第7話 「海を巡りて廻る者」
5月の中旬。日も大分長くなり気温も高くなってきたが、夕方になると天気が崩れやすくなる季節。
ここ、横須賀鎮守府にも、小さな変化が訪れていた。
「なぁんでテメェがここにいやがんだ…?」
「そっちこそまだこんなとこに居たのかよ…?」
廊下の一角で顔を近づけ合い、互いににらみ合う摩耶と天龍。二人を中心に険悪なオーラが漂い始める。
そう、何を隠そうこの二人、現役時代にはちょっとしたライバルだったのである。摩耶はこの横須賀鎮守府とは別の場所に所属していたが、何度か顔を合わせる事があったらしい。
「前の続きやるか?コラ」
「どっちの事だ?演習か、喧嘩か?」
「喧嘩はやめなさいよね」
その時、背後に現れた叢雲が二人の頭を後ろから押さえつける。
一方、艦娘用宿舎では。
「そりゃ、ウチは苦労したもんやで…たかが艦娘っていう理由でな、どこ行っても断られんねん」
一室では、龍驤と金剛、そして龍田がベッドに座り込み、他愛のない談笑に花を咲かせていた。
「オーウ、そりゃ災難ネ…私みたいに艦娘であるコトを隠せばよかったのにー」
「うぐう…そりゃそうなんだけど、やっぱウチだけのアイデンティティを売りにしていきたかったんや」
そう、少なくとも、以前のような静寂に支配された場所ではなくなった。完全に元に戻ったとは言えないが、人員も増え、多少は賑やかになって来た。
「そういえば龍田、アナタはなんで五良の艦隊に入らなかったんデスカー?」
ふと金剛が龍田へそう質問をした。
「私と天龍ちゃんと吹雪ちゃんは元からある賀上司令の艦隊所属なのよ~、だから掛け持ちはできないわけ。あ…あともう一人、蒼龍さんが居たかな…」
「オー、蒼龍!懐かしいネー!」
「でもまだ派遣から帰って来てないのよね~。よほど忙しいみたいで…戻ってきたらきっとびっくりするかしらね~」
「うーす、なんでぇ、お前ら集まってどうした?」
その日の夕方、学校の帰りにここまで寄った五良と凪は、いつものように控室へと足を運ぶ。真ん中に置いてある大きな机を囲むように、イナミ艦隊のメンバーと天龍と龍田が座っていた。
そしてその机の上には、出前でもとったのであろうか、大量の寿司が大きな器へ乗せられていた。
「うわ、これどーしたの?」
「私が出前で買ったのよ」
そう聞いてきた凪に対して、叢雲がそう答える。
「ま、艦隊結成祝いって感じね」
「気前良いじゃねぇか」
五良が席に着くと、皆は次々と出前の寿司を食べ始める。その様子を見て、五良も食べようかと手を伸ばす…が、その中でただ一人、じっと手に掴んだマグロを見つめている者がいた。
「アンタ…天龍、だっけ?食わねぇのか?」
「え゙…お、おぉ…食うぜ…食べる…」
しかし、天龍はその場で固まり、もう片方の手を水の注いであるコップへと預ける。
「まさかたァ思うが、テメェわさびがダメとか言わねぇよな?」
摩耶がニヤニヤした顔でそう言った。
「え~、私でももう平気なのに」
「だな」
寿司を頬張りながら、暁と長月も一緒になってそう言う。
「いや、違う…わさびがまんべんなく塗ってあって…美味そうじゃねぇか…」
ようやく意を決したのか、一気にマグロを口へと入れた。しばらく咀嚼し、一瞬だけ平気そうな顔を見せるが、すぐにその表情が険しくなり、眼には涙が浮かび始める。
「ぎゃはははは、コイツ泣いてる!!」
「う、うるひぇえ!!」
一方その頃、長野県に存在する、中央大本営本部。そこでは、近頃出現した新型深海棲艦について話し合う会議が開かれていた。そこには、横須賀鎮守府の司令官である賀上司令の姿もあった。
「賀上くん、まだ新型DSの謎は解明しないのかね?」
少し高いところにある席に座っている。総司令らしい男がそう聞いた。
それを受けた賀上司令は立ち上がり、ホワイトボードの前にまで移動する。
「ええ、今のところは『陸上でも活動可能な新型DS』とまでしか」
「すまないが、俺のところに入った新入りの補佐はまだ奴らの事情を知らなくてな…俺らにとっても復習のつもりで教えてやってくれねぇか」
1人のサングラスをかけた司令が、横に座っている若い男の肩を叩きながらそう言った。
「…そうだな、おさらいしよう。まず、深海棲艦には大きく分けて二つのタイプが存在した。1つは”通常種”と呼ばれる型で、主にイ級からネ級までのものを指す。次に”超越種”、コイツらは通常種と比べて大幅に戦闘能力や知能が高く、強力である。戦艦棲姫や飛行場姫、装甲空母鬼などがそれにあたるな。この二つのタイプは共通して”奪う”事を目的として行動を続けていた。領土を奪う、破壊した船を海の中へと奪い去る、または人や艦娘の命を奪う…。だが、新たに出現した新型DSは先述した通り陸上でも活動できるほか、報告を見るとどうやら”奪う”事が行動原理ではないらしい。ただ人を襲い、その目的は不明。この通り、従来のDSとは多くの事柄に置いて異なるという事から、我々は”異なりを辿る種”、通称”
会議室の中に少しのざわめきと、ペンで何かを書く音が響く。
…その後、会議は終了し、賀上司令は荷物をまとめて会議室を後にする。
すると、賀上の背後から何やら気さくな声が聞こえてきた。
「へいへいへい、賀上くん!」
「…総司令、どうかされましたか?」
話しかけてきたのは、先ほどの会議を仕切っていた総司令であった。先ほどの会議の様子とは打って変わり、へらへらとした陽気な態度で賀上へ歩み寄る。
「どうかしてるよねー、ようやく僕らの役目も終わりかと思いきや新型DSの登場だなんてね」
「は…仕方が有りません、敵が再び現れた以上、我々も再び戦うまでです」
「そうだな。まー、最近騒がせている辿異種…だったっけ?もしもそれ以外の新しいタイプのDSが出てきたりとかしないよね?」
「…総司令、それは…」
「あはは、冗談だよーん!」
総司令がそう言うと本当に起きかねない気がするので辞めた方が…と言いかける賀上。それに対して総司令はいつも通りのお茶らけた態度で流す。
「おい、宮島」
と、その時、二人の背後からそう声が聞こえた。
振り向くとそこに居たのは、眼帯と帽子を被った鋭い顔つき、白い迷彩柄の入った黒いマントとブーツ。そして腰には鞘に納めたサーベル…と一見すると海賊のような印象を受ける艦娘の少女だった。
「木曾ちゃん…ここではあんまり名字で呼ばないでほしいよね」
「うるさい。とりあえずこれを読め」
彼女は球磨型5番艦、重雷装巡洋艦の木曾。宮島総司令の秘書艦を務めている。
木曾に渡されたプリントを呼んだ宮本総司令は、珍しく浮かべた焦りの表情で、そのプリントを賀上に手渡した。
「…え?辿異種より新たなDSが硫黄島に!?」
同刻、硫黄島。
硫黄島は、小笠原諸島南端近くに所在する島である。ここには、陸上自衛隊が駐屯しており、浜辺に並べられた戦車隊、宙を飛ぶ戦闘ヘリの銃口は、全て海の沖を向いていた。
「ここで奴を食い止められなければ本国への侵入を許すことになる。何としてもここで奴を止めるのだ!」
隊員の一人が覗いていた双眼鏡の視界に、小さな水しぶきが現れた。しぶきはこちらへ近づいてくると同時にどんどんと大きくなる。
「今だ!
空中で待機していた戦闘ヘリ部隊が列を組んで動き出した。機関銃の銃口を移動するしぶきへ向け、ヘリの乗員は発射ボタンのハンドルへ手を掛ける。
「発射開始します!」
そして指をボタンに載せ、今にも押そうと力を込める。
が、しかし、しぶきから何か黒い塊が勢いよく飛び出し、ヘリに激突した。ヘリは何か鋭いモノで穴をあけられたように損傷し、その傷が見る間に増えた。
その最初の一機が操縦不安定になりよろめく間に、他の戦闘ヘリも同じようにボコボコに穴をあけられていた。
「な、何だと…!」
砂浜近くの林に張られているテントの中で、様子を見ていた隊長がそう呟いた。目の前で4機ものヘリが一瞬で墜落させられたのだ。
その間にヘリを堕とした黒い塊は再びしぶきと合流し、しぶきは浜目がけて勢いを増す。
「第二攻撃隊、構え!」
その命令に従い、砂浜に並んでいた戦車が主砲を動かし、しぶきに照準を合わせる。そして一斉に標的へ向けて発砲した。
弾は正確に飛んでいき、しぶきの中に入ると同時に爆発を起こす。
ドガァン
「ぐ…!」
「グアアアアアアアアア!!」
しかし、戦車の攻撃をものともせずに浜辺に上陸したのは、黒い怪物であった。大きな歯の並んだ黒く巨大な頭部に強靭な方と腕を持ち、尻尾は鞭のように長い。
黒い怪物はその巨体に見合わぬとんでもないスピードで走り出し、戦車をその剛腕で踏みつけた。戦車の装甲は耐え切れずに潰され、怪物はそのまま次の戦車へ襲い掛かる。
しかし、テントからその様子を怖れながら見ていた隊員たちは気付いた。その怪物の頭の後ろに、誰かが乗っていることに。それは車を運転するかのようにゆったりと座っており、長い金髪と黒いリボンが爆風で揺れている。
「あれは…何なのだ?」
その誰かは消えるように怪物の頭の後ろから飛び出すと、隊員のテントを上から蹴り壊してしまった。圧倒的なスピードで、隊員たちが何が何だか理解できないまま、周囲は荒らされ、人間は皆蹴り飛ばされて宙を舞った。
「こ、これは辿異種ではない…あれではまるで…」
砂を真っ赤に染める血の上に横たわる隊員が目線を上にあげる。
黒と白の縞模様のニーハイに、黒と白の短いスカートとセーラー服、釣りあがった目は充血している。
「遅すぎるわ、陸の人たち。そう思うでしょ?連装砲ちゃん…」
その人物は連装砲ちゃんと呼ばれた黒い怪物の上に乗ると、再び目にもとまらぬスピードで駆けだした。
「私が海だけじゃなく陸の上でも早いって事、人間どもに教えてやれないかしら?」
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「さすがだな、摩耶さん!!」
その日の夜。山の峠道を二台の車が走り抜ける。その周りにはレースを観戦する人たちが多く集まっており、涼しげな夜であるはずなのに熱気に包まれていた。
「こうやって走っているとつくづく思う…アタシは根っから、走るのが好きなんだなってよ。海の上を滑るように走るのも良かったが、バイクや四輪に乗って”走らせる”ほうが性に合ってる。ダウンヒルに命を懸け、最速のタイムを出し相手をバックミラーの彼方に消し去ってやるために攻撃的に走る…そうやってっと、あのバカ野郎どもの事なんざ忘れられる…」
カーブを曲がるところでわずかに相手の車の前に出て、そのままインカーブを占拠する。
「恐怖はある。車と自分を壊す恐怖だ。だがそれよりも、その恐怖に負けて車のポテンシャルを引き出せねぇままクソ面白くもねぇ走りになっちまう方が怖えぇ。だがそうはならねぇ…どんな奴が来てもアタシは…ぶっちぎるだけ!!」
カーブが終わった瞬間、既に摩耶の車は相手よりも3台分も前に出ていた。そのままスピードを上げ、どんどん差を開かせていく。摩耶の勝利は確定したも同然だろう。
「へへへ、やったぜ。ようやく気分が乗って来た…」
ドドッ ドドッ
「…?何の音だ、だんだん近づいてくる」
その時、摩耶はかすかに地面を叩くような音を聞いた。
「今の奴が追いついてきたのか?イヤ…シルエットが変だ…トラックか?」
バックミラーを確認する。ヘッドライトの位置が寄り過ぎているし、車体がやたら上下に揺れている。
「まあいいぜ…どんな車が来ても。あそこのカーブはキツイぜぇ…ガードレールを喰らいやがれ!得体の知れねぇクル…イヤ、車じゃねぇ!?」
次の瞬間、摩耶の車の真横に現れたその不思議な走行物の正体を見て、眼を見開いた。日本の腕を動かしてドタドタと猛スピードで走る、巨大な深海棲艦であった。摩耶も現役時代に一度は闘った事のある、鬼・姫クラスと行動を共にしている巨大なタイプだ。
「なんで深海棲艦が…!今度の都市伝説の語り部、アタシか~!?」
そこでふと、摩耶は巨大な怪物の背に一人の女が立ってこちらを見下ろしていることに気付く。
「くそっ…逃げるぜ!」
摩耶は一気に車の速度を上げ、怪物を追い越した。
しかし、女は走る怪物を見ながら顎で前を指す。するとそれに呼応するかのように怪物はさらに走るスピードを上げていく。
結果、怪物は再び摩耶を追い越し、その前足を高く振り上げた。
「そ、そんな…四百馬力が…負けるなんて…」
「意外と遅いわね、人間の車」
怪物は車の前に腕を叩きつける。アスファルトが砕けて隆起し、それに引っ掛かった車は大きく空中へ跳ね上がった。
女は素早く蹴りを繰り出し、車を思いきり足で貫いて見せた。足はギリギリ摩耶の顔の横をかすめる。
「な、なんだっつーんだよ~~~!!」
車は横転し、そのまま炎を上げた。
「大変だ、摩耶サンが事故ったってよ!」
「救急車…!」
「相手は誰だ?」
「今ここ通るってよ!」
観戦に来ていた若者がそう騒いでいると、ゆったりと走る怪物が彼らの目の前を通り過ぎていった。
「な、なんだありゃ…」
「あ、アタシ知ってる…見たことある…上に乗ってた女の人…艦娘の島風っていうのに似てた…」
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ジリリリリ ジリリリリ
一方、次の日。叢雲が横須賀鎮守府内の自室でくつろいでいると、急に電話が鳴った。ここへ電話をよこすのは私的に叢雲に用がある人だけだ。
はて、と思いながら叢雲は受話器を取る。
「はい?」
「叢雲ですか?妙高です、助けてください!」
お久しぶりです、モンハンとかモンハンとかしててかなり遅れました…。
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