「おー、やってるやってる」
陽が海の彼方へと沈み、街に凍えるような冬の夜がやってきた。
公園の東側に隣接するよう広がる倉庫街では、既にぶつかり合う金属音が反響している。
何百と連なる倉庫の屋根の上。丁度、二騎のサーヴァントによる戦闘を観戦できる席に私たちはいた。
持ち運んでいた荷物は全て新都にある拠点に預け、現在は必要最低限の礼装のみを携帯中。無論、私とその傍にいるアンデルセンやサファイアも透明化魔術によって姿を隠している。
さて、敵の外見から判断するに――おそらくは、セイバーとランサーだろう。
「じゃ、先生。人間観察という名の真名看破、よろしくお願いしまーす」
『阿呆かお前は。そう短時間でできるわけなかろう――しかし、そうだな。
ランサーが持っているあの槍、おそらくアレが全力というわけではないだろう。奴自身の霊基を見る限り、相当強力な英霊なのは一目瞭然。となると、持つ武器も本来はそれに相応しい力を持っているに違いない。だが英霊として現界している影響か、それとも元から制限されているものなのか、“どうにか宝具というレベルにまで落としこめた”、という気がしてならん。そう考えるとあの槍は――』
アンデルセンがそこまで言いかけた直後、ランサーの騎乗する馬が飛び上がり、巨槍の穂先からビームが放たれるとセイバーの足元から爆発が巻き起こった。
その威力と先の彼による考察を合わせると、此方でも大体の真名の手掛かりは掴めた――クラスは違えど、再び合間見える人物がもう一人いたとは。
「聖槍か。ははぁ――なるほど、
月の新世界で邂逅した聖剣使いの彼女を想う。
あれはあれで、状況に応じた役割を以って現界していたのだろう。だが、現在眼下にいる彼女――アルトリア・ペンドラゴンは主武装に聖剣ではなく聖槍を選んだ一つの可能性。
要は並行世界の同一人物だ。英霊にはよくあることである。
「で、セイバーの方は? あの霧、姿だけじゃなくてステータスを見えなくする機能もあるっぽいけど――」
『…………』
返事がない。集中しているようだ。
アンデルセンの「人間観察」スキルはAランク。すば抜けた観察眼を持つ彼なら、情報の隠蔽魔術がかけられていようと、少しでも相手サーヴァントの特徴は掴んでくれる筈。
その間、私は――戦闘を眺めながら、ナビゲーター役に確認することがある。
「サファイアさんやい」
『お呼びでしょうか』
ランサーの馬が嘶き、槍が削岩機が如く回転し光を放つ。
セイバーは鋼の大剣を振りかざし、迷うことなく間合いに入り、強烈な槍の一撃をもろともしない。
両者の力は拮抗しているが、ややセイバーの方に分があるような気がした。
「このサーヴァントカード? クラスカード? ってやつさ、発動の仕方は大体分かったけど、宝具が使えない以外に何かデメリットとかないわけ?」
私が手に持つは一枚のカード。
マジカルサファイアとセットで師匠から渡された魔術礼装だ。
『はい。基本的には、以前お告げした通りの単語を発して魔力を通していただければ問題ありません。そのアイテムは、厳密にいえばランサー・エルキドゥの半身、力の一端をカードに封入したもの。「意志持つ兵器」という彼の特性がある程度反映されているので、マスターであるルツ様の命令通りに発動するものと思われます。ただし一度使うと、一時間以上経過しなければ再発動できませんのでご注意を』
「げ、そんな制限あったのかよ……」
てっきりこれ一枚でサーヴァントを相手取れるんじゃないかと思っていた。あいつの半身だというから、つい過信していたが……
『また、そのカードは条件が揃った際、彼本人を召喚する触媒としての役割もあります。なお、召喚の儀式は魔法陣と詠唱が必要になり、召喚後のカードは本体である彼に戻され、実質貴方の自己防衛術は端末にあるコードキャストのみになります。(ざまぁ)』
「お前が素直に物理保護かけてくれれば全部解決なんだけどなぁ……」
エルキドゥが現世に顕現するための条件は二つある。その内、どちらか一つでも成立していれば此方に呼び出すことが可能なのだ。
彼のステータスには、無理矢理ねじ込まれた単独顕現スキルが存在している。だから、どの軸でも顕現できる……というのは大間違い。その単独顕現スキルを構築した場所がムーンセルというのが災いしたのか、彼が単独顕現できるのは
月の加護――とでも言おうか。とにかく、条件の一つを満たすためにはムーンセルという、異文明による
そしてもう一つの条件は――
『――む、宝具を使うか』
念話の声を聞き、改めて戦場へと目を向ける。
そこには、白馬に騎乗したランサーと、依然疲労を感じさせない立ち姿で剣を構えるセイバーの姿。
しかし先ほど見た光景より、ランサーの方に僅かな疲れが見える。相手を見下ろす形の、騎乗という有利な態勢であるにも関わらず――果たして、現在彼女が戦うセイバーの技量とは如何ほどのものなのか。
この相手は今の内に脱落させておくべき、と判断したのはサーヴァントかマスター、どちらであるかは知らないが、今現在、ランサーは手にある巨槍を構え――まさに、あの強大な力を秘めていると思われる宝具を発動させようとしていた。
「“
一瞬、チカリと槍の内側から光が輝く。
だがランサーが次の言葉を詠唱しようとした瞬間、天に雷鳴が轟いた。
「んぁ?」
……何処かで聞いたことがある音に首を傾げる。そして自重しろムーンセル。
空に現れたのは――
足場に稲妻を走らせ、それを引くのは二頭の牡牛。盛大に電気を撒き散らしながら、対峙していたランサーとセイバーの間に入る形で、堂々と戦場に第三の英霊が参上する。
「――双方、武器を収めよ。王の御前である!」
戦車に騎乗するは赤毛の髪と髭を持ち、真紅のマントをはためかせる筋肉質の巨漢。
ギラリと戦場を見渡す赤い瞳、威風堂々たるその態度、まさしく覇王という単語が具現化したかのような存在感である。
一方、セイバーとランサーは互いに動きを止めており、新たなるサーヴァント乱入に警戒を強めていた。――と、そこでランサーの後ろに白髪赤目の女性、おそらくはマスターであろう人物が立っているのを確認する。アインツベルンのホムンクルスだろうか。
「我が名は征服王イスカンダル。
此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した」
「――バッ、」
「……うわー、うわぁ。マジかよ」
征服王の後ろ、戦車に同乗していた小柄な人影――彼のマスターであろう――がいきなりの真名バレに叫び声を上げているが、正直こっちが絶叫したかった。
征服王――歴史上、最大の国家を打ち立てたという大英雄。
……今生でその姿を見るのは二回目だ。知り合い多くないか、この聖杯戦争。
『なんだ、また知っている顔か』
「月の新世界でちょっと。うわー、アレは敵に回したくないわぁ」
苦い思い出を噛み締める。
領土争奪戦が主だったあの戦い。私はそう強く各陣営に敵対したわけじゃないが、次々と領土を奪っていく凄絶な彼の姿は若干トラウマものである。あと何考えてるかよく分からないし、全く行動が読めない人物の一人だった。
「――でだな、ひとつ我が軍門に降る気はないか? さすれば、余は貴様らを朋友として遇し――っ、おいおい! 人の話は最後まで聞くのが礼儀であろう!」
「――、▂▇▅▃▆█ゥ――――」
勝手に演説、もとい提案していたイスカンダルに対し、前触れなくセイバーが切りかかった。
間違いなく今の攻撃は、彼のマスターである青年を狙ったものだったが――素早くライダーが己の剣を以って反撃し、一旦退かせる。それで完全に腰が抜けた青年には苦笑を零す他ない。
……しかし今の唸り声、セイバーじゃなくてバーサーカーなのだろうか?
「生憎ですが征服王」
突如として響いた凛とした声で、その場の全員が視線を向ける。
言葉を発したのは白馬に跨る巨槍の使い手。とある王が歩んだ一つのイフ。
「私もまた一人の王としてブリテン国を預かる身。いかな大王といえど、臣下に降ることはできません」
「ほう?」
未だセイバーへの警戒は解かず、しかしランサーからの宣言にはしっかり耳を傾ける征服王。一騎のサーヴァントを相手取る片手間で、余裕を見せるその姿勢はまさに彼が破格の英霊であることは間違いない証拠だった。
「ブリテンの王――名にしおう騎士王か! こりゃあ勿体ないなぁ。しかしその声、貴様どう考えても女のようだが?」
「えぇ、女ですとも。まぁ後世にはあらゆる説が伝えられているようですが――女だからといって侮ると、痛い目を見ることになりますよ」
言って、馬上のランサーの兜が魔力の粒子となって消える。
夜風に流れる金の髪。鋭い目付きで征服王と視線を交わす彼女の気迫は、兜が外れたところで少しも変化する様子はない。
『――これで敵陣営六騎の内、四騎の真名が判明したか。想定より、割と好調な滑り出しだなマスター?』
アーチャー、アサシン、ランサー、ライダー……ということは、残るは二騎。
現状、この場に集っているのは私たちを含めておそらく五騎。うち勝手に一騎の中に入れているアサシンも、生存しているのならばこの戦場のどこかで監視しているに違いない。
この流れだと、いつあの黄金の英霊がやってくるかは時間の問題だろう。
すると、ランサーの素顔を見たイスカンダルがニィと口角を上げ、高らかにこう吼えた。
「おうい、冬木に集った英雄豪傑どもよ! 誇るべき真名を持ち合わせながら、闇に紛れてコソコソ覗き見に徹するなど英霊が聞いて呆れるぞ! 姿を見せ、今ここに集うがいい! なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!」
「あ、ダメだこれ。来るわ」
確信する。こんな安い挑発でも、あの王なら絶対に来る。見過ごすワケがない。
――などと思っている内に、戦場内にある街灯のポールの頂点に金色の光が現れた。
その存在感は征服王や騎士王と同格か、それ以上。しかし私にとっては、随分と感じ慣れている気配だった。
「――我を差し置いて“王”を称する不埒者が、一夜のうちに二匹も沸くとはな」
「…………あー……、うあー……帰りてぇ……」
『気をしっかり持ってくださいルツ様。(哀れな羽虫のようで)とても見苦しいですよ。むしろここからが本番でしょう』
しっかり本音は聞こえている。全く隠す必要がないのに、逆に隠されていると逆にダメージがくるという新技だろうか。
現れた黄金の甲冑を身に纏う英霊の名は知っている。嫌というほどに知っている。どこかの竜の娘ほど、出番に対するガッツは満ち溢れてはいないものの、気がつくと出演してる系のレギュラー英霊。
――人類最古の王、ギルガメッシュ。帰ってくれ。ここにお前の友達いねぇから。
『はははは! そうか、あれが噂の英雄王か! なるほど、思っていた以上に傲岸不遜極まりないな!』
「アレについての批評はいいですよ先生……けど、緒戦でここまで英霊が集まるなんてなぁ」
とうとう六騎集まってしまった。
今のところ、謎に包まれているのはあのバーサークセイバーと、現れていない一騎だけだが……さて、そういう私たちはどのタイミングで挨拶するべきか。
そう軽く思案し始めたところ、英雄王が自身の周囲に金色の揺らぎ――“
生粋の魔術師である遠坂さんは、全く手綱を握れていないらしい。おおよそ、サーヴァントを使い魔扱いしているのだろう。明確な死亡フラグが見えてしまっていて、少し哀れだ。
『まさに一触即発――か。どうするマスター、そのカードを以って戦闘でも仕掛けてみるか?』
「いやいや、親友の力の一端を使ってあの王様が気がつかないわけないだろう。それに実質、アンタに戦闘能力求めてもどうにもならないし。ここは英雄王が帰るまでは傍観に徹するよ」
征服王の言う覗き見である。だがこればっかりは事情があるのだ、仕方がない。あと英雄王を上から見る位置にいるとバレたら、本人に問答無用で打ち落とされそうだし。
……しかし、あの常時不機嫌そうな王の様子を見て思う。月の裏側で奮闘し、頑張った結果に宇宙の果てまで連れて行かれた岸波は本当に凄い奴だったのだろう、と。
「――――お?」
と、戦況に更なる変化がやってきた。――七騎目のサーヴァントのご登場である。
ライダーが戦車を降ろした位置より、少し離れた位置。海側へ近い場所に、それは現れた。
「――大人しくしてください。貴方たちには治療が必要です。私が来たからにはご安心を。全ての命を救います。全ての命を奪ってでも私はそうします。さて、覚悟はよろしいでしょうか」
複数の鞄を腰のベルトから引っさげ、頭部には包帯が巻かれ、黒の軍用コートを羽織った――長髪の女性。
既に彼女の武器であろう拳銃は引き抜かれており、動いた奴から発砲する気満々のようだった。
そして思った。
――あ、ちげぇ。あっちがバーサーカーだ、と。
公式CCCでは出演サーヴァント候補の最終までに残ったというあの人登場。