「彼」の顕現と同時、大地から無数の刃が煌き、一斉に騎士王を串刺しにかかる。
無論、騎士王の方もそう簡単に倒れる英霊ではない。弱体化しているといっても、本来の実力はトップクラスには違いないのだから。
「聖槍、抜錨」
再び槍に魔力が収束され、薙ぐように打ち放つと自身に襲い掛かってきた剣の群れを一掃する。
だが、騎士王のいる位置――空中の真下、地面より銀に輝く鎖が飛び出していく。
天をも拘束する鎖、地上と天を縫いとめる為に放たれた、神々からの最初にして最後の慈悲。
それが彼女を騎乗していた馬ごと絡めとった瞬間、再度射出された武具の嵐が巻き起こった。
「うわぁ……」
その威力、その光景はまさしく神話の再現といっていい。
捕われた中でも彼女は聖槍を黒く輝かせている。だが――供給される魔力は無限であれど、流石にもう霊基の方が限界だ。
「っ、ぁ――――、」
そうして崩壊の時が訪れた。
かつて白く照らされていた槍は闇に堕ち、それでもなお輝きを失わなかった尊き光。
ロンゴミニアドを持つ彼女は、ここで脱落する。
彼女を打ち破った私たちは、さらに前へと進んでいく。
トドメといわんばかりに、最期には数十の槍が崩れた霊基を貫き――そして、誉れ高き理想の王は絶命した。
英雄エルキドゥ。
規格外だとは重々承知していたが、久しぶりにその強さを目の当たりにすると現実感が薄れていく。確かに彼を戦場に投入すると、派手な光景になるのは当然なのだが……やはり、一年も平和にやっていると感覚がおかしくなってくるようだ。
「久しぶりだねマスター。今回はどんな厄介事を引き起こしたんだい?」
「私じゃないってーの……ふぅ、とりあえずこれでまた一人追加だな」
大幅に魔力を消費したが、それもサファイアの力があればやがて戻る。無限の魔力供給が可能な礼装は、まさに魔法のような代物だ。
冬木大橋の下に広がる公園は、まさにクレーターの海だった。
エルキドゥを召喚する直前に迫っていた魔力の塊は彼によって防がれたので、一応は無傷だが……衝撃が大きすぎたのか、隣でウェイバーが目を回して転がっている。私も今は、緊張が解けて座り込んでいる状態だ。
「――凄まじい光景だったな。君が、彼女が最初に契約したサーヴァントか」
そう言って公園に降り立ったのはアーチャー。多少疲労の色は見えるものの、未だその気配は弱まっていない。抑止力のバックアップは有能である。
「僕はランサーのサーヴァント、エルキドゥ。今回も彼は協力者なのかい、マスター?」
「あぁ、まぁな……ちなみにこっちの少年が諸葛孔明っていう擬似サーヴァント、ウェイバーだ。あと二人ほど、戦力外のサーヴァントがいる」
「作家に戦力を期待するな。俺は頭脳派だ」
「キューウ、フォフォウ!」
言葉と共に登場したのはアンデルセン……と、その頭に乗ったフォウ。
するとエルキドゥが目を警戒するように細める。しかし視線の先は二人ではなく――その後ろ、やや離れた位置で佇むソロモンだった。
「そこの作家が今回私が喚び出したサーヴァント。獣の方はお前が感じた通りだ。で、あの白い奴が元凶のソロモン。この世界の私が召喚したらしい」
「……味方、なのかい?」
「解説役さ。こっちに危害を与えられるほどの魔力は残っちゃいない」
へぇ、と淡白な声で返答する英霊。
……召喚陣を書いてくれたところからするに、やはり魔術王に敵対意志とかはないのだと思う。此方を利用している、という可能性もなくはないが、この期に及んでまだ疑うのは煩わしいってもんである。
『……確かに、英霊の皆さんが彼を信用しきれないのは仕方ないかもしれませんね。未来が未来だけに』
「は? ちょっと待て、まさか魔術王を信用しようって思ってる奴、私だけなのか?」
「らしいな。だが君は人間だからそう思えるのだろう。我々英霊は……なんというか、直感的にだが『排除した方がいい』と考えてしまう節がある」
「成程。となると、やはり俺はどこかの世界でこいつに殺されることがあるやもしれん」
「僕は……少し言葉では表現し切れないのだけれど、概ね二人と同じかな。良い事があるようにも思うけど、やっぱり悪い事があるような……」
それはつまり、英霊の座に記録されているとかどうとかではなく、英霊独特に思う直感的な「予感」だろうか。
……一体何をやらかすんだろう、魔術王。
「と、ともあれ今は味方だ、味方。……だよな?」
「別に私は周囲の信用があろうとなかろうと、責任を感じている以上は協力するつもりだよ。『介入者』だけが、この事態を解決できるらしいからね」
「…………」
だから、そういう言い方と態度が周りからの不信を買っているのではないでしょーか。
とは思うも、それならそれで私は自分の判断で彼を信用しておこう。魔術は使えなくとも、あの世界の災厄とやらを一番理解しているのは彼なのだろうし。
「ひとまず、これで用意できる戦力は揃ったな。ここには丁度良い見晴台がある。敵の本拠地へ侵入する前に、一度様子見といこうじゃないか」
そんなアーチャーの提案で空気が切り替わる。
まぁ確かに、騎士王との戦闘でかなり時間を食ってしまった。敵に動きがあったかは確認する必要があるだろう。
彼の意見に賛同し、弓兵の後に続いて各々が歩き出す。
私も隣のウェイバーを起こしてから、その後ろについて行こうとしたその時、
「えいっ」
既に移動しようと歩いていたソロモン王の背後、召喚したばかりの英霊が思い切りその衣装の裾を踏みつけていた。
ささやかな嫌がらせだろうか。まぁ殴りかからなかっただけでもマシな部類である。
「――ぁぅっ」
しかし、彼が背後を取られていた光景がとてつもなくレアだったのは言うまでもない。
――その場所からは街の全てが見渡せた。
吹きつける風は強く冷たいが、無視してしまえばそう大きな問題ではない。
問題は――そう、そこから見える光景だった。
「……な、なんだって、また、こんなところに……!」
「うん? もう経験があったのか。なら安心だな、それなりに耐性はついてるだろ」
「そんなの、ない……早く、降ろせぇ……ここからぁ……!!」
憎しみと恐怖が混じった声色でカタカタ震えているのはウェイバーだ。
いや、震えているのは寒さの影響もあるのかもしれない。流石に少し、配慮が足りなかっただろうか。
『仮にも擬似サーヴァントですし。これくらいの寒さならどうとでもなるでしょう』
「それよりあの山にいる奴の方が重大だろう。アレが世界の災厄、というヤツか?」
場所、冬木大橋――頂上。
地上から高さ五十メートルの位置で、私たちは深山町の様子を伺っていた。
私とウェイバーはエルキドゥに、アンデルセンはアーチャーに運ばれた形でここにいる。
ちなみにソロモンは装備している指輪の中に浮遊できる能力があるというので自力で来ていた。ただし筋力は最低ランクであるらしい。つくづく魔術師らしいステータスであった。
視界に映っているのは円蔵山の天空付近。
そこでは偶に赤く光ったり、雷鳴が轟いていたりと、とにかく「不吉」な印象しか持たせない光景が繰り広げられている。
「何か……戦ってる、のか?」
「だろうね。強力なサーヴァントの気配とその『災厄』が拮抗している。けど、あの様子じゃあ……きっと、サーヴァントの方が勝つだろう」
マジかよ、とあの山にいる英霊の規格外さに呆れ果てる。
そういえば橋に来る前、冠位がどうのとかと魔術王が言っていたような――
「
私の心中を察したのか、ご丁寧に解説役がその役目を全うする。
……いや、大体予想はしていたが、現実になれとまでは言っていない。
やはり師匠からの課題はダメだ。ろくなもんがない。つーか並行世界の私にろくなヤツがいねぇ。
確かに黙示の獣だと聞いた時から薄々解ってはいたのだ。しかしこう、断言されるとなんとも……
「覚悟を決める時だぞマスター? なんにせよ、アレをどうにかせねばお前も俺たちも――世界も終わる」
アンデルセンの言葉に思わず片手で額を抑えた。
世界の命運。そんなものはこれまでも何度か見てきた。というか、世界は常に滅びと隣り合わせにある。だから抑止力に選ばれた人間がどうにかしてきた。
主に岸波とか、あの殺人貴。後者は少し事情が特殊だったような気もするが。
「ハァ――……落ち着け、こういう時は
「
なんだか獣が呆れたような鳴き声を発していたが、なにはともあれ、精神安定剤は必要だ。頼れるものは全て頼った方がいい。これまでの人生で学んできたことの一つである。
まぁ正直、一旦現実逃避したかった気持ちもなくはないのだが。
“Q.今、世界が滅びかけています。どうにかならないでしょうか。”
“A.うん☆ どうにもならないんじゃない?”
『人の気持ちを全く理解していませんね』
「前から思っていけれど、ルツって結構オタク気質だよね?」
「うるせぇ、ネットアイドルはファンを裏切らないんだよ。ソロモン、アンタなら分かるよな?」
「アイドル……? すまない、あまり興味は持てないかな」
端末を川に全力投球したい衝動をなんとか堪え、ミシリと軋みを上げさせる程度で外界とのやり取りを終了する。
……これはムーンセルにいた頃、偶然繋がったサイトだったのだが、一体管理人は誰なんだろう。やけにアルトリアが訝しげな目を向けては首を振っていた記憶はあるのだが。
「……現実逃避は終了か。あー、行きたくない」
「付き合わされる身にもなれ。山にいる『アレ』は人間にとって鬼門だぞ。街に人影が見当たらないのはそういうことだろう――魔術王?」
アンデルセンの問いに頷くキャスター。
曰く、大いなるバビロンとは一人の女性を指す言葉であると共に、
黙示録によると、その都市では地上の王たちが支配されており、また様々な贅沢品の取引がなされ、地上の商人たちなどに莫大な利益をもたらした……という。
「その逸話の影響で、地上の人間は奴に取り込まれた……ってことか?」
「完全に一体化したわけではないけどね。まぁ、この
『……逆転の発想というものでしょうか。つくづくイカれていますね』
サファイアの言葉に心の底から同感する。
もはやこの世界そのものが異質過ぎるのだ。やはり特異点なんてろくなもんじゃない。
「取り込まれた人たちは……助けられるのか?」
「それが此処を特異点たらしめている原因の一つでもあるからね。彼女が求めているのは魔力――即ち生命力だ。彼女に呑まれた者たちは、生きながらにして死んでいるようなものだよ。助けたいと言うならば――」
聖杯をどうにかするしかない。
……そう、結局どう足掻こうと選択はそれだけだ。そろそろ覚悟を決めて、駒を進めるべきだろう。
「そんなに気負う必要はないよマスター。世界が終わったら、君を責める人間もいなくなるんだから」
「……む、そういえばそうか。じゃあ安心して突撃できるな」
「いやできるワケないだろ――!」
橋にしがみついたままそう叫ぶウェイバー。こんな状況ではあるが、全くブレのない彼の姿にはどこかしら励まされるところがある。
何事にも普段通りの対応が一番だ。それがたとえ、世界の危機であったとしても。
「うし――んじゃあ、エルキドゥ。道中何かの気配はあるか?」
「全体的には“彼女”らしき魔力が町中を覆い尽くしているね。きっと僕達が足を踏み入れた途端に攻撃を仕掛けてくるだろう。……それと微弱ではあるけれど、一つだけ。まだ生き残っている英霊がいるみたいだ」
思わずえ、と声を零す。
消去法でいくに、バーサーカーだろうか? 生き残りそうだとは予想していたが、まさか特異点化してまで生きているとは思わなかった。……いや、確かにあの宝具があれば多少の抵抗は可能なのかもしれない。
あの看護師だけには近づきたくはなかったが、少しでも協力をあおることができるのであれば接触しておくべきだろう。本当に近づきたくはなかったが。
「ソロモン、あと聖杯に喚ばれる英霊が誰かは分かるか?」
「いや、まだはっきりとは。少なくとも、君と縁のある――君が会ったことのある英雄なのは確かだろう」
縁のある英雄。
……それはつまり、あのムーンセルにいた彼らの可能性が高い。抑止力による召喚とはいえ、アーチャーもその一人だった。孔明の場合は、まぁイレギュラーにイレギュラーが重なった結果だろう。或いは、ウェイバー・ベルベットという人間の天運によるものか。
「人との縁は大事にしろよ? たとえそれが、英霊でもな」
「流石は生前、縁に救われてきた偉人の言葉は説得力があるなぁー……」
ハンス・クリスチャン・アンデルセンの
軽く溜息をつき、ふと暗黒の夜空を仰ぎ見た。
そこに星の輝きはなく、月の光さえ地上には届かない。
感じるのはただただ冷たい冬の風。ただし、深山町に侵入すればそこに悪意で満ちた魔力の気配が追加されるだろう。
「――行こう。不本意だけど、世界を救えるのは私たちだけらしいし」
決断の言葉と共に橋からの降下を開始する。
傍らには着地を手助けするサーヴァント。後ろからは目的を同じくする四騎の英霊たちがいる。
獣狩りへの道のりは、今この時より始まった。