Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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Inter lude

 重苦しい空気の中、アイリスフィールは溜息を吐く。

 

 冬木市郊外にある樹海の奥の奥。

 そこには隠れ潜んでいながら、堂々と存在しているアインツベルンの別荘がある。

 その中の一室(サロン)では、聖杯戦争参加者の一員であるランサー陣営が作戦会議を執り行っていた。

 

「――円蔵山には参道からでしかサーヴァントは侵入できない。頂上の柳洞寺を基点とした強力な結界が張られているから、ランサーを使う上では留意しておいてくれ」

 

 そう戦場(フユキ)の諸情報を一人解説しているのは、黒コートを着ている男性――衛宮切嗣(えみやきりつぐ)だ。

 彼こそが本来のランサーのマスター。先日、アイリスフィールが表向きのマスターとして戦場に出ていたのは、他ならぬ彼が立てた作戦の一つに過ぎない。

 

 ……だというのに、衛宮切嗣本人は今もこの部屋の壁際で待機しているランサーに一瞥もしない。アイリスフィールが溜息を吐いた理由はそこにある。

 

「さらに、地脈の集中する霊地は先ほど言った遠坂邸に加え、新都側にもあと二箇所ある。それが南の丘にある冬木教会と、都市区画の東にある新興住宅地だ。よって、冬木市内には都合四箇所の聖杯降霊を行えるポイントがある」

 

「サーヴァントの数が絞り込まれてくる後半の戦いでは、このいずれかを拠点として制圧しておかなければいけないわけね?」

 

「そういうことになる。地勢についてはこんなところだ。何か質問は?」

 

「……ランサー、何か不明な点はある?」

 

「いいえ。何もありません」

 

 気を遣って水を向けたアイリスフィールだったが、当のランサーはそれに気付かずに無機質な声質で返答する。

 ……それも無理はない。なにせここにいるアルトリア・ペンドラゴンは、聖槍ロンゴミニアドを持ち、その影響で神霊に近い視点となっているからだ。

 

 アイリスフィール自身も、最初に告げられていたことなので分かってはいた。

 しかし彼女は知っている。ランサーは確かに神に近しい視点を持っているが、人間性までは失われていないということを。

 

 故に、再度溜息を吐いてしまう。

 アルトリアとコミュニケーションを取らない切嗣。

 しかし、人と神は理解し合えないのは当然だと受け入れているアルトリア。

 ……この二人は、ある意味理想の主従ではあるが、あまりにもその関係は――非情ではないか、と。

 

「じゃあ、今後の方針だけど……セイバーが倒れた今、次に壁になるのはあのアーチャーになるでしょうね。そして、ライダー陣営とキャスター陣営の同盟関係」

 

「あぁ、遠坂家が召喚した英霊はどの道障害になる。それは他の陣営から見ても同じだろう。けれど僕が一番注意したいのは、キャスターのマスターが放ったあの『鎖』だ」

 

 それを聞いてアイリスフィールも頷く。

 昨夜見た「鎖」――バーサーカー相手に使われていた宝具らしきモノ。否、アレは――

 

「きっとあの鎖は現存されていた宝具だと考える。ランサーを召喚する際、()()()使()()()()()と同じものだろう」

 

 彼が言う触媒、というのはイギリスの伝統ある霊園の一族が代々受け継いできた聖槍の「影」と呼ばれるモノだ。あろうことかアインツベルンは、その一族からそれを奪い取ったのである。

 ――その果てに、聖杯戦争で呼び出されたのがランサー、アルトリア・ペンドラゴンだ。

 

「奇襲だったとはいえ、あのセイバーを一撃で沈めたものだ。どこの出典かは知らないが、強力な魔術礼装であることには変わりない。万が一、ぶつかり合うことになればまず絶対に捕まらないことが最優先になる。

 だが、逆を言うとそれを使われる前にマスターを仕留めればいい話だ。彼女のサーヴァントは自称していた通り、三流らしいからね」

 

 付け入る隙はある。ライダー陣営と組んでいようと、所詮彼女らの頼みはあの鎖しかない。契約していた少年サーヴァントのステータスの方も、魔力を除いて全てEランクという体たらくぶりである。

 

「そうなると、まずはライダー陣営と引き離すのが先決ね。同盟を組んだ以上、そう離れる真似はしないでしょうし……」

 

「あぁ、だから対キャスター戦においてはランサーとライダーを戦わせ、その背後からキャスターのマスターを撃てばいい。聖杯に興味がないのならさっさとご退場願おう。……彼女が言っていた『事件』など、起きる要素はないんだろう?」

 

「……ええ、問題なんて起きるはずがないの。聖杯戦争を無事に開催するために、アインツベルンは全力を注いできたもの」

 

 不可解であるのは、キャスターのマスターである月成が言った目的だ。

 聖杯戦争中に起きるであろう事件の解決? そんなことはありえない。御三家の末裔でもない人間が、何故そんなことが言えるのか。

 それに、月成などという名の魔術師の家系は聞いたことがない。時計塔の名簿にも無かったことから、おそらく彼女は現存する宝具を受け継いだ、長年隠れ潜んでいた魔術師の家系であろう、というのが今のところの今この場にいるメンバーの共通認識だった。

 

「あとはバーサーカー……ナイチンゲールだが、奴の宝具は状況によっては大きな障害になるだろう。一定時間とはいえ、あの宝具を発動されたら攻撃手段が無効化されるらしいからね」

 

 魔術は構築されない。

 弾丸も動きを止める。

 宝具さえ――真名解放されなくなる。

 

 絶対安全圏、とはよく言ったもの。宝具が発動されればあらゆる毒性や病気も治るやもしれないが、こと戦闘面においては停止させるならば最強と言ってもいいだろう。

 

「だが、そのマスターは知っての通り当主を継がなかった落伍者だ。魔力消耗の激しいバーサーカーを従えていられるのも時間の問題だろう。だから今、僕たちが相手をするべきなのは――」

 

「――マスター」

 

 と、そこで沈黙を保っていたランサーが口を開いた。

 切嗣が自分の相手をしないのは彼女とて既に気付いている。そして、自分がこの作戦会議で何を意見しようと、無駄であることも。

 

 

 だから――彼女が切嗣へ声をかけるときは、()()()()()()()()を警戒したときのみ。

 

 

「――ッ!!」

 

 まず、警報を感じ取ったアイリスフィールが魔術回路にかかった強烈な負荷により、その場でよろめいた。

 それは森に仕掛けた結界の術式、それらが一瞬にして破壊されたことを意味している。

 

「アイリスフィール……!」

 

「大丈夫……不意を討たれただけ。でも、これは――」

 

 傍にいたランサーが支えるも、その瞬間、サロンの灯りは消失し、そしてその場にいた全員が強力な魔力の気配を感知するに至った。

 森だけではなく、既にこの城全体が包まれているほどの濃密な魔力。

 警報が作動した時点では既に遅い。敵が来た途端、まるで拠点が乗っ取られたかのようだと思わせるほどのデタラメな力。

 

「馬鹿な……アイリ、千里眼で敵の位置を――」

 

「契約者よ、その必要はない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あまりの早業に顔をしかめた切嗣だったが、続いて報告されたサーヴァントの言葉に耳を疑った。

 しかし、疑う余地はない。なにせサーヴァントはサーヴァントの気配を感知することができるのだから。

 

 一瞬で結界を破壊し、即座に城への侵入。

 ――ありえない。そんなことが可能なサーヴァントは、最早転移すら可能とする規格外の大魔術師。

 

 あの自らを三流だと卑下していた少年とそのマスターが攻めてきたのか、などという疑問は後で考えるべきこと。

 攻めてきた以上は迎撃するのみ。そう切嗣やアイリスフィールが命じる前に、ランサーは武装し、サロンから城の廊下へと飛び出した。

 

「――ほう」

 

 そして彼女が止まったのは、廊下を突風が如く駆け抜け、敵の気配がする正面玄関まで辿り着いたときのことだった。

 ホールには襲撃に備え、事前に切嗣があちこちに爆薬などの近代兵器による罠が仕掛けてある。

 果たしてそれらが「侵入者」の足止めになったかどうか――結果は、その惨状を見れば一目瞭然。

 

 美しく飾られていた豪奢な造りなど微塵もない。

 ……だが、確かに壁や床には軍用兵器による爪跡は残されているものの、侵入者を排除するには至らなかった。そも、霊体であるサーヴァントに通常の攻撃など通用しない。

 しかしそれでも、敵がその近代武器の攻撃が“気になった”という理由で立ち止まったのなら、それは確かに足止めとしては役に立ったのだろう。

 

「貴殿は――」

 

 ソレに、傷らしきものはない。

 そして、まるで感情の気配もしない。

 纏う魔力、放つ魔力は強大なれど、当の本人からはまるで戦う意志が伝わってこない。

 いわば人形。傍から見れば、夢遊病のような状態にも見えるだろう。

 

「――セイハイ」

 

 感情のない声。

 ただその一言で、()も聖杯を求める者だとランサーは悟った。

 

 相手が階段前で立ち止まる。

 ランサーが顕現させた愛馬に跨り、聖槍を構える。

 

『令呪を以って我が傀儡に命ず』

 

 ――その時、ランサーの頭に念話越しに契約者の声が響いた。

 規格外の敵に、正確な戦力を計るまでもなく切嗣も察したのだろう。全力を以って向かい討たなければ、とても対抗できる相手ではない、と。

 

『宝具の使用を許可する。敵対者を確実に仕留めろ』

 

 絶対命令権、その二画を用いた術。

 ただでさえ高い魔力を持つランサーへ、さらに令呪二画分の補正がかかる。

 ここで宝具を発動させれば、まず間違いなくこのアインツベルン城は崩落し、周囲の森にまで影響をきたすだろう。

 しかし、そうまでしないと戦えない――という、これが相手を恐れたが故の軽率な判断であるかという可能性は、決してない。

 

 サロンにいたメンバーは既に脱出を始めている。

 広く入り組んだ城の中を、最短ルートで外へ出る手筈は予め整えておいたのだろう。

 故に、枷を外された彼女は手加減の余地なしに宝具を解放した。

 

「聖槍、抜錨……!」

 

 聖槍内部から光がほとばしる。

 それは世界の表層を繋ぎ止め、星の輝きをたたえて輝く最果ての柱。

 空を裂き、地を繋ぐ嵐の錨。

 今まさにそれは、莫大なエネルギーを以って、敵対者を灰燼に帰そうと極限まで収束された光を打ち放たんとしていた。

 

「――――――、」

 

 だが、相手は動じない。

 これほどの魔力を目前にしても、ただ受け入れるように白い影は佇んでいる。

 それならそれで良い。動かないのであれば、一刻も早くこの敵対者をこの世から消し去るべきだと、構わずアーサー王は槍の真名解放を行おうとし――

 

「……ア?」

 

 瞬間。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

×

 

 

 城での攻防は、ランサーの戦闘を含めて一時間程度で終了した。

 

 千年にも及ぶ錬金術の大家の悲願は叶うことはなく、

 正義の味方を志した者の意志も受け継がれることはなく、

 また、それに協力した者たちの祈りも通じることはなく。

 

 第一次聖杯戦争二日目にして、ランサー陣営は脱落した。

 

 

 ――聖杯の器と霊地を手にした魔術師は着々と計画段階を進めていく。

 次に主からの命令が下された時、サーヴァントはある方角へと視線を向けた。

 その先には、冬木市第二位の霊地を持つ管理者(セカンドオーナー)の館が立っている――

 

 

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