世界一初恋 高律 SS集   作:bui

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甘やかすということ

「今日の晩飯なんにする?」

 

会社からの帰り道、高野さんはいつもそう聞く。

 

そう、いつだって俺の好物を作ってくれようとしている。

 

幼いころの味覚というのは大人になってもなかなか抜けない。

 

コンビニメシどころか栄養ゼリーが主食となった時でさえ、好みといわれれば丁寧に作られた食事だった。

 

出しの利いた少しだけ甘みがあるような柔らかい味、

 

たとえば・・・。

 

出し巻きの玉子焼きと野菜の炊き合わせ。

それに西京漬けの鰆・・・。そんなおかずが白米と薫り高い澄まし汁と一緒に出てきたら幸せだと思う。

 

それを誰かと一緒に食べるその場が好きだ。

 

 

そんな『立派な』食事を想像しつつ

 

「今日の夕ご飯はざるうどんって決めています。」

 

と俺がそう答えると、

 

「へえ・・・、お前うどん好きだたっけ?」

 

と高野さんは少し意外そうに繭をしかめ目を少し細めた。

 

 

 

「好きですけどそれ以上に俺にも作れるという点がポイントです。」

 

そう、俺自身の多々あるスペックの項目において、料理という点にではレベル1をもらえればいい方だ。

 

ひょっとしたら0なのかもしれない。

 

 

 

「え?お前が作くんの?」

 

「そうです。ゆでるだけのうどんですけど。しかも付け合せは薬味だけです。」

 

「どういう風の吹き回しだ?明日槍が降るんじゃねーの?」

 

クックと意地悪そうに笑う高野さんに、普段の俺なら『馬鹿にすんな』と怒鳴るところだけど今日は違うから。

 

「そろそろそういう風が吹き始めているんです。」

 

と正面の電車のドアの方を見て、わざと涼しい顔を作って笑って言ってやった。

 

 

向かい側の車窓にはびっくりしているような高野さんの顔が映っていた。

暗い外は時折民家の光や遮断機の点滅が流れるように去っていく。

 

混んでいる時間と終電との狭間の時間、いつもの車内はひっそりとして人もまばらで、遠くのターミナルを目指す電車には乗り降りする客も少ない。

 

 

丁度高野さんの肩の高さに俺の頬がある。

空いている車内はぴったりと座る必要はないのだけど細身とはいえ大柄な男二人がバーに挟まれた二人席に座ればおのずと距離も近くなる。

 

一日中仕事して疲れた肩は少しだけタバコで燻された香りがする。

 

昔の先輩の香りはシトラスだった。

きっとあれは 制汗剤の香りだったんだろう。爽やかな心地よい香りを今でも覚えている。

 

そして今の高野さんは取り立てて香りのつくものは使っていない。

 

強いて言えば香るのは柔軟剤や洗髪剤だろう。でも同じ匂いに包まれている俺には今はもうそれは強くは感じない。

 

高野さんは洗面台の棚にコロンのようなものを置いてある。

使わないのかと聞いたら「鎧はもう要らないだろ?」とニカっと笑った。

 

それは甘いムスク系の香りだった。

俺と付き合う前はそんなものを身にまとってゲームのように恋を楽しんでいたのかもしれない。

ムスクの香りの似合うイケメンか。そりゃ入れ食い状態で女性(サカナ)も釣れただろう。

 

勝手に想像して少しだけ胸がざわつく・・・。

 

高野さんのコットンのカットソーが腕に触れて心地よい。

その感触に誘われるように、袖口を少しだけつまんで肩に頭を預けると高野さんの目が丸くなっていたのが目の端に見える窓ガラスに映っていた。

 

「眠い?」

「いえ。」

「うどん作ってくれるんだろ?」

「眠くないです。こうしたいだけ。」

 

電車の中には酔っ払いぐらいしかいない。

いたとしてもほとんどは寝ているふりだ。

 

都会の人は他人に関心を持たないように心がけている。

 

 

「お前、たまにデレるのやめてくれる。身が持たない。」

「『心』の間違えじゃないですか?」

 

こんなことしたら夕ごはんの前に俺が食べられちゃうかもしれない。

勝手に想像して勝手にやきもちを焼いてなにしてんだ・・・、俺・・・。

 

 

嫌な予感は当たるもんだ。というか予感ではなくてすでにフローかもしれない。

 

人のフローチャートにはいくつのもyes・noの分岐が存在する。

 

高野さんのフローチャートの行き着く先は多くの場合そこだったりする?

 

 

 

 

 

 

あふれる想いを止められず高野さんに好きと伝えてから俺はずっと高野さんが以前言っていた言葉について考えていた。

 

 

『俺はずっとお前を甘やかしたかったんだ。』

 

 

それはたとえば朝起きたらおいしそうなホカホカのご飯が用意されていたりすることだろうか?

 

洗われて畳まれた手触りのよい洋服に毎日袖を通せることだろうか?

 

 

俺がおいしそうに食べる姿を見てうれしそうに笑ってくれる高野さん。

 

寝癖のつきやすい髪を蒸しタオルで直してくれる高野さん。

 

おしゃれ着のワイシャツでさえも程よくさりげなく糊を効かせてプレスしてくれる高野さん。

 

でも、こんなに一方的にしてもらうことばかりが増えてしまうと居た堪れない。

 

なんで自分は駄目なんだって自己嫌悪が増えるばかりだった。

 

 

 

でも・・・。

 

 

 

高野さんに乞われるまま高野さんの部屋で寝起きをするうちに少しだけ分かったことがある。

 

 

高野さんは不安を持っている。

 

『お前には一度逃げられてるからな』って、今でも思ってる。

 

高野さんがお世話を焼いてくれるのはその裏返した。

 

 

 

高野さんは俺を甘やかすことで自分が甘えたいんだ。

 

だから俺は高野さんを甘やかすことにした。

 

 

高野さんの『甘やかし』を受け入れることで高野さんを甘やかす。

 

高野さんなしには生きられない俺だと、高野さんに思わせてあげる。

 

 

きっと今日作るざるうどんだって『ああ、やっぱりお前駄目だな』と、うれしそうに手伝ってくれるはずだ。

 

 

そうやって俺なしでは生きられない高野さんになっていけばいい。

 

俺から離れたらあなたはグズグズになってしまうんだから。

 

 

 

 

 

俺はいつだって高野さんを甘やかす。

 

 

ずっとずっと高野さんを手放さないために。

 

 

高野さん。この想いを不自由な定型の言葉に当てはめるなんて本当は出来ない。

 

 

あえて言うとしたならば・・・。

 

 

・・・。

 

 

 

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