Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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 “わたしは、一人の女が赤い獣に乗っているのを見た。
 女の手には、忌まわしいものや、自身のみだらな行いの汚れで満ちた金杯があった。
 その額には「大バビロン、あらゆる娼婦と地の憎むべき者との母」という名が記されていた。”

――ヨハネの黙示録、第17章より。



黄金郷

 大いなる母(マザーハーロット)

 赤い獣に騎乗するその女は荒野のただ中に現れた。

 彼女が象徴するのはローマ帝国の歴代皇帝。及び、ローマ帝国そのもの。

 目の前にいる彼女が月世界に召喚されていた薔薇の皇帝に似ているのは、後世でその皇帝が彼女と同一視されたからだろう。

 

 ……魔術王は、黙示録を再現したと言っていた。

 おそらくその手段としては、セイバークラスにて皇帝を召喚、魔術によって無理矢理に性質を反転――いわゆる“英雄堕とし”のようなことをしでかしたに違いない。

 

 結果、薔薇皇帝――ネロ・クラウディウスは、伝承に基づいたあの姿として顕現するに至った……というところだろうか。

 

「趣味悪いな」

 

「あの妖婦(キアラ)と同じような気配を感じるぞ。ま、規模的にはこちらの方がまだマシだろうが」

 

「なんにせよ、彼女を倒せばこの世を侵蝕する病は消え去ります。ええ、叩き潰す他ありませんね?」

 

「案外余裕あるんだなアンタら……」

 

 無論――余裕などない。1ミリもない。

 相対して分かる。()()()()()()()()()()()、と。

 

 だが逃走する選択は既に諦めている。

 故に戦うという選択しか残らない。

 サーヴァントがいる限り、マスターは戦いを余技なくされる――今更ながら、そんな当たり前のことを思い出した。

 

「――よく来てくれた、皆の衆」

 

 刹那、視界が眩んだ。

 刃物のような鋭さ、しかし蕩かすような声。明らかに人間のものではないそれを耳に入れた途端、五感が鈍り、己という実体が霞み、死の淵限界まで迫った自覚を得た。

 

「膝をつくなよマスター。ここで折れるのは早過ぎる」

 

「分ぁってるって……」

 

『解析終了。魔術障壁を更新します』

 

 サファイアの報告と共に、段々と感覚が回復していくのが分かる。

 どうやら生半な魔術対策では即死するレベルらしい。声を発した程度で周りを蕩かすなど、規格外とかそういう次元を越えている。

 超一級魔術礼装があれど相手は人類悪。あらゆる邪悪を浄化するような加護でもあれば、こんな苦労はしなかったやもしれない。まぁ、無いものをねだっても仕方がないのだが。

 

「よくぞ、(ワタシ)の元へ来てくれた。さぁ、今宵()存分に謳い明かそうではないか。なに、心配は要らぬ。世界が終わりを迎えようと、決して我らが都は滅びない――」

 

 口を開いたマザーハーロットから感じ取ったのは、幼子のような無垢さと純粋さ――そして、()()()()だった。

 しかし、意外だ。存在そのものが邪悪であるといのに、人格だけはただの少女のようにもみえる。これもまた、彼女自身の能力によるものなのだろうか――

 

「……いや違うぞ。能力云々は関係ない。奴は単に、()()()()()姿()()()()で此処にいる。人格ベースは薔薇の皇帝だろうが――まぁ、それにもさして意味はないだろうよ。

 結局アレは他者の理解を放棄し、炎のように周りを食い潰していくだけの獣だ。民衆と己の違いにも気付かない愚かな娘さ」

 

 燃え盛る炎のような愛。それはやがて、周りをも巻き込む災害と成り得る。

 それは相互理解を放り投げての一方的な殺戮。アンデルセンの言う通り、殺す(喰う)ことしか知らないから、当の本人には善悪も何も無い。

 溢れ出ている支配欲()さえ無意識の内。アレはそういう存在()だ。

 

「――だが、貴様は要らぬ」

 

 不意に、マザーハーロットの声に殺意が篭った。

 他者を惑わす性質だけはそのままで、しかして僅かに不愉快さを織り交ぜた声色。

 それははっきりとした敵対意志。

 ()()()()()()()()()()という拒絶の感情だった。

 

「そうだね。冠位の資格を持つ私は、()にとって天敵だ」

 

 ……これだけの殺気を当てられてなお、平然とした態度を取るソロモン王。

 こいつもこいつで一種の化物である。彼が「王」というものの完成形なら、それも納得できてしまう話だが。

 

「失せよ。余は不愉快だ。元より無に帰する運命しか持たぬ貴様が、都に足を踏み入れるなど穢れにしかならん。故に失せよ。それを拒絶すると言うのなら――」

 

 そこまで言うと、彼女の右手に黄金の大剣が現れた。

 ネロ皇帝が携える「原初の火」に酷似したその剣先からは、禍々しい色をした泥が染み出ており、その一滴が零れ落ちると大地の一部が消え失せる。

 

「――無残な屍と成り果てよ。魔物の餌としては相応しい」

 

 瞬間、世界が鼓動した。

 

 

 

 

「――あぁ、限界か」

 

 砂嵐が吹き荒れ、赤い空が地表を照らす終末の果ての世界。

 たった一体の獣の支配領域にて、長髪の英霊がそう呟いた。

 

 世界に仇なす獣、地上世界を支配する筈だった獣は今や、神に造られた兵器と堕ちてなお在り方を変えぬ英霊によって討ち倒されようとしていた。

 七つあった頭部は残り半数を切り、十あった角は一本を残す程度。

 胴体を支える四肢も、地から、或いは宙から伸ばされた鎖によって捕らえられ、もはや使い物にならなくなっている。

 

 それでも存命しているのは、「単独顕現」という獣の証ともいえるスキルのおかげだろう。事実、既に何度も心臓を破壊されているが、一向に消滅する気配はない。

 

 しかし、それもここまで。

 ()()()()()()()()()()()()()()乖離剣による嵐がトドメとなり、ついに残りの首ごと霊格を完膚なきまでに壊された。

 

 再生する暇など与えない。蘇生する余裕など微塵も残さない。

 人類最古の英雄譚を紡いだ、二柱の英霊による獣討伐はこうして幕を閉じる。

 

 ……最後に、土塊の兵器が、霊基を崩して消えていく親友の姿を見つめながら。

 

「いや、限界という言葉は君に相応しくないね。これは単に、また次会える機会ができたということだ」

 

 霊基の格こそ英霊と同等であれど、獣の討伐は生半なものではない。

 泥に汚染され、友との決闘を行い、獣の首を三つ落とした時点で、黄金の英霊は既に死に体。

 最後の意地か、全霊基、全魔力を攻撃に回して世界の斬撃を放った今となっては、もう消える以外に道はない。

 

「またね、ギル――次こそ、いや、次()決着をつけられる時を待っているよ」

 

 その言葉に、確かな希望と愉悦を感じ取った王は微かに笑い、そしてこの世から姿を消した。

 ……だが、神造兵器(エルキドゥ)は続けてその先の言葉を紡ぐ。

 

「――だから、後は僕がやる」

 

 地鳴りと共に、「それ」は地中から現れた。

 竜に似た造形と、子羊を思わせる二本の角。

 それは純然たる悪だった。地に墜とされ、それでもこの世の支配を諦めぬ獣の化身。

 

 第二の獣……赤い獣が地上を支配した後に顕現するといわれる彼は、黙示録において“大いなるしるし”を用いて人々をその手中に収めた。

 それ即ち、赤い獣と同等の力を持つ、第三の獣――――

 

「あぁ、来たね」

 

 だが、エルキドゥの意識は獣にこそ向けられているが、視線は別の方向を見つめていた。

 視界に捉えたのは、世界の最果てよりやってきた聖剣の担い手。

 赤色の空、枯れた大地の世界にいれど、その存在は穢されない。

 それは――まさに、遠い(ソラ)で輝く星のように。

 

「          」

 

 警戒したのか、獣が僅かに声を上げる。

 しかしそれはただの咆哮ではなく、意味を乗せた声だ。もっとも、人類では聞き取ることも発することもできない言語ではあるが。

 

 ……確かに彼は物を言うが、今の不完全な状態では到底人と同じ言葉は喋れまい。

 此処にいるのは、最初に現界した龍の残りかす。赤き獣の支配領域を借り受けてようやく顕現した存在である。

 

「――始めよう、とは言わないよ。君はここで終わらせる。ここで君の足を止めるのが、僕に与えられた役割だ」

 

 獣に向き直り、大地から、地上を埋め尽くすほどの武具の数々を生成する英霊。

 その隣りで星に鍛えられた神造兵装を構え、魔力を収束させていく蒼銀の鎧を纏う騎士。

 

 先の赤獣が人間に対して仇なすものならば、この獣は星に仇なすもの。

 残滓といえど慢心せざるべからず。其の霊基は、既に吸収した幾万もの人命によって形作られ、また、彼の大いなる母が持つ聖杯の加護を受けている。

 

 

 ――初撃は同時に。終焉世界の決着は、今夜つけられる。

 

 

 

 

「Unlimited Blade Works.」

 

 一瞬だけ垣間見た黄金の都は、全てを蕩かす終末の地獄の果てだった。

 それを内側から塗り潰し、破壊するようにアーチャーの固有結界が発動される。

 あってはならないものを排除する、正義の味方という名を借りた掃除屋。

 排除するべき対象への、絶対的な優位性を持っているのが抑止の使者というものだ。

 

「なんと――」

 

 興味深そうに、面白そうに、悪女の口角が吊り上がる。

 元よりアレは欲望の塊。自分の思い通りに事が進もうと、予想外の事態が起ころうと、全てに面白味を見出してひたすらに楽しむだろう。

 

「フェーズ2!」

 

「これでどうだ……!」

 

「カイの欠片よ、命に刺され」

 

「“永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)”」

 

 世界の構築が完了し、ウェイバーとアンデルセンの支援魔術がかかった瞬間、黄金の光を()()()するアーチャー。

 さながら極大の流星群。確かに初撃必殺を意識しろ、とは伝えていたが聖剣のカテゴリーのトップにある物をこれほど投影して結界は維持できるのかと心配になる。

 

 しかし錬鉄の鎧を身に纏っている様子を見るに、その心配は杞憂に終わりそうだ。

 その礼装こそ、この英霊が持つ最終兵器。生前の力を上回る決戦礼装――いわば、神話礼装と呼ばれるモノ。

 

「楽しいな。だが足りん」

 

「フェーズ3!!」

 

 完全に形を残さないほど蒸発した女が、即座に無傷の状態となって爆心地で黄金の剣を掲げる。刃から出る泥は遠近法を無視し、まるで召喚のように上空から流し込まれた。

 掠っただけでも発狂は免れぬ死の泥。見覚えのあるソレに軽く舌打ちして指示を飛ばす。

 

「“我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・プレッジ)”!」

 

「“石兵八陣(かえらずのじん)”――!」

 

 迫る黒い滝を、婦長の宝具である白衣の天使が剣で薙ぎ払うようにして打ち消し、同時に滝の発生源を強制的に大軍師の究極陣地へ書き換える。

 所詮は気休め程度の呪い、彼女相手では何の足止めにもならない――本来ならば。

 

「なに……?」

 

 アーチャーの固有結界の影響が届いてきたのか、その一瞬、確実に彼女の動きが停止する。無論、それを見逃す自分たちではない。

 

「フェエーズ――」

 

「――フォーウ!」

 

 頭に乗る白い獣のノリの良さに関心しつつ、英雄たちの次の動きを見届ける。

 動いたのは、やはりアーチャーだった。

 

「“転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”、“突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)”……どこで見たのかは知らないが、遠慮なく使わせて貰おう」

 

 多分ムーンセルだと思う、という突っ込みはこの際飲み込む。

 アーチャーが投影した白銀の大剣から炎を発生させながら妖婦へ向けて射出、次いで真紅の槍も得意の壊れた幻想として投擲する。続けて矢にした聖剣を更に六度ぶっ放し、国一つは余裕で吹き飛ぶ神秘の暴威が炸裂した。

 衝撃の突風が此方の陣営にまで届く中、更なる追撃として、結界内の無数の剣たちが一斉に敵へと襲い掛かっていく。

 

 やり過ぎと言っていいその威力。

 明らかなるオーバーキル。

 

 だが慢心はしない。絶対にしない。

 人類悪のレプリカが、この程度で終わるワケがない。

 

「フェーズ5――っつっても上空に魔法陣確認! キャスター組は支援継続で!!」

 

「一気呵成に畳み掛ける!」

 

「ゲルダの涙よ、心を溶かせ」

 

 声では既に届かないので念話を用いて伝達していく。

 あのアルテラが月の記録を保持しているかは知らないが、こうして共闘を許してくれた辺り、少なくとも味方として捉えてくれたのは確実だろう。

 地上で地獄が形成されている中、今度は天空から破壊の光が注ぎ込まれることを予感する。

 

 発射まで二秒、という声が聞こえた気がした。

 

「軍神よ我を呪え。(ソラ)穿つは涙の星。――“涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトン・レイ)”!」

 

 世界を焼く大宝具の光が荒野の結界内を満たしていく。

 文明を滅ぼすために生み出されたモノが獲得した、軍神マルスの剣――神の光。

 それは神からの罰。黙示録にて彼女と獣を滅ぼしてみせた天罰の役割を持っている。

 

 世界の間違いを正す抑止の力を借り、彼女を「無敵」至らしめる力を封じ。

 原典である黙示録の条件を満たし、破滅の最期を再現する。

 これ以上とない対策を実行してみたが――効果はいかに。

 

「さぁ――どうだ?」

 

 まだ警戒は解かない。まだ油断は見せない。

 奴の身体と魂が崩れ落ち、現世から消失する瞬間を見届けるまでは。

 

「ふ、はははははは! 良いぞ皆の衆、(ワタシ)は楽しい! これほどまでに胸躍る蹂躙劇があろうとはな!! 少々見直したぞ、褒めてつかわす! では――返礼だッ!」

 

 おぞけが走る笑い声と共に、光の中に闇が生じる。

 ほぼ直感的に危機を察知した瞬間、迷いなく近くにいたアンデルセンの首根っこを掴み、ほぼ同時にナイチンゲールがウェイバーを小脇に抱えた。

 

 ――刹那、開かれたのは黄金の都。

 見た者の精神を溶かし、魂を蕩かし、骨の髄まで残さず取り込む魔の都。

 魔術的にも、物理的にもこの光景には抗えない。

 これは精神汚染の類いの宝具。何者にも侵されず、何事にも不足を見出さず、ただただ満足感と更なる欲望を叶えるためだけに在る悪逆の街――

 

「決して潰えぬ繁栄を。決して滅びぬ帝国を。

 これぞ我らが築いた理想の都。全てを満たす黄金郷」

 

 ――即ち。

 

「“招き喰らう黙示の劇場(エデッセ・ドムス・アポカリプス)”――――!!」

 

 あらゆる神秘をものともせず、さも当然のようにそれは開幕した。

 街に足を踏み入れた狂人たちの歓声、過去現在未来を無視して映し出される地上の姿()

 それら全てに聞き惚れ、見蕩れたかのように身体は動かず、寄り添うように迫り来る光景を無意識に受け入れようとし――――

 

『――まだ、早い』

 

 そんな、何の感情も乗せられていない声が聞こえた。

 

 

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