「妙高ですって?アンタ、何だってこんな時にこの電話に…」
突如、自分の元へかかって来た一通の電話は、かつてこの鎮守府に所属していた重巡洋艦の艦娘、妙高であった。妙高はえらくつっぱ迫った様子で叢雲へ呼びかける。
「いいから急な用です…敵です、深海棲艦と思わしき敵が高速道路に出て…加勢を頼みます、今の私一人ではとても…」
「ちょっ…高速道路ですって!?」
ブツッ
その時、電話はバキッという音と共に途切れてしまった。
「ああもう、しょうがないわね!」
叢雲は壁に立てかけてある槍と、金色のドリルを持って部屋を飛び出した。
同刻、街へと向かう高速道路上。猛スピードで道路を駆ける深海棲艦の背中にしがみ付きながら、二つの影が睨み合っていた。
「いいから急な用です…敵です、深海棲艦と思わしき敵が高速道路に出て…加勢を頼みます、今の私一人ではとても…」
妙高がそう携帯電話に向かって喋った瞬間、彼女の顔の横スレスレに素早い蹴りが飛んだ。蹴りは携帯電話にかすり、その衝撃だけで電話の画面にひびが入り、画面が暗転した。
「劣る車体を技術でカバー、敵をバックミラーの彼方に消し去ってこそのレース…その最中に電話をするなんて、失礼だとは思わないのかしら?」
「くっ…!」
「もっと楽しみましょうよ」
「どの島風かは知りませんが…どうしてそんな姿でここに…!?」
妙高は島風に対してそう問いかけた。すると島風は何でもないような顔で返す。
「そんなの知らないわよ、海にでも聞いてよねぇ。とにかく今はとってもいい気持ち…」
島風が顔の前にかかげた手の平から赤い水が滲み出した。
「だから、それを邪魔しないでくれないかしら!」
再び、妙高へ向かって蹴りを仕掛けた。この揺れる怪物の背中の上、足場の不自由、そして何より妙高は艦娘を引退し普通の生活を送るようになってからかなりの時間が経っている。身体の動きも鈍っていれば、今まで培ってきた戦闘の勘も発揮することができない。さらに敵は圧倒的な格闘能力を誇っている。
妙高は間一髪で攻撃を避け、怪物の上を転がる。自身の周囲を目にも見えない速さで出される蹴りが通り抜け、的確に胸を狙ってきた最後の一撃を間一髪でかわす。だが途中で踵を返し、背中の棘を蹴って前へと飛び出した。そのまま島風の足元から攻撃を仕掛け、相手の蹴りを待った。
案の定蹴りを繰り出した島風のもう片足を取り、地面へと投げ伏せ、その首に手をかけた。
「やるわね…!」
島風は少しかすれた声でそう呟いた。
「これでもね…」
手をかけた首を絞めながら持ち上げ、キャメルクラッチの要領で固定する。そのまま踏ん張り、力任せに島風をこの怪物の背の上から投げ飛ばそうと仕掛ける。
…コイツを街へ入れてはいけない…!だからこの高速道路の上で止める…この怪物の上から落とさなければ…
「いける!」
首を脇で挟み、さらに締め上げる。カハッ、と喘ぎ声を上げる島風。
しかし、突然妙高の真上から大きな腕が覆いかぶさり、彼女を押しつぶすように叩きつけた。
「ぐは…っ!?」
「カアアァァァア…!」
島風と妙高を乗せて走っていた怪物が突然腕を振り上げ、自身の背中に振り下ろしたのだ。しかもそれは島風を救うべく、妙高へと向けられての攻撃であった。
怪物の腕はそのまま妙高を掴み、持ち上げる。
「そろそろ街に付くわ!街には色んな速いモノがあるのよ…車や新幹線はもちろん、飛行機だっていけるんだから」
いよいよ島風の行く手に高速道路の終わりと、街が見えてきた。彼女らは街へ行ったあと、手当たり次第に車や新幹線などに「スピード勝負」なるものを勝手に仕掛け、挙句に破壊してしまうだろう。
「間に合わなか…った…」
怪物は妙高を掴んだまま、片腕と尻尾を駆使してスピードを落とすことなく走り、料金所を突破する。そしていよいよ、街へと向かうのだった。
「そこまでよ!!」
「なに…!」
しかし、怪物の片腕の前に何かが突き刺さり、怪物はそれに躓いて体勢を崩す。しかしすぐに立ち直りつつその場でアスファルトを大きく削りながら止まり、前方へ立ちふさがる敵へ顔を向けた。
「どうしたの連装砲ちゃん…まさか止まるなんて…そんなにアイツを警戒してるの?」
島風は怪物の耳元でそう囁く。
「叢雲!!」
そこに立っていたのは、叢雲であった。先ほど怪物の前へ刺さったものは彼女が武器としている銀色の槍だったのだ。叢雲はまず敵を見て、顔をしかめた。
「辿異種…!?それにしては…」
「これは辿異種ではありません…さらに新種…。いえ、この者は島風です!」
目の前の敵に狼狽える叢雲に、妙高はそう説明した。
「何ですって?」
「私にもわかりません、自分でもそうだという素振りを見せました…コイツが島風だとすれば、一体なぜこんな姿でこんな場所に居るのか…」
「…まあいいわ、これ以上暴れられる前に倒す!もちろん、貴方も助けてね」
叢雲は残った金色のドリルの槍を向け、島風へ向けて跳びかかった。
「言ってくれるわね、でかい駆逐艦!私たちの速さ、思い知らせてあげるわ!」
島風が怪物に顎で指示を出す。すると妙高を掴んでいる腕を振り上げ、叢雲に殴りかかった。ギリギリで槍を拳に突き刺し、回避すると同時に腕を蹴り、先ほど投げた槍を回収すると再び敵へと向かって行く。
一方、その街の一角では、イナミ亭のラーメンの出前を届けた帰りの五良と凪が歩いていた。
「これで終わったな。ていうかなんでお前はいっつもついてくるんだ?」
「いいじゃなーい、あそこの女の子と話すの好きなんだもん」
「へぇへぇ、そうかよ…」
そう他愛のない会話をしていると、数台のパトカーが道を通っていった。
「ねぇ、何か今日パトカー多くない?」
「確かにな…なんか事件でもあったのか?」
「事件と言えば…」
ドォン
その時、向かいの交差点の奥から大きな音が聞こえた。人々が困惑の声を上げ、その場を離れたり、逆に音のした方へと走っていく。
「まさか…五良、行くよ!」
「ちょ、おい…」
自分よりも先に走り出した凪を見て、五良も走り出す。
二人が交差点を曲がると、そこでは驚くべき戦いが繰り広げられていた。
「せ、世紀末かよ…!」
車の通らなくなった広い道路上で暴れまわる怪物と、その背に乗った背の高い女。それらと槍を持って戦う叢雲。
しかし、叢雲は敵の攻撃こそうまく捌いていてはいるが、どうもその攻撃の手に加減が加えられているように見受けられる。
「どうしたの、叢雲さん…」
「アレを見ろ」
五良が指差した先を見る凪。
「あ…!女の人が掴まれてる…もしかしてあの人を気遣って攻めきれないでいるの?」
「それだけじゃねぇ…周りの人間にも気使ってやがる…」
後ろに群がっている見物人たちを後ろ眼で見ながら呟いた。
「叢雲…私の事はいい…はやく…!」
妙高はそう呼びかけながらもう一度手から離れようと力を込めた。しかし、怪物の怪力を到底振りほどくことはできない。
「うるさいわね…!」
確かに、周りの人間とあの手の中に妙高が居なければ私はもっと上手く立ち回ることができるだろう…。だけど下のデカブツを倒しても、上の島風がいる…アレは私一人でどうにかできるとは…!
その瞬間、島風の蹴りの一発が叢雲の腕に当たった。思わず手に持っていた金色の槍を落としてしまう。
「そろそろ飽きたわ、死んでちょうだい!」
島風の指示に従い、怪物は鞭のように長く先端に棘の付いた尻尾をサソリのように持ち上げた。そして叢雲に狙いを定めて素早く突き放つ。
「くっ…!」
「オラア!」
その時、横から五良が飛び出した。拳を振り上げ、怪物の顔面を殴りつける。硬い装甲を貫通し、怪物は舌を出しながら横へとよろめいた。
「何よ、アナタ!?」
「うるせぇ、テメェがここでドタドタやるから…やかましくて我慢できねぇや!」
「五良!」
五良はもう一度怪物へ向けて飛びかかる。
「あら、コイツが心配じゃないの!?」
怪物は握った妙高を五良の前にかざした。
「!」
そして動きの止まった五良の顔面を、島風が蹴り抜けた。
「何をしている…の…そこの貴方…と叢雲…」
倒れた五良と叢雲に向けて妙高が呟く。
「大衆を救いたいのなら、艦娘ならば…少数の命の犠牲はしょうがないとしなさい…そのために勝って生きなさい!」
「あはは、この人もこう言ってるわ!人間の命など気にせずにクールに私を撃破ってね。
「自分から街中に入って人間を人質にして、何を言うんだか…」
「うるさいわよ、アナタ!」
島風は怪物と共にジャンプし、円を描くように走りながら腕を広げ、観衆ごと巻き込んでの攻撃を仕掛けようとする。
「アイツ、一般人を故意に…!」
「きゃああああ!」
それは近くで見ていた凪にも及ぼうとしていた。逃げようとするが、正直他の人も含めて間に合いそうもない。
しかし、凪はその時に見てしまった。怪物に捕まっている妙高が、じっと地面を睨みつけながら腕を構えているのを。
「え、あのひと…何するつもり?」
次の瞬間、妙高は渾身の力を込めて道路に向かって腕を伸ばした。腕はアスファルトを貫通し、基層にまで到達する。すると怪物の腕と侵攻は止まり、思わずガクンと引っ張られる。
「邪魔をしないでよ、この死にぞこない!!」
「叢雲、今ですよ!!」
態勢を立て直した叢雲が飛び出し、怪物の上に乗っている島風に飛びかかる。槍を振るい、島風の蹴りとの無数の打ち合いを繰り広げた。
怪物は妙高から手を離そうとするが、今度は妙高が足で怪物の指を挟んで離さない。怪物は唸り声を上げながらもう片腕で妙高を殴り、無理やりにでも引き剥がそうとする。
メギ ボギ
妙高の身体から硬い物が折れる音と砕ける音が聞こえ、ついには腕がちぎれ、胴体も真っ二つになってしまう。
五良に駆け寄った凪の前に、妙高の上半身がドサッと落下してくる。
「あ…あ…」
しかし、不思議な事に血は出ていない。いや…多くの血が流れ出ているがそれがすべて一瞬にして固まっている。よく見れば、妙高の傷口は黒く硬化し、まるで鉄か石のようだ。
「何をしてるの、二人とも…貴方たちがただの人間だというのなら、早くお逃げなさい…」
そう言う妙高の顔には大きなひびが入っていく。
「ああ…逃げてぇなぁ…」
五良が妙高を抱きかかえながら言った。
「正直、意味わかんねぇよ…何なんだよアイツはよ、それにアンタも何だ?なんでそんなになってんだ?クレイジーだぜ、狂ってるぜ!…だけど、アンタは一般人を助けようとした」
妙高はじっと五良の顔を見つめ返す。
「最初にアンタが言ったように、艦娘ってのが多くを救うためなら少数の犠牲を何とも思わないってんなら、俺は指一本動かさねぇ。だけど俺は知ってんだ、あの叢雲は一人も犠牲を出さないために戦ってる…アンタだって一般人を守るために、あんなことしたんだろ?」
「どうしたの、でかい駆逐艦…そんなんじゃ私を倒せなくってよ!」
「くっ…!」
「とどめよ!大穴開けてやるわ!」
島風は叢雲へと向けて鋭い蹴りを放つ。叢雲も焦りの表情を浮かべる。
ガキン
「…貴方は…」
「面白い喧嘩、させてくれるじゃんか…!」
五良は金色の槍を拾い、それで島風の一撃を受け止めた。
「ふん、そんな力で…」
しかし、五良の力では押し負けそうになる。が、突然槍のドリルが回転し、島風の脚をはじき返した。
「な…艦娘の武器を使いこなすなんて。…まあいいわ、そろそろ夜になる。私にはレースの予定があるんでね」
島風は怪物の上に飛び乗ると、怪物は咆哮を響かせながら走り出し、街の彼方へと消えていった。
「おい、待て…!」
「だめよ、追いつけないわ」
叢雲が起き上がりながらそう言った。
「でもよ…」
「負けることも大事よ、次に勝つために」
「…そういえば、さっきの人…!」
五良が先ほどの妙高の方を振り向きながらそちらへ駆け寄る。それに叢雲もついていく。
凪に抱えられている妙高は、既に大部分が黒く変色し硬化していた。
「おい…どうして…」
「どうすればいいの…この人死んじゃうよ…!」
「いいのです」
「妙高…」
「叢雲…あの島風が何者なのか、分かる術はありませんが…先ほど接触して見て分かりました…奴は深海棲艦の匂いがした。追って…倒しなさい…深海棲艦を倒すのが艦娘の使命ならば…」
凪の腕の中で、妙高の身体は崩れ落ち、粉々になった。腕の中と地面には、黒い鉄屑のようなものだけが残っていた。
「叢雲…こりゃ一体…」
「艦娘は生命活動を停止すると、肉体が硬化して金属化しやがて砕ける。これは艦娘の記憶の大半を占めている軍艦時代の記憶が関係してるの。ま…艦娘は死ぬと軍艦時代と同じ鉄の塊になる、と覚えればいいわ。ちなみに海上で浮力を持っているはずの艦娘が轟沈するのは、鉄化することで体密度と重さが一気に増えるからよ」
「そ、そうだったのか…。にしてよ、これは…ひどすぎるぜ」
「…気持ちは分かるわ」
叢雲は妙高の砕けた亡骸の一部を拾った。
「で、どうするんだ?」
「そうねぇ、奴を追おうにも、あのスピードをどうにかできるとは…」
「ああ、同じぐらいのスピードで走らなきゃ何ともならねぇぞ。今日みたいに戦ってくれるとは限らんしな」
五良と叢雲がそう言いながら悩んでいると、凪が後ろから声をかけた。
「わ、私…さっきニュースで見たの。峠で事故起こした少女Mって子。それってひょっとしたら…」
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「てめぇええ、稲見ィ何しに来やがった~~!?」
「いいからオメェをコテンパンにした奴がどこに出るのか教えな、摩耶!」
「イヤだね!」