯電話に向けてそう言い放った。すると電話から摩耶と凪の「なんでテメーにそんな事言われなきゃなんねぇんだタコが」「私、ヤローじゃないよーだ」といった声が帰って来た。五良もさすがにカチンときて大声で言い返した。
「ちょっと、喧嘩してる場合じゃないでしょ!」という叢雲の一声も入ってようやくおとなしくなる。
「た、隊長…自分は夢を見ているのでしょうか…」
「心配するな…それなら俺もぐっすりだ…」
「おいおい同志よ」
蟹の上に乗っている一人がそう言った。さっきの黄土色の髪をした朧だ。
「あれあれ、おかしな奴が出てきたわ」
そう言うのは、黒髪を後ろで纏めた曙。
「私あれ知ってる。きっと私たちを倒そうとしてる人間だ」
漣がそう呟く。
「私も知ってます…せっかく楽しんでる私たちをあんな場所へ帰そうとするんだわ」
と潮がそう言った。
「え~やだよォ、艦娘に戻ったらまた私沈んじゃいますって~」
「そうですよねぇ!こうしていれば誰も死ななくていいんですもん」
「なら私たちはもう元にゃ戻らねぇ!私の蟹のイカした泡で綺麗さっぱり流してやればいいのさァ!」
「オウ!」
掛け声とともに、気を取り直したかのように蟹は再び泡を溜める構えを取る。
しかしその瞬間、周囲の建物の屋根の上に叢雲、摩耶、凪の三人が現れた。手には五良と同じく発声器が握られている。
「せえ~」
「の~!」
「こォら駆逐艦どもォ!」
「役立たずは、解体するよ!!」
五良たちが一斉に大声で放ったその言葉を聞いたとたん、朧たち四人は一気に静まり返った。顔をこわばらせ、あんぐりと大きな口を開けて絶句している。
しめた、と言わんばかりに追撃をあたえてやる。
「キスカの冷たい海に叩きこむぞ!」
朧の脳裏に、100年以上前の第二次世界大戦時の記憶がフラッシュバックする。
「
曙の脳裏にもかつての記憶がよみがえる。
「三本の魚雷がぶつかって、一瞬で消えちゃったわね!」
漣の脳裏にも…。
「他の仲間皆死んで、自分だけ取り残されたなァ!」
潮の脳裏にも、眠っていた記憶を呼び起こした。
「キイイイイやめて!」
「やめてやめて!」
「やめてえええ~~!!」
次の瞬間、四人は蟹の背中の上で深くうなだれて座り込み、淀んだ顔で下を見つめ始めた。まるで如何にも漫画にあるような、黒い渦巻きオーラがあたりを漂っているかのようである。
「マジかよ、こんな事言うだけでアイツらテンション下がってんぜ…」
「あらら、ほんとに効果あり?あの子たち引きずるタイプね~」
五良たちは蒼龍にこの四人組の大戦時のエピソードを1人ずつ教えてもらい、それをもとに心を抉るような文句を考えたのだ。
「少しやり過ぎな気もするけど…」
「思ったとーり、群れてる奴らはああいう攻撃に弱いな!」
そう言いながら、五良と叢雲の二人はまだ固まっている朧たちの元へ向かって行く。その手にはそれぞれの武器が握られており、これで彼女らも倒すことができるだろう。
「いくぜぇ…!…ッ!?」
「な…ッ!?」
いざ止めを刺そうと飛び跳ねた。
…その瞬間、二人の背後に何者かの影がふわっと現れた。シルエットは影になって見えないが、背中辺りまでの髪の毛が風で浮かんでいる。
「誰?」
「なんだ!?」
様子を見ていた摩耶と凪も思わず声を上げる。
そして五良の顔面の横スレスレを刀のような剣が通過し、振り下ろされた。
「ちょ、ちょっと待って!私たちはただ…!」
そう弁明しようとする漣の声も空しく、その首に剣が入り込んだ。次の瞬間には、剣は四人の首を同時に斬り落としていた。
さらに下に巨大な蟹すらも真っ二つに切断して見せる。
剣を持った謎の人物は地面へ着地し、剣をおさめながら言った。
「敵艦、撃破完了…」
斬られた四人はがくりとその場に崩れ落ち、落とされた首の一つが五良の目の前へと転がって来た。
「なんだ、おめぇ!」
突然の乱入者に、思わず五良は声を荒げた。
「バラバラかよ…」
「なんか…」
「残酷だな、と思った?」
その人物は五良たちの方へと向き直る。
「どうせ奴らは倒されたんだから、元の艦娘に戻って正しくなって生き返るわ。貴方がたもいつもやってたことでしょ?…あ、でも知らなかったかしら。違法艦娘と、指揮官ですものね」
「誰が違法よ!」
叢雲が前に進み出てそう言い返す。
「
「私はそんなこと聞かされてないわ!!」
「おいテメェ…」
今度は叢雲を押しやって五良がずかずかと歩み寄っていく。
「横から急に出てきてずいぶんとコシの低い挨拶してくれるよな。どーやら叢雲と同じ艦娘っぽいけどよ…」
そのまま謎の人物へぐいっと顔を近寄せ、睨みつけた。
「あんまケンキョすぎんと、シメんぞ、コラ」
「そうかい?やってみなさいよ」
その時、五良たちは気付いた。いつの間にか、彼らの周囲を複数人の自衛隊員が囲って銃を向けていた。
「ほらな、合法だとこんなサービスを受けられるのさ」
五良と叢雲は怯み、建物から降りてきた摩耶と凪は固唾を呑んでその光景を見つめている。
「落ち着いたところで紹介しましょう。私は大本営”CMS特別部”からやってきた、重雷装巡洋艦『大井』…敵であるDSに成り果てて戻って来た艦娘を追って倒して元に戻す…『チェイサー』よ」