IS He The Key?   作:ナインキューブ

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話が進まぬ。何故だ


ヒューマン・ミーツ・ヒューマン

彼女は俺の言葉に驚きで目を見開いていたが、すぐに笑みを浮かべる。

「あらあら、中々に素敵なお誘いね。でもダメ、そういうのは男の子が憶えておくべきものよ」

 

くるりと背を向けながら

「女の子はいつだって素敵な運命を望んでいるものよ。だからってあんまりそういうことしてると誤解を生むわよ?」

 

「う、あ、すいません…」

どうやら俺の勘違いだったらしい。

良く考えなくてもナンパ野郎の手口だった。

何をやっとるんだ俺は!?

 

「ま、このことは私の胸の裡にしまっておくことにするわ」

いい人だ、この人…!

こんな話が誰かに聞かれたら、どんな噂が立つか分かったもんじゃない

 

 

「一応言っておくと、ラプラス・ビストという存在が織斑 一夏という人間に対面したのはこれが初めてよ」

 

―――だから

 

「改めてよろしく。一夏くん」

最初に浮かべていたミステリアスな笑みではなく、彼女は無垢な幼子のような笑顔を浮かべていた。

 

 

やっぱり、この人のことを俺は知っている。でも思い出せない、とても大切なものだったはずなのに。

 

 

「よろしくお願いします。ビスト先輩」

今はこの感情は封じておこう。きっと時が来たら分かる。そんな気がする。

 

 

 

                    

                   ▽

 

 

 

「さて、と」

ビスト先輩は伸びを一つすると、服に手を掛けて脱ぎ始めていた。

 

 

「いきなりなにしてるんですか!?」

 

「何って、着替えるのよ?いつまでも制服じゃあ肩こるもの」

いや不思議そうな顔する場面じゃないですって。

 

「俺、男、異性!」

 

「…それもそうね」

部屋にあるシャワールームで着替えることにしてくれたようだ。

無防備というか、なんというかイマイチ見極めにくい人だ。

 

今のうちに荷解きを済ましておく。この部屋に来る前に、千冬姉が着替えとかを詰めたカバンを手渡してくれた。

中身は携帯の充電器や着替えの他に、俺の数少ない趣味のためのものが一つが入っていた。

 

「あら、コーヒー豆じゃない。一夏くんはコーヒーを挽いてから淹れるのに拘るタイプの人?」

着替え終わった先輩は、丈の長い淡い緑色のナイトドレスの上からケープを羽織った状態でシャワールームから出てきた。

 

「いえ、どっちかというと考え事をしたいときに挽いて、そのあとスッキリする為に飲む感じですね。これだけじゃどうしようもないですけど」

千冬姉、なぜ豆を入れて器具を淹れてくれないんだ…。

 

「ちょっと待っててね」

そう言うと先輩はゴソゴソとベットのそばにあるタンスを漁り始めた。

 

「ところで一夏くん。ここの勉強には着いて来れてるのかしら?特にIS関連」

こちらを見ずに掛けられた質問は、今の俺には頭の痛いものだ。

 

「一般科目は何とかなりそうですけど、IS関連は正直辛いですね。こうなった以上はどうにかやるつもりですけど…」

もともとISに関わるつもりなんてなかったのだ。学園に入学するために基礎から知識を叩き込んでいるほかの生徒とは、事前の段階で大きく離されてしまっているのだ。

初日の授業でも、予習をしていたのにほとんど理解できなかった。

何が分からないのか分からないという最悪の事態にはならなかっただけマシだが、それでもマシ程度だ。

明るい未来が全く見えん。

 

「まぁ事前知識の段階でほかの生徒とは事情が違うものねぇ。と、あったあった。あとはそうね…これもいるわね」

振り返った先輩は両手それぞれに木の箱と数冊のノートを持っていた

 

「これあげるわ。持ってても使わないのに押し付けられたものだから。もらって頂戴」

 

受け取った箱は意外と重く、先輩があの細腕一本で持っていたことに少し驚いた。

おそるおそる開けてみると

「コーヒーミル?」

 

手動式のコーヒーミルを筆頭にその他コーヒーを淹れるための品々だ。しかも新品の高級品と一目で分かるものだ。

 

「こんなもの受け取れませんよ!」

 

「私は必要としてない、あなたは必要としている。だったら貴方が受け取るべきよ」

 

「そう言う問題じゃないです。こんな高いもの理由無く…あってももらえません」

譲ってはならない一線があるのだ。

 

「あなたも変なところで頑固ねぇ。…じゃあこうしましょう。あなたはその一式の値段分だけ私にコーヒーを淹れる。それで値段分の働きを終えたらそれらは晴れてあなたの物となる」

それでも渋る俺の顔を見て、溜息をついた先輩だったがさらに畳み掛けてきた

 

「これでもダメなら私はそれらをゴミの回収に出すつもりなのだけれど?結構嵩張って邪魔なのよ」

本気でするつもりなのだろう。目が全く笑っていない。

 

「まぁバイトして買うのだと思いなさいな」

 

「そういうことなら…」

釈然としないが、捨てるのにはあまりにももったいない。

 

 

「じゃあ早速二杯お願いしようかしら」

 

「あんまり飲むと寝るのに差し支えますよ」

カフェインの採りすぎには注意しないと。

 

「何言っているの。あなたも一緒に飲むのよ」

 

「いいんですか?」

 

「昔の貴族社会じゃないんだから、当たり前よ」

苦笑交じりに答えられた。ありがたくご同伴させてもらおう。

なんだかんだで俺も頭がグチャグチャしていたのだから

 

「淹れ終わったら、勉強を見てあげるわ。コーヒーもちょうどいいでしょう」

手に持つノートをヒラヒラさせながら言った言葉に俺は食いついた。

 

「ほんとですかビスト先輩!?」

少しでも勉強が必要な俺にとって、先人の導きは渡りに船だ。

 

「これでも学年主席よ?そこらの生徒よりは知識を持ってるわ」

なんとビスト先輩は学年主席だったらしい。あのオルコット嬢も主席と言っていたが、何だろうこの違いは。

格の違いって奴か…。

 

「その代わり」

先輩はそこで言葉を区切る

 

「な、なんですかビスト先輩?」

 

「それよ」

ピシと指を突きつけられた。

 

「へ?」

「私を呼ぶときにはビストと呼ばないこと。それが貴方の勉強を見る条件よ」

「えーと理由を聞いても?」

「私個人として見てくれる相手は意外と少ないのよ。誰も彼もビストの娘というフィルターでしか見ない。あなただって経験があるはずよ?織斑くん」

 

そういうことか。

先輩の言っていることは俺達には痛いほど良く分かる。

世界最強という存在が身内にいる俺達はいつも周囲から比較されてきた。

 

できなければ『どうしてあなたのお姉さんにはできるのにあなたはできないの!?』と罵られ。

できたとしても『あの人の家族なんだから、できて当然よね』その一言で切り捨てられる。

そんな無遠慮な言葉を掛けられたのは両手の指では足りないほどだ。

俺がそのことで歪まなかったのは、そんな暇が無いほど春埜が荒れていたからだ。

そういった言葉には同性の家族であるアイツのほうが俺よりも傷つけられていた。

そんなアイツが見ていられなくて、色々頑張っていたら周りの言葉なんかを気にする余裕はなかった。

 

そういった事情から先輩の言葉の意味も察することができた。

「わかりましたラプラス先輩。…これでいいですか?」

 

「よろしい」

 

ところでさっきから気になっていたんだが

「ビストって、ビスト財団のことですか?」

 

「ええそうね。あなたの専用機を用意したのもそうよ」

 

「なんか色々ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げる。感謝を忘れてはイカンのだ。

 

「この話はここまで。早くしないと勉強する時間がなくなるわ」

やさしく頭を撫でられた。なんか恥ずかしい。

 

「じゃ、じゃあ少し待ってください。今準備しますから」

「ええ、楽しみにしてるわ」

 

 

 

コーヒーを淹れるための準備を始めた彼の背中を、彼女は愛おしい者を見つめるかのような優しい眼差しで見守っていた。

 

 

 

 

 

                   ▽ 

 

 

普段であれば長い黒髪を結い上げてポニーテールにしているところを、就寝前ということで髪をおろしている少女、篠ノ之 箒はベッドに腰掛けていた。

その視線の先にはベッドに寝転びながら雑誌を読みふけっている、幼馴染の片割れである織斑 春埜がいる。

 

 

ルームメイトでもある彼女は私の視線に気が付いたのか、雑誌から目を上げた。

「ん?どうした箒。私にそのケはねーぜ」

 

「お前は何を言っている!!」

この幼馴染は外見こそ千冬さんに似ているが、内面のそれはこちらをおちょくりに来るという意味で私の姉に近い。

 

「一夏のことなんだが…」

織斑 一夏、私のもう一人の幼馴染にして、奴はその…私の意中の相手でもある。

 

「あん?一兄がどうかしたか」

昔からコイツは言葉遣いが荒っぽかったが、それが悪化してる気がするのだが。

 

「今の一夏の剣の腕前のほどはどうなのだ?一夏の奴は私たち三人のなかでも頭一つ抜けていたからな、今なら千冬さんに迫るほどではないのか?」

 

 

 

「あー、一兄なぁ…剣道やめちまったんだよ。たぶん今のアイツはお前の求めているようなモンじゃないぜ」

 

その一言で頭が真っ白になった。

 

 

 

「なんだと?一体どういうことだ!」

思わず春埜に掴みかかりそうになったところで、制された。

 

「オーケイ落ち着け箒。話はそれからだ」

 

「ぬ、わかった。一夏が剣道をやめた理由を早く教えてくれ」

身を乗り出して話を聞く体勢になる。

 

「やめたのは中学は入ってから、少し経ったくらいだったか。それから運動してんのは筋トレくらいしか見てねーな」

 

「そんなに前にか!?」

 

「やめてからは喫茶店でアルバイトしてたぜ。いや、バイトするためにやめたのか?」

剣道をやめたのはアルバイトのため、だと?

ふつふつと胸の奥からこみ上げてくるものがある。

 

 

「鍛えなおす」

「は?」

「明日から一夏を鍛えなおす!!」

「えーと何言ってるのかな箒サン?」

 

「お前も手伝え、春埜。明日から一夏には私達の相手になってもらう」

先ほどの久々の手合わせで、コイツの腕前の高さはわかっている。

一夏を鍛え上げるのに、確かな手助けとなるだろう。

 

「やだ、幼馴染が猪…」

春埜が口を手で覆いながら聞き捨てならない言葉を呟いた。

 

「だれが猪だ!」

真面目に聞いているのかコイツは!?

 

「冗談だよ、冗談。悪かったって。でもな箒…」

ケラケラと笑っていた春埜だったが、その笑いを引っ込めると一転して真剣な声音で話し始めた。

 

「一兄が剣を捨てるって聞いた私が『はいそうですか』って首を縦に振ったと思うか?」

 

「ありえないな」

幾分か頭に血が昇っている現状でも即答できる。

昔からコイツは私以上に一夏と張り合っていた。

そんな性格の者が自分の最大のライバルがいなくなることを是とする筈が無い。

 

「その通りさ。色々あって荒れてた当時の私もそれが許せなくて、『なら私を倒してからにしろ!』なんて言ってバトったんだよ。道着を着ただけのバーリ・トゥード(なんでもあり)でな」

ある意味最も試合とは程遠く、最も殺し合いに近い戦い。

判定というものがない分、型破りな春埜にとってはやりやすいはずだ。

コイツは時としてとんでもないことをしでかすからな。

私は一夏ともどもそれに散々振り回されていた。

 

―――しかしそれでも

 

「…負けたのか」

さっきの言葉を聞くならそれでも勝つことはできなかったということだろう。

 

 

 

「叩きのめされたよ、手も足も出ずに。文字通り瞬殺された」

聞かされた言葉は衝撃的だった。

私が知る限りでは、一夏と春埜の実力差は一方が瞬殺される程ではなかったはずだ。

そしてつい先ほどの手合わせでも、研鑽を積んだ春埜の強さは伝わってきた。

 

「冗談を言うなお前が手も足も出ないなど…」

そんな言葉が口から出てしまうほどだった。

 

「28回だ」

 

「…?」

彼女の言うことが分からず疑問符を浮かべる私に告げられた事実に完全に言葉を失った。

 

「私が一兄に挑んで返り討ちにされた回数だ。29回目は冬姉(ふゆねえ)に止められたよ」

雑誌にはそれを持つ手に力が込められたのか、表紙に皺が寄っていた。

 

俯いている春埜の顔からは表情が読めない。

「あれで確信した。一夏は間違いなく束姉(たばねえ)や冬姉側の人間だよ。元師匠の言うとおりだったわけだ」

 

私達の師であり私の父でもある【篠ノ之 柳韻(しののの りゅういん)】をして一夏は、生まれてくる世界か時代を間違えた人間と言われていた。

幼い私達二人にも、その言葉の意味は薄っすらとだがわかった。

 

 

―――それはつまり姉さんや千冬さんの同類、そう示しているようなものだ

 

 

「私はな、怖いんだよ。アイツが、一兄が時々恐ろしく感じられるんだ」

 

「怖い…?」

 

 

「あれ以来、ふとした瞬間に私の中の一兄が陽炎みたいに揺らぐんだ。そこにいるのが本当に私の知る一兄なのか分からなくなるんだ」

私の知る春埜では絶対に言わないであろう弱音を聞き、私は何も言うことができなかった。

 

「春埜…」

それでも何か掛ける言葉を探して、詰まっていると

 

「ま、辛気臭いのはこれで仕舞いだ。明日は一兄とあの金髪埃かぶり女との決闘があるから、私はこれで就寝だぜ」

そう言うと春埜はこちらに見向きもせずに、ベッドとベッドの仕切りを引き出して、話を打ち切ってしまった。

 

 

 

「…………」

思い悩む親友に対して何もしてやれない自分が嫌になる。

 

「私に力があれば、変われるだろうか…?」

小さく、本当に小さく呟いた声は私にだけ辛うじて聞こえるようなモノでしかなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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