Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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開幕

 気を失ったのかと錯覚する目覚めだった。

 

 辺りは闇。

 ただ、ここには尋常ならざる気配と、黒く穢れた魔力が満ち溢れている。

 

「あぁ、起きたのかキャスター。いや、素晴らしい働きだった。これでカルデアの連中も今頃慌てふためている最中だろうさ。――まぁ、カルデアなんてもうどうでもいいんだが」

 

 記憶にある声がする。一致する答えは、そう。

 私を呼び出したマスター、ルース・エヴァーツ。

 

 ……声がした方と視線を向ける。

 彼女が立っているのは、この場に満ちる魔力の源のすぐ近く。ただの人間が近寄ればどうなるかは分かっているだろうに、しかし落ち着き払った様子で、こちらを見下ろすように佇んでいる。

 そうして姿を捉えることはできたが、やはりこの眼(千里眼)で見る彼女の過去も未来もはっきりしない。

 

「これは――そうか、私が」

 

「うん、君がこなしてくれた仕事の結果だ。想像以上の働きぶりでびっくりしたよ。まさか本当に黙示録の獣を再現することができるなんて」

 

 黙示録の獣――と聞いて、ある記憶が脳によぎる。

 あれは私がこの世に現界して、そう時が経っていない頃のこと。

 大聖杯が設置されているこの土地を突き止め、足を踏み入れた時に、私はこう命じられた。

 

『君には令呪が通じない。だから私の計画を伝える前に頼みがある。

 キャスター、これから準備が終わるまでの期間、君は自分で自分の意識を奪ってくれないか。あぁ厳密に言うと、意識は無いが、その間私の命を実行してくれる人形になってくれってコトだ』

 

 いつもならば、即座にその人間の真意を読み取ることができるのに、何故だか彼女の言っている言葉の真意は分からなかった。

 ……否、原因ならば過去を視ればすぐ分かる。だが、「ある地点」に辿り着くとノイズが走るのだ。

 その景色には、やはり一人の少女が映っている。それは、今視ても同じことだった。

 

「けど、私の頼みを二つ返事で了承してくれたのは予想外だったなぁ。『求められたことをこなすだけ』、か。私が愉快犯の類いであるのは、君ならすぐに分かることだったろうに」

 

 愉快犯――確かに今の彼女にはその側面もあるだろうが、元々は違っていた筈だ。

 それが塗り替えられたのは、彼女自身の起源に覚醒するトリガーと出会ってしまったが故。その前の彼女は、愉快犯というより復讐者よりの人物だっただろう。

 

「ま、なにはともあれ、ありがとう。そしてお疲れ様、魔術王。君のおかげで、予定通り終末がやってくる運びとなった。もう見ての通りだが、私を殺したところでもう手遅れだ。黙示録に記された大淫婦は此処に顕現し、ここに至るまでのあらゆる人理定礎を破壊するだろう」

 

 もはや彼女に視えているのは「道筋」のみ。

 “分岐”という起源。それ即ち未来の可能性を拡げるモノ。

 だが、事ここに至っては可能性は一つしかない。本来ならば、ここで抑止力の使者が来てもおかしくはないのだが――、

 

「だが、まぁ抑止力は来るだろうね。けれど、それはどうせ私が殺されるだけだ。もう一人の私が来た時点で、私の計画が遂行されるのは確定したようなものなんだよ」

 

 もう一人の彼女。

 もう一人の、分岐という起源を持つ人物。

 ……それはきっと、唯一彼女が抑止力によって排除される結末から逃れた可能性。

 

「それじゃあ、後は自害するなりなんなり自由にしてくれ。どうせ君には令呪が通じないしね。私はここで最初の生贄となるとするよ。抑止の使者に殺されるなんざ真っ平だし」

 

 それだけ言って。

 彼女は、自ら大聖杯の中へと踏み込んでいった。

 

 

×

 

 

「成程――解った。それで?」

 

 え、と後ろのウェイバーが声を零したが、目前の存在感に気圧されているのか、それ以上口を利くことはなかった。

 確かに私だって取り乱したいところである。だが、ここで時間を取られるわけにはいかない。

 召喚された彼が、この世界で一体何を行ったのか。それを聞いてからが本題だ。

 

「いずれこの街は、いやこの世界そのものが荒野になる。彼女が完成した以上、それにつられて()()()()も召喚されるだろう」

 

「よし、すまん、さっぱり分からん。要点だけ言い過ぎだ。時間がないのは分かるんだけど、もう少しヒントをくれ。いや下さい」

 

『ソロモン王……!? なぜ貴方のような方が……!』

 

「ほォ、貴様も王とな。だが些か覇気が足らんなぁ。いや魔力の話じゃなくてな?」

 

「ちょ、おい。なんかあちこち話題が噛み合ってないんだけど!?」

 

「フォウゥ……キューウ……」

 

 ……ウェイバーはともかく、なぜあの白い獣にまで呆れたような視線を向けられなきゃならんのか。

 しかし、とにかくおよそ全ての事情を知る人物が現れたのだ。とっとと情報を吐いて貰わないと困る。黒幕、張本人というのなら尚更だ。

 

「……すまない、と言っておこう。意識がなかったとはいえ、この手で人類悪の一つを再現してしまった。アレの相手をするには、人の身では荷が重い。混乱してしまうのは当然だろう」

 

「いやだから話が見えないっつってんだよ。話題が二、三段階飛んでますよ魔術王?」

 

 なんなんだこの王様は――というか、この感覚はどこかしら召喚したばかりのエルキドゥを思わせるぞ。まさか空気が読めない系なのか。こんな事態なのに空気が読めない系英霊なのか!?

 

「再現した、と言ったか。ならばここで貴様を切り伏せれば、街の異常は回復するのか?」

 

「いいえ、征服王。もう私と彼女は別々の存在だ。魔力の共有も、意志の共有もしていない。けれど、君たちが倒すべきものがいるのは此処で間違いないよ。でも――」

 

 そこで、周囲に複数の魔力が表れたのを感知する。

 アサシン――いや、もうあれはシャドウサーヴァントでも言うべきだろう。

 逃がす気はないのか、この場所を囲むように立っている――――

 

「――戦力が貴方一人だけでは、到底勝機は訪れないけどね」

 

 未来を視ているかのように断言するソロモン。

 ……いや、「ように」ではない。事実、ソロモン王ともなれば千里眼のスキルくらいは持っているだろう。あの英雄王は未来視を可能とすると聞いたが、果たして彼は一体どの段階の千里眼を有しているのやら。

 だが、そんな予言を聞いてもなお、征服王は笑っていた。

 

「一人ではない。断じてな。余には共に戦場を駆けるマスターと、時空を越えて応じる朋友(とも)たちとの絆がある。どのような者が相手であろうと、負ける道理など微塵もないぞ?」

 

 ……それは、あの固有結界を知るものならば誰しも納得してしまえる言葉だった。

 あの無数の軍勢相手に立っていられる奴など早々いない。まぁ心当たりはなくもないが、ここで口にするには野暮というものだ。

 

「……さて、魔術王よ。見たところ貴様にはマスターがいないようだが、如何にして現界しているのだ? それもまた、余人には解らぬ魔術式によるものか?」

 

「確かに彼女は彼女でなくなったけれど、契約は続いている。所詮マスター権が変わっただけだ。私はもう用済みになったらしくてね。絶対命令権という令呪も受け付けられないから、後は現界するも自害するも自由だと言われたよ」

 

 令呪が効かないサーヴァントなんていたのかよ、と改めて目前の相手の規格外さに呆れ果てる。

 これまでも相当ぶっ飛んだ連中には会ってきたが、ソロモン王は本当にただの英霊とは格が違う。なにせ魔術の祖である。魔術師の中の魔術師と言っても過言ではないだろう。

 

「……ん、待てよ。その口ぶりじゃあ、自害するつもりはないのか?」

 

「引き起こしたのは私自身だからね。求められた事とはいえ、世界を滅ぼす事態にまで発展してしまったし、後はこの戦いを見届けることくらいしか役割がない」

 

 救う、ではなく「見届ける」ときたか。

 だが――それは、良いことを聞いた。

 

『……ルツ様、あまり彼に失礼を働くと呪われますよ?』

 

 既に世界を呪ったような奴に働く失礼などない。

 だがまぁ、ソロモン王といえば72の悪魔や天使を使役していると聞くし、無闇に暴言を吐くのは避けた方がいいかもしれない。

 

「な、なぁ、結局どうするんだよ。あの洞窟の奥にいる奴を倒すのか? このままじゃ全員アサシンに……!」

 

「……ヤベ。そうか、アサシンがいるってことは――」

 

「当然あやつもいるであろうなぁ。のぅ、騎士王?」

 

 より強い魔力の気配が現れる。

 馬の嘶く声と、冷たく此方を射抜く殺気。

 振り返った先の高台には、その姿を黒く染めたランサーの姿があった。

 

「会話は無用だ征服王。我が呪われた槍の一撃は、いかな者であれ殲滅する」

 

「……フン、しばらく見ん内に随分と面白味がなくなりおって。どうやら余が直々に相手してやらねばならぬらしいなぁ?」

 

「っ――」

 

 息を呑んだのはウェイバーだった。

 それも当然。此方が用意した逃走手段には、令呪を使う以上ライダーの存在は必要不可欠。

 だが、聖槍には既に魔力が込められている。彼女が山ごと私たちを吹き飛ばすのと、ライダーが私たちを連れて転移するのと、一体どちらが早いだろう?

 

「どうにかできないのか魔術王……!」

 

「……悪いが、丸一年働かされたものでね。彼の聖槍を防げるほどの防壁を張れる魔力は、もうこの身には残っていない」

 

 使えねぇ、と零したくなる衝動をなんとか抑え、逃走用の手段について思考能力を総動員する。

 令呪は確かに強力ではある。ライダー一人をこの場から転移させるのは問題ない。だが、私たちを連れて、となると僅かな隙が発生する。つまり騎士王に背を向けた瞬間が――私たちの最期となるだろう。

 

「だけど、手段がない訳じゃない。……キャスパリーグ」

 

 と、ソロモンが語りかけたのは足元の白い獣。

 それは短く鳴き声を発し、軽い足取りで此方へと駆け寄ってくる。

 

「その獣が溜め込んでいる魔力を使えば、人間の一人や二人くらいは転移させることはできるだろう。まぁ、発動するまでの時間、今の騎士王が待ってくれるとは考えにくいけどね」

 

「は……? ちょ、何言――――」

 

「フォウフォーウ、キュウ!」

 

 一際高く獣が鳴くと、この場に魔力が満ち始める。

 異質な土地に現れた唯一の抜け道。その魔力の質と気配は、やはりどこかデジャヴを感じた。

 

「私が逃がすとでも――」

 

「――ならば、余達が殿(しんがり)を務めよう。坊主、貴様は月成についていけ。運が良ければ、我らも後に合流することもできようて」

 

「ライダー!?」

 

 騎士王の猛攻を征服王が防ぎ、その間に私たちは安全なところに転移する……ということか。

 ……イスカンダルを失うのは痛手だが、しかし「マスター(ウェイバー)が生き残る」ということを考えれば最適解といえる。しかしそれを行ってしまえば、次に彼と会える確率は激減するだろう。

 

「ッ――“最果てにて(ロンゴ)”――――」

 

「――勝鬨を上げよ! “王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)”!!」

 

 騎士王が槍を振り上げた直後、閃光が視界を満たす。

 しかし聖槍の一撃が自分たちへ届く前に、宝具を発動させた征服王ごと、敵勢の気配も消え失せる。

 ――一瞬で固有結界に叩き込んだのだろう。今頃、無双の軍勢はアサシンと騎士王相手に大地を駆けているに違いない。

 

「ウェイバー、令呪だ。それで征服王のバックアップができる!」

 

「っ……ああ、もう! 絶対勝って戻って来いよライダーッ!!」

 

 その一言に全てをつぎ込んだのか、ウェイバーの手の甲に刻まれていた令呪が消えていく。

 これで彼の安否を確かめる術は無くなった。だが、令呪全画の補助は相当な助けにはなってくれるだろう。

 

「……!? おい、アンタは――」

 

「もう私にできることはない。あとは、君たちの行動で未来は決まるだろう」

 

 人類を救うことまでは仕事に入っていない、とでも言うつもりなのだろうかこの王は。

 確かに彼はそのように作られた存在なのだろう。そして魔力がない以上、もはや彼ができることは何も無い。

 だが、それは――

 

「――()()()。お前にはまだ、訊かなくちゃならないことが山ほどある――……!」

 

 光が全身を包み込む。

 転移を行使する魔力が、物理法則を書き換えていく。

 歌声のような獣の声を聞いた途端、魂と肉体が離れるような錯覚を起こした。

 

 だけど、その刹那。

 

 ――確かに、私は魔術王(かれ)の手を取った。

 

 




 ちなみにソロモンさん、指輪は揃っているので外部からの魔術は効かないものの、魔力がないので魔術が使えない模様。
 ……正直、魔術王を通常召喚したときのパラメータが不明なので、判明している保有スキルとクラス別スキルを複合してます。

 次回から後半戦。

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