2017小野寺律生誕祭   作:bui

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何度でもkiss

高野さんはいつ誰と初めてのキスをしたんだろう?

 

エメラルドの今回の特集ページはキスだった。

 

作家先生たちがひそかに持つ漫画のャラクターの秘めたエピソードや、脇役の小さいスピンオフのお話、映画や物語に出てくる好きなキスシーンと読者から募集した自身の体験などが数ページにわたって載っている。

 

佐藤先生は、あの驚きのキス見本の話をされていて、直接的な場所も人も出てこないんだけど、知っている編集部内では皆苦笑いするしかなかった。(ボツにしてほしかったけど小さい声は逆に却下された)

 

誰にだって初となる出来事はあるはずで、もちろんいろいろ体験しないことはあるけど(絶対したくないことの方が多いはず。)俺のそれは編集部内にいるあの人だ。

 

ファーストキスはレモンの味?なんてどこかで聞いたことがあるけどそんなもん味わう余裕なんてなかったし、実際にどんなだったかなんて覚えていない。

 

ただひたすら先輩の置いて行かれないように必死だったはずだ・・・。

 

 

 

 

でも先輩、高野さんの初めては少なくともあの高校生の時以前のはずだ。

 

キスどころかそれ以上だって経験済みだっただろう。

 

いや、済みなんてレベルじゃなくて、男の俺にだって問題なく致したくらいなのでかなり豊富だったのだろう。

 

 

ストーカーの俺だもん。先輩に付き合っていた人がいたのは知っていた。

 

あの頃の先輩は無口であまり感情を表に表すことはなかったように見えた。そんな先輩がどんな風に付き合って欲しいと言ったのだろう?

 

俺が先輩を好きだったように、先輩もその人のことが好きで、眠れぬ夜を過ごしたりしたのだろうか。

 

 

先輩がどんなふうに女性を誘って、どんなふうにキスをしたのか想像をし始めるとイライラが止まらなくなる。

 

先輩が俺と別れてから(高野さんの中では別れたことにはなってないと言われたけど)、いろいろと荒れて女性をとっかえひっかえしていたと聞いたそれとは違って、まだ高校生の嵯峨先輩はその人に純粋な恋心を抱いたのだろうと思うと嫉妬心が膨らんでやりきれない気持になってしまうのだ。

 

高野さんと嵯峨先輩は同じ人なのに、なんでかな・・・。嵯峨先輩のことを思い出すとあっという間に俺は織田律に戻ってしまう。

 

 

嵯峨先輩は俺を誘ったようにウチくる?なんて言ったんだろうか?

 

図書室で俺に言ったように『我慢できない』って抱いたのだろうか。

 

 

「なに?」

 

そんなことばかりを考えていたら、ペンを口元に当ててチェックをしている高野さんをつい見つめてしまっていたようだ。

 

 

「いえ、すみません。ちょっと魂飛んでました・・・。」

 

慌てて取り繕ろうとしたのに挙動不審は否めず、おそらく顔も朱色に染まってる。

馬鹿か俺!仕事中なのに何を妄想たくましくしてんだ。

 

焦っていることがまるわかりだったようで、顎をしゃくりあげた高野さんがその不遜な目つきのままに俺の席に近寄って来た。

 

ううう、やめて欲しい。お願いだから気づかないふりして・・・。

 

と願ったところでこの人はそうはしない。

打ち合わせで不在の木佐さんの席にどっかりと座ると、ガラガラと転がされた椅子のキャスターが鳴る。

 

「分からないことは分からないままにするな。」

 

そう言いながら高野さんは定規をコンコンと自分の首に当てて俺のパソコン画面を覗き込んだ。

 

「はん、特集記事ね・・・。」

 

合点が言ったとばかりに急ににやにやと笑う顔が憎たらしい。

 

俺は別にあんたのことをそう思ってみたわけじゃなく嵯峨先輩の・・・。、だから高野さんじゃなく?高野さんじゃなく?えっと、どっち?

 

 

 

「中高校生のアンケートにしては結構経験者が多くてびっくりする。最近の子はこうなのか?」

 

高野さんの声に反応して、羽鳥さんも同じように特集記事をチェックしていたようで少し眉間に皺を寄せながら斜め前からそう言った。

羽鳥さん。吉川先生もキスについてちょっとやばいこと書いてますけど???

 

「本当に50人とかありなのかな?」

と美濃さんも紙に出力したらしいPDFの資料をばさりと振って同意した。美濃さんカラーで出力とか勘弁してください・・・。編集長の一言に口元写真載ってるんで・・・。

 

 

「平均はせいぜい2.3人ってとこだな。レディスの雑誌なら数も増えるんだろうけどさ、とりあえずエメラルドは若い子向けの漫画だから。

でも漫画の中にキスシーンは出てくるから女子としてはあこがれるんじゃね?」

 

高野さんが至極まともに編集長のような顔をしてそういう。

 

「一般的には、女子の憧れのキスってどんななんでしょう?」

 

編集長をして恋愛経験に乏しいヤツと言わしめた俺は、ついそんなことを呟いてしまった。

 

「男と違って一気に行きたいって思ってないのが女の子だろう。」

 

吉川先生の漫画はいつもロマンチックな恋をする女の子が登場する。それが女子たちの憧れになって、等身大の切ない恋に人気が出ている。

羽鳥さんはその担当だ、女性の恋愛にも詳しいのかもしれない。

 

「女性は身体の結びつきよりも心を重視するからね。」

 

美濃さんはさすがに結婚の経験者らしく、直接的カツ的を得たことを言う。身体より心か・・・、心って何だろう?男の俺にはそのあたりはやはりわかりにくい。

 

こればかりは種の保存の本能というか、宿命というか、男はきっと心以外のところで身体を求める何かがあるのだろう。

 

たまってんの?なんて言われるのはその辺にも起因する。

 

ましてや俺自身の実体験としては、恋愛なんてしたいと思ってなかったから愛情と性欲の境目の大きさなどはよくわからない。

 

編集長に好きな子が隣に寝てて触りたくならない方がおかしいって言われたことの方が理解できる。

 

逆はどうなんだろう?

 

愛のないキス。

 

そりゃそういうもんもあるだろうな・・・。

 

 

 

大昔のあの頃のキスは戸惑いばかりだった・・・。

 

先輩に呆れられたくなくて一生懸命先輩について行けるように鏡の前で練習をしたこともあった。

 

でも先輩に触れられると金縛りにあったみたいに動けなくなって、口を開けてと何度言われたことか。

 

ロマンチックな愛あふれるキスだったんだろうか?

 

今となっては思い出せない。

 

「そうですね。身体より心が幸せで満たされるようなキスってしてみたいですね・・・。」

 

 

俺がつぶやくと皆なぜかハハハと笑った。

※いつもみたいにできたらいいねという意味かな?

 

 

 

 

 

 

 

仕事が終わって帰宅の途中で今日も高野さんに拉致られてしまった。

 

今となっては別に拒否をするつもりはないし、なんと言っても帰る家はほぼ一緒なのだ。

 

だけど人目もあるからそろって仲良く帰宅、なんてシーンはできればほどほどにして欲しい。

だけど高野さんはそういうことはいつもお構いなしで、今も俺の腕をつかんでぐんぐん歩く。

 

今日は寒い。

 

出来れば早く帰って風呂に入ってゆっくり寝たい。

 

そう言いたいけどなぜか今、高野さんは無口だった。

 

 

 

 

いつもの地下鉄に乗り、いつもの駅で降りるのかと思いきや、「少し先の駅まで行く」と高野さんが俺が下りようとするのを止めた。

 

比較的早めに仕事を終えたとはいえ、どこかに出かけるほど早い時間ではない。

 

「なにか用事ですか?」

 

そう聞くと「用事ってほどでもないけどさ、ちょっと見せたいもんがあるから付き合って。」とやっと恋人の顔でそう言った。

 

 

綺麗な瞳に吸い込まれる。俺はいつだってその視線に飲み込まれ、くぎ付けとされで全活動を停止する。

 

高野さんが付き合ってきた人はみんなこの極上の瞳を見てきたのだろうか。

 

キスをする時の薄く瞑った目を飾る長いまつげ、目の前に見えるすべらかな白い肌、特に手入れをしているようでもないのにいつも艶やかに薄桃色をたたえる桜唇を・・・。

 

急に胸が苦しくなって視線を外すと高野さんが身体をグイッと押し付けて来て、「そんな呆けたような顔で見るなよ・・・。場所も関係なく欲情するから。」と耳元で小さく言った。

 

 

俺は返事もできずまた顔を朱色に染めたのだろう・・・。

 

 

 

 

 

 

 

もう3月も終わるというのに咲き始めた桜もこの寒さでは開きかけのウキウキした気持ちを引っ込めてしまってるかもしれない。

 

桜は咲く寸前の色が静かに闘志を燃やす秘めたパワーを持つ日本そのもののようで美しい。

 

高野さんと降りた駅はすぐそばに河原があり、遊歩道になっているところは見事な桜並木が続いていた。

 

「ここの桜ってさ、ほかより少し早く咲くんだって。日当たりとか川の関係かわかんねーけど。」

 

ひときわ大きな桜の木の近くまで俺の手を引き、ぶらぶらと歩きながら高野さんが誰に聞いたのかそんなことを説明してくれた。

 

単なる遊歩道は公園ほどには整備をされておらず、暗くはないがせいぜい街頭レベルのささやかな明かるさだった。

 

道を挟んで立っているマンション群は遠く、シルエットが見える程度の距離でここが今ほぼ無人であることがわかる。

 

 

「昼は賑わうみたいだけどさ、寒いから夜は人が来ないって聞いてたたけど本当に誰もいないな。」

 

桜の巨木のところでその木を見上げながら、高野さんが遊歩道に入る前に自販機で買ったコーヒーのプルタブをかつりと開けた。

 

俺もカイロ代わりに手にしていたそれを同じように開けてごくりと一口飲むと胃の中までツッと通って行くのがわかるほど温かかった。

 

 

「お前さ。いつもキスするときに心が満たされねーの?」

 

高野さんが横に立つ俺の前に来て、桜にポンっと手をつきそういった。

 

心が満たされない?

 

ああ、と合点がいく。

 

それは昼間の話だな。

 

 

「それは・・・。」

 

なんと説明したらいいのだろうか?

 

主に、だけど・・・。

 

高野さんとするキスは溶けそうに甘いのだけどその先のことがいつも過ってしまって満たされるというより熱くなる。

 

なので心が満たされるだけのキスってどんなものだろう。

それだけで身体のつながりがなく満足できるとしたらそれはどんなものだろうと思ったのだ。

 

 

「どんなキスならいい?」

 

桜の花びらがちらちらと降り落ちるような高野さんの静かな声にハッとして、俺が少し顔を上げるとそこには高野さんの顔が迫っていた。

 

唇が俺の唇をかすめるように軽く触れて、暗闇にチュッとリップ音だけが響く。

 

次が来るかと思ったけどキスはそれでおしまいだった。

 

子どもじゃないんだから・・・、こんな触れるだけのキスでは物足りない・・・。

 

そう、もう俺は初めての気持ちでこの人に対面することなどできない。

 

触れるだけのキスなど・・・、夢に一喜一憂していた頃はもう過ぎ去ったのだ。

 

 

 

 

足りないと顔を寄せてねだるようなしぐさをするとまた高野さんの顔が俺に近づいた。

 

今度は少し斜めに顔を傾け、先ほどよりきちんと高野さんの唇が俺の唇を捉えた。

 

額に当てられた手と強く交わろうとする唇が俺を桜の木にグイッと押し付ける。

 

チュウと吸われて、息継ぎの隙に顔の角度を変えて、もっと深くと高野さんの舌を俺の舌が誘うけど高野さんは応えてくれない。

 

 

もどかしい・・・。

 

高野さんが唇から離れて、俺の髪に鼻をうずめて髪にもキスをする。肩口に引き寄せられた俺の頬が高野さんのうなじにスリスリと擦り合わさり頬とうなじがキスをする。

いつの間にか主の指令もないままに手は高野さんの首に回って髪の毛をかき回していた。

 

 

 

全身からピリピリと気配を探るために電波を放してるようですぐそこに高野さんのすべてを感じられて気持ちがいい。

思わず『ふ・・・ぅ』と熱のこもった息を漏らすと「キスで満たされた?」と高野さんが俺の耳もとでそう言った。

 

途端に熱くなっている身体の中心に恥ずかしくなって、俺には心だけ満たされるなんて無理なことだ。こんなにもあなた全部を欲しいと思ってしまってるんだからと悟った。

 

 

何も答えない俺に高野さんは少しいじわるな顔で近づいてきたのでその襟首をグイッとつかんで噛みつくようなキスをした。

 

憧れはここにいる。

 

遠くあなたを見つめているだけで満足だと勘違いしていたかつての俺はもうどこにもいない。

 

近くにいれば触れたいし、触れてもらいたい。

 

あなたに触れればもっともっと欲しいと欲張りになって、どんどん足りなくなってどんどんむさぼりたくなる。

 

 

 

 

「キスうまくなったよな。」

 

不意打ちにも動じないむかつく恋人は俺を首に括り付けたまま揶揄いとも取れる言葉を発した。

 

恋愛経験の乏しい俺のキスは全部あなたが教えてくれたものです。

 

続きのキスをしながら、髪をさすったり身体をぐっと押し付けたり、俺のターンだとばかりに高野さんにもてあそばれるようにじらされて、息継ぎの間に角度を変えて舌をからませ、吸ったり押したり摩ったり、軽く歯で噛んだり強い刺激と弱い刺激とを合わせて・・・。

 

俺の体中の細胞があなたを感じて悦ぶのをもはや止めるすべを知らない。

 

 

薄く目を開けると高野さんの伏せられた睫毛が見えて、その気持ちよさそうな表情に俺の心は心底満たされたのだ。

 

 

「どんなに回数を重ねても、経験した人数が多くても、お前以外でこんなに満たされるキスはできない。お前は?」

 

 

高野さんがぼーっとしてしまった俺にそう聞く。

 

答えなんて決まってる・・・。

 

 

俺だって・・・。

 

 

高野さん以外で満たされるなんてことはないのだから・・・。

 

 

 

「さくらの日にはまだ早いけど、何度も言うよ。お誕生日おめでとう、律。生まれて来てくれてありがとう。俺からのキスはもう一生お前だけのものだ。」

 

 

高野さんは最後に優しく頬にキスをしてそう言ってくれた。

 

 

ありがとう高野さん・・・。

 

 

今心から生まれて来てよかったと感じています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまい

 

 

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