遊戯王 INNOCENCE - Si Vis Pacem Para Bellum -   作:箱庭の猫

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 『選抜デュエル大会』編──開始!!



第2章 選抜デュエル大会編 - Battle Field -
TURN - 20 Commencement of Convention !!


 

 規則的なアラーム音が熟睡していたボクの意識を叩き起こす。

 えーっと、どこ行ったボクの端末。直前まで夢見心地だった頭を働かせてモゾモゾと腕を動かし、部屋中に鳴り響く無機質な音の発信源を探索する。確か枕元のこの辺に……あ、あった。

 

 携帯端末を掴んで画面に表示されているアイコンをタップすると、ようやく目覚まし音がピタリと停止した。寝ぼけ(まなこ)で時間を見てみれば、ちょうど朝の7時。おはよう世界。

 

 カーテンの隙間からは爽やかな日の光が差し込んでいる。今日も良い天気みたいだ。

 上体を起こして、あくびを一つ。寝起きは良い方なので、すぐに布団から出てベッドを降りる。

 

 頭を掻きながら洗面所に向かう途中で、壁に掛けてあるカレンダーが目に入った。

 今日より前の日付には、全て黒の油性ペンで×(バツ)印が書き込まれている。そして()()の日付の欄には、同じ黒字で大きく、『選抜試験スタート!』と記入してあり、丸で囲んであった。

 

 そう。今日という日はボクにとって……いや、ボク達デュエルアカデミア・ジャルダン校の高等部の生徒全員にとって、一年間の中で最も重要な一大イベント──

 

 

 

 『選抜デュエル大会』の開催日、その初日なんだ。

 

 

 

「…………いよいよ始まるんだね」

 

 

 

 中途で転入して高等部2年からジャルダン校に通い始めたボクは、今年が初参戦となる。

 どんな景色が観れるんだろう。今からワクワクが止まらないよ。

 

 さっ、身支度を済ませましょうか。顔を洗って歯を磨いて服を着替えて、それから……寝癖を直して、ワックスを付けて髪型もバッチリOK!

 適当な朝ごはんを食べた後、ボクはハンガーに掛けておいた黒いジャケットを手に取り、白いワイシャツの上から重ね着した。

 

 夏が過ぎ去って、今の季節は秋。衣替えで再びこの制服を着る時季がやって来た。同色のスラックスや青色のネクタイと合わさって、シックな装いが気に入っている。

 

 最後にボクのトレードマークである、フレームが赤色の()()メガネを掛ける。これで身だしなみは整った。

 

 

 

「よし」

 

 

 

 デッキを腰のベルトに着けた革製のケースに仕舞い、デュエルディスクの入った鞄を肩に担いで登校の準備は完了。玄関で靴を履く。

 

 

 

「それじゃあ、行こっか」

 

 

 

 扉を開いて外に出れば、空は雲ひとつない抜けるような秋晴れだ。涼しい風が肌を撫で、癖っ毛な銀髪を揺らすのを感じながら、ボクは意気揚々と学園への一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──同時刻。

 

 シャワーを浴び終えた黒雲(くろくも) (アマ)()は、バスルームを出て裸身にタオルを巻いた。

 

 

 

「ふう……」

 

(ついに始まるのね……)

 

 

 

 セツナと同じく、アマネもこの日をずっと待ち焦がれていた。

 

 ──『選抜デュエル大会』、その当日を。

 

 結果次第ではアカデミア卒業後にプロ入りの道も確約される。生徒一人一人の、未来の決闘者(デュエリスト)としての人生を左右する、意義深い祭典だ。

 

 誰もがこの伝統ある大会で成果を出し、夢を掴むべく、日々決闘(デュエル)の腕を磨いてきた。勿論(もちろん)それは、アマネも例外ではない。

 

 

 

(去年は『十傑(じっけつ)』に負けて結果を出せなかったけど、今年こそは……!)

 

 

 

 彼女の脳裏に思い起こされるのは、昨年度の同大会で味わった、敗北の記憶。

 たゆまぬ努力で『ランク』を上げて中等部から高等部に進学し、念願の選抜試験への初出場を果たしたアマネだったが、格上の相手に惜しくも敗戦。あえなく予選で脱落した。

 

 筆舌に尽くしがたい悔しさだった。一時は才能の差に打ちのめされるも、しかしそこで折れる事なく、彼女は改めて精進を重ねた。

 

 そして一年後。アマネは遂に、最強のデッキを完成させたのだ。

 

 

 

「……このデッキがあれば、私は誰にも負けない」

 

 

 

 その言葉には、試行錯誤の末に組み上げた自分のデッキに対する厚い信頼と、確固たる自負が込められていた。

 

 待望していたセツナとの、本気の決闘(デュエル)にも心を躍らせながら、アマネが濡れた髪をドライヤーで乾かそうと、洗面化粧台の鏡の前に立った時──

 

 彼女の背後から突然、()()()の腕が伸びてきた。

 

 

 

「アマネた~~~~~ん!!」

 

「ッッッッッ!?!?」

 

 

 

 アマネに背中から抱きついた、ピンク色の髪を短めに切り揃えた少女の名は、()(づき) マキノ。アマネの同級生にして、親友(?)である。

 

 

 

「マママママキちゃん!? なんで居んのよ!?」

 

「ん~~~お風呂上がりのアマネたんは、いつにも増して良い匂い」

 

「人の話を聞い……あっ……!」

 

 

 

 アマネが虚を突かれて動揺している隙に、マキノはアマネが身体に巻いていたバスタオルを取り払い床に落とした。

 一糸まとわぬ、生まれたままの姿を晒したアマネの裸体を、マキノの両手が好き放題に這い回る。

 

 

 

「ハァハァ、アマネたんハァハァ」

 

「やっ、ちょ……やめ……! あ、んんっ……!」

 

 

 

 豊満な胸を鷲掴みにし、張りと弾力に満ちた柔らかな美乳を揉みしだく。そうかと思えば空いた片手は、くびれのある腰からスラリとした美脚の太腿(ふともも)までを、扇情的な手つきで(あい)()する。

 瑞々(みずみず)しく美しい肢体に十指を滑らせ、時に食い込ませ、その健康的な白い美肌の触り心地を思う存分に堪能する。

 

 

 

「おやおやぁ? おっぱいが最近また大きくなったのでは?」

 

「そ、んなことっ……あん……!」

 

「はぁ~……このボン・キュッ・ボンなボディライン……ふつくしい……」

 

 

 

 恍惚の表情を見せるマキノの魔の手から逃れようと、(なまめ)かしく身体をくねらせるアマネ。だが与えられる刺激によって彼女の頬は紅潮しており、振りほどこうにも上手く力が入らない。

 

 このままではマズイ──。アマネは(とろ)けかけた意識を、気力で覚醒させた。

 

 

 

「こっ、の……っ! セクハラッ!!」

 

「どひゃーっ!?」

 

 

 

 マキノが叩きのめされて、床に仰向けに臥せる。目を回して大人しくなったのを確認すると、アマネは丸出しの胸を腕で隠しながら、乱された呼吸を整えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、どうやって入ってきたのよ」

 

「えっ? そりゃあ針金で……愛の力だよ!!」

 

「今なんか物騒な単語が聞こえた気が……」

 

 

 

 不法侵入と猥褻(わいせつ)行為の詫びとして、マキノはアマネの両手の爪に、黒と赤のマニキュアを塗っていた。

 

 アマネは制服姿で()()に座って足を組み、マキノに爪を染めさせている。端から見れば女王様と、それに仕える侍女の様な構図であった。

 

 手際よくネイルケアを施しながら、マキノは言った。

 

 

 

「いよいよ始まるね」

 

「……そうね」

 

「アマネたんの新しいデッキがどんなのか、見るのが楽しみだよ」

 

「悪いけど、マキちゃんにだって負ける気ないから」

 

「あたしだって負けてやるつもりなんかないんだからね~?」

 

 

 

 二人は学園において、共に『ランク・B』の決闘者(デュエリスト)。中等部で知り合って以来の気が置けない仲であり、ずっと競い合ってきた好敵手(ライバル)でもある。(ゆえ)に戦う時は、お互い全力で勝ちに行く。アマネとマキノは顔を見合わせ、同時に笑みを浮かべた。

 

 

 

「はい出来たよ~!」

 

「ん。ありがとね」

 

 

 

 全ての爪に塗られたマニキュアが乾くのを待ってから、アマネは赤色のメッシュが入った長い黒髪を手で軽く(なび)かせた。

 

 

 

「行こう、マキちゃん」

 

「はぁーい!」

 

 

 

 平和な一悶着こそあったが、すでに気持ちは大会本番に向けて切り替わっていた。二人の美少女は学園へと歩を進める。片や妖しく光る赤い瞳に、片や可愛らしい桃色の瞳に、静かな闘志を秘めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園に到着したボクは、校門を通り抜けて敷地内を悠然と歩いていた。

 

 やっぱり今日から選抜試験がスタートするとあって、周りの空気がいつもとどこか違う。なんて言うか……ピリピリしてる?

 

 

 

「邪魔だコラ!」

 

「きゃ!」

 

 

 

 前方を歩く数人の男子生徒の内の一人が、通りすがりの女の子を突き飛ばした。乱暴だなぁ、女の子は大切に扱わなきゃ。

 

 男子生徒達は全員、制服の色が黒だったから高等部の生徒らしい。

 一方、突き飛ばされた女の子は青色のブレザーを着てたから、中等部の生徒みたいだ。夏服よりも見分けがつきやすいね。

 

 

 

「中等部のガキんちょ共は退()いてた方がいいぜ!」

 

「今日、この学園は戦場と化すんだからよ!」

 

 

 

 戦場とは穏やかじゃないなー。まぁでも実際、それくらいの激戦は繰り広げられそうだ。

 

 

 

()()はない?」

 

 

 

 へたり込む女の子に右手を伸ばす。なんか前にもこんな事あったな。

 

 

 

「あ、ありが……っ!?」

 

 

 

 ボクの手を握った途端に女の子は目を見開いてボクを見た。この反応……もしかして、また『九頭竜くんに勝った転入生』うんぬん言われるのかな?

 

 

 

「あっ! あぁぁあのっ! 総角(アゲマキ)さん、ですよね!?」

 

「う、うん。そうだけど?」

 

「キャーッ!! 私、総角さんのファンなんです! サ、サイン貰っても良いですか!?」

 

「ファン!? えぇっ! サイン!?」

 

 

 

 突然の申し出にビックリして思考が追いつかない。ボクが困惑している間に、女の子はいつの間にやら色紙とペンをボクに差し出していた。

 

 

 

「お、おぉお願いしましゅ!」

 

 

 

 よっぽどテンパっているのか語尾を噛んでしまい、頭から煙が出るほど赤面する女の子。羞恥で腕をプルプルと震わせながらも、ボクが色紙を受け取るのをジッと待っている。

 

 ……これだけ健気に求められたら、応えないわけにはいかないね。

 

 

 

「うん……いいよ。貸して」

 

 

 

 ペンと色紙を借りると、女の子の表情は花が咲いた様に明るくなった。

 

 サインかぁ……まさか自分が書くなんて、考えた事もなかったな。

 どんな風に書こうかな? 普通にフルネームを漢字で書いても良いけど、画数が多いからなんかゴチャゴチャしそうだな……。ここはシンプルに、下の名前だけカタカナで『セツナ』って走り書きしちゃおうか。ボクの名前のイメージにも合うだろうし。

 

 そうと決まれば──ちょちょいのちょい!

 

 

 

「はい。これで良いかな? サインなんて初めて書くから、上手く書けてるか分からないけど」

 

「ふおおおおぉ……っ! 感激です! 感謝感激雨ありゃれでござんまするっ!!」

 

 

 

 うん。軽く日本語おかしくなってるけど、気に入ってもらえたみたいで良かった。

 

 

 

「あばばばっ、あとあと! 握手もしてもらえましぇんか!?」

 

「喜んで」

 

 

 

 ボクは快諾して、女の子と固い握手を交わす。さっき立ち上がらせる時にも手を掴んだから、実はこれで二度目だ。

 

 

 

(はわわ……大きい手……! 私、憧れの総角さんと、本当に握手してる!!)

 

「あっ……ありがとうございます総角さん!!」

 

「あははっ、別にセツナって呼んでくれて良いんだよ?」

 

「いっ、いいんですかっ!? で、でも私……ランク・Dだし……総角さんみたいな強い人にそんな馴れ馴れしいこと……」

 

「ランクなんて関係ないよ。じゃあ、ボクが呼んでほしいって言ったらダメ? ねぇ……セツナって、呼んで?」

 

「~~~~~っ!!」

 

 

 

 小首を(かし)げてウィンクしながら、そう言ってみた。ちょっとあざとかったかな?

 

 

 

「せ……せせっ、セツナさん!! 大会がんばってください応援してます!! ホントーにありがとうございましたぁぁぁぁぁっ!!」

 

「あ、ちょ……!」

 

 

 

 ボクがサインを書いた色紙を抱き締めながら、女の子は校舎に向かって全力疾走していった。心配してたけど、あの様子ならもう大丈夫そうだね。

 

 

 

(それにしても、ボクにファン、かぁ……)

 

 

 

 これが噂に聞く、モテ期ってヤツ?

 

 

 

「……あははは、いや~参っちゃうなぁもう~、あはははっ」

 

「何デレデレしてんのよ」

 

「セツナくんモテモテだね~」

 

 

 

 後ろから声をかけられて振り向くと、アマネとマキちゃんが仲良く並んで歩いてきていた。

 

 

 

「あっ、おはよう二人共。聞いてよ、さっきボクのファンだって子にサインをお願いされちゃってさ」

 

「後ろで見てたわよ、一部始終。それは良いけど、そんな緊張感のない顔してて大丈夫?」

 

「え? 何が?」

 

「……周り見てみなさいよ。セツナならもう気づいてるでしょ?」

 

「……うん」

 

 

 

 言われるがまま、周囲に目を走らせる。()()に着いた時から感じていた物々しい空気が、さらに重くなったのを察知した。特に高等部の他の生徒達は、皆一様に目をギラつかせて剣呑な雰囲気を醸し出している。

 

 

 

「さっきから決闘者(デュエリスト)特有の殺気みたいなのを感じるね」

 

「選抜試験は一度負けたらそこで終わりの勝ち抜き戦。ここにいる全員がライバルなのよ」

 

「セツナくんだけだよ~? そんなゆるーい顔してるの」

 

「えぇ~、そうかな? でも、マキちゃんも結構ユルくない?」

 

「あたしは朝イチでエネルギーを補給してきたから充電満タンだよ~!」

 

「?」

 

「…………」

 

 

 

 いつもながら元気なマキちゃんの後ろで、何やら気まずそうに視線を逸らすアマネ。若干、頬が赤くなってるのは気のせい?

 

 

 

「と、とにかく! セツナも今から気を引き締めておかないと足(すく)われるわよ! 私が倒す前に負けたら承知しないからね!」

 

「あははっ。分かってるよ、でも……」

 

 

 

 ボクは眼前に(そび)え立つ、外国の城をモデルにして設立されたかの様な、荘厳な校舎を見上げる。

 間もなくここで、プロリーグにも比肩する最大規模の決闘(デュエル)の大会が行われるんだ。

 

 思わず身震いする。ガラにもなく、ボクも燃えてきたみたいだ。

 

 

 

「──せっかくやるなら、楽しまなくちゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり慣れ親しんだ教室に入ると、クラスメートの皆が普段と変わらず談笑していた。だけどやっぱり今日は目の色が違う。皆この大会で勝ち上がる為に、今まで頑張ってきたんだもんね。

 

 

 

「おっす総角!」

 

「おはよう、コータ」

 

 

 

 黄色い短髪の男子が挨拶をしてくれた。彼は川陽(せんよう) (こう)()くんと言って、快活な性格で何かと気が合う良い友達だ。愛称はコータ。ちなみにランクは『C』。

 付け加えると、夏にボクがアマネを自宅に呼んだ件について、真っ先に食いついてきた、例の彼である。

 

 

 

「へへっ、いよいよだな。もしお前と当たったら絶対に勝つからな!」

 

「ボクだって負けないよ!」

 

 

 

 それから数分後、担任の先生からの指示で、クラス全員が教室を出て移動する事に。

 

 行き先は、大会の『本選』の舞台となる会場──『センター・アリーナ』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おぉ~っ、スッゴい広い。しかも超満員だね」

 

 

 

 場内を一望して見たまんまの感想を口にする。

 

 『センター・アリーナ』は学園1の占有面積を誇り、ジャルダン校の象徴とも言われている()()()()だ。内部の中央には広大な決闘(デュエル)ステージが設置してあり、その四方を階段状の観客席が囲んでいる。もし本選に進出したら、あんなところで決闘(デュエル)するのか……緊張しそう~。

 すでに会場の中は見渡す限り人、人、人……。溢れんばかりの先客で埋め尽くされ大賑わいとなっていた。きっとここに某大佐が居たら、「人がゴミのようだ!」と叫んでいた事だろう。この全てが高等部の生徒で、選抜試験の参加者なのか。

 

 自分のクラスが割り振られた座席の一つに座る。ここは2階席なんだけど、上には3階席と4階席もある。本選の日は高等部だけじゃなく、中等部の生徒達や一般の観戦客、それにマスコミも大勢この会場に押しかけるんだろう。

 

 

 

(開会式は9時からだから……もうすぐか)

 

 

 

 気分はライブが開演するのを今か今かと待ちわびる客だ。自然とソワソワしてくる。

 

 体感時間の長い数分間を経て……ついに、その時は訪れた。

 

 

 

『──これより、開会式を行います』

 

 

 

 予定時刻ピッタリに、アリーナ全域に届いた短いアナウンス。次いで場内が緩やかに消灯されて、暗闇と静寂が空間を支配する。

 

 

 

『校長より式辞を頂戴いたします』

 

 

 

 会場が僅かにざわついた。

 

 校長──。(おおやけ)の場に姿を現す事は滅多になく、こういう大きな式典でなければ顔も見れないという、謎多き学園の(おさ)

 ボクも実は、まだ一度も会っていない。一体どんな人なんだろう?

 

 中央のステージがスポットライトで照らし出された。

 

 いくつもの光が降り注ぐ中に、人が一人だけ立っていた。天井の大画面モニターに、そのご尊顔が高画質で映される。

 

 第一印象を一言で言ってしまえば──お(ばあ)ちゃんだった。

 白い髪は綺麗にセットされており、年相応に、ほうれい線がくっきりと浮かんでいて、ふくよかな顔立ちをしている。けれども、老いてなお目元は凛々しさを失っておらず、若い頃は相当な美人であった事が窺える。

 正直こう……ツルツル頭で(ヒゲ)を生やしたおじさんとかを勝手にイメージしてたけど、年齢しか当たってなかった。

 

 近くの席から何人かの女の子が「綺麗……」とか「ステキ……」とか呟くのが聞こえた。肌もツヤツヤで若々しいし、たぶん女性にとっては理想の年の取り方なのかも知れない。男のボクが言うのも変だけど。

 

 

 

『……未来ある若き決闘者(デュエリスト)の皆さん、おはようございます。校長の(たか)()(どう) (よう)()です』

 

 

 

 慈愛に満ちた優しげな笑みを絶やさないまま、自己紹介する校長先生。……ん? ()()()

 

 

 

「ねぇアマネ。今あの人、(たか)()(どう)って……」

 

「あっ、知らなかったの? 校長は高御堂 (エイ)()先生の妻よ」

 

「ええっ!? そうなの!?」

 

「しーっ! 声でかい!」

 

「あ、ごめん」

 

 

 

 驚いた。まさか校長と高御堂先生が夫妻だったとは。

 

 

 

『さて……今年度の大会参加者は報告によれば、512名』

 

「ごっ……!?」

 

 

 

 うっかりまた声が出そうになった。でも皆も少なからずどよめいてるからセーフセーフ。

 

 

 

『ですが、本選へと勝ち上がり、このセンター・アリーナの輝かしき舞台に立つ事を許される決闘者(デュエリスト)は──最大16名のみ』

 

「……!」

 

 

 

 つまり……496人が予選で敗退(リタイア)するわけか。これは思った以上に熾烈を極める、厳しい闘いになりそうだね。

 

 

 

『そして……その中のたった一人だけが、〝優勝〟という名の栄光を掴む事が出来るのです』

 

 

 

 校長先生のスピーチが進むにつれて、生徒達のざわめきが徐々に大きくなっていく。完全に焚き付けに来てるなこの人。

 

 

 

『我が学園が今や、プロリーグへの登竜門と言われているのは皆さんもご存じの通り。あなた達の決闘(デュエル)には、プロの世界も注目しています。これは大会であると同時に、世界があなたの実力を審査する()()でもあるということ、努々(ゆめゆめ)お忘れなく。ジャルダンの生徒としての自覚と誇りを持って、素晴らしい決闘(デュエル)を見せてくれる事を期待しています』

 

 

 

 言い換えれば、しょうもない決闘(デュエル)を見せたらそれ相応の評価が下るって事か。最悪の場合ランクの降格や落第も有り得そう。おっかないけど、それぐらいの心構えで臨まないと、すぐに蹴落とされそうだ。

 もちろん相手が誰だろうと、決闘(デュエル)で手を抜く気はないけどね。闘いの礼儀は分かってるつもりだ。

 

 

 

『……ホッホッホ。皆さん早く闘いたくてウズウズしているようですね。良いでしょう……それではここに、デュエルアカデミア・ジャルダン校──選抜デュエル大会の開催を宣言します!』

 

「「「「「オオオオオオオオオオォォォォォッ!!!!!」」」」」

 

 

 

 ついに闘いの火蓋が切って落とされたその瞬間、このだだっ広いアリーナをも震動させる程の、嵐の様な大歓声が沸き起こった。

 ずっと抑えていた、決闘者(デュエリスト)としての闘争本能。それを今こそと爆発させたのだろう。

 

 

 

「おっしゃあぁーっ!! やってやるぜ!!」

 

 

 

 コータも立ち上がって、ガッツポーズで声を張り上げた。

 

 ボクは叫ぶのが得意じゃないから大人しくしてたけど、高揚してるのは皆と一緒だ。ゾクゾクと武者震いが止まらないし、気づけば口角が上がっていた。

 

 ボクもすっかりこの街(ジャルダン)の住人だなぁー……。そんな事を、ふと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開会式は滞りなく終了。あの後、大会の大まかなルールについて説明を受けた。

 簡単にまとめると、こんな感じだ。

 

 ・選抜デュエル大会は、今日から7日間に渡って開催される。

 

 ・1日目~3日目までが予選。本選は4日目以降から開始。

 

 ・予選は『A』~『P』の全16ブロックに分けた、トーナメント形式で行われる。各ブロックで優勝した一人だけが、本選への出場権を獲得する。

 

 ・予選の第一試合は午前10時からスタート。以降30分ごとに、次の試合へと切り替わる。

 

 ・引き分けは両者敗北と見なす。敗者復活戦は無し。また、試合開始時間から5分以上経過しても、指定の決闘(デュエル)フィールドに出場しなかった場合は不戦敗とする。

 

 ・ルールとマナーを守って楽しく決闘(デュエル)しよう!

 

 

 

「16ブロックかぁ……多いねぇ」

 

「そろそろ予選の振り分けが通達される頃よ」

 

 

 

 アリーナを退場して校舎に戻ったボク達は、今はロビーに集まって、予選開始の時を待っていた。

 試合に備えてデッキの最終調整をしている生徒をチラホラ見かける。気持ちが逸っているのか、すでにデュエルディスクを腕に着けている人もいた。

 

 アマネはマキちゃんに引っ付かれてるし、コータは落ち着きなく動き回っている。

 ボクはと言うと、自販機で買ったホットミルクを飲んでいるよ。あったかくて美味しい。

 

 

 

「……とりあえず深呼吸して落ち着いたら? ルイくん」

 

「え"っ!? あっ、す、すいませ、すいません!」

 

 

 

 かわいい顔した茶髪の男の子──ルイくんに話しかける。ガッチガチに緊張していらっしゃる。合流した時からずっとこの調子だ。声も上ずってるし、足なんて生まれたての子鹿みたくなってる。

 

 大方、アリーナでの熱気に気圧されちゃったんだろう。少しでも肩の力を抜いてあげないと。

 

 

 

「ほらルイくん。ボクのホットミルクでも飲んでリラックスしなよ」

 

「は、はい! おっしゃる通り僕はカニカマです!」

 

「ダメだこりゃ」

 

 

 

「……あ! セツナくん、ルイちゃん! 来たよ予選の通知!」

 

 

 

 マキちゃんに言われてボクもルイくんも、手持ちのPDAを取り出す。受信していた1件のメッセージを開くと、左右対称のトーナメント表の画像が添付されていて、上部には『D-ブロック』と表記してあった。

 

 

 

「ボクはD-ブロックか……」

 

「ぼ、僕もD-ブロックです!」

 

「おっ! やったね! ボクの出番は何時からかな……って、一試合目!?」

 

 

 

 左側のトーナメント表の一番上に、ボクの名前があった。まさかのトップバッターか。

 D-ブロックの会場は第4決闘(デュエル)フィールドだから、10時までにそこに着いてなくちゃいけない。

 

 

 

(懐かしいな、第4決闘(デュエル)フィールド……転入初日に九頭竜くんと闘った場所だ)

 

「あっ! 僕、セツナ先輩の次……二試合目です!」

 

「ホントだ! てことはお互い今日勝てたら、明日当たれるじゃん!」

 

 

 

 これぞ天祐(てんゆう)と言うべきか。こんなにも早く、ルイくんと()れるチャンスが巡ってくるなんてね。

 

 

 

「ところでルイくんの緒戦の相手って誰なの?」

 

「えっと……────!?」

 

 

 

 ……あれ? ルイくんの顔がだんだん青く……

 自分のPDAで二戦目の組み合わせを確認してみよう。どれどれ?

 

 

 

「…………あっ(察し)」

 

「か……金沢(かなざわ)さん……です……」

 

 

 

 第二試合

 

 (いち)()() ルイ VS(バーサス) 金沢 (ケン)()

 

 

 

 金沢ってアレか、金髪のケンちゃんか!?

 ボクが初めて決闘(デュエル)した学園の生徒で、確かルイくんをイジメていたっていうグループの一人だ。

 

 ルイくんの肩が小刻みに震えている。無理もない。この子にとって金沢くんは、もはやトラウマでしかないんだから。

 

 

 

「あー……ルイくん、大丈夫?」

 

「……うっ、ぐす……ふえぇ……!」

 

「ガチ泣き!?」

 

「無理ですよぉ……! 僕なんかがあの人に勝てるわけないですぅ……!」

 

 

 

 うわーんと泣きついてきたルイくんを抱き締めて、頭を撫でて(なだ)める。髪の毛サラッサラで気持ちいい頬擦りしたい……けど、それどころじゃなさそうだ。

 

 

 

「おいおい! 見覚えあるチビがいると思ったら(いち)()()じゃねぇかよ!」

 

 

 

 噂をすれば何とやら。長めの金髪が目立つ、背の高い男子生徒がこちらに近づいてきた。言わずもがな、今ルイくんが最も会いたくないであろう人物──金髪のケンちゃんこと、金沢 健人くんだ。

 

 彼は後続に厚村(あつむら)くん、()(もり)くん、平林(ひらばやし)くんを引き連れていた。あの3人組とはボクが転入して間もない頃に、バトルロイヤル方式で決闘(デュエル)した事がある。

 

 

 

「ひっ……!」

 

 

 

 慌ててボクの背中に隠れるルイくん。金沢くんは明らかに敵意と悪意を孕んだ笑みを顔に張り付けて、ルイくんを見下ろした。

 

 

 

「プッ、ギャッハッハッハ!! 見ろよ! ビビって隠れてやがるぜ!」

 

「っ……!」

 

 

 

 金沢くんが笑い出すと後ろの3人もそれに続いた。

 対してルイくんは、涙を流して怯えたまま何も言い返せず、ボクの服を掴んでいる手の力を悔しげに強めた。

 

 

 

(ルイくん……)

 

「クククッ。てめぇがこの大会に出るって聞いた時は耳を疑ったがよぉ……運が良かったなぁ! 俺と当たったおかげで、大恥かく前に瞬殺してもらえんだからよ! ランク・Eの雑魚の決闘(デュエル)なんざ誰も興味ねぇだろうしなぁ!」

 

「──金沢!! アンタねぇ……!」

 

「アマネ」

 

 

 

 言いたい放題の金沢くんに流石にムカついたのか、アマネが代わりに声を上げた。

 でも、ボクはアマネの前に腕を伸ばして、彼女を制止した。

 

 

 

「セツナ……?」

 

「……ケッ! 一ノ瀬ぇ! てめぇはそうやって他人に守られてる腰巾着がお似合いだぜ!」

 

「っ! うぅ……!」

 

「おうコラ、メガネ野郎。首洗って待ってやがれ。そこの雑魚を片付けたら、次はてめぇの番だ!」

 

 

 

 今度は金沢くんはボクに絡んできた。やっぱり負けた事を根に持ってるのかな。

 ……この時ボクの中で、一つの確信が生まれた。ボクは静かに微笑むと、臆面もなく、こう言い放つ。

 

 

 

「それは無理かな~。だって……君、ルイくんに負けるもん」

 

「……あ"ぁっ……!?」

 

「せ……せんぱい……?」

 

 

 

 ビキッと額に青筋を立てた金沢くんと、潤んだ目をパチクリさせてボクを見上げるルイくん。

 

 

 

「ギャッハッハッハ!! 俺がこんなランク・Eのド底辺ヤローに負けるだぁ!? 知らねぇのか! そいつ今まで一度も俺に勝てた事ねぇんだぜ!?」

 

「そ、そうですよ……僕ずっと負けてばかりで……」

 

「なら、今日が初勝利の記念日だね」

 

「え……?」

 

 

 

 金沢くんは派手に舌打ちを鳴らして、苛立った様子で頭を掻きむしった。だいぶ機嫌を損ねたみたいだ。

 

 

 

「ほざきやがってクソが……。だったらてめぇの見てる前で、一ノ瀬(そいつ)を徹底的に痛めつけてやるよ!! ボロ雑巾(ぞうきん)にして二度と決闘(デュエル)できねぇようにしてやる!!」

 

「ひうっ……!」

 

「怖けりゃ逃げてもいいんだぜ、一ノ瀬。俺の不戦勝になるだけだからな! ギャッハッハ!」

 

 

 

 捨て台詞を残して金沢くん達は立ち去っていった。ルイくんがヘナヘナと床に座り込む。何故かボクの足を掴んで離さないけど。

 

 

 

「先輩……どうして、あんなこと……」

 

「セツナ、ルイくんに余計な重圧(プレッシャー)かけてどうすんのよ。金沢の奴はキレちゃったし」

 

「平気平気。ボクだって根拠なしに言ったわけじゃないよ」

 

「セツナくんって何気に鬼畜だねぇ~」

 

 

 

 絶望感に(さいな)まれて泣き崩れるルイくんの頭に、ボクは優しく手を乗せる。

 

 

 

「ルイくん、大丈夫だよ。今の君なら金沢くんにだって勝てる」

 

「えっ……()()……僕……?」

 

「さぁ行こう。もうすぐ大会が始まるよ」

 

 

 

 ルイくんの華奢な身体を担いで、ヒョイっと立ち上がらせる。軽っ!

 それから指先で涙を拭ってやり、最後にまた数回、頭をなでなでする。あ~この毛触りクセになりそう。てかもうなってる。

 ……少し落ち着いたらしく、ルイくんは泣き止んでいた。

 

 

 

「じゃあ、アマネもマキちゃんも頑張ってね」

 

「セツナとルイくんもね」

 

「本選で会おうね~!」

 

「俺もいるぞ!」

 

「そうだった、コータも」

 

「うおいっ!?」

 

「あはははっ」

 

 

 

 皆それぞれ自分達が闘う予選の会場に向かって、散り散りになっていく。

 

 

 

「さてと……」

 

 

 

 ボクは愛機であるホワイトタイプのデュエルディスクを左腕に装着し、腰のケースから愛用のデッキを取り出して、ディスクにセットした。

 

 

 

「行くよ、ルイくん!」

 

「は……はいっ!」

 

 

 

 いざ、ボク達も戦場(フィールド)へ!!

 

 

 

「…………ところで第4決闘(デュエル)フィールドって()()だっけ?」

 

「えっ」

 

 

 

 ルイくんがズッこけた。しばらく行ってないから忘れちゃった、テヘペロ。

 

 

 

 





 セツナ「ねぇ、ここで終わりとか酷くない?」

 はい。ようやく新章スタートしたけど、デュエルは次回からになります、すいません( ;∀;)

 セツナがサインを書くシーンで、どうしても某ファンサービスが脳内にチラつきましたww

 新キャラのコータくんは、実は15話のラストに出てました。あとカナメとセツナがデュエルした回で最初に出てたクラスメートも彼です。やっと名前が出るという(笑)

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