「いきなりラスボスを連れて来るとはどういう了見だ」
遅かったな、の一言もなしにそんな苦情が飛んできた。
真冬の夜。暗闇でもなお赤色が見事な冬木大橋付近。
半日ほど久しぶりに見る彼の姿も、捻くれた性格も全く変わっていなかった。
……いやまぁ、無事な様子を確認できて安心したが。
そんなアンデルセンの背後には、見覚えのある赤い弓兵が立っている。向こうに此方の記憶はないだろうが、しかし月で見た彼とはまた違った気配を感じた。
同一人物だが同一人物ではない……とかいう手のものだろうか?
「あー……いや、警戒しなくてもいい。こいつは魔術が効かないだけの解説役だから」
『とうとう断言してしまいましたね』
断言するとも。なにせ事実なのだから。
私の言葉にアンデルセンは目を細め、じろりと私たちの後ろにいる魔術王を見やる。
数秒の緊張状態が続き、やがて眺めていた彼の方が軽く鼻を鳴らして視線を外した。
「……確かに脅威といえるほどの魔力は感じないが。しかし何処でこんなものを見つけてきた? 道端にでも捨てられていたのか?」
「そんな捨て犬みたいに……まぁ、そうだな。一度お互い何があったか報告し合おう」
そう言ってちらとアーチャーへ目を向けると、了承してくれたのか軽い頷きが返ってくる。
やけに察しがいいのを見るに、もしかすると既にアンデルセンから私の来歴を聞いていたのかもしれない。まぁ、話が早いのはこの際助かるが。
――一通り話し終えると、まずは魔術王を除いた全員で深い溜息を吐いた。
円蔵山に潜むモノ。
未だ天空にいる龍。
やがて訪れる終末。
考えるだけでもううんざりだった。さっさと逃げ帰りたい、というのが皆の本音に違いない。
「……災害の獣か。まさかこんなところで相手にすることになろうとはな」
「流石に余裕……ってワケじゃないよな。こういうタイプの敵はやっぱ珍しいのか?」
「珍しいどころか、そもそも出現してはならんものだろう、アレは。ここが特異点化している以上、その原因を解決せねば間違いなく世界は終わるぞ」
まぁ、
アンデルセンの言う原因は、やはり聖杯だと推測できる。それを破壊するか回収するかの道以外に、自分たちが生き延びる選択肢はない。
「ひとまずこれで英霊は四体か……その内、二人が戦力外、と。ちなみに進捗はどうなってんだよお前?」
「なに、至福の瞬間までの道はそう遠くはない。急かされる理由は重々承知しているが、生憎と俺は急かされるとやる気を失くす。せいぜい首を長くして待っていろ」
……既に一年は待っているのだが。
しかし、できていないものは仕方がない。未完成の原稿を貰っても、編集側としては全く喜ばしくもない。
それにこれだけ時間をかけているのなら、きっと出来は相応に良い筈……だ。多分。
「……おい、そいつは信用していいのか?」
くいくい、と裾を引っ張られて振り返る。
ウェイバーが言っているのはアーチャーのことだろう。いくら私が最低限向こうの性格を知っていても、彼にとっては誰も彼もが初対面なのだ。警戒する態度はむしろ、正常な反応といっていい。
「ん。まぁ大丈夫だろ。月じゃあ、ノリノリで執事服着て戦闘中に紅茶入れてた奴だからな。ひとまずアチャ男と呼んでやれ」
「何故。いや反対意見はないのだが」
『あえて執事服をスルーする能力は流石ですね』
そんな軽いやり取りを交わすと、若干ウェイバーの警戒度も下がったのか、訝しげに向けていた視線が変化する。
ま、多少の警戒心はあっても問題ないが、あまり信用度が低いといざという時にどんな影響が出てくるか分からない。団体戦において、ある程度の信頼関係は必要不可欠なのである。
「言っておくが、俺はそこの王には近寄らないぞ。何故だか八つ裂きにされそうな悪寒がするのでな」
「何でさ?」
作家様の言うことはたまによく分からない。
確かにソロモンは外見やその逸話からして、いかにもラスボスにピッタリな英霊だが、流石にこんな状況で裏切りをするほど器用な性格はしていない気がする。
最も、千里眼がある以上そうとは一概には言い切れないが……しかし、やはり「今目の前にいる彼」はそんな真似はしないだろうと、確信に似た何かを抱く。
「……さて、そろそろ移動するとしよう。一ヶ所にこれだけの英霊が集まっていれば、霊格を欲しがる連中が寄ってくる」
「その意見には同意したいところだが、ここで朗報だ。更に戦力が増える目処が――」
立ったぞ、と言いかけたその時、覚えのある魔力の気配と殺気を感知した。
ゴゥ、と天空が裂かれるような音がする。
数秒後の馬の嘶きが耳に入る前に、橋の私たちは戦闘準備を整えた。
「アーチャー頼む。ウェイバーと私はその援護。魔術王と先生はどっかに隠れてろ!」
「よし、では指示通り休ませてもらおう!」
「フォウ――ゥ……」
「まぁまぁ、そこまで言わなくても」
フォウとソロモンが会話していることが若干気になるものの、今は無視して敵襲に備える。
サファイアからの身体能力強化、魔術障壁や物理保護はAランクで機能中。
ウェイバーも恐れこそ消え去っていないが、力の行使はできる状態だ。
アーチャーは言わずもがな。抑止力のバックアップを受けている彼ならば、多少の傷を受けても戦闘続行は可能だろう。
「……迅速な判断だな。多くの災厄を潜り抜けてきただけはある」
「嫌味か。出身軸が外来生命体のせいで世紀末状態になってた時の話でもするか?」
「遠慮しておこう。その話は今の人類には早すぎる。それに――――来たぞ」
何度目かの馬の嘶きが聞こえて空を見る。
視界に入れるは一点に収束された最果ての槍と、それを携える黒い騎士。
……彼女がいることから推測できる
アーサー・ペンドラゴン――まだ倒れていなかったとは。
「貴様は……そうか、抑止力の駒。世界はまだ諦めてはいないということか」
「そういう事だ。君を、いや君たちを切り伏せねば私も帰れないのでね。潔くここで散ってもらうぞ、騎士王」
「――面白い。我が呪われた槍の一撃、耐え切れるか」
言い放った瞬間、天より馬が地上目掛けて駆け下りる。
流星が如きその速さ。同時に黒く輝く槍から放たれるその魔力――直撃すれば、無事では済まないのは明白。
だからこそ、先に彼を前方へ配置した。
「
上空から来る魔力の塊を前に、赤い弓兵が詠唱を紡ぐ。
すると彼を中心にして、強力な魔力の波動が大橋に発生する。
これより造り上げられるのは正真正銘の紛い物。それが迫る対象は、ギリシャのある英雄が持つとされる盾である。
「――“
空を裂く。地を繋ぐ。
世界の表裏を繋ぎ止める錨。
最果てで輝き続ける光の柱。
だが今のそれは、黒く染まりし呪いの槍。
突き立て、食らう、十三の牙だった。
「――――“
それを、真正面から迎え撃つ。
光で出来た七枚の花弁。その一枚一枚は、城壁と同格の防御力を誇るモノ。
……二つの力がぶつかった衝撃が、後方にまで及んでくる。
突風というレベルではなく、まるで竜巻の中に放り込まれたようだ。
ウェイバーも擬似サーヴァントだからこそ、肉体的なダメージはこのくらいでは発生しない。私もサファイアからの補助がなければ危なかっただろう。
「……ッッ!!」
それでも、ビリビリと肌の表面が痺れている。
所詮Aランクの保護や強化が備わっていようと、人間は神造の兵器とは戦えないのだ。格というか次元というか、ロンゴミニアドと矛を交えた暁には、私の方が敗退するに違いない。
「――、?」
とその時、六回度のガラスの割れるような音が聞こえ、唐突に風が止んだ。
違和感やその不気味さを抱えたまま、閉じかけていた瞼を開く。
……そこで、馬に騎乗したランサーが橋に降り立っているのを認識し、盾を展開したアーチャーと十メートルほどの距離を取っていることに気がついた。
当のアーチャーは、あれほどの大魔術を発動させておきながら呼吸も乱していない。抑止力による召喚だからだろうか、通常の手順で英霊として呼び出された時より、ステータスが強化されているのかもしれない。
「――蹴散らすぞ、ラムレイ」
一瞬、不快そうな表情をした後に馬上の騎士がそう指示を出す。
主からの命令を受け、一際高く鳴いた馬は全速力で此方へ向かって突撃する。
「計略だ……!」
ウェイバーがそう言うと、物理的・魔術的な保護がかけられたのを感じ取る。
咄嗟のことにしては中々良い判断だが――
「総員回避ィ――――!」
『的確ですね』
「そりゃどうも。ウェイバー!」
「え? うわぁああッ!?」
前方にいたアーチャーは指示通り回避に徹したが、それを無視して相手は速度を緩めることなく攻めてくる。
追いつかれるまでの刹那の時間、私は近くにいたウェイバーを引っつかむと、素早く橋の道路から飛び降りた。
「逃がすとでも――」
「それは此方の台詞だ」
上で爆音が響く。
空中に身を躍らせた後は重力に従って落ちるのみ。ただし着地は各自、自己責任である。
「~~~~ッ!?」
心底から肝が冷えたらしいウェイバーが息を呑む。
そうして私はタイミングを見計らい、彼を掴んでいた手を離して地面へと着地する。
「……っと、走れ少年!!」
「ちょ……! 一体何なん――」
彼が抗議しかけた瞬間、橋から高密度の魔力によるビームが放たれた。
否応なくそれはコンクリートの地面を砕き、辺りを瓦礫の景色に作り上げていく。
一歩でも止まれば死ぬ。
そうウェイバーも即座に理解したようで、先に走り出した私に負けず劣らずの速度で地上を駆けることとなった。
「……っく、そぉ! ダメだ、この人数じゃとても足りない! 向こうには聖杯があるんだ、勝機が全然見えない――!!」
「んなことは分かってるよ畜生! けどさっきの騎士王、前より大分弱ってるっぽいぞ!?」
その証拠が、先のアーチャーとの戦闘である。
一点に収束された魔力の放出。聖槍ロンゴミニアドの一撃が、結果的には贋作である盾に防がれたのだ。故に、あの相手に勝機がないなどということは決してない。
……征服王との戦闘によるダメージは、未だ回復し切ってはいないようだ。
「でもどうしろって言うんだよ! 他のサーヴァントが来るまで逃げるのか!?」
――他のサーヴァント。
その単語を聞き、一気に脳内で計画が組み上げられる。
世界の状況。
全てを統合した結果――一筋の光が見えた。
「……いける」
「魔術王ォ――――!!」
叫んだ。
力の限り、全力で呼んだ。
背後からは魔力砲と剣戟の音が聞こえ、周囲では次々とあちこちの地面にクレーターが形成されている、そんな戦場の中で。
「おいソロモン! その指輪の力で魔法陣くらいは書けないか!? いや書け、書いてくれ、今すぐに!!」
「ちょ、お前――!?」
呆れと怯えが入り混じった様子で、そうウェイバーが声を上げるが無視を貫く。
なにせこの作戦が決まれば状況はひっくり返るのだ。折角見つけた打開策をこのまま野放しにする理由はない!
『――可能だ。術を発動させることはできなくとも、土台を作ることくらいはできる』
念話……ではなく、空間から響くようにソロモン王の声が耳に入る。
おかげで一体どこに身を潜めているのかてんで分からないが――なに、返事があっただけ良しとしよう。
「英霊召喚の魔法陣だ! 大きさは問わない、私の手が届く範囲に書いてくれ!」
『了解した』
そんな返事が聞こえた瞬間、公園の川――未遠川の水が蠢いた。
無数の蛇のように流れ、動く水が地上に紋様を描いていく。
まるでこの地面そのものが印刷機械のよう。そう思うほどに、随分と手際が良い一大作業の光景だった。
「――オーケイ。サファイア、提供魔力を限界値まで引き上げろ!」
『仕方ありませんね』
やはり、どこか嫌そうな調子での承諾である。
しかし許可が出たのなら話は早い。あとは一刻も早く、私が全てを詠唱するだけなのだから。
「
ラテン語の呪文で体内のスイッチを切り替え、同時に触媒となるカードを出す。
既に世界は時間軸から切り離された。
そしてこの場には召喚のための陣が構築されている。
ならば、最後はそこに私が魔力を注ぎ込めば済む話。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。我が師には魔導元帥シュバインオーグ――」
足を動かしながら早口にそれを言い放つ。
一秒でも速く、一瞬でも速く、次の言葉をしっかりと唱え上げる。
「――告げる! 汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら我に応えよ! ならばこの命運、汝が剣に預けよう!!」
通常の英霊召喚の儀で使うその言葉には、若干の変更を加えてある。
これこそ他世界から彼を呼び出すための法。
第一の条件を満たすには、全てを眺め、記録する神の自動書記装置の存在する軸であること。
第二の条件は、月がなくとも、世界が通常の時間軸から外れていること。
それらどちらかが成立した場合にのみ、彼はこの世に現れる。
「誓いをここに……! 我は常世全ての善と成る者、我は常世全ての悪を敷く者――!」
極大の魔力砲が迫る。後ろを振り返らずとも解っている。
弓兵による援護は間に合わない。一秒の後、公園には二人の魔術師の亡骸が転がっていることだろう。
「汝三大の言霊を纏う七天、」
それでも言葉を紡ぎ出す。止まれる余裕などもう残っていない。
己の内を巡る全魔力を、地を覆う魔法陣に叩き込み――
「――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!!」
光が視界を染め上げる。
轟音と共に足元の地面が崩れていく。
その中でもなお、儀式の完了を感じ取った。
「――――現界完了。さぁ、どこから切り落とそうか?」