「続報です。関東地方のあちこちで奇妙な車両が目撃されている事件ですが…おさらいいたしますと、最初の事件は三日前の深夜なんですね?」
「そうなのですが、どうやら大本営が硫黄島で一度例の車両を目撃しているとの噂が立っています。大本営総司令の宮本氏は依然として黙秘しており…」
「神奈川県の山で走行中だった自動車が最初に襲われたんです。運転していたのは少女Mさんでした。彼女は改造した高性能の車両を…」
「驚いたことに、その高性能のカスタムカーを抜いたのは熊を模した外見だったそうで…」
「ははは、信じられないですね~。目撃者が酔っていたんじゃないでしょうか?」
ガシャアン
「酒なんざ飲んでねぇよ!」
テレビに向かって目覚まし時計を投げつけた。画面が割れ、ガラスが少し飛び散る。
ここは横須賀鎮守府内の病棟内。その一室では、先日の事件で怪我を負った摩耶がいた。
「あの後の奴の動きは!?」
摩耶は同室に居た暴走族の仲間にそう大声で尋ねた。
「それがもう次から次へと…有名な奴らを四・五台潰した後、千葉の暴走族相手にしてから…」
「今は…さっき葉山町で暴れたらしいっす!」
「…節操ねぇな…。じゃあ今日あたり仲木戸に来そうだな」
そう言いながら摩耶は立ち上がろうとする。
「あの、マヤさんどこに…?」
「このアタシがやられたままになってる訳ねぇだろ!アタシはヤツに走りでケリをつける!」
「ちょ、マヤさん無茶ですって、大けがしてるんすよ!」
「オイお前らも止めろ!」
「ええい、離しやがれ!」
摩耶と仲間が揉めていると、突然病室の戸が勢いよく開け放たれた。
「なーんだ、やっぱり少女Mってお前かよ…摩耶」
「稲見ィ、テメェ何しに来やがった~!?」
「おめぇをコテンパンにした奴がどこに来るのか教えな!」
「イヤだね!!」
その次の瞬間、五良は摩耶の腹を殴り、首を掴んで床に倒す。
「ちょ、アンタやり過ぎ…」
叢雲がそう呟いた。
「摩耶さん!」
「なにすんだコルァ!」
倒れた摩耶を見て、仲間たちが一斉に五良に襲い掛かる。が、五良は一人を蹴り飛ばし、その首を掴んで振り回して他の仲間を吹っ飛ばす。
「オラ、早く教えろよ」
「クソが、病人に何しやがる…」
「そんなガタイして何言ってやがる。こいつらグローブにしてもっと殴ってやろうか?ほらよォ、アッパ~~~~!!」
「ひいいいいい仲木戸線~~~!」
すると、一人がそう口を開いた。
「仲木戸線近くの埠頭に今夜来るんじゃねーかって…」
「これからマヤさんも行くって~~」
「摩耶、ほんとか?」
「ちっ、根性のねぇ奴らだ…言っちまいやがった」
「よし、意外と早く手がかりつかめたな。行こうぜ」
五良は手がかりが掴めたとなるとすぐに部屋から出ていこうとする。その五良を後ろから睨みつけながら摩耶が言った。
「テメェこそアイツに何の用があるってんだよ?ありゃ深海棲艦の一種だろ?人間のお前がよ…」
「ワリィが、もうアイツの所為で死人が出たのを目の前で見ちまった。俺だって奴をぶちのめす権利はあるだろ?」
「待ちやがれ五良ォ!ざけんじゃねぇ、最初にやられたのはアタシだぜ…ヤツはアタシが走りで負かしてやるんだ…」
「病人はおとなしく寝てるんだな」
「じゃ、せめてアタシを連れてけぇ!あの女、信じらんねぇ蹴りを出すぜ…お前じゃ勝てねぇ!」
「叢雲」
五良がそう言うと、叢雲は金色の槍を五良へ渡した。五良がそれを肩に乗せるように構えると、先端部のドリルが回転し始める。それを見た摩耶は思わず言葉を失った。
「心配すんな、コイツでぶっちめる。いいか、テメェは寝てな…じゃねぇとぶっ殺すぜ」
「バ、バカヤロォ、じゃああのスピードはどうすんだ?アイツはダウンヒル中のアタシの車を追い抜いたんだぞ!武器は持ってっかもしれねぇが、”足”はどうする!?ヤツに追いつく”足”はあるのかよ!?あのバカ速いクレイジーな深海棲艦にどうやって追いつくんだよボケェ!アタシは車持ってるぞ、お前は車も免許もねぇだろうが…ちくしょ~~~、アタシを連れて行け~!!」
摩耶は立つこともできず、静まり返った病室でただ虚しい声を上げるのであった。
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「は…ははは…夢か?夢だな…オレのこの車、物凄い金かけてチューニングしたんだぞ…それがなんでゼロヨンでバケモンにやられてんだよ!いや、バケモンだからか!?」
約400メートルの直線区間を競うレース…その会場に突然と現れた島風。彼女はいとも簡単に怪物で車を追い越すと、宙へ飛び跳ねる。
「うわ!」
そして一発の蹴りで車を切り裂き、車はフェンスに激突してしまう。
「あははははは!なーんて気持ちがいいのかしら!皆遅い、遅すぎるわ…ようし、今晩はもっとレースするわよ。でも、あの人たちじゃビビって話にならないわ」
島風は車から降りて腰を抜かしている他のレーサーを見下ろしながら言った。
「誰かバトルの相手、いないかしら?」
パパーッ…
「あら、元気のいい子が挑戦してきたみたいだわ」
「摩耶、テメー運転シクじんじゃねぇぞ!」
「るせー、テメーこそ奴に蹴り飛ばされんなよ!」
「二人とも!ちゃんと前見て、見えたわ!」
あの後、結局摩耶に運転を任せることとなった五良と叢雲。摩耶が引っ張り出してきた一番のスピードを持つ車で勝負を挑むことにした。
「分かってるって、この車で追いついたらバケモンの上に飛び移って叩きのめす!ヘマすんなよ五良ォ!!」
叢雲は窓を開けると車の上に飛び乗り、再び島風と対峙した。
「島風。アンタの所為でみんなが迷惑してる…実際、死人も出てる。私たちにも事情があってね、アンタに話を聞きたいの。アンタが何者なのか、とかね。だからおとなしくしてくれる気はないかしら?」
「ふーん、さっきのデカい駆逐艦じゃない。そうねぇ、私の答えは…やぁーよ」
「行くぜぇ!」
次の瞬間、車の天井をドリルの槍で貫いた五良が姿を現した。もう一本の槍を持った叢雲と共に島風に攻撃を仕掛ける。
「ア、アタシの車になんてことしやがるーっ!?」
島風の蹴りはドリルにはじき返され、全く傷一つ付けることができない。そこで島風はハッと気が付いたように言った。
「私の蹴りでも壊せない…まさかその金色のドリルを持ってたって事は、”伝説の駆逐艦”叢雲…!?」
「そう呼ばれていたこともあるわ」
「なんでその男に使わせてるのかは知らないけど…じゃ…本気を出さないとね」
「その前にこのバケモン止めやがれ!」
「あらァ、レースはレースで楽しみましょうよ。私の連装砲ちゃんの前にアナタのお仲間のランサーエボリューションが出られたら、私の負けよ。止まってあげるわ」
「摩耶、聞いたか?」
「あぁ?聞こえねーよ!」
「このバケモンの前にお前の車が出られたら勝ちだってよ!」
「あー?」
「だから車がバケモンを抜かせば──」
「聞こえねーって!」
「ちょっとタンマ!」
五良はそう言うと連装砲ちゃんの背中から飛び、摩耶の車の中へ戻った。摩耶と五良はしばらく言い争ったのち、お互いの顔を殴った。
「すまん、やるぜ」
「話は付いたの?」
「ああ、行くぜ!」
島風と五良たちは再び連装砲ちゃんの背中の上で戦いを繰り広げる。
それと同時に、摩耶の車は徐々に怪物を追い抜こうとしていた。
「コーナーだ!」
目の前に現れたカーブを見て摩耶がそう叫ぶ。その瞬間、連装砲ちゃんもインコースを確保しようと摩耶の車に近寄り、その身体をぶつけた。ギャリギャリと音を立てながらボディから火花が散るが、両者ともに譲らない。
「なかなかやるわね…!」
叢雲の一撃に吹っ飛ばされた島風が言った。
「五良、私たちの方が押してるわ。このまま一気に…!…五良?」
叢雲が五良の方を見ると、五良は眉間にしわを寄せ、真っ青な顔でずっと押し黙っている。
「ここだ!」
一方、いよいよコーナーに差し掛かった摩耶。ここが腕の見せ所だ…連装砲ちゃんとガードレールとの間にできたわずかな隙間に車のフロントをすべり込ませ、押し返されそうになる車体を何とかインへ押し込んだ。
「やった、追い抜い…」
「~~~~~~~~~~!!」
「ちょっと五良、アンタどうして…」
摩耶が勝ちを確信し、怪物が大きな歯を剥き出したその瞬間。五良は口を押さえて下を向いた。
「…!隙有り!!」
島風はにやりと笑うと前かがみになっている五良の背後へ忍び寄り、五良と叢雲を背後から蹴り飛ばす。二人は車の上に落ち、運転していた摩耶の上に覆いかぶさった。
「な、テメー…何のつもりだ!?」
「うっ…」
「マサカ…おいオメェ…マサカ酔ってんのか?まさか、おいちょっと頼むぜやめろよオイ、ちょっ…」
オエエエエエエエ
キュルキュルキュル… ドカン
車は急にフラフラしだし、ガードレールに激突してしまった。
「何だったのかしら?アイツら…」
島風、そして連装砲ちゃんですら首をかしげる始末。
もともと酔いやすい五良が車よりも大きく揺れる怪物の背中の上で動き回った所為だ。
「車酔いするマヌケ!ソイツに付き添うマヌケな艦娘!そのマヌケを乗せるマヌケはドライバー!みんな私のスピードの敵では無かったわ!」
「ゲホ、イテテ…摩耶、生きてっか?」
「バカヤロウ、テメェの所為で島風逃がしちまったじゃねぇか…」
島風は移ろいゆく景色の中、ただ一つだけ変わらずに一面に広がる海を眺めていた。
─…海、海か。真っ赤な海の水が海底に沈みゆく私を救った。そして私は長い年月の果てにスピードを求めて、この国に戻って来た。
スピード。スピード。初めて出会ったのはいつだろう。艦娘として初めて感情を持ち、仲間と共に海に出た日。私が普通に進むだけで、他の皆は後れをとる。
「なんて速いの。風が気持ちいい…ずっと走っていたい…」
軍艦だったころには感じもしなかった、体を吹き抜ける風、汗を吹き飛ばす風…。ああ、でも他の子はこれを感じることができないのね。
遅い人たちはこの素晴らしい感覚を味わえないのね。だからすごくないの、エラくないの、馬鹿にしてもいいの。
「蹴散らしてもいいの。だって遅いのだもの」
その同時刻の五良たち。
「アタシがレースに勝ってたのにテメーが車酔いで負けるとは何事よ死ねボケカス」的な摩耶の台詞。
「あれで酔わねぇ人間が居るかよ、しゃーねーだろクソ女」的な五良の台詞。
あそこに倒れてるのは二人を止めようとして突き飛ばされた叢雲。
「おうそうかい、ならやめっちまやいいだろうが!あの女とのレースはアタシがやらァ。最初っからテメェはいらねぇんだ!」
「うるせぇ!」
五良は摩耶の車に乗り込み、ハンドルを握った。
「どうするつもりだ?」
「奴を追うんだよ」
「運転もできねーのにか?攻撃は誰がすんだよ」
「…ゴキゲンだな…」
「マジでどーすんだよ?なァ、やっぱこいつはいらねぇだろ、叢雲…!」
摩耶がそう言いながら振り向くと、叢雲は五良に「出なさい」、と言った。五良はそれに従ってしぶしぶ降りた。すると今度は叢雲が車に乗り込んでハンドルを握った。
「私がやる」
「アンタに出来るのか?」
「私が”伝説の駆逐艦”て呼ばれてる所以の一つが、どんな道具でも性能を100%以上引き出して使いこなせるってことなのよ…ふん!」
叢雲はそう言うと、金色のドリルの槍を持ち、それをハンドルの下あたりに突き刺した。ドリルは表面を破壊して内部にまでいってしまう。
「ギャー!テメ、アタシの車に…!!」
「見てなさい…」
さらに突き刺さった槍の持ち手を握ると、ドリルはわずかに回転し、さらに奥へと刺さった。その瞬間、破損した箇所がほのかに青色に光ったではないか。
「何したんだ?」
「ちょっと弄らせてもらったわよ。これで無理やり車の性能を上げたの。さぁ乗って!」
二人は慌てて車に乗り込んだ。
「私が運転するから、摩耶と五良でアイツを叩いて!いいわね!」
「ああ!」
叢雲はハンドルを握ると、思い切りアクセルを踏んだ。突然タイヤが凄い勢いで音を立てながら回転し、今までとは比べ物にならないスピードで走り出した。
「すげぇ加速だ…!」
「オイ、これじゃまた酔っちまうぜ!」
「黙ってなさい!」
海岸沿いにかけられた鉄道橋を走る新幹線。
「ふふ、もうメール打てるようになったんだな。もう小5だもんな、時が経つのは早いなぁ」
1人の仕事帰りのサラリーマンが、座席に座りながら娘から届いたメールを覗いていた。新幹線の中には他にも仕事帰りの人や学校帰りの学生が多くいる。
「もうすぐ帰るよ…っと。これでよし」
メールを返し、携帯電話を閉じる。
「ん…?」
と、その時、窓の外に何かが居るのが見えた。他の乗客もちらちら気付いているようで、少しざわめきが起こる。
「な…馬鹿な…!熊…?いや…」
新幹線と並行して走る、黒い怪物。その上に立っている島風が窓からのぞく人々の顔を見渡した。
「新幹線よ、私に勝てる?勝てないのだったらやっぱり…アナタも壊してあげるわ!」
怪物は一声吠えると走るスピードを上げ、ついに時速300km近い新幹線を追い抜いた。島風は勝ち誇るように新幹線を見下ろす。
「ふん、また私の勝ちね」
島風が身をかがめた次の瞬間、勢いよく宙へ飛び跳ねた。そして足を振り上げ、空中で回転しながら新幹線目がけて強力な蹴りを叩きこもうとする。
「きゃあああああ!」
ごめん…パパは、帰れそうもない…
ギャリィ
しかし、次の瞬間、宙を飛んできた摩耶の車が島風と新幹線との間に間に割り込んだ。そしてその車から飛び出した五良が、島風の蹴りに向けてパンチを繰り出した。激しい火花と衝撃が起こり、両者は反発して吹き飛びお互いの乗り物へと着地する。
「へぇー、アナタなの!マシンのモデルチェンジをして来たって訳ね」
その隙に新幹線は無事にこの場を潜り抜け、既にはるか先へと向かっていた。
「ああ、まだテメェの言うレースってのは終わっちゃいねぇからな!これからだぜ…摩耶、叢雲!」
「うるっせぇ、分かってる!!」