Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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敵対者

「――ぐぇ」

 

 初っ端から吐きそうだった。

 深山町。世界が特異点と化している原因が潜む領域。

 故に円蔵山までの道はまだまだ先だというのにも関わらず、私は橋から数歩進んだところで早くも精神的に参ってしまう状態になりつつあった。

 

「これは……酷いな。身体がエーテルで構成されている英霊(われわれ)はともかく、人間である君には猛毒だぞ」

 

『……大気中の魔力濃度を解析、終了。個体・月成ルツへの魔術障壁を修正します』

 

 サファイアの声が響いた瞬間、臓腑を煮るような気持ち悪さが薄れていく。

 外界から受ける魔術的、魔力的な干渉の遮断レベルを適応させたのだろう。しかし気持ち悪さこそ軽減されても、歩くたびに圧し掛かる、悪意に満ちた魔力の気配は着実に此方の精神を折りにきたままだ。

 

 ――気持ちが悪い。吐き気がする。

 ここは、そんな感想しか浮かばないほどに侵蝕された場所だった。

 

「ウェイバーは……平気、なのか?」

 

「……ちょっとした不快感はあるけど、吐き気がするって程でもないな。まぁ、あの山まで行ったらどうなるかは予想がつかないけどさ」

 

「英霊でも気を張っていなければ首を取られるぞ? なにせ月のアレと同じぐらいにおぞましい気配がするからな」

 

 殺生院(アレ)と比較する時点でどんなものかは予想がつく。

 しかし向こうとは別ベクトルで最悪の気配である。ジャンルこそ同じだが、規模や性質は全く異なるものだと思う。

 共通する点は人類悪。

 此度の災害は文明より生まれ文明を食らうもの。月の場合は、まぁ最大の欲によるものだったが……いや、アレもアレでいつか災害に成り得るかもしれないが。

 

「――来るよ、マスター」

 

 エルキドゥによる警戒の声で身を硬くする。

 次の瞬間、地面から現れたのは黒い影の群れ。それは数刻前に戦ったアサシンではなく、どうやら街を覆う魔力によって出現してしまった魔物たちのようだ。

 

 だが、たとえ敵がサーヴァントでなく、此方に強力な英霊がいようとも油断は禁物。

 なにせ人類悪によって発生した存在である。何が起こるか分かったもんじゃない。

 

「前衛はアーチャーとエルキドゥ。サポートは私とウェイバーで行う」

 

「了解……!」

 

 言うとエルキドゥが鎖を生成し、アーチャーは跳躍して矢を放つ。

 その猛攻を運よくくぐり抜けた数体を、私が近接で殴りつけ、さらに後ろからウェイバーによる援護が介入する。

 残りの魔術王と作家は指示しなくても適当に身を隠しているだろう。というか魔術王に至っては魔物が触れても指輪の力が弾くし、先生にはさっさと執筆を完了させて欲しいので、早々に戦闘メンバーからは除外した。

 

 進む道を二体の英霊が切り開き、襲い掛かる魔物たちを後ろの人間たちが始末していく。

 そんな陣形を組みながら、少しずつ災害の根源に私たちは近づいていった。

 

 

 

 

 そこには多くの建築物が連なっていた。

 宣伝のための旗が何本か近辺に設置され、大半の建物には大きめの看板を取りつけており、見た目からして中華店らしきもの、魚や花などが売られていたような形跡のある建物も建っている。

 つまりここは、

 

「商店街……だよな。前に一回通ったことあるぞ」

 

『ルツ様が冬木に来た日ですね。ええ、間違いなくここはマウント深山です』

 

 数日前と比べ、信じられないくらいに活気が薄れていた。

 歩く人影がないのはもちろんのこと、前は全て開店していたというのに、現在は一つ残らずシャッターが降ろされ、外部との接触を遮断されている。どこかしら建物自体にも暗い影が落ちており、より一層不気味さや不吉さの気配が深い。

 

「……獣の影響だろうな。既に住人たちは、残らず奴の一部になっているらしい」

 

 アーチャーの言葉に心から同感する。

 これはやはり、“彼女”が街そのものだという伝承のせいだろう。

 魔術王は冬木市そのものが彼女になりつつあると言った。つまり、もうただの侵蝕ではなく、街が彼女という存在に書き変わっていっているのだ。

 ……流石は人類史を脅かす大災害。規模が違いすぎて話にならない。

 

「あ、マスター。側面からの奇襲に注意してね」

 

「は?」

 

 不意に意味深なエルキドゥからの忠告を受け取った直後、ウェイバーの方から悲鳴が上がり、同時に濃密なサーヴァントの魔力を察知する。

 反射的にそちらへ振り向くと、既に眼前には拳銃を構えた天使がおり――

 

「ぐわぁ――――!?」

 

「ドフォ――――ウ!?」

 

「大人しくしてください。治療します」

 

 次の瞬間、勢いよく地面へと押し倒され、眉間に銃口を突きつけられた。

 犯人の正体にはもう察しがついている。聖杯戦争に召喚されたサーヴァントが一騎、ナイチンゲールであろう。

 

「待て待て待て! お互い人類なんだから対話しようぜ対話!!」

 

「処置します。魂の疾患は命に関わります」

 

「対話ァ――!!」

 

「バーサーカーに正気を求める方が筋違いだろう。ま、これはこれでネタにできそうな状況だがな」

 

 此処には私の敵しかいないのか、と嬉々としてメモっているアンデルセンを睨みつける。

 しかしこの英霊、本当に容赦がない。加減とかそういうのを要求してはならないというか、要求しても治療行為に一直線というか、とにかく手がつけられない。

 間桐家はどうしてこんな英霊を()んだのだろう。というか何を触媒としたのだろうか。非常に疑問なところである。

 

「待ってほしい、ランプの貴婦人。今貴方が相手にするべき患者は他にいる」

 

 止めに入ってくれたのはソロモンだった。

 そしてその言葉が放たれると同時、再び闇から魔物たちが次々と出現してくる。

 ナイスタイミングと思うべきか、それともこの状況で来たことを嘆くべきなのか。

 だがこれだけは言える――生涯何度目かのピンチに陥っている、と。

 

「――急患ですか。ならば仕方ありません」

 

 魔物の気配を察知したバーサーカー――ナイチンゲールがそこでやっと此方に向けていた銃を外してくれた。

 すると素早く彼女から距離を取り、自分も剣を出したサファイアを構えて臨戦態勢に入る。

 

 塞がれていく道はエルキドゥとアーチャーが切り込みを入れ、それをサポート、或いは此方を追って来る魔物たちを蹴散らすのが後衛の役目。

 ナイチンゲール側の事情もさっさと聞き出したいところだが、こうも敵数が多いと落ち着いて話もできない。というか、果たして彼女に話が通じるのかは既に怪しいところだが。

 

「陣形はさっきと同じで! 戦力外の二人は離れないように! あとナイチンゲール! こっちには争うつもりもそんな余裕もないから、ひとまず協力体制を組みたいんだが!!」

 

「なにを言っているのです。この急患たちを治療次第、次に処置するべきは貴方です。()()()()です。魂の穢れは生命(いのち)の癌。摘出しない限り、貴方はいずれ破滅するでしょう」

 

 ……正論だが、間違いでもある。

 彼女の言う穢れは四年前、無理矢理刻まれた他者の記録のことだろう。

 確かに見覚えのない記憶は時たま意識をおかしくさせるが、それのおかげでウィザードとしての技術を数段飛ばしで飛躍させることができたのだ。故に――

 

「その心配には及ばない。なぜならその穢れはとっくに起源の波に飲み込まれたらしいからな。あるのは爪跡だけだ。その程度なら自分でもうどうにかできている。だから、」

 

 そこで襲い掛かってきた魔物の数体を魔力の斬撃で跳ね飛ばし、隙を突いてきた一体を剣の部分で薙ぎ払う。すると軍服コートをはためかせてナイチンゲールが銃撃し、それを援護するように孔明の魔術が放たれる。

 たった一騎サーヴァントが味方に増えただけで、後方部隊の火力も安定し出した。やはりここで彼女を勧誘するのが望ましい。

 

「――だから、今アンタが優先するべきはこの街の病の治療だ。根元を断てば、街中の患者を救うことができる」

 

「――――、」

 

 放った言葉に、ピクリとナイチンゲールが反応した素振りを見せた。

 彼女の原動力はおそらく「治療すること」。ならば、街を侵蝕している災害の除去はバッチリ此方の目的と合致しているのだ。基本的に話を聞かない英霊だが、治療行為の話題については聞き入れてくれるに違いない。

 

「……嘘をついている目ではありませんね。この澱み切った魔力、マスターやサクラの気配が突如消え失せたのもそれが原因ですか。街には()()()()()()()()()、と?」

 

「大方その認識で結構だ。姿は見えないが、死んだワケじゃないらしい」

 

 その証拠に、未だマスターを失ったハズの彼女も現界している。

 黙示録の災害へ呑まれた者たちは、殺されるような事態にはなっていないものの、それは死ぬよりも惨い目に遭っていることでもあるのだ。

 ウェイバーだって、擬似サーヴァントなんて存在になっていなかったら同じ運命を辿っていただろう。私の場合は、サファイアとの仮契約が功を奏したか。

 

「で、どうする。組んでくれるのか?」

 

「効果的な治療法は現状、貴方の提示したものしかありません。患者を救うのが私の役目。癌があるというのなら除去するのが医者の仕事です」

 

 良し、と小さく頷く。

 コミュニケーションは色々大変そうだが、これで戦力が増えた。前衛はエルキドゥがいる限り心配することはないし、後衛である此方も戦力的には申し分ない。

 ――後は、魔物たちを蹴散らして前に進むのみ。

 

「ッ、ハ――――!」

 

 走りながら、道を塞ごうとする影たちを一掃していく。

 私は純粋な魔力のみの斬撃を放ち、軍師は敵を炎で焼き尽くし、看護師は銃撃と物理で対象を叩き伏せる。

 前方、圧倒的火力で突き進むのは意思ある神造の兵器と、それをサポートする赤い弓兵。

 向こうの連携も中々様になっている。剣を生成し、投げつける者同士、案外息は合っているのかもしれない。

 

「――おや」

 

 と、大きな十字路まで来たところでその勢いは止まった。いや、力が落ちたわけではなく、単に立ち止まっただけの話だが。

 

「……? どうし――、ッ!?」

 

 状況を尋ねようとした瞬間、空から鉄の雨が降り注いだ。

 動きを止めた此方を殲滅せんと放たれた全体攻撃。だが、それらはエルキドゥによる大地からの一斉射出で一つ残らず打ち落とされた。

 

 今の戦法、そしてちらと見たエルキドゥの横顔で敵の正体を確信する。

 いつか来るのではないかと予測していたが、今の調子だと、正気を失ってなお親友との戦闘を楽しんでいるらしい。

 

「あいつは……!」

 

「……だよなぁ、やっぱ来るよなぁ――英雄王」

 

 円蔵山へ続く道を遮るように彼は降臨していた。

 しかし姿は見慣れた金色とは異なっており、身につける鎧どころかその身体そのものが黒く汚染されている。

 シャドウサーヴァントは、核となる魂や霊基のない存在だが……目の前にいるあの英霊は、どうやら意識こそないものの、数千年ぶりの再会のためだけに会いに来たものだと伺える。何故あんなのを呼んだ、遠坂家。

 

「マスター。ええと、ここで戦うのは――」

 

「余所でやれ。郊外の森でも伐採してこい」

 

 皮肉混じりにそう返答すると、嬉しそうにランサーが頷く。

 月でならともかく、ここは地上である。場所はきちんと考えなければ、後々どんな後遺症を残すか分かったもんじゃないのだ。そこら辺、師匠から厳しく教えられたのできちんと考えねばなるまい。

 

 さて、とここから先の前衛後衛を決めようとしたところ――地をも揺るがす雷鳴が轟いた。

 

「なっ……」

 

 思わず天を見上げる。

 そこにいたのは、二頭の牡牛が引いている戦車と、その中で手綱を握る大男。

 だが、やはりその姿には記憶にある力強い赤色も、大王らしい覇気も感じられない。

 

 意志のない抜け殻。模倣された影。

 ――とどのつまり、かつて征服王イスカンダルと呼ばれた英雄との再会だった。

 

 

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