ザッザッザッ、と早足で歩いている。
新都の郊外というだけあり、館を囲むこの森は中々に深い。近所の子供達にとっては、冒険心や好奇心を揺さぶる格好の場所であろう。
しかし、昼間は冒険の土地になっても、夜になると何ともいえない不気味さが顕になってくる。
よって当然、森周辺に人が近寄ることは滅多にない。
そうして草木の生い茂る土地を抜け、人工的に造られたコンクリートの道に入る。
夜とはいえ、不自然なほどに街は静まり返っている。まるで人が全て、突然消え失せてしまった異常現象でも起こっているかのよう。
と、そこで隣を歩いていたウェイバーに服の裾を引っ張られて足を止めた。
……言いたい事は顔を見ずとも分かるが、一応無言で視線を交わし、共に後ろを振り返る。
「…………」
二秒ほど背後の光景を見つめ、再び二人で歩き始める。スピードはさして変わらず、無表情と無感情を装って足早に。
だが、十歩ほど進めてまた立ち止まり、今度は隣と視線を交わすこともなく、同時に振り返った。
「……」
「……」
「……?」
そこでアンタが首を傾げるんじゃない。
などと心の内で突っ込みつつ、不思議なものを見るような瞳を向けてくる、どこか緊張感の欠けている王様を改めて見やる。
褐色の肌、長く白い髪、全てを見透かすような眼。
衣服の袖から見える指に嵌められている指輪は、そこまで豪華な装飾は施されてはいないものの、魔術師ならばその一つ一つが現代の技術では決して作れない神秘性を秘めているものと直感する。
――だというのに、その所有者本人からは魔力を欠片も感じない。
いや、原因は既に知っている。そもそも円蔵山であっさり白状していたし。
「……なぁ、どうするんだ?」
ウェイバーが横から小声でそう問うてくる。
確かにこのまま放置しておくこともできないだろう。実体化した規格外級サーヴァントが、無言でてくてく後ろをついていくる状況など、一体何の都市伝説か。
そうしてしばし思考を巡らせ、一応の対応策を決断する。
「……ひとまず、敵意とかはないようだし……つーか、元々見届けるだけとかほざいてたしな。知っている情報を引き出せるだけ引き出そう」
「それ、嘘をつく可能性は?」
「ないと思う。ついたところで、もうメリットもデメリットも発生しない状況らしいし。流石のソロモン王だって、相当やらかした自覚はあるっぽいし?」
はぁ、と軽い溜息を吐く。
彼のマスターが一体どんな手を使ったなど私が知る由もないが、まさかサーヴァントに世界滅亡計画の片棒を担がせるなど常軌を逸している。間違いなく、主犯は
円蔵山では状況が状況だったため、彼には割といつも通りの調子で声をかけていたが、こうも近くで――しかもこちら側のサーヴァントがいない今は、どう接していいか困る。
気持ちを落ち着け、なるべく相手の琴線に触れないよう――いやこういうタイプの琴線なんぞ見極められないのだが――とにかく慎重に、言葉を選びながら口を開く。
「あー……魔術王? 何故ここにいるんです?」
「何故、と訊かれても。転移の直前、貴方に巻き込まれたとしか言いようがない」
「まぁそうですけど……ならどうして、館の外に?」
「転移する直前に引き込まれた影響で、私にかけられた転移は中途半端に効果を失ったからね。館に到達する前に、私だけ森の中に落とされたんだよ」
「――――、」
一瞬、彼の王が宙から地面に落ちる姿を想像してしまったので、舌を噛んでどうにか笑いを堪える。下手に反応したら呪い殺されてしまうかもしれない。
ちなみに横目でウェイバーの顔を見ると、彼も必死に表情筋に命令しているのか頬がピクピクと震えていた。豪快な征服王相手ならともかく、目の前にいる人物は在り方こそ違えど「王」である。何が不敬として見なされるか分かったもんじゃない。
「それは災難でしたね……えーっと。私たちはこれから、街に起きてる異常を調査しに行こうと思って――」
「無理に硬くなる必要はないよ。この世界の案件を解決しに来た貴方からすれば、私は黒幕以外の何者でもないからね。情報が欲しいというのなら与えよう」
「あっそう? じゃあ洗いざらい全部吐け」
スパッとスイッチを切り替えて肩の力を抜く。隣のウェイバーは青い顔で此方に何か言おうと口をパクパクさせているが無視する。
本人が良いと言っているのだ。ならば、私はありがたくその言葉に甘えるのみ。
「いつ召喚された? 主犯はアンタのマスターでいいよな? 一応訊いておくけど、そのマスターの名前は?」
「私は今から一年ほど前に現界した。計画を立案したのは彼女自身だ。名は、ルース・エヴァーツ」
「……計画が動き始めたのは?」
「召喚されてからそう日は経っていない頃だったね」
「どうして加担した? 経緯を聞かせろ」
「まず私の力を恐れた彼女は、私に自分で自分の意識を刈り取るよう命令した。別に、私に抵抗する理由はなかったよ。確かに彼女が異常だということはすぐに解ったけれど、彼女の未来像は常にあやふやなものだった。当時詳しいことは解らなかったが、結局私はそれを了承した。それが、私にされた
「――――、」
――あ、ダメだ、こいつ。
確かに空気が読めなかったり、緊張感がないとは思っていたが、ここまで来るとその予感は確信に変わった。
もはや彼はそういうレベルではない。機械そのもの、というより役割に徹し過ぎ――いや、その表現が合っているかどうかも定かではない。
彼はきっと――そう、そのように求められたが故に、
「そう、か。いや、情報提供に感謝する。そういう事情ならアンタも被害者の一人ってワケだ。……悪いな、なんか」
「? 貴方が謝ることじゃない。同一人物といっても、同じ存在というわけではないだろう?」
……ややこしい言い回しだが、大体合っているのが何ともいえない。
並行世界とは、多くの可能性を認めた事象である。私という存在を種とするならば、問題を起こした別世界の私は花。まぁ最初から私という過程をすっ飛ばした全能野郎もいたが、それはまた別の話だ。
「……さて、じゃあ本題だ。円蔵山のいる奴と、さっきの咆哮――正体は?」
言い放つと、ウェイバーが緊張により身を強張らせ、魔術王は静かに頷いた。
「円蔵山にいる彼女はマザーハーロット。先ほど顕現した獣の一体は、彼女に惹かれてやってきてしまった存在だ」
――そこで、再び遠方から雷鳴が轟いた。
円蔵山方角の空には暗雲がかかっている。目を強化して、青白く光る雷の発生している箇所を見つめると、一瞬黒く巨大な影が天空で蠢いているのが見受けられた。
「うわ――――――…………ぁ」
「お、おい、しっかりしろよ! 大丈夫か!?」
「不用意に見ない方がいい。見つかったら、この地点に向かって呪いを放ってくるかもしれないからね」
その場で頭を抱えてしゃがみ込み、現実逃避したくなる気持ちを寸でのところで押さえつける。
そっかー、ここで黙示録を引っ張り出すかぁー、もう勝手にやってて下さい。
逃げたかった。逃げ出したかった。終末案件などどうやって解決しろと言うのだろうか。救世主になんかなりたくはないのだが。もう全部抑止力がやれよ。人間一人でどうしろと。
「待て――待てよ。魔術王、何か手は打ってあるのか? 一年間も大聖杯の近くにいたんだろ? っていうか、あの様子だとアインツベルンの聖杯手に入れたんだろ?」
「あぁ、どうやら完全に意識が戻る直前に
「……ん?」
え、とウェイバーが気の抜けた声を出したのは、私と同じように事情が飲み込めなかったからだろう。
使わせてもらった? 何を? 聖杯を?
半ば自暴自棄的に、一縷の希望にすがって投げた質問だったが、あっさり返されて困惑する。なにか、とてつもなく重要なことをまだ完全に聞いてはいなかったのだろう。
「使った――って、聖杯を? まだ英霊は四騎残ってたのに!?」
『そういえば、脱落した英霊は騎士王にハサン、英雄王でしたね。征服王の安否は、今や確かめる術はありませんが』
「あ゛」
サファイアの言葉で、最大の要因に思い当たる。
……英雄王。あの英霊の魂一つの比重は、数騎分のサーヴァントの魂と同等であるということを――!
「うわぁ……そうか、なるほど……」
「え? なんだよ、何か解ったのか!?」
ウェイバーがそう説明を急かしてくるが、冷静に考えてみれば、あの英霊が聖杯に呑まれたことの方が驚きだ。
死んでもなお迷惑をかけ続ける王ではあるが、そう易々と脱落するような奴じゃないことはよく知っている。今こそ、この都合の良い解説役に訊くべき時なのでは――
「……あれは魔術礼装かい? へぇ……随分高度な魔術理論で構築されているようだね。製作者は魔法を操る知恵者かな。自我のある精霊を宿しているなんて珍しい」
『褒めても何も出ませんよ魔術王。私は魔法少女適性のある者にしか従いません』
魔法少女、という単語に軽く首を傾げる魔術王。現状、その情報を仕入れても何の得にもならないと思うので是非聞き流しておいてほしいところである。
「……質問、質問だ魔術王。どうやって英雄王の魂を聖杯……いや、大淫婦に回収させたんだ? 倒せたとしても、あの英霊は本当に規格外だ。数時間やそっとで飲み込めるものじゃないと思うんだが」
「……二百年間、この土地に溜められていたのは魔力だけではないんだよ。この街に住む人間の悪意、欲望までもが入り混じり、聖杯の魔力自体が汚染されてしまっている」
「汚染……って、じゃあこの世界も聖杯そのものが狂ったのか!?」
「いいや、聖杯自体は本物だ。本物の願望器としての、真っ当な機能は残されている。ただ純粋であるが故に、その魔力が濁れば影響を受けてしまう。逆にいうと、その魔力を使い切るか、汚した要因を排除してしまえば、聖杯は本来の輝きを取り戻す」
……つまり、聖杯は無事だが、纏う魔力は最悪、ということか。
二百年という歳月は、人間にとってあまりにも長い。なにせ百年もあれば、時代は次のステージに向かうのだ。人の生涯は短いというものの、その実発展となるときっかけさえあればサクサク進んでいく。より良い未来を望み、人間は更に多くのものを欲しがるのだ。
――その果てが、あの退廃した大地というのは皮肉なことだが。
そりゃあ二百年分の悪意なら英雄王だって適わないだろう。まぁ、本当に呑まれていたとして、完全に理性までも消えているとは思えないが。
「……で。結局何て願ったんだよ、アンタ」
「“この災厄を打倒しうる英霊を召喚せよ”……と。けれど基本、冬木の聖杯は縁による召喚だ。おそらく現時点で残っているマスターたちの縁の方が重要視される確率が高いだろう」
「ちょ、待て。そういうことは会ってからすぐ言うことだろ!?」
滅茶苦茶重要な問題だった。それが彼の打てた唯一の対抗策なのだろうが、何故にそれを円蔵山の時に言わなかったのだろうか。言わなくでも、それくらいはどうにかなると千里眼で視ていたのだろうか?
しかし……はて、私の記憶の中でも獣を倒せる英雄などいただろうか。というか英霊なんてどれもこれも強力で、そう判断はつかないのだが……
「既に彼ら彼女らはこの世に現界し始めているだろう。残っている他の主従への声をかける方針に異を唱えるつもりはないけれど、まずはその英霊たちを探した方がいいだろうね」
「えぇえ――……そんな、手掛かりもなしに……」
エルキドゥの気配感知スキルがあれば造作もないだろうが、マザーハーロットによる侵蝕が進んでいる今、私たちだけではそう簡単にサーヴァントなど見つけられるはずもない。
せめて念話が通じればいいのだが……やはり、令呪を使うべきだろうか?
「……なぁ、その召喚した英霊って何騎来るんだ……です?」
「少なくとも
「? 何言ってる。ウェイバーはサーヴァントじゃな――」
『いえ、ルツ様。今の彼はサーヴァントに憑依されています。擬似サーヴァント化しています』
――視線をウェイバーへと向ける。
すると、既に自覚があったのか、目を泳がせながら恐る恐る首を縦に振るウェイバー。
「……言えよ! 先に! 言ってくれよ!!」
「いやだってボクも突然の出来事で――!」
「“視た”ところ、ある高名な軍師らしいね。真名は諸葛孔明――キャスターのクラスかな」
一体どこでそんな大物と縁を結んでいたのだろうか、この少年。いや座というところは時間の概念がないとかそういうかなりあやふやな場所らしいし、未来のマジシャン先生が何かしらやらかしたのだろう、多分。
だが――しかし。
「術パーティかよ……!」
装甲:紙。どっかの狐耳キャスターも、それが原因で殴り合いとは相性が悪かった。
……いや待て。なぜウェイバーにキャスターの英霊が憑依したのに、アンデルセンはエクストラクラスになったのだろう?
そんな問いを投げてみると、これにもあっさりと彼は答えた。
「あぁ、私が聖杯に願ったのを区切りに、そこから召喚される英霊は既に次の聖杯戦争用の
「つまりこれから来る『援軍』は、第二次聖杯戦争用の魔力によって召喚される……ってことか」
「まぁ事が事だから、全員が聖杯の魔力によって来るとは限らないけれどね。抑止力からの使者や、世界そのものが召喚した“冠位”のサーヴァント……あの山に顕現した獣が、未だ上空にいるのはそういうことなんだろう」
「……冠、位?」
それは橙子さんとかがなっているアレだろうか。いや、彼が言うのならまた意味合いは違うのかもしれない。一般社会でも魔術世界でも、一つの単語が別の意味を持つことはそう珍しい現象ではないのだから。
「キューウッ!」
『敵性反応感知。来ます』
警戒の声で身構える。
闇の落ちた地面から這い出たのは二つの影。
言葉が通じるようには到底思えない、亡霊のような存在感。ただそれらの手には、槍や大剣のような武器が握られており、まるで英霊の抜け殻のようにも感じられた。
……否、彼らも元はといえば英霊だ。これはただ、不完全な状態で召喚されてしまったが故の姿だろう。
それこそ英霊の核となる霊基を失った存在――シャドウサーヴァントの登場だった。