2017小野寺律生誕祭   作:bui

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何度でも仲直り

「俺ってお前のなんなの?」

 

高野さんは目を伏せて、ボソリとつぶやくようにそう言った。

 

それは、いつもの荒ぶる編集長ではなく捨てられた子犬のような頼りなさで、俺はそれに対して返す言葉を失っていた。

 

 

高野さんは俺の上司で、学生時代の先輩で、プライベートでは・・・、恋人だと思う・・・。

 

きちんと思っている。

 

 

 

 

俺は今日までの数日間、メイン冊子のエメラルドの校了は済んでいたのに一人締め切り地獄に陥っていた。俺の担当している作家先生のコミックスの改修が案外大掛かりで、書店に並ぶ日にちがどんどん近づいていたのだ。

 

とにかく作家を励まし、差し入れをして、改修に必要な資料を集めたりと飛び回っていたために毎日の食事もおざなりで、家に帰ることもできず、風呂にも二日入っていなかった。

 

やっと直し分の入稿が済んでホッとしてデスクの片づけをしているところで高野さんが後ろから不意打ちで俺の肩をつかんだのだった。

 

 

とっさのことで俺は驚いて「触らないで!」とその手をバシっと払うと、そこには驚いた顔で俺を見て珍しく視線を揺らして立ち尽くす高野さんがいた。

 

 

 

薄汚れた俺は、髪の毛もぺたりとしていて何だか匂うような気がする。

 

こんな薄汚い自分を恋人にさらしたくない。

 

 

一応下着は替えを買って着替えたりしたのだけどそもそもが着たきり雀だ。

 

だから今の俺に触れてほしくないどころか近寄っても欲しくなかった。

 

 

 

 

それが俺の正答だったけど、高野さんはそうは思わなかったようだ。

 

すぐに違うと説明をするつもりだったのに一瞬早く高野さんの方が冒頭の言葉を俺に告げた。

 

そして俺は・・・、いつものように高野さんからの言葉に動揺して結局言い訳の一つもできなかったのだ。

 

 

 

 

言い訳があまりにもべたで『言い訳』じみて、

 

匂いとか風呂とかいろいろと変な妄想につながりそうで、

 

何考えてたのとかたまってたのとか言われそうで、

 

そもそもいきなりつかんでくるなんて驚くじゃないかとか、

 

突発的なことに弱い自分がぐるぐるとしてしまった。

 

 

 

 

 

 

「わかった。じゃあ気を付けて。」

 

高野さんはしばらくは俺を見ていたけど、結局何も言わない俺に呆れたようにそう言うと、そのまま上着と荷物をつかんで編集部を出て行ってしまった。

 

ほとんどの明かりの消えたフロアーにはもう俺たちしかいなくて、だから俺は静かな編集部で高野さんの後ろ姿をぼんやりと見送るしかなかったのだ。

 

 

 

高野さんをまた傷つけてしまった。

 

誤解だとなぜ言わなかったのだ?

 

高野さんに触れられるのが嫌だったのではないんです。

 

 

 

しかし今更の言い訳はする主がもうここにはいない。

 

 

のろのろと続きの片づけをしながら俺の気持ちはメリメリと音を立てて床に沈み込むように落ち込んでいった。

 

 

 

言いたいことも、言わなければいけないことも、どうして俺の口からは出てこないんだろう。

そして、必死で絞り出す言葉はいつも何かが足りなくて、また新たな誤解を生む。

 

 

このままではまたきっと同じ過ちを繰り返してしまう。

 

もう嫌だ。あんな絶望を味わいたくない。

 

なのに言えない。

 

 

 

言葉って不自由だ。

 

言いたいこと一つも伝えられないなら、もう言葉なんていらない。

 

 

 

 

 

もうどこかに消えてしまいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

終電に駆け込みホッとしたのもつかの間、駅から外に出るとそこには春とは名のみの寒さを含んだ雨が蕭々と降っていた。

 

 

駅からは10分ほどの家まで、わざわざ傘を買ってまでささなくてもと、やや自棄になった俺はその投げやりな気持ちのまま帰路を濡れたまま歩いた。

 

 

普段の日なら高野さんとご飯を食べて風呂に入って眠るのだ。

 

でも今日はそうはならない。

 

 

もうずっとならないかもしれない。

 

 

飢えと寝不足の身体に雨がまとわりついてふらつく足元がずっしりと重くなる。

 

単純作業のような足運びのリズムが崩れ、身体がぐらりと大きく揺れたかと思ったら、目の前に地面が近づいてきた。

 

あ、また倒れるのかもしれない。

 

 

そう思ったのにも関わらず、俺はそれに贖う気持ちにはなれなかった。

 

 

なぜなら、もう何もかもが面倒でその現実を受け入れる方が楽だから。

 

 

いっそ消えてしまいたいと思ったから・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

まどろみの中で聞き覚えのある声が響いたような気がした。

 

「お前迷子か?」

 

吊りあげられるような浮遊感が身体を襲い、冷え切っていた身体に何かがふわりと巻かれた。安心できる何かが俺を包んでいると本能で感じた。

 

 

「こんなところで寝てると死ぬぞ。」

 

喉の下に指が差し込まれて撫でられると今までの苦しい深淵ではなく心地よい空間に飛びそうになる。

 

 

優しい声が頭上から響き、目を開けると烏の濡れ羽色の髪ととび色の瞳が間近に迫っていた。

 

 

高野さん・・・。

 

そう言おうとするけど俺の喉はなぜか「ニャン」と小さく鳴った。

 

 

「ずいぶん薄汚れたチビだな。とりあえず俺んち来るか?」

 

身体に巻かれていたのがいつもの高野さんのパーカーだと分かり、高野さんの胸に抱えられている自分の姿がエントランスの窓のガラスに映った。

 

それは・・・、猫?

 

今の俺は人ではなくどうやら猫の姿になっているようだった。

 

 

 

 

 

 

なぜ?という戸惑いはなぜかなかった。

 

人であることの利点など何一つ発揮できない自分にはむしろこちらの方がお似合いだろうとさえ思えた。

 

 

現実なのか夢なのかぼんやりした意識は境界があいまいで、でも猫なら・・・、こうやって何も考えずにこの胸にもたれかかって甘えることもできる。

 

だから猫でいいのかもしれない。

 

そんな風に思って身を愛しい人の胸にゆだねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても薄汚いなお前。」

 

高野さんはそう言って俺を風呂に入れた。

 

そうです、徹夜続きでもう丸2日風呂に入っていませんから。

 

俺は心でそうい言い訳をした。

 

 

洗い場でガシガシとシャンプーで顔まで洗われてから一緒に湯船に浸かる。

 

高野さんの腕にやんわりと抱かれて、ゆっくりするといつもはドキドキしてしまって挙動不審になる俺なのに安心して身を任せることができた。

 

そうか、猫だもんな。

 

高野さんだって不埒なことはしないし俺もされるとは思っていない。ワラワラせずにただ高野さんの胸に全部を預けていればいいだけなんだもの。

 

そう、本当はいつだってこんな風に身も心も高野さんに預けて、なんの心配もせずに高野さんだけの世界に浸りたかった。

 

 

 

少し熱くなってきてフッフっとしていると高野さんが頃合いだと分かってくれたようで、風呂から出て全身をドライヤーで乾かしてくれた。

見慣れた部屋も視線が違うだけでこれほど新鮮なのだとキョロキョロとあちこちを見てしまう。

 

「お前ってさ、キレーな猫だったんだな。やっぱりどっかの飼い猫かな?」

 

窓ガラスに映る俺の姿は手足の先と尾と耳が濃い茶色で、それ以外のところはミルクのたっぷり入ったコーヒーのような色だった。

 

ガラスに映る自分の姿が不思議で、手でチョイチョイと触れてみるけど現実味がない。

でもやはりそれは俺の姿だ。風呂に入ってさっぱりしたせいか、耳の後ろや手の先を舐めたくて仕方がない。そうそう、ひげの手入れもしたい。

ひとしきり身づくろいに励んでいるとガラスに映る俺の後ろでしばらく静かに俺を見ていた高野さんが立ち上がり、俺を抱え上げて頬ずりをしてちゅうっと軽く頬にキスをした。

 

「シャム・・・、猫かな?緑の目がきれいだな。」

 

高野さん。と言っても喉は「ニャン。」とか鳴らない。

 

でも高野さんは満足そうに眼を細めて笑った。

 

 

 

 

「確か猫缶があったはずだけど・・・。」

 

片腕に抱えられたまま台所に連れていかれて、陶器の小鉢に入れられたそれを目の前に差し出されるとそれがひどくうまそうなごちそうに見える。

 

「プレミアムらしいぞ。ソラ太はガツガツ食べていたし。」

 

空腹で目が回りそうだった俺はデフォルメされたようなチキンの香りに我を忘れてそれをむさぼった。そう言えば貧乏過ぎて猫缶を主食にしている人の話を聞いたことがある。猫の身の今ならともかく、現実でもうまいのだろうか?

 

ツイっと横に置かれた皿にはミルクがなみなみと注がれて、俺はその液体も余すことなく完食した。

 

「すげー食欲。やっぱり腹へり子だったな。」

 

高野さんは俺が食べている間は嬉しそうに俺を見つめていたけど、食べ終わると頭をワシワシと荒くさすった。

大きな手が俺の頭蓋骨の丸さに沿って包むようにつかんでぐらぐらと揺さぶるのだけどその感覚は嫌じゃない。

 

いや、むしろすごくうれしくて口元が緩むのを止められない。

 

そう言えば朝ご飯はカ〇リーメイト2個だった。それから自販機のコーンポタージュとコーヒー。

 

昼は遅くなってしまってカップラーメンと木佐さんにもらったバタドラ、おやつに美濃さんと羽鳥さんが頑張れと言ってくれたチョコと煎餅を食べた。

 

そのあとはやっとデータが来たからチェックをしてゲラを見て校了の指示を出すまで缶コーヒーしか飲んでない。

 

連日そんな感じで空腹が満たされるという実際の感覚以上に誰かと何かを食べたいという食事欲に飢えていた。

 

そう、誰かではなくて高野さんと、なのだけど・・・。

 

「さって・・・、俺も食うかな・・・。」

 

高野さんがまた俺を抱えてリビングの座卓の前に座り、俺はその胡坐をかいた股の間に乗せられた。

 

この身体のサイズだと、このくぼみは寝るには丁度いいんだな・・・。

 

腹が満たされれば寝不足の身に睡魔が襲うのは当然のことで、俺はまどろみながら俺に話しかけているようで実は相手のない高野さんの独り言を聞いていた。

 

「本当は今日はさ、あいつにあったかいもんでも食わせてやろうと思ってたんだけどな。」

 

ごそごそと鳴るのはコンビニのレジ袋だ。

 

そう言えばさっき俺を外で拾ってくれた時にそれが手に下げられていた。

 

俺より早く帰ったはずだったのにそこにいたのはそういう理由だったのか。

 

 

高野さんは自分の腿に顎を乗せて半分眠っている俺の頭のてんこを指でぐるぐると円を描くように摩る。あ、そこってなんだか心地よい・・・。

 

猫の頭って小さいから人の指の存在感が半端ないんだな・・・。

 

「なんでうまくいかないんだろうな。」

 

高野さんがフウと大きくため息を吐きながら言う。

 

「いつも失敗ばかりだ。」

 

また最後に大きく吐く息の音が聞こえる。

 

「ただ、好きなだけなのに・・・。」

 

「あいつはもう俺を好きじゃなくなったのかな・・・。」

 

「それとも好きって言われたのが夢だったのか・・・。」

 

 

なんで?精いっぱいの想いを込めた告白だったのに。あれが俺のありったけだったのに・・・。高野さんは不安で俺の気持ちを疑ってるの?

 

いつだって失敗ばかりなのは俺の方だ。

今日だって違うって言いたかったのに、ごめんなさいって言いたかったのに、一緒に居たいって・・・。言いたかったのに・・・。

 

 

 

「あんな辛そうな顔見たくない・・・。笑わせたいのに何でかな・・・。」

 

高野さん。

 

身体を起こして愛しい人の名を呼ぶけど喉は相変わらず「ニャン」としか鳴かない。

 

猫の身では言い訳もできない。

 

でも、それは猫の身だからか?いつだって俺は何も言えてなかったじゃないか・・・。こうやってこの人を不安にさせているのは言葉を操ることのできた今までの俺じゃないか・・・。

 

 

 

 

「なに?慰めてくれんの?明日になったらご主人様を探してやるからな。」

 

高野さんが食べかけている割りばしを置いて、俺を抱えあげほおずりする。

そうだった。この人はスキンシップが好きなんだった。ほおずりからは小さきものへの慈愛があふれている。

 

こんなにも温かい・・・。

 

家族が居たはずなのに一人寂しい時を長く過ごしたせいか、喪失を恐れるがゆえにすべてを手の中に抱えてしまおうとするあなた。

 

その手の力が強すぎて、時に息苦しくなって暴れてしまう俺だけど、いつだってあなたの胸の中は暖かくて安心できると知っている。

 

知っているけど伝えられない。

 

高野さん、ごめんなさい。

 

高野さんは言葉がなくても猫の俺がこの人を慰めたいと思っていることを感じてくれている。

言葉がなくても温かさをわかってくれている。

 

だからキスの代わりに頬をザリザリと舐めると、見たことのないほど顔を崩して高野さんは小さい子のようにキャッキャと笑った。

 

 

俺にもこの人をこんな風に笑わせることができるんだ。

 

それは高野さんが俺に笑って欲しいと思う気持ちと同じなのだろうか。

 

言葉があってもなくても愛しい気持は同じだ。

 

なのになんで言葉でないと伝えられないと思ってしまったのだろう・・・。

 

 

 

 

食事を終えた高野さんは冷蔵庫からビールを取り出して、つまみに裂きイカを食べながらもまだ仕事をするつもりのようだった。

さきイカ食べたい。と袋に鼻を突っ込むと「猫はイカだめじゃね?迷信かもしんねえけどさ。」と笑って言うのでそうなんだとびっくりだ。

 

魚介は猫が好きで食べるものなのだとばかり思っていた。

 

「お前にはこっち。」

と煮干しとナッツの入った方の袋を開けて「塩っけがあるかな?」と高野さんは一つつまんで食べる。

「ん・・・。まあ大量に食う訳じゃないからいいか。」

そう言って俺の目の前にクネっと反り返った煮干しをスッと差し出した。

 

人間の俺だったら、大きさはサンマかアジぐらいあるかもしれないその煮干しからは油と塩味を感じた。

大量に食う訳じゃないって言ったけどさ、比率を考えればずいぶん大量だと思うな・・・。

 

誘惑には勝てずその煮干しをアムアムと、嚙み切ることに特化した不自由な作りの歯で噛みながらそんなことを考えていると、高野さんが自分の鞄から小さい包みを取り出してことりとローテーブルに置いた。

 

 

「ホワイトデーからずっと渡そうと思ってたんだけどタイミングを逃しっぱなしだ・・・。」

 

また言葉の最後には大きなため息がくっついてくる、

 

俺が起因することなんだろうな・・・。

 

 

「本当はもっともっと優しい言葉で話をしたいんだけど、どうしていいかわからなくてつい揶揄うような言葉になったり感情を逆撫でするような態度になるんだ・・・。」

 

「しまったって思うんだけど気づいたときには慌ててて、ろくなフォローもできなくてごめんの一言も言えない。」

 

「あいつの態度は俺が悪いからってわかってるのにな。」

 

 

頬杖を突いて、包みから小さい箱を取り出して人差し指で転がすようにもてあそぶ高野さんは、寂しさとやさしさが綯い交ぜになったような視線をその箱に向けていた。

 

同じです。

 

俺も同じなんです。

 

変なプライドだけに凝り固まって、ありのままの自分をさらけ出すのが怖くて、平常心ではいられない恥ずかしさを隠そうとしてあなたを傷つけている。

 

また俺が[[rb:高野さん > にゃん]]と鳴くと、高野さんが俺を見てふっと笑った。

 

 

 

高野さんの細くて長い少しだけ節の目立つ指が小箱にかかる金の縁どりの、赤茶色のリボンをするすると解いた。

 

そのまま小箱を開けると中には白い箱がもう一つ入っていて、その箱を取り出して開閉式の蓋をパクリと開くと中からは予想していた通りのものが出てきた。

 

「まあ、俺がこれをやってもぜってーしてくんねーと思うけどさ・・・。」

 

切り込まれたところにはまっている銀の輪をつまんで、目の高さに翳しながら高野さんはまたそう言って最後に大きなため息を吐いた。

 

ため息の数だけ幸せがなくなる。

 

いつか誰かにそんなことを聞いた気がする。

 

 

自分も日々ため息を吐き続け。高野さんもこうやってため息を吐いているのだ。

 

幸せになりたいのに、なんでなんだろう。

 

どうして俺たちはいつだって反対のことばかりしてしまうのだろう。

 

 

 

にゃんと喉を鳴らすと高野さんが俺を見て赤茶のリボンにリングを通して俺の首につけた。

 

「もしご主人様が見つからなかったらうちにいてくれる?」

 

高野さんはそう言って俺の喉をスルスルとさすってからほわりと優しく抱きしめたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝が来たのだと気づいたのは光が電灯のそれとは異なっていたから。

 

どんよりとする気持ちとは裏腹に今日はずいぶんよい天気のようだ。半分開いたカーテンからは春にしてはすっきりと青い空が見えていた。

 

随分変な夢を見たものだ。

 

いろいろな感情に押しつぶされそうになって、現実ではできないことを夢は経験させてくれる。

 

 

 

猫だって。笑える・・・。

 

高野さんがあんなふうに思っているはずがない。

 

 

いつだってあの人は失敗をしないし後悔だってしない。

 

俺のようにぶっつけ本番、猪突猛進で当たって砕けるなんてことはない。

 

 

 

雨の中を帰ってきてどうしたんだっけ?

 

挙動不審は自分に対してもだったのか・・・。

 

 

そのあたりの記憶はあいまいで自分がベッドに寝ていることさえ不思議に感じる。

 

 

とにかく起きよう・・・。

 

 

身を起こすと身体は裸で、首元に何かが当たる感触があった。

 

ハッとして手で触れるとそれは昨日のあのリングだった。

 

 

 

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そんな馬鹿な・・・。

 

しかしここにこれがある。

 

ひょっとしてこれも夢か?もう一度寝るべきか?

 

 

リボンを外して指輪を眺めると裏には小さな刻印がある。

 

 

You bring happiness to rainy days.

 

 

 

 

 

 

俺たちにはなぜか雨がついてくる。

 

よくも悪くも。

 

 

昨日の雨はまた俺に奇跡をくれたのだろうか・・・。

 

 

まだ間に合うと教えてくれたのだろうか。

 

俺はあなたの名を呼べるのだろうか。

 

 

高野さん。

 

高野さん。

 

 

高野さん、高野さん、高野さん・・・。

 

 

 

 

慌てて床に転げている服を纏い、玄関のつっかけサンダルをはくのももどかしく隣の家の呼び鈴を押すと・・・。

 

 

眠そうな顔の恋人がのっそりと現れた。

 

 

 

 

「高野さん。好きです!」

 

 

俺は何度目かのその大事な言葉を、おはようの挨拶代わりに告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前さ、誕生日だろ?プレゼント何欲しい?」

 

 

勢いのまま部屋に押しかけて、訳の分からないという顔の恋人に、それでもべそをかきながら好きだと浴びせ続け、超が付くほどの(俺にとっての)人としてのごちそうの朝食を今食べている。

 

 

 

 

そう、もうすぐ俺はまた年を一つとる。

 

大昔、何十年も経った自分はきっと聖人君子になっていると信じて疑わなかったのだけど・・・。

 

 

現実はこんなもんだ。

 

 

 

 

 

 

「ずっとプレゼントはどうしようかと考えてたんだけどさ、決まらなくて・・・。やっぱり欲しいもんやりたいしさ。」

 

 

高野さんは俺の指に銀の輪がなぜ嵌っているかについて聞くことはしない。

 

 

「猫・・・、ネコが欲しいです。できればシャムネコを・・・。二人で小さい命を育てていきましょう・・・。」

 

 

俺がそう言うと朝の光よりも晴れ晴れとした顔で、目の前の恋人が極上の顔で笑った。

 

 

 

 

 

言葉なんていらない。

 

 

この笑顔さえあれば・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

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