こちら、つごもり眼鏡店   作:みょん!

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「こちら、つごもり眼鏡店」の短編。
風邪を引いたあいと、あいの親友、ゲーム好きな茉莉(まつり)の日常話。


作者も咳風邪を引いてはや四日。よくはなりつつありますが完治にはほど遠い模様。
皆様も風邪にはご注意ください。


風邪とゲームとサブクエスト

「げっほげほごほごほっ、っ、かっ、ごほごほっ!」

 6回。本日新記録。

「っはぁー…………だるぅ」

 咳の風邪と診断されて、お医者さんに薬を貰って飲んだはいいものの、三時を過ぎてもまったくよくなる気配は見せない。というよりも、むしろ悪化している節すらもある。

「ん……熱は、……分かんないか」

 手の甲でおでこを触ってみるけれど、手そのものが熱くなっていておでこが熱いのか手があるいのか分からない。体が熱くて、布団から出ている顔だけがひんやりと気持ちいいのからすると、きっとそれなりに有るんだろうなぁと思う。

 咳は止まらないし、鼻水はずっと出続けているからティッシュが手放せない。頭の働きはちゃんとしている、と思う。食欲は……お昼に桃の缶詰とプリンを食べたくらい。

 学校が休みとならばさっさとパソコンの前に座って一太郎を立ち上げるか、布団に潜り込んでる体勢のまま絶賛積読中の本に手を伸ばすところなんだけど……。

「うぅ…………鼻噛みすぎて頭いたい……」

 文字に目を通そうとすると頭に痛みが走って、ついでに何かが喉の奥からこみ上げてきそうになる。書きたいものも書けない。読みたい本も読めない。となれば寝ているしかない。でも咳が止まらないから寝られる気がしない。八方塞がりとはこのことか、と自分を呪いたくなった。

「一体、私が何の悪行を働いたって言うのよぉ……」

 どこかで見ているであろう八百万の神さまに呟いてみる。もちろん答えなんて返ってくるわけも無く。

「………………はぁ、だるい……」

 結局、遙か遠くに見える天井をぼぉっと見ながら、眠気がやってくるのを待つしか無かった。

 

 

 

 カチッ、カチカチカチ、カカッ

「ん……ぅ……?」

 いつの間に眠っていたのか、窓の方は白く薄暗くなっていた。部屋の電気は付けたままだったから付いているままなのはいいんだけど、何やら物音が背中の方から聞こえてくる。

 何か硬い者が触れる音のような――でもキーのタイプ音とも違う音。

 熱のせいかしらと思って耳に手を当てようとしたら、急に喉が締め付けられるのと肺が急にしぼむような感覚があって――――

「ごっほごほ、げっほ、ごほっ! うー……」

 背中の辺りが突っ張る痛みと喉の奥の痛みが同時にやってきて、言葉の変わりにうめき声だけが口から漏れた。

 痛みは少しの間続いて、気がつけば背中から感じていた音は聞こえなくなっていた。やっぱり幻聴かと、そのまま眠りに入ってもいいな、と思って目を瞑ったその時。

「だいじょーぶー? ……やっぱり辛そうだねぇ」

 声が、耳に入ってきた。

 それはお母さんの言葉じゃなくて、もっと年が私に近いくらいの声。というよりも、その声は、私の――

 横向きから仰向けに。体勢を変えるだけなのにそれなりの気合いと勢いと体力が必要で、それだけで体から汗が出てくる。体の熱はまだあるようだった。

 そこから横向きにするのも同じくらい時間を使って、見えたその人は予想通り私の親友の茉莉ちゃんだった。

 しかも、その体はテレビの方を向いていて、その手には黒色のコントローラーが。

「な――――ごほっごほっ、んで――」

「お邪魔してまーす。あーそうそう、あいん家に着いたときにちょうどお母さんとすれ違いになったんだけど、『あいが好きそうなもの、何か知ってるかしら?』って言ってたから、ナタデココとプリンって答えておいたよ」

「じゃなくて、……そうじゃ、なくて!」

 声はがらがらで、ちゃんと言葉として伝わっているかも分からないけれど。

「なん、で…………あん、た、が。いるっ、の、よ?」

「んー?」

 プレステ2のコントローラーを握りながら、茉莉ちゃんは首をかしげる。「なんでそんなことを言われているのか?」と言いたげに。

「最初はね、あんたにノートのコピーとプリントを届けるだけの予定だったんだけど」

 といいながら、床に置いてあった茶色い封筒を私の目の前に持ってくる。学校の校章が大きく印刷されているもので、どこかよれよれになっていた。

「ついでに上がらせて貰って、あいの寝顔を見て、つらそうだなーって思ったらどうにもこうにも帰れなくなっちゃってね。風邪の時は寂しくなっちゃうでしょ? まして冬の時期はね。寂しくなっちゃうものだから」

「…………それ、だけ?」

「あとゲームしに来た」

「あんたの、家でも……できる、じゃない」

「まぁまぁそれは言わないお約束。ちゃんと私のメモリーカード持ってきたから、あいのセーブデータには手ぇ付けないよ」

「風邪、移っちゃうよ?」

「インフルじゃないんでしょ? じゃあ大丈夫よ。病弱っ子の風邪に私が負けるもんですか」

「びょ…………」

 その言葉には言い返す余地は無かった。いや、それでもかからないようにしなきゃって言おうと思うんだけど、茉莉ちゃんは一度言ったら曲げない子だし……。

 無言は肯定の印と取ったのか、茉莉ちゃんは「じゃ、そういうことで」と言ってテレビの前に座り直してボタンを押すと、また小気味よくコントローラーの操作音を響かせはじめた。

 やっているのは、ているずのかなり前のもの。私も同じものを茉莉ちゃんに遅れてやり始めた。プレステが4まで来ているこの時期にプレステ2のソフトなんかやってるものだから、古さは言うまでもなく。けれどあまりゲーム慣れしていない私から見たら、それでもやっぱり綺麗には思えるもので。

 茉莉ちゃんは私の隣で1P側を操作しながら「映像とか戦闘システムだけじゃなくてね、ふたつの人種が織りなすストーリーがまたいいんだよ。うんうん」とか熱っぽく語っているのを何回か聞いてわくわくするのを覚えたし「きっとあいの創作意欲ももりもり湧くやつだよ?」と太鼓判を押されれば、じゃあやってみてもいいかなって思っちゃうのは、やはり影響されやすいのかもしれないとも思う。

 画面に見えるのは、船を入手した直後あたりのイベントシーン。ちょうど私が一週間くらい前、茉莉ちゃんに手伝って貰ってこなしたところだから記憶に新しい。そしてその後に繋がるサブクエストが屈指の難易度で――――

「ちょ、っと、ちょっと。なんで、ふな、大工の人に、話かけない、のよ。サブクエ、あるんでしょ?」

「あー………………パス」

「パス?」

 数秒考えた後、茉莉ちゃんは建物の出口へと操作キャラを移動させた。さっき見たステータス画面を見る限り、私のよりも相当レベルも上がってるし装備も整ってるから行けなくはないと思うんだけど……。

「2Pプレイの方が楽だもん、後回し後回し」

「その、レベルとっ、まっちゃんの腕、ごほっ、ならよゆ、ごほごほっ」

「ああもう言わんこっちゃ無い」

 コントローラーを置いて、頭のてっぺんをがしがしとかきながら茉莉ちゃんが近づいてくる。ベッドの前に立ち膝になって、ずれた布団でも直してくれるのかなぁと思っていたら。

「ていっ」

「ったぁ!?」

 額にデコピンが飛んできた。額が一気に熱くなるのが分かる。

 マットレスに両手を乗せて――きっとこれ以上はしないのアピールのつもりだろうか――「いーい?」と顔を近づけてくる茉莉ちゃん。私はその顔に向けて咳をしないようにするのが精一杯で、何を言われるのか予想も何も付かなかった。

「いいから、あんたは、さっさと、風邪を、治しなさい、っての」

 一言ひとことを言い聞かせるように、茉莉ちゃんは言葉を句切ってはっきりと言う。

「この場所は、いつでも戻れるんだから。できるできないの問題じゃないの」

 ――じゃあここでやればいいじゃない。なんて言葉は、たとえ熱で頭がおかしくなっていたとしても、私の口からは出なかったと思う。

 それはゲーマーな友人の、遠回しな「遊びましょ」だったんだから。

「早く、治さなきゃ、だね」

「まったく、分かってるんだったらさっさと目を閉じる」

「もう寝られないよぉ」

「じゃあ寝たまま目だけテレビ向いてなさい。少なくとも、起きあがっちゃだめ」

「はぁい」

 ずれた布団を直して、布団越しに胸をぱふぱふと叩く。ふと掛け布団から感じる風が気持ちいいって思う。

「ともあれ、さっさと治しなさい。期末テストだって近いんだから」

 そう言って、くしゃくしゃと頭を撫でる茉莉ちゃんの手は温かくて。

「――――」

 これは、熱のせいじゃなくて、部屋の暖房のせいでもなくて。

 体の奥が、ほっと温かくなっていくのを感じた。


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