2017小野寺律生誕祭   作:bui

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何度でもハッピー

「リツ、起きたの?」

 

隣でゴソリと身じろぎをした恋人にそう声をかけると

 

「もう少し・・・。」

 

と、彼は目を瞑ったまま掠れた眠そうな声でそう言った。

 

 

 

昨晩の艶姿を思い出すと納まっていた身体の熱さが戻ってきそうでため息が出る。

 

なんで寝てるだけでこんなに色っぽいんだ・・・。でもこれ以上はやばいよな、主に身体的に・・・。

 

リツは限界だ・・・。

 

昨晩は日にちが変わるとともにお祝いの言葉と愛しさを浴びせかけ続けたせいで、リツは後半はすっかり飛んでしまってかなりの酩酊状態に陥り・・・、今に至る・・・。

 

普段は常識的にはとか、立場としてとか、俺にとってはどうでもいいようなことに振り回されている恋人の、めったに見られない乱れた姿は何にも勝るごちそうでご褒美だ。

 

 

おいしくいただき、余すことなくすすり、たっぷりと致したはずなのに、それでも熱くなりかけている身体と心のざわめきを止められず、髪を払いながらうつ伏せで寝ている恋人の頬をそっとさするとふわりとリツのあまい匂いが宙を舞った。

 

 

女よりは少しいかつい肩は、しかし同年代の男よりはずっと華奢で、出会った頃は俺より遥かに大きく見えたその体躯も今は俺の腕にすっぽりと納まる。

 

俺は今年やっとリツと同じ大学に通うことができる。

 

そう、初めて出会ってからそろそろ5年目に入ろうとしている。

 

 

 

 

 

 

その人はいつも陽だまりの中にいた。

 

それは本当の陽だまりではなかったけど、俺の目にはいつもそのように映っていた。

 

そして確かに俺の心に陽だまりは存在した。

 

やわらかい音楽が流れるような心地よさと、甘い果物の花のような爽やかな香りがそこから本当に香っているような錯覚に陥っていつも目が離せなくなる。

 

この感覚は目眩に似ている。

しっかり足を床に付けているはずなのにユラユラと身体が揺れているようだ。

 

日に透けると淡いイチゴ水のように光る髪。

 

古よりの歴史を見つめてきたビスクドールの瞳のような緑の双畔。

 

水しぶきをパツンとはじき返しそうな象牙色の滑らかな肌。

 

その構成するすべてが、まるで幻想の世界から飛び出してきたのではないだろうかと思えるほどその人は俺の理想だった。

 

 

その人に触れたいと思わなくもなかったけどそれは出来ないことを俺は知っていた。

なぜなら、そうすれば俺だけのこの美しくも儚い世界が崩壊することが想像できていたから・・・。

 

 

だって・・・、その人はきっちりと襟に白いカラーを止め、少し暑くなりはじめた頃でさえ、黒い詰襟のボタンをカツリとはめていた。

 

そう、その人は男性だった。

 

しかし女性ではないその人を、俺は純粋に締麗だと思ったんだ。

 

 

 

 

 

校舎のはずれにある図書室は訪れる人は少なく、都会の進学校はきちんと部活動を行っている生徒以外は帰宅が早い。

 

学校という塊から吐き出された生徒たちは、結局同じような別の学び場へと流れるように吸い込まれて行く。

 

しかし俺はいつだってたった一人、帰る場所のない子どものように赦される限りそこで時間をつぶしていた。

 

 

新学期になったばかりの図書室の窓からは薄紅色の桜が春の風に舞いあげられて雪のように降っているのが見える。

静かな室内と異なり、風にあおられて騒いでいる生徒達の声だけが外で響いていた。

 

その時の俺は、ずっとお気に入りの作家の本を追っていた。他にすることがあるだろうと別の自分がいつも問うのだけど、答えは否。

別に欲しいものもないし遣りたいことも行きたいところもない。

 

ただ、この物悲しい音楽のようなその小説がなぜかいつもしっくりと俺に馴染んで、空虚しかない俺の心を慰めてくれているように感じ浸るだけ。

 

何かに真剣になったり大事だと思うことのできない自分がひどく寂しい人間に思えて、投げやりな気持ちになった時にこの小説を読むと、そんな寂しさを持った人間が自分だけではないと思えてホッとしたのだ。

 

人は生まれるときも死ぬ時も一人なのだ。

 

途中でたまに交わる線があったとしてもそれは通りすがりにすれ違う無機物と何ら変わりがない。

 

いつも俺はそんな風に冷めた目で物事を見ていた。

 

 

 

なのに出会いは突然だった。

 

 

 

 

きっかけはなんだったのだろうか?

 

何度も何度も思い返してみるけど、それはささやか過ぎて本当にそれだったのかと時に自分を疑ってみたくなる。

 

本当はもっとすごい何かがあって、その衝撃で錯覚をしたのではないかと思ってみたりもした。

 

でもやっぱりそんなドラマのようなことはなく、いつだれとでも起こりうる小さな出来事だったのだ・・・。

 

その日、俺はいつもの図書室の隅に置かれた大机の前で読書をしていた。

閑散としていても無人ではなくて、数人の利用者が目当ての本を探しながらうろうろとする中で、棚の影にチラチラと見えた茶色い髪がバサリという音と共に激しく揺れたのだ。

 

茶色い髪のその人が、文学の棚の最上段の本を取ろうとして他の本を落としたのだった。

 

「ああ。大変だ・・・。」

 

その人はわらわらとあわてて本を拾いあげて、「ゴメンね。痛かったでしよ。」とその本の表紙を優しくさすり、愛しそうに語りかけた。

 

細めた目と少し弧を描く口元が美しくて、俺はその慈愛に満ちた顔にすっかり見とれてしまったのだった。

 

 

『ブレザーではなくて詰襟、校章の色が赤い。高校一年生だ・・・。』

 

ぼんやりとそんなことを思いながらしばらく視線を外すことも出来ずにいると

「あ、うるさくしてごめんね。」とその人は遠慮もなく凝視している俺に気づき、本に向けた優しい視線を少し困ったように揺らして笑いかけたのだ。

 

たったそれだけだった。

 

なのに『たったそれだけのこと』が俺のすべてを変えてしまったのだ。

 

 

「あ、いえ・・・。」

 

俺はその時にはうまく返事をすることもできず、その人は俺をそれほど気にするようでもなく、もう一度軽く会釈をして今日の本を探すべく奥の棚に消えていった。

 

 

 

 

俺はそれからもいつもと同様にいつもの図書館に通った。

 

だけど気持ちは全く違っていた。

 

いつもはうっとうしく感じるドアの開閉を心待ちにするようになって、その人の姿を毎日毎日飽きもせずに探し続けた。

 

その人はいつも俺の近くにいくつもある大きな机ではなく、もう少し小さい南向きの窓際に置いてある細長い机に向かって座っていた。

 

あとから聞いた話によると、そこからは景色がより美しく見えるのだそうだ。

 

頬杖をつき、少し斜めに足を延ばして座っている姿がすっとしていて、窓から見える桜と光に透けるその人の髪の色がどちらも桃色に光っていて綺麗だった。

 

 

でもその時の俺はその人の名前さえも知らなくて、ただいつも遠くから見ているだけだった。そしてそれでいいと思っていた。

 

なぜなら、自分たちには何も通ずるものはないけど、だから壊れることもない。

 

何も出来上がっていないのだから壊れることを恐れる必要はないと・・・。

 

 

 

 

でも、俺はその人に触れてしまった。

 

それは初めて出会ってから3年が過ぎようとしていた頃だった・・・・。

 

 

 

 

いつもの図書館に行くと、その人が机に突っ伏してすやすやと眠っていた。

 

中性的なその顔を間近に見るのはいつぶりだろう?

 

ちょっと疲れ気味かな?象牙色の艶やかな肌が少しくすんでいるようだ。

 

3年生ともなれば受験勉強など忙しいだろう。

 

何しろこの学校は曲がりなりにも進学校なのだ。

 

 

それにしてもずいぶん無防備だ・・・。

 

ふらふらとまるで引き寄せられるように空いている隣のパイプ椅子に腰かけて、顔を覗き込むと「ん?」と、人の気配に気づいたのか、その人がうっすらと目を開いたのだ。

 

あまりの不意打ちに、俺は慌てて「風邪ひきますよ。」とその人に言った。

 

うろたえているところなど見せたくなかった。

本当は近づくつもりなど無かったのに出来心は恋心のしでかした大失敗だった。

 

 

「あ?ごめんね。心配してくれてありがとう。」

 

その人があんまりにもきれいに笑うのでまた見とれて、俺の口が勝手に、一生言うつもりのない言葉を漏らしてしまった。

 

 

「好きなんです・・・。」

 

 

 

まるで熟しきった花が結実のために不要な花弁を舞い落とすがごとく、はらはらはらはらと・・・。

 

 

 

その人は今度は少し困ったように笑って、

 

「俺は中学生まではイギリスにいたんだけど、あっちでは同性のカップルってそれほど珍しくなかったんだ。」

 

と言った。

日に透けた髪が相変わらずちらちらと影を作って初めて見たときの目眩にも似た感覚を引き起こさせる。

 

「だけど日本ではとてもマイナーだと聞いていたから、自分がこんなに可愛い男の子に好きって言ってもらう日が来るなんて思わなかったな・・・。それってそういう意味の好きなんだよね?」

 

と俺の顔にかかる髪の毛をさらりと梳いて、優しく微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

もう言ってしまったからにはそこからは俺の怒涛の進撃が始まり、あれよあれよという間に俺たちは付き合うことになった。

 

 

紆余曲折がなかったわけではない。

 

いつも俺ばかりが押す二人の関係に煮詰まり、いらだちを外にぶつけた俺を引き戻し、全身で受け止めてくれたのは他ならないリツだった。

 

俺の両親が離婚して香川のばあちゃんのところに行くことになった時だって、普段は嫌がっているくせに自分の御曹司の立場を使い両親から俺を引き取ってくれたのだ。

 

今俺がリツと同じ部屋にいるのはそういう理由からだった。

 

 

 

 

 

 

 

まどろむリツの頬をさすっていた指をもう少し伸ばして、耳の後ろから髪に差し込み梳くようにスルスルと動かすと気持ちよさそうにリツは少しだけ目を開いた。

 

「おはよう・・・。」

 

その目じりにキスをするとくすぐったそうに肩をすくめて、それでも微笑んでリツも「おはよう」と言った。

 

 

 

 

りつが笑ってくれるだけでこんなに俺は満たされる。

 

たまったもやもやがあったとしても一瞬で癒される。

 

むしろ幸せ過ぎて何かのバチが当たるのではないのだろうかと心配になるほどだ・・。

 

 

どうしよう、泣きそうだ。

 

りつが好き。

 

リツだけが大好き。

 

 

 

今までもこれからもずっとずっと

 

 

リツに出会って、その幸せに、俺の今できるすべての感謝を世界中にささげたいよ。

 

 

 

 

 

「リツ、お誕生日おめでとう。」

 

 

これからも良い人生を。

 

 

 

もちろん二人で。

 

 

 

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